こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第二部【21】-

2024年08月20日 | 惑星シェイクスピア。

 今回の【21】と【22】は、元はひとつの章なんですけど、例によって入りきらなかったため、変なところでちょん切ってふたつに分けるということになりましたm(_ _)m

 

 というわけで、今回はあんまし前文に文字数使えないことから、何を書いていいかわからなかったり(何を書いても中途半端になるという意味で^^;)。

 

 でもまずはとりあえず、「ヴェニスの商人」のことについて少し書いてみようかな、なんて

 

 たぶん、わたしが思うに……シェイクスピア作品の中で、割と誰でも「その名前聞いたことある」系の作品の中で、「ヴェニスの商人」は色々な意味で一番バランスが取れてて面白いんじゃないかな、という気がしたりわたし自身、シェイクスピアに詳しいわけでもなんでもないわけですが(殴☆)、シェイクスピア云々関係なく、ストーリーの筋立て等が内容的に盛りだくさんで、普通(?)に誰が読んでも大体面白い気がするわけです。

 

 ええと、↓に「ヴェニスの商人」に出てくる登場人物と同じ名前のキャラが脇役にいる&一部超有名なエピソードを使わせてもらってる……ということから、一応その点についてのみ今回は触れてみたいと思いました(今回、あんましここに文字数使えないから)。

 

 >>ヴェニスの若き商人アントニオは、恋に悩む友人バサーニオのために自分の胸の肉一ポンドを担保に悪徳高利貸しシャイロックから借金してしまう。ところが、彼の商船は嵐でことごとく遭難し、財産のすべてを失ってしまった。借金返済の当てのなくなった彼はいよいよ胸の肉を切りとらねばならなくなるのだが……。

 

(「ヴェニスの商人」シェイクスピア、福田恆存先生訳/新潮文庫より)

 

 アントニオは恋に悩むバサーニオのため、ユダヤ人高利貸しシャイロックからお金を借りるわけですが、彼の所有していた船がすべて難破して資産を失ったことにより、返せる当てがなくなり……証文に書いてある約束通り、肉一ポンドを切り取られるということになってしまいます。

 

 バサーニオの恋する女性ポーシャは富豪の娘で、そのような女性に求婚するには、他の資産家の男たちと十分張り合えるような財産のあることが望ましい……そこでアントニオは借金までして金の工面をしてくれるわけですが、ポーシャの亡くなった父親はある条件を娘の結婚に出していました。それは、「金の箱、銀の箱、鉛の箱を選び、その中にポーシャの生き写しのような絵姿が入っていたら」その男性は彼女と結婚できるというものでした。

 

 バサーニオは無事、心から愛する女性ポーシャの絵の入った箱を引き当て、こうしてふたりは結ばれますが、シャイロックに金を返せる当てのなくなったアントニオが肉を切り取られる危機にあるとわかり、友を救うためバサーニオとポーシャは法廷へと急ぎます。

 

 何分ポーシャには富豪の父親から引き継いだ財産があり、いまやそれはバサーニオのものでもある……というわけで、借金の三千ダカットについても「軽々支払ってやれるぜい!」といったところ。けれど、ユダヤ人であるがゆえに、アントニオからもバサーニオからも、他にも隣人であるキリスト教徒連からさんざん侮蔑的態度を取られてきたシャイロック。第一、高利貸しの彼にとって金ならばそもそも十分ある……というわけで、シャイロックは裁判の席で裁判官が「肉一ポンドについては容赦するよう」求めても、一向聞き入れません。簡単にいえば、自分を侮蔑してきた奴らに思い知らせてやるためにも、アントニオの胸から肉一ポンドをシャイロックは切り取りたくて仕方ないわけです。

 

 ここで、法学者と入れ替わっていたポーシャが(付け髭をつけたりして変装していた模様)、機転を利かせ、「肉一ポンドを切り取ってもいいが、そのかわりその肉が一ポンドより多くても少なくてもいけない。それと、血一滴たり流してはならぬ」と命じたことにより――そんなことは不可能であるとして、シャイロックはようやくこの彼にとっては正統な復讐を諦めるのでした

 

 そろそろ文字数限界なので、簡単なストーリー説明くらいのことしか書けなかったんですけど(汗)、まあ、そもそも超有名なお話でもあるので、「そんなこと、最初から知っとるがな」という方にとっては退屈なだけのあらすじ説明やもしれませぬ(^^;)。

 

 それではまた~!!

 

 

       惑星シェイクスピア-第二部【21】-

 

 ギネビアは自分の言いたいことを言ってしまうと、舞踏室から廊下へ出、緩やかにカーブを描く石の階段を下りていくと、まだ雨の降っている中庭のほうへ向かい、さらにそこから城門塔に守られた跳ね橋を渡り――イルムル川の支流に沿うようにして、水門塔を目指した。

 

 と言っても、衛兵室のほうを訪ねて挨拶するでもなく、ギネビアは桟橋に繋留されている屋形船のひとつに入ると、キャビンまで下りていってドサリと横になった。ロットバルト州の貴族たちはおそらく、こうした船に乗って川下りするというのがひとつの趣味のようになっているのだろう。寝心地のいいソファもあれば、部屋の床にしっかりくっついている精緻な彫刻のテーブルなど、壁には絵画や豪華なタペストリーも掛かっていて、貧しい農家で寝泊りするよりは、こちらで過ごしたほうがよほど贅沢というものだったに違いない。

 

 もともと、アストラット城へは一泊だけする予定であり、荷物などについてはほとんどがそのまま積んである。ゆえに、本来は見張りが必要であったが、水門塔の衛兵たちが「自分たちに任せとけ!」と酔っ払って言ったことをいい加減にもバサーニオらは信じ、五艘の屋形船のどこにも、今は誰も人がいなかった。

 

(へえ……面白いもんだな)

 

 ギネビアは壁にかかった特殊な燭台を見てそう思った。それは船がどんなに揺れても蝋燭が床に落ちたりしないよう金属の加工品によって覆われていたが、その格子模様の合間から、十分な量、光があたりを照らすように出来ている。

 

(美味しい食事のほうにもありついてきたばかりだからな。まあ、ガルドローブ(トイレのこと)のほうは水門塔のおっちゃんたちのを使わせてもらうとして……今晩はここでぐっすり眠らせてもらうことにしよう)

 

 実をいうとギネビアは、ランスロットのことはあまり考えなかった。彼女にとって彼は、いるのがあまりに当たり前の存在だったからだ。さながら空気の如く……けれど、空気というのはなくなってから初めてその貴重さに気づくのであって、普段はほとんどあまり意識されない存在である。ゆえに、ランスロット自身がそうと気づいているように、ギネビアはそうした意味で残酷であったに違いない。

 

 ここまでやって来る道の途中で、確かにランスロットにキスされたことを思いだしはしたが、彼女はそのことできのうほどにはすでに怒っていなかった。きのうの夜も、今朝目を覚ましてからも(よりにもよってこのわたしに、あんなイヤらしいキスをしてきやがって!!)ということで、確かにギネビアは怒っていた。空気の騎士ランスロットの側としてみれば、そうすることで自分の婚約者が少しくらい自分を男として意識すればいい――そのように思っていたというのに、ギネビアは「がらがらがら、ぺっ!!」と何度かうがいすると、ランスロットのしたことを<なかったこと>として記憶から可及的速やかに葬り去ることにしていたのだ。

 

 また、ランスロットとエレイン姫に関してギネビアが思っていたことというのも、大体のところ次のようなものだった。ローゼンクランツ城砦で行なわれる公式の馬上試合において、たとえばパーシヴァルやクレティアンといった騎士たちは独身時代、三度も四度も違う娘のドレスの袖やらスカーフやらを身に着けて戦っていたものである。ギネビアはそうした事柄について、彼らを「なんという不実な浮気者だろう!」とは思っていなかった。それは相手の女性とどのような形で話がついているかによるからだ。けれど、ランスロットがエレイン姫にしたことは、ギネビアには許しがたいことだった。ふたりの間に肉体関係が存在したかどうかは、この場合関係がない。エレイン姫ほどの女性が失恋によってイルムル川へ身投げし、危うく死ぬところだったという一事を取ってみただけでも――ランスロットは責任を取ってエレイン姫と結婚すべきなのである。

 

(それをあの野郎は……一体何を血迷ったのか、このわたしにキスなぞしくさりやがって!!何考えてんだ。エレイン姫は非の打ちどころなくまったく美しい女性だった。きっと両親に大切に育てられた、教養もある素晴らしい人に違いない。それなのに、馬上試合で姫の真紅の袖までつけて戦っていながら、何故彼女の愛を拒まなきゃならないんだ?わたしと婚約してるからだって?馬鹿も休み休み言えってんだ)

 

 エレイン姫の愛情に応えられない理由として自分のことを持ち出したというのも、ギネビアには許せないことだった。(それに、あんなイヤらしいキスの仕方を知っているということは、<都上り>の時にでも、パーシヴァルやクレティアンなんかと一緒に歓楽街あたりででも一緒に遊び歩いたっていうことなんだろうしな。まったくけしからん奴だ)――そんなことを思って腹を立てていたギネビアだったが、ある瞬間にふと考え方を変えた。この場合、大切なのは課程ではなく結果である。エレイン姫が実らぬ恋のことを思ってイルムル川へ身投げしたというのはなんとも痛ましいことだったが、起きてしまったことは起きてしまったことである。なんにせよ、今彼女は生きていて、ここアストラットの地をランスロットが再訪することになったのも何かの縁に違いない……しかも二年前とは違い、すでに自分とランスロットは完全に婚約を解消している――となれば、ふたりが結ばれるのに一体どんな障害があるというのだろうか?

 

 エメラルド色のクッションを枕にして横になり、ギネビアがそんなことをつらつら考えていた時のことだった。ドカッと甲板を叩くような音がしたかと思うと、ガチャガチャというドアノブを回すのに似た音が続き、階段を下りてくる足音がする。

 

(……誰だっ!?)

 

 帆立貝や珊瑚、それに人魚などが彫刻されたテーブルの上から、ギネビアは念のため剣を手に取った。おそらくは、アントニオといった船頭の誰かが様子を見に来たのだろうとは思ったが。

 

「……ハムレット王子」

 

 思ってもみなかった人物の姿を見出して、ギネビアは驚いた。拍子抜けしたように、もう一度手にした剣を手放す。

 

「タイスやギベルネ先生は一緒ではないのですか?」

 

 ハムレットに続き、誰かが後ろからやって来るものと思っていたギネビアは、ハムレットが船室のドアを後ろ手に閉めるのを見、不思議そうな顔をする。

 

「いや、オレひとりだ」

 

「そんな……今ごろみんな心配してますよ。それに、アストラット城からここまで来るにもちょっと距離がありますからね。ギロン男爵はどうやらもてなすべき客としてエレアガンス子爵が一番大切なお客人といったように認識してるみたいですけど、それはともかくとして、暗殺の心配というのは常にしていなくてはなりません。これからは、こうした単独行動は慎んでいただかないと……」

 

 ハムレットはくすりと笑うと、ギネビアが慌てて起き上がったソファの向かい側へ腰かけた。ソファもまた、脚の部分がしっかりと床に固定されており、川下りの時にいくら揺れようとも、部屋の隅に移動していくといった心配はない作りとなっている。

 

「いや、こんなことが出来るのも、今だけかもしれないと思ったものでな。ある意味、メレアガンス州までの旅は良かったよ。気心の知れた仲間だけの旅っていう意味で……でも、おそらくこれからはもうあんな思いは出来ないということなんだろうな。もちろん、炎天下の中砂漠を移動するのはつらかったし、いつでも楽なばかりというわけではなかったかもしれない。だけど、これからは自分が好ましいと感じる人物とだけでなく――特に利害の絡んだ相手とは内心ではいけ好かない奴と感じていようとも、どうやら友好な関係というのを続けるべく努力しなけりゃならんらしい」

 

「もしかして、エレアガンス子爵と彼の取巻き連のことですか?」

 

 ハムレットは頷いた。だが、その顔にはどこか無邪気な、何かを面白がるような表情が浮かんでいるばかりである。

 

「いや、子爵殿のことはいい人間とは思っているんだ、これでも……おそらく育ちがいいというのは、彼のような人物のことをいうのだろうなといったようにも。カドールなんかは、エレアガンスのことを将来的に典礼儀官長にでもしたらどうか、なんて時々冗談で言ったりしてるがな……見た目の装いのことでは常に完璧を期そうとするので、向いてるんじゃないかというわけだ」

 

「確かに、そうですね」ギネビアも笑った。「でも、エレアガンスは王子がいずれ王になるから、今から政治的利権にありつこうとか、そんなことを考えてハムレットさまと一緒にいるってわけじゃないですもんね。そこは、確かに彼のいいところだと思います」

 

「そうだな。だが、そもそも元はといえば、カドールやランスロット、全然そうは見えないにしてもキリオンやウルフィンも、一応はそんなふうに聞かされているはずなんだがな。とはいえ、あの頃は今以上にまだまだ全然……オレ自身にしてからが、自分がいずれこの国の王になるだなんて信じてなかった気がする。でも、オレ自身がそう信じてなくても、みんながそう信じさせてくれたんだ。もちろん、そのことの内にはギネビアの力も大きかった」

 

「え?わたしですか……」

 

 ギネビアは照れたように赤くなると、どこか落ち着かなげにそわそわしだした。彼女は今、エレイン姫と相対していた時のように足を大股に開いてもいない。

 

「ああ。オレはちょっと、ランスロットにはコンプレックスを感じるところがあるし、それにカドールはほら、タイスとタイプがまったく一緒だろ?三度の飯より陰謀が好き……とでも言えばいいのかどうかわからんが、いい意味であいつらはオレのことを王として担ぎ上げたその下で、実質的に政治そのものを動かそうというのか、いってみればそんな感じだろう?だが、ギネビアは違う。政治的利権がどうこうといったことは関係なく、何が正しくて間違っているのか、一見正しそうに見える楽なほうを取るのではなく、徹底して正義を追求しようというところとか……それは、メレアガンス州の聖ウルスラ騎士団にも、他の誰にも――同じところはないと思うんだ」

 

「いやあ、そんな……一騎士として、当たり前のことを言ってるだけなんですけどね。それに、ハムレットさまほど立派な方が、何故ランスロットの奴になぞコンプレックスを感じる必要があるんです?ほら、今回のことでもわかるとおり、あいつは実際のとこ、優柔不断なしょうもない奴なんですよ。エレイン姫ほどの美しい方が相手では無理ないとは思いますけどね、ギロン男爵やリオン殿がそれで許してやると寛大にもおっしゃってくださっているのですから、明日にでも婚約の約束を正式に取り交わして、そのあとにでもロドリアーナへは旅立てばいいのではありませんか」

 

 ここで、ハムレットは心底驚いた、といったような顔をしてギネビアのことを見返した。実をいうと彼はランスロットとエレイン姫の件に関して、ギネビアが本当はどう思っているかを知りたくてここまでやって来たのだ。

 

「……本当に、それでいいのか?」

 

「ええ。むしろわたしとしては……この船の浮かぶ外を流れる青とも緑ともつかぬ水の流れを見ていると、本当にゾッとしますね。すぐそこの水門塔にいる衛兵たちが最初に身投げした姫の変わり果てた姿を発見したらしいですが、ギロン男爵も兄のリオン殿も驚いたことでしょう。本当に、生きていて良かった。ランスロットの奴はね、そうした償いの意味もこめて、責任を取ってエレイン姫と結婚するのが一番いいんです」

 

「だが……オレが聞いたところによれば、ランスロットにその気持ちはなく、あくまでもエレイン姫の片想いだといったように聞いたぞ。もしそうなら……本当は愛してもいないのにそのようなことを強要することは、誰にも出来ないことなのではないか?」

 

 ギネビアはハムレットのこの言葉に対しても、まるで『王子は何もわかってらっしゃらないから』とでもいうように、ただ肩を竦めている。

 

「どこの騎士だって、大体のところそんなふうにしているじゃありませんか。ハムレットさま、わたしは小さな頃からローゼンクランツ騎士団の騎士たちをずっと見て成長してきましたけどね、好きだ、惚れた、愛しただの言って結婚しても、うまくいくとは限らないのですよ。もちろん、愛のない政略結婚だって、うまくいかない場合のほうが多いのかも知れない。でもその点、ランスロットの奴はエレイン姫のような女性と結婚すれば結構うまくいくんじゃないかと思います。むしろ、あれほどの素晴らしい女性に想いを寄せてもらっているということを、あいつはもっと神に感謝すべきと思うのにそこのところをわかってないというのが、なんともあいつの男として駄目なところですね」

 

「いや、ギネビア……オレはてっきり、君が本当はランスロットのことを憎からず思っていて、エレイン姫のような恋敵が現れたことで――彼への自分の本当の気持ちに気づいたとか、そういったことがあったんじゃないかとばかり思ってたんだが」

 

「まあ、そりゃそうですよ」ギネビアはあっけらかんとしたものだった。「わたしがもし男で騎士だったら、エレイン姫のような女性がほんのちょっと意味ありげな目配せをしたというだけで、すっかり参ってしまうかもしれません。あるいは、自分でなく親友のランスロットのほうがあのような美人にモテたというので、腹が立って絶縁していた可能性だってあります。今だって、確かにわたしはランスロットの奴のことを羨ましいとは思ってるんですから……どう言ったらいいのかなあ。もし明日あたりにでもエレイン姫とランスロットが婚約を交わしたとしたら、ふたりのことを祝福しつつも、わたし自身は内心では複雑ですよ。でもそれは、たとえばわたしの姉のテルマリアがどこか遠くの貴族の男と結婚して、今後は滅多なことではそうしょっちゅう会えない……そのことを悲しく思い、姉をその男に奪われたということで嫉妬し、でもテルマ姉さんの美しい花嫁姿を見て、結局のところ嬉し涙によって見送るといったような、そんな気持ちに近いことなんです。ランスロット程度の奴があんな美女と?その点については確かに腹が立つ。でもそれは元婚約者として嫉妬してるとか、そういうことじゃあないんです。あいつがこれから結婚して所帯を持ったりして、ローゼンクランツ騎士団やそこに属する仲間であるわたしが優先順位としてそれより低い立場になること自体は寂しい。けれど、あいつが幸せになること自体は仲間として、友達として祝福してやらなけりゃならない……大体、そんな感じのことなんですよ」

 

「なるほど」

 

 ハムレットは驚いた。彼自身、ギネビアはおそらく幼馴染みとしてあまりに近しい存在であるがゆえに、ランスロットこそ自分の本当の意味での理想の騎士の体現だということに、彼女が実は気づいてないのではないかとそう思ってきただけに。

 

「じゃあオレがしていた心配は、まったくもって余計なことだったということになるな……」

 

 ハムレットは、自分の勘違いがなんだかおかしくなった。とはいえ、いくらギネビアが「あんな美女、おまえの人生にもう二度と現れんぞ」とか「逃がした魚の大きさにおまえが気づくのは、エレイン姫が他の貴族の男と結婚したその時なんだろうな」といったように、あてつけがましくランスロットに言ったとしても――ランスロット自身はエレイン姫からどうにか逃げることしか考えないだろうことは間違いない。そしてその上で、「親の決めた婚約者だからじゃない。俺はおまえのことだけが好きなんだ」と、ランスロットが面と向かってはっきり言ったとしたら……その時こそギネビアは、この国随一とも言われる腕前の騎士、ランスロットの愛を受け容れることになるのだろうか?

 

(わからない)とハムレットは思う。だが、ギネビアが自分の気持ちをわざわざ偽って話したようにも見えなかった。幼馴染み、同じローゼンクランツ騎士団の仲間、兄弟のようなもの……そうした意味で、彼が他の誰かと結婚することは、確かに妹のような存在として寂しいことではある。けれど、それは元婚約者として嫉妬しているというのとはまるで別の感情だ――とギネビアは言った。ということは、その部分をランスロットもカドールも、正確には理解していないということなのだろうか?

 

「ギネビアは、ランスロット以上の騎士でもない限り、そのような男が求婚でもしない限りは絶対結婚はしないということなのかい?」

 

「いえ、ランスロット以上の男なぞ、そこいらにゴロゴロいますからね。ですがまあ、結婚はしないでしょう。わたしはね、王子。ハムレットさまがわたしのことを騎士に叙任してくださったことを、今でもそれはもうこの上なく恩義に感じているのです。騎士たちに混ざって剣や槍、それに体術や馬術を学ぶことまでは許しても、父上もランスロットの父である騎士団長も――わたしが正式に騎士としてローゼンクランツ騎士団に名を刻むことまでは決して許してくれませんでした。わたしが女でも、今もこうしてともに旅が出来るのはハムレットさまあってのこと……それ以上の自由など、わたしには必要のないことです」

 

「そうだったのか……」

 

 ハムレットは再び、今度は別の意味で驚いた。人の気持ち(女の気持ち、というつもりは彼にはない)というのは、こうして膝を突き合わせて本当のところを聞いてみなければ、案外わからないものなのかもしれない。

 

「その……我々にとっては今こそが大切な時期であって、こんなことは捕らぬタヌキの皮算用のようなもので、今話すのはオレとしても恥かしいことではある。だがやはり、前もって聞いておきたいんだ。もしオレがこの国の王になれたとして――その時にはギネビア。ギネビアにも騎士として、この国のどこか好きな場所を領地として取ってもらいたいと思っている。そのこと、今から覚えておいてくれないか?」

 

「いえ、わたしの中ではこの国はすでに、ハムレットさまのものです」ギネビアは恭しく頭を垂れてから、はっきりそう言った。「また、わたしはのちに領地が欲しくてハムレットさまに従っているわけではありませんが、そのお気持ちは嬉しいものとして受け取っておきたいと思います。そうですね。ひとつくらい、女が領主となって治める土地があってもいいかもしれない。というのも、それが自分のためだからじゃないんです。そうした前例があれば、女でも十分有能にひとつの広い土地を治めていけるという模範を周囲の州に示すことが出来れば……女しか跡取りがないというので、ある土地を他の欲に狂った男の豪族に奪われるとか、そうしたことがなくなるかもしれません。そのためにはやはりそうした前例と法律が必要だと、そんなふうに思いますからね」

 

「そうだな。オレもそう思う……おそらく、そのことにはカドールはどうかわからんが、少なくともタイスは同意してくれるだろう。新しく国造りをするという時、やるべきことが多すぎて、今ギネビアが言ってくれたようなことが後回しになるといけない。もしオレが忘れているようだと思ったら、その時にはそうせっついてくれると助かるよ」

 

「ええ、もちろんです」

 

 ハムレットはこの時、心の底からほっとした。無論、だからといって今後もギネビアはどの男のものにもならないだろうから安心だ――などと思っているわけではない。ただ、ギネビアがカドールが言っていたように『子供すぎて、ランスロットに対する自分の本当の気持ちに気づいていない』といったような、そうしたこととも彼女の本心は別なのだとわかって、ほっとしたのだ。

 

(もちろん、結局のところギネビアはランスロットが領主として治める州で、賢い妻としての座に収まった……そんなことだって十分ありえることだろう。だが、何故か彼女がランスロットこそ理想の騎士の姿だと思っていない以上、そうと認めることは同じ騎士のライバルとして屈辱だと感じているらしい以上――オレにも少しくらいは望みがあると思えること、今はそのことがオレにとってはこの上もない恋の救いとは言えたろうな……)

 

 自分のこうしたギネビアに対して感じる恋心を、他の誰も理解はすまいと、ハムレットにはわかっていた。第一、彼自身ランスロットと男らしく騎士として戦い、最低でも三本勝負のうち、一本を取れるくらいの剣の腕前でもないことには――ギネビアはそのような軟弱な男のことは相手にしないだろうと思っていた。かといって、現実問題としてそのようなことは難しい以上、彼にはどうしていいかわからなかった。自分の好意をそれとなく相手に示すことさえ出来ない、最初から手詰まりの恋。だがこの時、ハムレットは理由なきある種の希望を抱いた。それは、あと一歩手駒のポーンを相手陣地の先に進めることさえ出来ればクイーンに変えることが出来るような、根拠のない予感だったと言える。

 

 そしてこの次の瞬間、敵がそうはさせまいとして、ナイトが不規則な動きをし、不意に歩兵を叩き潰すシーンが連想的に思い浮かんだが……そんなキングとしてのハムレットを救ったのは、最初から最強の駒であるクイーン・ギネビアだったわけである。

 

 ハムレットのこれから先も報われそうもない恋がはじまったのは、ローゼンクランツ騎士団擁するあの試合会場にて、ギネビアが相手プレイヤー(選手)であるランスロットを殺そうとし、白銀の冑を脱いだ瞬間のことだった。その一瞬前までてっきり男の騎士とばかり思っていた相手に恋をするなど、おそらく奇妙なことではあったに違いない。もちろんそれ以前にも、ギルデンスターン城砦にいた頃からすでに、若い娘たちやすでに結婚している女性などの、自分やタイスに対する意味ありげな視線にハムレットは気づいていた。『将来王になることを考えて、恋の軽挙や妄動には気をつけること』といったように、誰かが警告したようなことは一度もない。けれど、彼自身(そうした可能性もある)と思い、注意深く周囲にいる若い女性たちを観察していたものである。

 

 けれど、単に美しいとか優しいとか、そうしたことが理由で相手の女性のことを考えて夜も眠れない……そのような感覚をハムレットにもたらしたのは、唯一ギネビアだけだった。そしてそれは、彼にとって最初から敗北の決まっているも同然の恋でもあったのだ。今も時々、ハムレットは内心でこう思うことがある。実は自分などではなく、ランスロットこそが王としてこの国を治めるのに相応しい男なのではないか、ということを……。

 

(まあ、カドールやタイスがこの国の将来のことに対し、捕らぬタヌキの皮算用よろしく、新しい国にはこのようなことが必要だ、あのようなことが大切だと、理想的なユートピア建設について色々語る時……オレは時々冗談でからかってやることがある。『オレなど抜きで、おまえたちふたりで新しい国の王になればいいのじゃないか』といったように。無論、彼らにはわかっている。つまらん議論が長くなったのにオレが飽き飽きしてそんなことを言ったのだろうといったことは……だが、ランスロットに対しては冗談でも言えん。『おまえがオレの代わりに王にでもなったらいいのじゃないか』なんていうことはな)

 

 ハムレットはこのあと、ギネビアと楽しい世間話を何気なくした。いつもまわりには誰かしら彼らの仲間がいて、ふたりきりで話せるようなことはほとんどないゆえに、それは彼にとって心ときめく楽しいひと時だったと言える。

 

「ほら、あのどこか気難しい顔をした操舵手のソレーニオな。なんでも次にロドリアーナへ戻ったら、ある求婚の試練を受けなきゃならないらしい。アントニオがそう言っていた。『いつもはあんな胞子を作りだすキノコのように陰気な男でなく、真夏の太陽を喜ぶヒマワリのように陽気な男なのですが、彼は今運命の赤い糸で結ばれていると感じる女性と結婚できるかどうかの瀬戸際にいるのです』ということでな」

 

「へええ……でも変な話、運命の赤い糸で結ばれているんなら、この全世界、あるいは全宇宙が反対しても、そんな恋人同士は結ばれることになるんでしょうから、そんなに難しく考える必要はないんじゃないですか?」

 

 ギネビアが彼女らしい単純な恋愛観を口にするのを聞いて、ハムレットはおかしくなった。無論、ランスロットとエレイン姫が恋人として結ばれないのは、全宇宙や神が反対しているからでないのは間違いない。

 

「いや、それが聞いてみるとなかなか興味深い話でな。ソレーニオが求婚しようとしている女性はポーシャと言って、港湾都市ロドリアーナでも指折りの豪商人の娘らしい。ところで、この豪商人がある日天寿をまっとうして死んだ。彼は美しい一人娘が財産目当てに近づいてきた男と結婚するのでないかと、最後の最後まで気に病んでいたらしい。そこで、次のような遺言を残したのだ。ポーシャの求婚者は、金の箱、銀の箱、鉛の箱の三つの中からひとつを選ぶ。その中にポーシャの美しい絵姿を見出した者だけが彼女と結婚できるという、どうやらそうした話運びらしい。何人もの求婚者たちが挑戦したが、今のところまだ彼女は結婚していないところを見ると、誰もポーシャの絵姿をその宝箱の中に見出していないということなんだろう」

 

「なるほど。そりゃ確かに悩ましい話ですね。第一、今ソレーニオがこうして操舵手をしているということは……今この瞬間も――いや、彼がロドリアーナへ戻ったら、すでにポーシャは彼女の美しい絵姿を引き当てた誰かと結婚したあとだったと、そうした可能性だってありますもんね」

 

「そうなんだ。しかも今回、この突然の嵐で足止めを食うことになったろう?ソレーニオはそりゃあ、見るも惨めな姿をして思い悩んでいるらしくてな……しかもソレーニオには三千ダカットばかりの借金があって、今回操舵手の仕事を引き受けないわけにもいかなかったらしい。もしそうじゃなかったら、ロドリゴ伯爵の仕事のほうは断って先にプロポーズすることに決めていたらしいのだがな」

 

「ふうむ。確かにそれはなかなか入り組んだ話、という気がしますね。わたしはどちらかというと愛があれば金なんてというタイプではあるのですが、それでも自分が金持ち女で、三千ダカットも借金のある男がプロポーズしてきたら……まあ、まずは真っ先に疑うでしょうね。『所詮この男も自分の持参金目当てに違いない』といったようには。でも、まずはせめても借金を減らしてからプロポーズしようというあたり、あのソレーニオという男、なかなか見るべきところのある男なのではありませんか」

 

 テーブルには鍵がついていて、それを開けると中にはワインやゴブレットなどが収納されていた。そこで、ふたりは酒を汲み交わしながらそんな話をしていたわけである。

 

「そうなんだ。アントニオたちも、友達であり、仕事仲間でもあるソレーニオがすっかり憔悴しきっている姿を見て、みんなで金をかき集めて彼の借金をすべて支払ってやってりゃあ良かったと、今後悔しているところらしい」

 

「なるほど……まあ確かに、三つの宝箱の中からポーシャさんの絵姿を引き当てることが出来たとして、その大金持ちの女性と結婚できた場合、最初に自分の妻に頼む仕事として『まずはオレの借金三千ダカット、肩代わりしてくんねえかい?』というのは――立派な夫として、その後も永久に妻と対等になれるのはベッドの中だけ、ということになりかねなさそうですもんね」

 

 ベッドの中、などという言葉がギネビアの口から発されて、ハムレットは一瞬ドキリとした。「そ、そうだな……」などと、彼はゴブレットの中の薔薇色の液体に目を落とす。ごくり、と不自然に喉が鳴った。

 

「うまくいくといいですけどねえ。雨もすっかり小止みになったようですし、明日には再び川下りを再開できたとして……ロドリアーナへ到着するのは夕方くらいなのでしたっけ?」

 

「そうらしい。アントニオたちの話によると……バサーニオもグラシャーノもサレアリオも、他の操舵手たちはアストラット城主の歓待にすっかり満足して、永久にこの城で暮らしたいとすら思っているらしいのだが、唯一ソレーニオだけが『一分一秒の遅れが、おのれの運命に破滅をもたらす』とばかり、すっかり気も塞いで落ち込んでいるんだな。まわりで見ている者のほうが、肺病持ちのような顔色になって落ち込まずにいるのが無理だと感じるほどに」

 

「でもまあ、他人の恋愛のことは、他の誰にもどうにも出来ませんからね」ギネビアは実際には大した恋愛経験もないのに、恋の道にかけては海千山千の者だというように、妙にうんうん頷いている。「それでいて運命ということを考えると、やっぱり少し不思議な感じはします。何故といって数学的な確率からいえば、結局は三分の一の当選率、みたいな感じのことでしょう?ポーシャさんという女性に真実本当に恋しているとか、心から彼女を愛しているというのでなくても……なるべく早くその運試しというやつに挑戦しないことには、誰かが金か銀か鉄の箱に当たってしまいそうですからね」

 

「一応、ルールはあるらしいぞ。挑戦する者は、まずポーシャ嬢のことを心から愛していると愛の女神ヴィーナスに誓い、またこの挑戦のことを巷間に流布しないこと、さらにはこの運命の選定に失敗した者は、他のどのような女性にもその後求婚してはならない――そんなふうに取り決めがしてあるのだとか」

 

「へええ……それなら少しくらいはわかる気がしますね。ポーシャさんのことを愛しているかどうかは別として、財産と欲にくらんだ者であればいくらでもそんな振りをして、恥かしげもなく愛の神にでも金の神にでも喜んで誓いを立てることでしょう。けれど、その後どのような女性にも求婚してはならないというのは――そこにはそれなりの覚悟がいる」

 

「そうだな……」

 

 ハムレットはゴブレットに刻まれた海神ポセイドンの顔をなぞりつつ、ふと考えた。(もしギネビアがそのポーシャという女性だったら……オレだってあの気の毒な様子をしたソレーニオと一緒だ。彼女が公爵の娘で結構な財産持ちだからとか、そんなことは関係なく――さらには、二度と他の娘にプロポーズしてはならぬと宣誓することになったとしても、その三分の一の確率に賭けずにはいられなかったことだろう)……ハムレットはこの瞬間、不意に自分は何かすべきなのではないかという焦燥に駆られた。何故といって、今のようにギネビアとふたりきりになれる時など、次は一体いつ巡ってくるやらわかったものではなかったからだ。

 

 とはいえ、実際には何を言う勇気もなく、ハムレットとギネビアはこれから向かう予定の州都ロドリアーナのこと、ロドリゴ=ロットバルト伯爵がどのような方かということ、ロットバルト騎士団のこと、ふたりが見たことのないエレゼ海のことなど……どうということもないような話をしては笑ったり、仲間たちのことをあれこれしゃべったりするうち、夜はますます暗闇の中へ沈みこむように深くなっていったわけである。

 

「そろそろ、横になって眠ったほうがいいんじゃないか?」

 

 ギネビアがある瞬間、「ふあ~あ」と、何気にあくびするのを見て、ハムレットはそう聞いた。時間というものは、苦役に服している者には重く長く、恋の楽しみに溺れている者にはほんの一瞬だと言うが、本当にその通りだった。自分も彼女もそろそろ眠ったほうがいいだろうと、ハムレットにしてもそう判断する。

 

「いえ、王子はアストラット城のほうへ戻ったほうがいいですよ。わたしが送っていきます」

 

 この瞬間、ハムレットはある種の羞恥心からカッとした。無論、ギネビアは一流の騎士だと思っているし、彼女がそう認められることを何より望んでいるともわかっている。けれど彼にとってギネビアは、同時に彼が男として生涯をかけて守り、大切にしたい存在でもあったからだ。

 

「……じゃあ、オレをアストラットへ送っていったら、ギネビアはまたこちらへ戻ってくるのか?」

 

「そうですね。ランスロットの奴の顔を見ただけでムカっ腹が立ってくるので、あいつの横っ面を殴りつけたい衝動を堪えなくて済むように……わたしは今夜はこちらで眠ろうと思っています」

 

「だったら、オレもここで休む。一応、タイスに書きつけを残しては来たんだ。それにどうせ、明日になったら同じこの船に乗って出発するのだし……」

 

 この時、ギネビアは初めて(困ったな)という顔をした。もちろん、ハムレットにはわかっている。男女が同じ船の屋根の下で眠るのはよくない――などということは、まず間違いなく彼女の頭にはないだろうことは。単に、それだと城主であるギロン男爵に失礼にならないかどうかといった、儀礼的なことしかギネビアの頭にはないだろう。

 

「いえ、もしここにカドールでもディオルグでも、腕の立つ者がもうひとりくらいいればいいんですよ。そしたら、王子には船室の好きな場所で寝てもらって、わたしと交替で見張りに立てばいい。ですが、現況そういうわけにもいかない以上……」

 

 ギネビアが困り顔でそう説明していると、ドカッという甲板に誰かが降り立つ音がした。音から察するに、間違いなく相手はひとりであるように思われた。そして、その足音はなんの迷いもなく階段を下りて来、ふたりのいるキャビンの扉をノックしていたのである。

 

「しっ!」と、ギネビアが人差し指を口許に立てたかと思うと、剣を片手にドアの傍らへ立った。暗殺者であれば、暫く黙っていれば無理にでも扉をこじ開けようとしてくるだろう。

 

「ハムレット、いるんだろ?俺だ。開けてくれ」

 

「なんだ、タイスか」

 

 ギネビアはほっとして、鍵を開けた。続く、蝶番のキィと軋む音。

 

「なんだじゃないよ、ギネビア」と、タイスが眉間に眉根を寄せて言う。「ハムレット、おまえもおまえだ。あんな書き置きひとつ残していなくなるだなんて……」

 

「わかってるよ。ただ、オレにだって色々考えるところはあるんだ。それにギロン男爵だって、自分が最上客としてもてなさなきゃならんのはエレアガンス子爵のほうだと誤解しているようだからな。第一、ランスロットのことを今度こそ娘のエレイン姫と結びつけようと必死なようだし……オレがいなくたって何も不都合なことはないと思ってさ」

 

「ああ、そうだった。ランスロットな」

 

 タイスはくるりとギネビアに向き直ると、単刀直入にこう聞いた。

 

「ギネビア、君は本当にランスロットがエレイン姫のものになってもいいのか?いや、確かに彼の心はエレイン姫にないにしても、ただ意地を張ってるとか、もしそういうことなら……」

 

「くだらないっ!!なんだ、タイス、おまえまで……まさかとは思うが、わたしがあの美しいエレイン姫に嫉妬して、臍を曲げているからこんな場所で寝ようとしているとでも思っているのではあるまいな?」

 

 ギネビアが帯刀している剣の柄に手をかけたため、タイスは「い、いや……」と、少しばかり怯んだ。だが、ハムレットは普段冷静沈着な彼が、うろたえる姿を見て――悪いとは思ったが、思わず笑わずにはいられなかったのである。

 

「ハハハッ!!い、いや、ごめん。悪かったよ……タイス、どうやらおまえにもオレにも色々誤解があるようだ。ギネビアはランスロットのことは……なんというか、同じ騎士団の対等な仲間、小さな頃からの幼なじみという、そうした感情以外のものを持ってないらしいよ。いや、オレにもギネビアの本当の気持ちなんてわからない。ただ、さっき話を聞いてた限りにおいてはそうなのかなって」

 

「そうですよ」

 

 ぶすっとした顔のまま、ギネビアは再びどすっとソファに腰を落として座る。一度、ワインの瓶とゴブレットをコンソールのほうへ移すと、テーブルの鍵を開け、もうひとつ銀製のゴブレットを取り出す。

 

「ランスロットの奴は、エレイン姫とこのまま婚約でも結婚でもしたらいい。第一、あんなやぼったい奴があんな美人に男として求められるなんてこと、あいつの今後の一生において二度とないでしょうからね。それに、相手の贈り物であるドレスの袖なりスカーフなりを槍の柄や、あるいは鎧のどこかにでも巻いて馬上試合で戦ったということは……それは自分にも相手に気があると意思表示したも同然のことなんですよ。それなのにそういう意味じゃなかっただなんて言ってエレイン姫に恥をかかせるだなんて、あいつはまったく騎士の風上にも置けない奴です」

 

 ここで、タイスは軽く首を傾げた。どうやら、ギネビアの怒りのポイントは自分たちが思っていたのとは全然違うらしいと、彼もようやく気づいたのである。

 

「どうやら、俺も酒でも一杯飲んだほうがいいらしいな」

 

 最初、タイスは葡萄酒を飲む気はまったくなかったが、一杯だけ頂戴することにしようと、この時気が変わったのである。

 

「そうか。なるほどな……」一通り話を聞き終わると、酒のせいで陽気になったというのではなく、タイスもハムレット同様笑いたくなった。「だが、それでもランスロットは、これからもギネビア、自分は君の婚約者であると思い続けるだろう。何故といって、君はランスロットが仕えるローゼンクランツ公爵家の娘で、それだけを取ってみても、彼にとっては命に代えても守らねばならない姫だからだ。そして、ランスロットにとっては――エレイン姫とギネビア姫がもし同時に溺れていたら、君のことをまず真っ先に助けるだろうな。それで、そのことであとから君がどんなにランスロットに文句を言おうとも……少しも意に介さないに違いない」

 

 ギネビア姫、などと言われた瞬間、彼女は「けっ」とでも言うように、あからさまな嫌悪の表情を顔に張りつかせている。

 

「でも、これではっきりすっきりして良かったんですって。わたしはもしあいつがエレイン姫と結婚するとしたら、そのことを心から祝福します。まあ、そのことに対して嫉妬しないとか、全然寂しくないとか言ったら、多少は嘘かもしれない。わたしにだって、騎士として昔は兄貴分だったような男に対して友を失うような寂しさはあるし、嫉妬する気持ちがないわけでもない。だけどその嫉妬っていうのはね、『なんであんなやぼったい奴が、あんなエレイン姫なんていう美人と結婚するんだ?世の中おかしいじゃないか!!』といったような意味での嫉妬なんですよ」

 

 タイスもハムレットも、ランスロットのことをやぼったいなどとは少しも思わない。だが、タイスもハムレット同様、ようやく事態がどういうことなのか飲み込んだというわけだった。

 

「ふうむ……そうか。どうやら、イルムル川を挟んだ向こうから見た景色と、こちら側から見た景色では、見えるものが似たようでいて相当違う――という、そうしたことなんだろうな」

 

 このたとえだけで、ハムレットにはタイスの言いたいことが十分察せられた。だが、ギネビアはよくわかっていなかった。彼女はただ、確かにここまで川下りをしてくる途中、自分たちはイルムル川の右岸や左岸に深い緑の遠く、城の尖塔の連なりやら、鹿の跳ねていく姿などを見てきたが、確かに両岸の向こうとこちらでは見ている景色に違いがあるだろうと思ったというそれだけである。

 

「ギネビア、ただ誤解しないで欲しいんだ」と、タイスが真剣な面差しで言う。「これは、君が女性だからどうこうとか、そういう問題じゃなく……いや、やっぱりそういうことになるのかな。だから、ギネビアにとってわざわざこんなふうに言われるのは腹が立つだろうけれど、君とランスロットの関係が本当はどうなのかっていうのは我々にとって大切なことなんだ。いや、変な意味で言うのじゃない。最後まで聞いてくれ……たとえば、これから我々はロドリアーナへ向かう。それで、マリーン・シャンテュイエ城でロットバルト州の貴族のお方々と顔を合わせることがあるかもしれない。君はただ王子の護衛としてハムレットのそばにいるつもりでも、『あの美しいレディは誰か?』なんていうことは、おそらく人々の口に上る。そうした時、君のことをランスロットの婚約者として紹介できるのは、仮に方便であったとしても我々には便利なことなんだ。すでに誰か別の男に売却済みというか、予約済みの女性なんだと紹介できるっていうことはね……でも、ギネビアが『自分は自由な身のひとりの人間だ』といったことを強く主張しだしたら――やっぱり、炎に惹かれる蛾のように、男たちが群がってくるものなんだよ。そして、ランスロットはそうした事態に到底我慢がならないだろう。また、そんなことが原因で君とランスロットが始終喧嘩してるか、あるいは不機嫌そうな顔をしてろくに口を利かないというのは……我々の今後の士気やチームワークに強く関係してくることなんだ」

 

「じゃあ……わたしは一体どうすれば?」

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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