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【リチャード獅子心王】メリー=ジョセフ・ブロンデル
さて、今回もまた本文長めパターンなので、前文にあまり文字数使えません
なので、何書こうかなって思ったんですけど……「シェイクスピアの紋章学」という本の中に、リチャード獅子心王が何故そう呼ばれることになったかの由来が書いてあったので、そのことでもって思います
いえ、本篇のお話と特段なんの関係もないものの、割と参考にさせていただいたお話として、「ロビン・フッドの冒険」のことや「アイヴァンホー」のことがあるもので、こちらのお話の双方にリチャード獅子心王が登場人物として出てくるんですよ
>>もっともイングランド王の紋章といえば、「赤色の地に金色の歩くライオン三頭」というのが常識になっているものの、リチャード一世の時代にこのような彩色があったかどうか不明とされている。またライオンというのも誤りで、ヘンリー三世の時代の記録によると、「赤色の地に金色の歩く豹三頭」となっており、これが「ライオン三頭」と正式に決められたのはヘンリー七世の時代になってからである。
リチャード一世が豹を紋章に選んだ理由は不明であるが、紋章がライオンではなく豹であったことを示す史実が、ヘンリー三世時代に記録されている。1235年、神聖ローマ皇帝のフリードリッヒ二世が、ヘンリー三世に生きた豹三頭を贈った史実がそれであり、皇帝が贈り物に豹を選んだ理由が、当時のイングランド王の紋章の豹に合わせたことによるといわれる。
ところがリチャード一世の呼び名である「獅子心王」とともに、彼が楯にライオンを選んだとされる俗説の遠因は、彼がフランスの宮廷でライオンを取り押さえ、その皮を剥ぎ取ったという伝説に基づくものともいう。もとより確証のある話ではないが、史劇とも関係があるので少し触れてみよう。
勇猛ぶりとともに、色道にかけても豪の者といわれたリチャード一世の悪名は、王位に就く前から当時のフランス宮廷にも知れわたっていたが、物好きというか、その悪名高いリチャードに異常なまでの関心を示したのが、ルイ七世の未亡人アリクス・ドゥ・シャンパーニュである。某日家臣に命じてリチャードを宴席に招き、強引に結婚を迫った。しかしリチャードはにべもなくそれを拒んだため、激怒したアリクスは、その腹いせにライオンを放った庭園にリチャードを閉じ込め、死か結婚かのいずれかを選べと、さらに結婚を強要した。
ところがリチャードはアリクスの強要を無視して、難なくライオンを取り押さえ、その口に手を突っ込んで心臓をつかみ出し、さらに皮を剝ぎ取って、それを片手に悠々とフランス宮廷を後にし、以後このライオンの毛皮を愛用していたという。
(「シェイクスピアの紋章学」森護先生著/大修館書店より)
いえ、まあリチャード獅子心王を取り巻く、まゆつばものの伝説のひとつなのでしょうけれども、わたし、このこと知らなかったので、てっきり「獅子(ライオン)のように勇敢な王さまだったから」そのように呼ばれていたのかな~と、ずっとそんなふうに漠然と思ってきたわけです(^^;)
とりあえず、リチャード獅子心王の楯などに描かれた三頭のライオンのように見えるのは、獅子ではなく豹であるらしい……くらいのことは一応知っていたものの、「え?でもライオンじゃなくてなんで豹?」みたいにはちょっと思っていたので、これで謎が解けて自分的に良かったと思います
それではまた~!!
「Oh England my Lionheart」ケイト・ブッシュの、とてもとても美しい曲です♪
惑星シェイクスピア-第三部【33】-
ギべルネスはヘリコプターに乗り込んだあとも、暫くの間は胸に熱い想いを抱え、涙に噎んでいた。ユベールはギべルネスのそうした様子に気づいていたため、ラ・ヴァルス城砦内にて引き続き情報収集に励み、彼のことは暫くそっとしておくことにしたのである。
だが、ギべルネスはAIクレオパトラが人目を避けて自動操縦にて最短ルートを進む間――ある瞬間、忘れていた何かをふと思い出していたのである。それは、<エメラルドの中の真珠>と称されることもある、鬱蒼とした緑の中の王都テセウスの背後に控えるフォルトゥナ山を通過した時のことであった。
「クレオパトラ、つかぬことを伺いますが……」
『はい。なんでございましょう?ギべルネス・リジェッロ」
ギべルネスはローブの懐からリネンのハンカチを取り出し、涙を拭い、それで鼻をかんでから言った。
「ここ、フォルトゥナ山が噴火する確率は、何年以内の可能性が一番高かったでしょうか?」
『そうですね。今、わたしの元にある情報のみによってパーセンテージを算出したとすれば、五年以内に噴火する可能性が六十八パーセントといったところです。また、二十年以内に噴火する可能性が八十パーセントを越えます。この数字の正確性を高めるためには、惑星学者たちによるさらなる地質調査その他、分析のためのデータ収集が不可欠です』
「そうですか……」
(ハムレット王子には王都テセウス陥落後、遷都を薦めるべきだろうか。少なくともこのことだけは絶対に、本星エフェメラへ戻る前に彼らに必ず伝えなくては……だが、そんなことを言ったらそもそも、精霊型人類たちだってそうとわかっていることなのではないか?そうだ。すっかり忘れていたけど、宇宙船カエサルには彼らがいるんだっけ。まあ最悪、私のことは〚神の人なぞもう無用』ということで殺される可能性もあり、私が戻った途端、ユベールに取り憑いた彼らのうちの誰かに殺される可能性もある――というのが、一応最悪のシナリオなわけだが……)
「ユベール、聞いていますか?」
『あいよーっ!!ギべルネ先生、おっかえりー!!なんてえのは、流石にちと気が早えか。ちぇんちぇ、べっくりすんなよ。なな、なんとっ!!これだけの機能がてんこもりでたったの一万九百ギガンテス!!なんてこっちゃなくてな、アベラルド・アグラヴェイン公爵とモルディガン・モルドレッド公爵が死んだぜ。いや、正確には殺されちまった。数え切れぬほどの民衆たちに囲まれて、リンチにされたあとにミンチってな感じの、なんとも凄惨な死に様だ。だがまあ、このふたりの公爵には悪いとは思うが、仕事がしやすくなったってのは確かだわな。モルドレッド州の州都モルディラにも、アデライール州の州都アディルにも、まだその報告については入っちゃいないが、攻め上ってくるハムレット軍に対してどうするつもりなのか、こっちにも昆虫さんたち大増産ってな感じで早速対応中よ~ん』
「そ、そうでしたか。アデライール州の兵士たちにもモンテヴェール州の兵士たちにも、そちらへ戻り次第気象兵器を使おうと思ってました。まあ、兵器というほど大袈裟なことではありませんし、正確には気象コントロール装置と言うべきでしょうね。この季節にこの国の人たちが経験しない神鳴りや雹など……あとは、ある限られた空間を暗闇で包むことも出来ますしね。それが太陽が中天にある真昼間でも。その前に、ハムレット軍に仇なす者にはそのような天罰が下るぞと警告しておくんです。この国の人々は迷信深いですから、そんなことが繰り返されるうち、戦う気力がしなえてしまうのは間違いないのではないでしょうか」
『なっるほどなあ、ギべルネ先生!!グッドアイディ~ア!!クレオパちゃんも、そう思ってスタンバっておいてね~!!』
『クレオパちゃん……まあ、いいでしょう。あなた方の戦略地図については、ある程度理解しました。死傷者をなるべく出さない形でハムレット軍に快進撃を続けさせるということでよろしかったでしょうか?』
『さっすが!!頭の賢い美人は飲み込みが早いから好きさ。そのうちクレオパトラ、君には惑星ペルシャの名物のひとつである、最高級の絨毯でもプレゼントして進ぜよう』
『いえ、いりません。特段絨毯に興味はありませんので……ユベール・ランバート、あなたが地球の歴史に出てくる美人として名高いクレオパトラがシーザーと出会った時のエピソードに掛けているのは理解しますが、わたしには今のところ絨毯にくるまる実体がありませんので。絵画のクレオパトラそっくりのアンドロイドに端末を植え込み、絨毯で巻いても虚しいのはわたしだけではありませんよね?』
『へいへい、わかっとりまんがな。ほいで、こっからはあくまで真面目な話なんだがな、ギべルネス。前にもこの件についてはちらっとふたりで話したことあった気がすんだけども……こっちには、俺たちの肉体の眼によってでも、AIクレオパトラさんの超光彩ハイスペックアイズによってでも視認できない存在がいらっしゃるわけだ。だが、この俺の予測はもしかしたら楽観的にすぎるのかもしれんが……俺は彼らがギべルネス、あんたのことをわりかし気に入ってんじゃねえかと思ってんだよ。そう考えた場合、ギべルネス、あんたはこっちに無事帰ってこれるんじゃねえかという気がする。例の奇妙な気配というやつは、実は俺の気のせいだってことで片付く可能性だってあるわけだろ?つまり、『<神の人>さんお疲れちゃん。もうあんたに用はないのでグッバイナラの、バイバイキ~ン!!』で話は終わるかもしれんわけだ』
「だといいのですが……」と、ギべルネスはその点については不安が残った。あの、ローリー・ロットバルトの喀血病を治すための薬をくれた時の、占い師の感触を思いだしてみても――彼女が自分にいい感情を抱いていたとは思えない。せいぜいのところを言って、地球発祥型人類は大嫌いだが、たまたま都合が良かったので利用させてもらったまでだ、とでもいったくらいのことなのではないだろうか。「とにかく、対応策がない以上、正直ここから先は出たとこ勝負なわけですが、最悪、私が最後の最後で精霊型人類に取り憑かれ、ユベール、あなたのことをなんらかの形で殺害し、それから自分の頭をレーザー銃で撃ち抜くといった可能性もなくはないのかと……」
『まあなあ。でもあいつら、もともとその属性としては平和的な種族で、それなのにその平和を地球発祥型人類である俺らがぶっ壊したから超腹立ててるってことらしいぜ?だから、そこらへんについてはそこまで深く考えなくていいのかな~と思ったりするんだが、どんなもんだろうな?とにかく、そんなこと言ったら俺だって突然精霊型人類さんに取っ憑かれ、ギべルネス、戻ってきたあんたをぶっ殺し、それから同じレーザー銃によってでも、自分の頭をぶち抜いて自殺……AIクレオパトラが最後に「人間って不思議ですね。ついこの間まであんなに仲良くて、長々色々なことをしゃべってたのに、彼らは何が原因でこんなことになったのでしょう?AIであるわたしには理解不能です」なんてって、広大な銀河をバックにTHE ENDなんつー、笑えねえブラックジョークみてえな終わりってこともなきゃないわけだろ?が、まあ、そんなリスクばっか考慮してたら、ギべルネス、あんたは永遠にこっちに戻ってこれんってことになる。だから、ここは精霊型人類さんたちがそこまでタチ悪くねえってことに賭けるしかねえってことになるんじゃねえか?結論としてはな』
「そうですよね……」と答えつつ、ギべルネスはこの時、頭のほうがくらりとした。(これでようやく帰れる)という安堵感の他に、長く旅をともにした仲間たちとの別れで涙を流したせいもあるのだろう。彼は今、突然にして疲労感にどっと包まれていた。
『大丈夫か、ギべルネス?ほんと、あんたよく頑張ったよ。もし俺があんたの立場なら、到底ここまでのことは出来なかっただろうな。同じ遭難したにしても、俺ならもちょっとずる賢く生きて、いずれ本星から迎えでも来んだろって悠長に構えてるっていうそれだけだったかもしんねえ。ほんと、野宿に次ぐ野宿の砂漠の旅とかさあ。そういうずっと蓄積されてきた旅の疲れっての?そういうのが今、きっともってトータルでどしんと来たんだよ。いいから、もう休め休め。結局、第四基地まで到着すんのだって、これから一晩中ヘリですっ飛ばしたあとの、さらに明日の夕方くらいになるだろうからな』
このヘリコプターは辺境惑星らしく旧式ではあるが、ヘリが人の目から完全に隠れた、見えない形で走行していくことが可能だった。とはいえ、なるべく人里離れた場所を選んで進んでゆくため、考えうる最短距離でも、多少遠回りをすることになり、地図のA地点からB地点まで真っ直ぐ定規で線を引いたように、というのは流石に無理だったのである。
「ですが、今後のハムレット王子たちの戦略についても考えませんと……」
『ん~、つかさ、もちろん俺も今後そこらへんについては一緒に手伝うよ?だけど、あとのことはまあ精霊型人類さんたちにお・ま・か・せってことでもいいんじゃねーの?という気がしたりもするわけだ。うん、今はあの子らはギべルネ先生がいらっしゃらなくなったというので嘆き悲しんでるようだが……こちらからはアグラヴェイン公爵軍とモルドレッド公爵の軍が――あ、ふたりは死んじまったが、でもその息子たちが後を継ぐんだろうから、呼び名は同じでいいのか。とにかく、どんな陣形を組んで攻め込んで来ようとするのかも丸見えだからな。あとは逐次、ハムレット王子軍が常に有利になるよう導けばいいってことだろ?』
「それはまあ、そうなんですが……」
『だからさ、前のほうのシート倒してもいいし、それか後ろのシートで横んなって少し寝たほうがいいって。ギべルネス、あんたをすぐにも叩き起こして教えるべきだってことについては、すぐそうしてやるからさ』
「そうですね……では、お言葉に甘えさせていただいて……」
ギべルネスは今座っている座席を後ろに傾けると、膝を折り、少し体を丸めるようにして眠ることにした。AIの自動操縦は信頼できるものではあるが、実をいうとギべルネスには少しばかり不安になることがないでもなかったのである。
と言うのも、ギべルネスの出身惑星はミドルクラスの惑星であり、エア・カーのようなものまではまだ存在していなかった(またこのように、本星エフェメラのような超ハイクラスの惑星、ハイクラスの惑星、ミドルクラスの惑星、プライマル・プラネットと呼ばれるより原始的な惑星など、アルファ~オメガといったように等級付けがされている。だが、これは星府スタリオンが意図的にハイクラス以上の惑星を増やさないようにしているためと言われているのである。全人類、あるいは地球発祥型人類の最大幸福ということをAIに算出させたところ、最上級の文明ばかりの発達した惑星ばかりを増やすといずれ人類は加速度的に滅びの道を辿るようになる、という計算結果が出ているらしい。そこで、分布として一番多いのがミドルクラスの惑星だったのである)。とはいえ、他のいくつかランクが上のハイクラスの惑星にはそうしたものが存在するということは情報として知っていた。そして、本星エフェメラにて、その性能の高さと事故率の低さについても体験として知っていたとはいえ……実はギべルネスにはヘリコプターというものにあまりいい思い出がなかったのである。
いわゆるドクターヘリなるものに乗り、交通事故の現場や災害現場へ向かった時もそうであるし(始終緊張し、手のひらにまで毎回汗をかいたものだ)、ヘリコプターの事故現場へ急行した経験が二度あり、そのふたつのケースがあまりにも悲惨なものであったため――自分の母星に存在する、バラバラというあのうるさい音のヘリコプターに乗っていたとしたならば、旋回の騒音とはまた別の意味で、今ごろ悠長に寝てなどいられなかったことだろう。
ひとつ目のヘリの事故のケースでも、ふたつ目の事故のケースでも……乗っていたのはそれぞれ四名であり、最初のケースではひとりのみ生存していたが、ふたつ目のケースは全滅だった。だが、事故が起きてから発見されるまで、この八名は随分長く息があったことが確認されており、ローター・ブレードが体に突き刺さったことで動けなくなったものの息はあり、長く救援を待ちながらも、その約二十三時間後に息絶えたなど……その時の絶望的な状況のことを思いだすと、ギべルネスは(自分は何かの観光で夜景を見るのにでも、絶対ヘリコプターになんて乗らないぞ)との決意をあらたにしていたものである。
(だが、自分は今あれほど毛嫌いしていたヘリコプターに乗っている……まあ、その運転性能については信頼しているとはいえ、途中で何かあったらなどとつい心配してしまうのは――やはり、経験から来るところの考えすぎというやつだろうか)
ギべルネスのこうした内心の心配をよそに、翌日の夕方、ヘリコプターのほうは無事、ヴィンゲン寺院を通り越し、砂色の味気ない岩山ばかりの連なるフォーリーヴォワール連山の、第四基地へと無事到着していた。
とはいえ、転移装置に足を乗せようという時……やはり彼はいつも以上に動悸が速くなる自分を感じた。あの時は、ただの不具合と思っていたが、ニディア・フォルニカが自分の時計に細工をしたせいだと知った今は、父の形見であるそれをバラバラにしてすでに捨ててある。とはいえ……。
(だが、それでも……ニディアが実は時計になんて細工などしてなく、何か別のことが原因だったのだとしたら……)
だが、自分がもともと所属している世界へ帰りたいなら、ここはそのリスクを引き受けるしかないと、ギべルネスにもよくわかっていた。そして彼は、前の時のようにパワーダウン現象が起きるでもなく、ハッと気づいた時には、遥か1万キロメートル以上離れた上空、惑星シェイクスピアの重力を離れた圏外、そこに浮かぶ宇宙船カエサルへと自分が無事戻っている姿を何度となくイメージした。この円筒型の空間転移装置は、そのような人間の思念や超能力のようなものとはまったく無縁の科学の力のみにより、物質の移動跳躍を可能にするのだったが――それでもこの時ほど、ギべルネスが<神>という存在に縋りつくにも等しい思いを抱いたことは、おそらく生まれて初めてであったに違いない。
* * * * * * *
『ギべルネス……ギべルネス……ギべルネス・リジェッロ………』
それは極めて女性的な、魂そのものを慰撫するかのような、優しい透明な呼びかけだった。ギべルネスが自分の名を呼ぶその声に感応し、目を覚ました時――彼は宇宙空間にいた。だが、そのことをギべルネス自身取り立てて不思議なこととも感じてなく、ゆえにまったく驚きもしなかったのだ。
だが、呼びかける声が優しかったのは最初だけで、ギべルネスが覚醒し、体を起こしてみると……次には脳の深部を突き抜けるようにして、いくつもの誰かの問いかけが頭の中を走っていった。
『水とは何か……』
『土とは何か……』
『石とは何か……』
『火とは何か……』
『光とは何か……』
『空気とは何か……』
『金属とは何か……』
『木とは何か……』
『植物とは何か……』
『動物とは何か……』
『人間とは何か………』
『答えよ!答えよ!!答えよ!!!ギべルネス・リジェッロよ……!!』
――その声はそれぞれ、何人もの人々が……いや、何百人、あるいは何千人もの人々が一度に唱和して、ギべルネスの精神そのものを揺さぶるように問いかけているかのようであった。
「み、水とは……」と、頭の奥に強い痛みを覚えつつ、ギべルネスはどうにかぼんやり答えようとした。「元素記号としてはH2O……いえ、そうした答えが欲しいということではないのでしょうね。水も大気も、木も植物も動物も火も光も土も……人間が生きていくのに必要不可欠なものだと思います。あなた方が今おっしゃったものは、すべて……」
『随分傲慢な奴だな。おまえたちが「地球発祥型人類にしては見どころのある奴だ」などと言うから、もう少しくらいはマシな答えが返ってくるかと期待したが、まるで駄目だな』
『ふん!!地球発祥型人類など、結局みんなそうさ。奴らは彼らが遺伝子情報だの呼ぶものに操作され、あとは自分の脳の感じ方だの考え方だのいうことに一生規定されて終わるんだ。たったそれだけの、なんともちっぽけで哀れな存在なのさ。僕たちにしてみればね』
『では、逆に聞こうか、ギべルネス』と、そう再び問われた時、その声には聞き覚えがあるような気がした。とはいえ、奇妙な耳鳴りを伴う頭痛が去り、座った姿勢のまま周囲を見渡してみても……誰の姿もなんの形もあたりには一切見受けられなかったのだが。『水も大気も火も光も緑も植物も動物も――それは、おまえたち人間のためだけに存在するのか?本当に、おまえたち地球発祥型人類のためだけに?』
「いえ、そういうわけではありません。これはあくまでわたし個人の考えですが……水は水だけのために、海は海だけのために、炎は炎だけのために、光は光だけのため、植物も動物も惑星も、そもそも個体としては自分だけのものとして存在するのではないでしょうか?ただ、炎は空気を必要とするし、植物が存在するためには基本的に光合成が必要でしょう。そうした意味で――人間というのはおそらく、彼らには有毒な存在なのです。だが、人間なしの彼らだけの惑星のほうが長く保つはずなのに、何故か我々人類というものが誕生し、良いというよりは長ずるにつれ悪しき支配力を振るうようになると、その惑星は衰退し、やがては滅びへと向かうスピードを加速させていくのです」
『ハッ!!少しはマシな答えになったが、わしから言わせればこやつ、まだまだじゃわい』
姿こそ見えないにせよ、ギべルネスは彼からは年老いた気難しい男性のような気配を感じたため、とりあえず彼のことを<長老>と心の中で呼ぶことにした。
『じゃあ、今度は僕から質問しよう』と、若い男性の気配を感じさせる声がギべルネスに問うた。そこでギべルネスは彼には<若き牧者フォーン>ととりあえず名付けることにしておいた。『あんたたち地球発祥型人類は、いくつもの惑星をそうやって自分たちの滅びに巻き込んできたよね。僕たちの住んでいた惑星マルジェラもそうだけどさ……なんでそんなことするわけ?しかも、誰か別の存在が平和的に暮らしてる惑星を汚して破壊して、その後謝罪はなしと来てる。いや、べつに謝ってもらいたいわけじゃない。そんなことしてもらったところで、僕たちの星が甦るってわけでもないし、甦るにしても、お宅ら地球発祥型人類の見張りや管理下にあるってんじゃ、こちとら少しも気なんか休まらない。つまり、その時点で、あんたら流に言やジ・エンドのゲームオーバーというやつなわけさ』
「あなた方の惑星に、私たち地球発祥型人類がしたことは本当にひどいことだと思いますし……今おっしゃった通り、謝られたところで取返しがつかないという意味で、謝罪の言葉もありません。ですがここ、惑星シェイクスピアは――いえ、あなた方がこの星をなんと呼んでいるのかわかりませんが、我々はそう呼んでいます――もしかして、あなた方が住むのに良い土地だったりするのでしょうか?それでここに滞在することに決めたのですか?」
『特に、そういうわけでもないのじゃ』と、三人目の、以前も聞いたことのあるような女性の声が言った。これはあくまでも仮に、ということなので、ギべルネスはその声のイメージから彼女を<湖の姫君>と呼ぶことにした。『話のほうをすれば長くなるのだがな、我々はそもそもおまえたち地球発祥型人類には到底理解など出来ぬ存在なのじゃ。我々は、あの美しい麗しの母星にて、元は全員がひとつであった。全は一、一は全……この言い方でおまえに理解できるかどうかはわからぬ。だが、一本の草が嘆き悲しめば、それは全員の痛みなのじゃ。おまえたち人類の攻撃とは、我らにとってはそのようなものじゃった。我々は元はひとつであったものが、それでは持ち堪えられぬということで、それぞれバラバラの存在にならざるをえなかった……そうして、おまえたち地球発祥型人類と呼ばれるものから逃げた。その時はまだおまえたちが一体なんなのかもわからず、ただ恐ろしいというそれだけじゃったからな。とはいえ、唯一我らにとって良い……とは今も言うことは出来ぬが、新たに発見したことがいくつかあった。それは、それまで一度も考えたことのないことじゃったが、みんなで惑星の外へ出ると宇宙空間をそのまま旅してゆける能力が我々にあるということだったのじゃ。ギべルネス・リジェッロよ、おまえ、この話について大体のところわかるかえ?』
「はい……まあ、なんとなくは……それで、遠く宇宙を旅してここ、惑星シェイクスピアへ至ったということなのでしょうか?」
『そうとも、そうではないとも言えるわな』と、長老がいかにも気難しそうに語った。『今、このおまえがシェイクスピアという美しい名前で語った星には――我々の仲間がたくさんいる。我々はな、最早マルジェラには住めぬとわかり、他にみんなでもう一度ひとつになれるような惑星を探そうとしたのだ。だがその時……仲間のうち、どうしてもあの恐ろしい連中であるニンゲンどもに復讐したいと言う者たちが現れた。彼らはわしらの説得には応じんかった。むしろ、地球発祥型人類を根絶やしに出来れば、新しく住める惑星などよりどりみどりだと、そんな愚かな考えに取り憑かれおったよの』
『そうして、僕たちは二手に分かれた』と、フォーンが悲痛な調子で語った。まるで、今も心臓にはその時の傷ついたガラスの破片が埋まったままだとでもいうように。『つまりは、新しく住み良い惑星を探す者たちと、ニンゲンたちに復讐を果たすグループとの二手にね。悲しいことだけど、その時点では復讐したい仲間たちのほうが圧倒的に多かったんだ。だけど、僕たちはこの広い宇宙を遠く、本当に遠く、行けるところまで旅してここまでやって来たんだ。にも関わらず、おまえたちの巡視船がとうとうここまでやって来るようになったんだよ。僕たちはそろそろ次の適当な星を探そうかと話しだした……だが、僕たちがここ、君たちがシェイクスピアと名付けた星を去るということは……』
「この惑星の死を意味する」
ギべルネスは直感的にそのように感じて、感じたことをそのまま口にした。何故そんなふうに思ったのかも、まるでわからぬまま。
『そうじゃ』と、<湖の姫>が頷いて言う。『いや、そうとも限らぬかも知れぬが、我々がここシェイクスピアに到着した頃から、おまえたちによく似たニンゲンとやらは確かにいたよ。とはいえ、水がないだの火山が噴火しただの、限られた食料の醜い奪い合いやらで……おまえたちが文明と呼ぶものは、ある程度栄えるごと、勝手に滅んでゆきおった。じゃが、こいつがな』と、フォーンのことを指して<湖の姫>は言った。彼らはもともとが互いに区別のない存在であるからなのかどうか、<名づける>という習慣がないようだった。マルジェラにしても、地球発祥型人類がそう呼んだから、あくまでもギベルネスに対する説明としてそう呼んでいるに過ぎないのだ。『「可哀想だから、少しくらい助けてやろう」といったように言ったのだ。そしてそれが高じてとうとう、おまえが関わったハムレット王子たちの面倒を見るといったような事態にまで発展するようになってきたわけじゃな。我々にしてみればまったく骨折り損のくたびれもうけで、なんの得になるところもないのじゃが、まあちょっとした暇潰しといったところよの。復讐に飽きた仲間たちが次々戻ってくるまでの間の……』
ここで、ギべルネスはハッとした。ニディア・フォルニカのことを思いだしたのだ。
「じゃあ、あなた方の仲間のニディアは、我々地球発祥型人類に復讐するのにも辟易し、それでこちらまでやって来ようとしたということなのですか?」
その彼女は一体今どこに、とそう思い、意味などないとわかっていながら、ギべルネスは周囲に広がる宇宙空間を見まわした。ここからは多くの遠い星々が、まるでポプラの綿毛か何かのように光り輝いて見える。
『そうよの……まったく憐れな子よの』と、<湖の姫>が涙の気配を滲ませて言った。『我々は、おまえたちニンゲンとは成り立ちもその構造もまったく違う……じゃから、この広い宇宙をどんなに遠く離れていようとも、ここからおまえたちが本星エフェメラとやらと呼ぶ星か、それより少し遠いくらいでも――自分たちの仲間がどこにいるかがわかるのじゃ。じゃが、我らの種族はその後、極めて不幸な過程を辿った。地球発祥型人類に復讐することを決めた者たちは、自分たちが汚らわしいと蔑む者に憑依できるとわかり、そのようなことを繰り返した結果……自分たちが憎む者の考え方やその思考形態は理解できたにせよ、少しずつ本来のあるべき形を失うようになっていったのじゃ。何故わらわたちにそこまでのことがわかるかと言えば……復讐の途中でもうこんなことは嫌になったと言うて、戻って来る者たちが何百体となくあったからなのじゃ。ギべルネス・リジェッロよ、我々はおまえの記憶にほんの一秒にも満たぬ時間触れただけで、すべてがわかる。おまえが元住んでいた惑星で何が起きたのか、母星を離れる時の胸の痛みがどれほど苦しく痛ましいものだったかもな……おまえたちがニディア・フォルニカと呼んでいた娘にしても然りじゃ。あの娘は今、この惑星の広い大地に抱かれて、深い魂の眠りに就いておる。おまえにもわかりやすく言うとしたら、ある意味魂を清らかにするための眠りよの。次に目覚めた時には自分がいかに復讐に狂い、道を踏み外して苦しんだか、そんなこともすっかり忘れておろう……本当に憐れな、可哀想な娘じゃて』
ギべルネスには言葉もなかった。確かに、彼らが平和に穏やかに、あくまでも人間的な言い方をしたとすれば、何千何万もの人間が意識をひとつにしたかのような惑星の生存体系の中で、おそらくは滅びも死も知らぬような永遠的循環の中で安らかに暮らしていたというのなら――何かよくわからぬ外敵がよその宇宙からやって来て、すべてを破壊し、駄目にしていったのだ。自分が逆の立場であっても、末代に至るまでこの地球発祥型人類のことは到底許すことなど出来はしまい。その後、この宇宙を遠く彷徨う流浪の民とさせられたというのであれば猶更だ。
『まあ、わらわたちのことは良い』と、<湖の姫>は言った。彼女にも長老にもフォーンにも、ギべルネス自身に直接罪はないのに、彼が自分たち地球発祥型人類の犯した罪について深く恥じ入っていることがわかっていたのだ。『おまえたちがニディアと呼んでいた娘が、清めの眠りに就く前に言い残していったことがあるのじゃ。ギべルネス、おまえに対しては悪かったとあやまっておいてくれとな。また、宇宙空間に漂っておるあの娘が元宿っていた肉体の抜け殻については、最早なんの害もないと思い、始末してくれて構わないということじゃった。なんでも、あんな悲惨な死に方をしても、おまえたちの間では死後に生き返らせる方法があるそうじゃな。あの娘はそんな形で再びニディア・フォルニカの肉体に呼び戻され、精神と魂を結びつけられるのが嫌だったのじゃろう。ほれ、そうすれば肉体を冷凍され、せっかくこんな遠くまでやって来たというのに、本星の情報操作機関だのいうところであれこれ拷問を受け、知っとることを全部吐けだなんだと責め苛まれることになるのじゃろう?あの娘はそのことを何より恐れておったのじゃ……して、ギべルネス、おぬしにはわらわたちのこの惑星における計画を手伝てもらったからの、何か褒美を取らせたいと思うが、どういった形のものが良かったかの?』
「いえ、そうしたことはいいんです」と、この時ギべルネスは、ロルカ・クォネスカのことが急に思い出されていた。彼はほぼ植物状態にあるとのことだったが、まだ生きているはずだった。「じゃあ、もうハムレット王子たちのことはあなた方にお任せすれば、彼は仲間たちとともになんらかの神がかった方法によってペンドラゴン王朝の王になれるということでいいんですね?」
『それがさー』と、フォーンが何故か口笛を吹いて言った。『今宇宙船カエサルのほうに僕たちの仲間がいるんだけど、あんたたちがうっすら立ててる計画のほうがかなりのとこいいんじゃね?ってことに落ち着きつつあったりしてさ。そういうわけだから、そこまで面倒見てもらえると助かるかなーなんて思ったりしちゃったりしてるんだけど、どう?』
『そうなのじゃ。わしは反対したんだがの、そのためならギべルネス、おぬしに最上級の褒美、わしらの仲間にしても良いとの……そのような形で肉体にあるまま死を経験せずして精神・心・魂だけの存在となり、わしらと宇宙をどこまでも至福とともに旅してゆける特権を与えようという話運びになったのじゃ』
長老は反対した、と言ったが、今はそうでもないらしいことが、説明などされずとも、ギべルネスにはよくわかった。彼らはこんなふうにして――おそらくはもっと濃い密度の絆によって、人間の意識に相当するものを共有しているに違いない。
『まあ、おぬしらにはおぬしらの都合があろうが、確かにもしこれ以上惑星シェイクスピアの歴史には一切関与したくないということであれば……あとのことはわらわたちでなんとかしよう。とはいえ、わらわたちとしてはおぬしたちにそのまま計画を進めてもらって、そこからなんらかの形で零れ落ちた部分を支援したいと思うておる。ギべルネスよ、何も恐れることはない……こたびのことでは、あの魔術師マーリンともメルロンともメルランディオスとも呼ばれる男にもかなりのところ協力してもらったからな。奴はわらわたちの仲間になりとうて必死なのじゃ。何も、そうした意味ではハムレット王子のことが気に入ったからとか、そんなことが協力理由ではのうて、奴は自身の魔術探求により、死ぬべき肉体を持たぬ意識だけの幽霊のような存在になれたまでは良かったが、その後については自分でもどうしていいかわからんのよの。あやつのことを今後どうするかはわからんが、わらわたちは自分たちがここへ至るまでの過程において……わらわたちが善良であると認めた者のことは異星人でも仲間にしてきたのじゃ。ゆえに、ギべルネスよ、おぬしにもこのことがいかに特別なことか、いずれ体験とともにわかろうというもの』
「ハムレット王子が実際に王となるまでお手伝いするのは構いませんが……いえ、ユベールにも聞いてみないとわからないとはいえ、すでにもう乗りかかった船ですからね。毒を食らわば皿までと言いますし、そのこと自体はいいのです。ですが、私はそれがいかに素晴らしい体験であれ、とにかくまずは本星エフェメラのほうへ戻らねばなりません。母も妹もすでに死んでいましょうが、最後に彼女たちがどんなふうに生きたかを知り、せめても墓参りくらいはしなくてはならない義務がありますゆえ……」
それに、ギべルネスには他にも気にかかっていることがあった。その後、結局惑星ロッシーニとワーグナーはどうなったのか、また、クローディア・リメスが結婚後どのように生きたか……どうしても知りたかったのだ。(そうしなければ、自分は決して安らかに死ねぬ)とすら彼は思っていたのだ。
ここで、何故長老とフォーンと湖の姫がさざ波立つように笑いだしたのか、ギべルネスにはわからなかった。透明な、姿の見えぬ存在の小気味よい笑い……それはまるで妖精がスズランの鐘でも鳴らしているかというくらい、軽やかで優しい笑いだった。
『ほれ、わらわの言うた通りじゃろ?これで賭けはわらわの勝ちじゃな。地球発祥型人類言うところのプランBというやつを前もって用意しておいてまったく良かったぞえ』
『チェッ、チェッ、チェッ!!』と、フォーンは何度も舌打ちしている。実は彼がこの中で一番自分を気に入っていたらしきことも、ギべルネスには今や特段説明されずともよくわかっていた。それはまるで何千年も生きた樹の精が、遠くから少年たちを眺めやり(友達になりたいな)と感じるのにも似た感情だったと言える。『ギべルネス、この何も知らないお馬鹿さんめっ!!僕たちの仲間になるってことはね、本星エフェメラの星府スタリオンのお偉いさんたちの権益やら、あるいは超長生きしてこの宇宙全体を裏で操ろうとしているような連中が逆立ちしたって到底手に入れられない、それはそれは素晴らしいことなんだよっ!!そうだ、ギべルネス。君もまた、僕たちと一緒になって宇宙を旅するのがどんなにうっとりするような、魂に至福をもたらす体験かが一度でもわかりさえすれば……それ以外のことなんてほんと、どーもいいい塵芥に過ぎないってことがよーっくわかるに違いないんだけどねっ!!』
『ワハハハ。むしろ、それであればこそわしはこやつのことが気に入ったぞい。じゃが、最後にギべルネス、おぬしに考える余地を与えておいてやろう。それで、我々の仲間になるのがどういうことなのか……おまえたちニンゲンにいかようなる至福体験をもたらすものか、そのことがわかってのち、最後にもう一度返事のほうを聞こうではないか』
次の瞬間、ギべルネスが理解しやすいよう、三人の<長老>、<牧人>、<湖の姫>に分かれていた存在は、再びひとつの意識になると、あたりの宇宙や銀河とすらもひとつに溶け合い――そこにギべルネスの精神体、魂の意識のようなものをすっぽり包み込み、嵐のように巻き込んだ。
それはギべルネスにとって、今の今までかつて経験したことのない意識状態の変容であった。彼は今や、全であり一であること、一であると同時に全であることの奥深い意味を知るに至っていたからだ。そこではビッグバンが宇宙のゆらぎによってはじまり、いくつもの惑星郡がスターバーストによって生まれ、ブラックホールもあれば、いくつもの環を持つ巨大な惑星もあり、星雲同士がぶつかりあい、融合していく様もあれば、いくつもの惑星が生まれては長い時を経て再び砕け散るという様も何度となく無限に繰り返されていた。
さらには、その惑星ひとつひとつの中で起きた出来事が、超スピード映像のようにギべルネスの脳の中とも心の中とも言えぬ場所を何度となく通りすぎてゆく。あるところでは、ここ惑星シェイクスピアと同じく地球発祥型人類によく似た子供が生まれ、赤ん坊が「おぎゃあああっ!!」と泣き叫び、母の乳を吸ってようやく大人しくなり、また別の惑星では、爬虫類型人類が卵の中から生まれ、彼らは雌雄の差はあれど、その全員が大体のところよく似た容姿をしていた。馬型人類は、角の生えたユニコーンから進化したと言われているが、その進化の過程で鋭い角を失うかわり、仲間同士でテレパシーによって会話する能力を得た。甲殻型人類は、海からエビやカニに似た生物が陸へ上がり、やがて進化の過程で高い知能をその脳の中へ詰め込むことになった人類だった。彼らは得が損を上回らない限り決して動かない守銭奴として知られ、生まれつき計算能力が高いことでは宇宙一と目される人類だった。魚類型人類は、一度は陸に上がりある程度陸に適応したものの――結局のところ海の中へ戻ることを選んだ稀有な人類だった。とはいえ、基本的には海の中にいることを好みつつ、陸へも時々上がることが出来るよう肺のほうが発達している人々である……こうした宇宙の、他にももっと数多くいる知能ある生物たちの歴史が、一時にしてギべルネスの魂という存在の中に入り込んできたのだ。
そして最後に……ギべルネスは麗しの惑星マルジェラの、その美しき誕生の経緯、そこに暮らす人々の――いや、存在たちの、と形容すべきだろうか。彼らの長きに渡る『ひとつであった歴史』と、数十億年を経て地球発祥型人類の侵略を受けた、その後の悲しい離散の歴史とを、魂を引き裂かれるような痛みとともに理解した。のみならず、その後の、惑星シェイクスピアへやって来るまでの彼らの長く宇宙を旅してきた過程と、ここで人類が環境に適応し、生き延びるため、いかに彼らが手助けしてきたかについても……その濃縮したような時間の経験を一瞬にして理解した。さらには、その先にある彼ら精霊型人類の目的についてさえも。
精霊型人類である彼らは、仲間がひとりでも多く戻ってくるよう、ここでずっと長く宇宙の涯て果てまでも祈るようにして呼びかけているのだ。そして、数のほうが十分になったら、もう一度さらなる銀河の向こうへと旅立つ予定でいる。というのも、彼らは自分たちが所属する惑星の外へ出て以降――この全宇宙を創造したに違いない強く大きな存在が引っ張る力を感じ続けているからだ。それは、『こちらへ来い』などとはっきり呼んでいるわけではない。また、『来い』とも『来るな』というシグナルをも送ってきているわけではない。単に彼らはそのような存在がこの広い宇宙のどこかに<有る>ということを感じ続けているに過ぎないのだ。
だが、彼らの間ではすでに『そちらへ行ってみよう』と話のほうが決まっているようだった。もし<神>と呼べるような存在があるとすれば、このお方しかあるまいといったようにも彼らは思っている。そして、自分たちが何者で、これからどうすべきなのかを教えてもらいたかった。地球発祥型人類は、彼らに不当に征服されざるを得なかった他の宇宙生命体にとっては――どんなに手を尽くして滅ぼそうとしても死なない<宇宙のゴキブリ>とすら呼ばれる存在なのに、彼らを勝ち誇らせておくことが果たしてあなたの御心なのですかということや、彼らに侵略されて自分たちがその惑星を出たことは、今こうして神であるあなたに至るためだったのですかということや……彼ら精霊型人類はそんなことを聞きたかった。
とはいえ、<宇宙の神>と思しき存在が、果たして彼らの考えるような恵み深く優しい存在であるとは限らず、あるいはそれは<神>などという概念などとは程遠い存在かも知れない可能性もある。だが、彼らはいずれはそちらへ向けて旅立つことだろう。何故なら、そちらから流れてくる波動が、人間で言うところの母の胎の中にも等しく、なんとも言えず優しく心地好いもので満たされていたからだ。
もしかしたらそこで我々は、かつて昔そうだったようにもう一度ひとつの存在として結び合わされることが出来るかもしれない……精霊型人類である彼らは、そのことに自分たちという存在のすべてを賭けているのだ。
その後、こんなにも途方もなく広い、人智が及ばぬ領域を多大に残す宇宙は、最終的には縮んでしぼみ、終わりを迎えた。その後を支配する真の暗闇と静寂。だが、また再び宇宙は膨張し、ビッグバンが起こり、同じことが繰り返されようとしている……そんな、ただの終わりのはじまりの果てが何度もあってのち――ギべルネスは空間転移装置の中で目を醒ました。無論、言うまでもなく宇宙船カエサル側の円筒形の装置の中で。
透明なドアが開いた時、ギべルネスはそこからよろめきつつ歩を運んだ。それから、床の上に膝をついた。人間の脳の情報量を遥かに超える体験が彼という存在の中に一時に流れたのだから無理もない。だが、それは確かに途方もない至福の体験でもあった。
もし、ギべルネス自身に母や妹や恋人のことが気にかかっているということがなかったとしたら――いや、そのような気がかりがあってさえも、彼女たちはどちらにせよ死んでいようという意味で、このまま不死の身にも等しい存在として精霊型人類とひとつになり、遠く宇宙の果てまで旅してゆくことは、その真理への探究の旅は、この上もなく魅力的で素晴らしい至福体験であることが、今や彼にもはっきり理解されていたのである。
ギべルネスはこの時、ドキドキと脈打つ心臓の音を耳の裏で聞く思いがした。前後左右の感覚もなく、言ってみれば自分はひとつの電気信号のような、ただの波動に過ぎなかった。そしてこの上もなく自由で平和だった。みんなとひとつになっても良ければ、また少し離れてからその中心核に至るまで潜ってみたりと……すべては自由自在だった。それに引き換え、こんな醜く汚い肉体の中にこれからも留まり続けなくてはならないとは――そのふたつを比べてこちらを選ぼうなどとは、なんとも愚かなことだった!!
(だが、なんにしてもとりあえず……私は私で、今は出来得る限りのことをしなくては……)
ギべルネスはそう思い、壁に手をついて立ち上がると、よろよろしながら空間転移室のドアのロックを解除し、廊下のほうへ出た。『大丈夫ですか、ギべルネス・リジェッロ?』と、AIクレオパトラに聞かれ、「大丈夫です」と、あくまでもにこやかにギべルネスは答える。
(ほんの一年弱ほど留守にしていただけなのに……よもやこの忌々しい船内を、懐かしいなどと感じるとは……)
そんなことを思いながらメインブリッジのほうへギべルネスは向かった。そしてそこでは、羽アリではないユベール・ランバートが、彼が姿を現すなり、惑星シェイクスピアの地上風景をいくつも映した巨大スクリーンから振り返り、歓喜とともに躍り上がって出迎えてくれたのだった。
>>続く。