ええと、新しい小説を書いたのは良かったものの……実は連載第1回目からここの前文に使える文字数があまりないというww
本当は、そもそもの書いたきっかけとあらすじと主要登場人物について書きたかったんですけど……文字数に余裕ないので(gooblogは30000文字までしか入らない☆)、その他の言い訳事項もすっ飛ばし、せめてもあらすじくらい書いておこうかな、なんて(^^;)
>>ロイ・ノーラン・ルイスはIQ180の天才で、将来はAIを搭載したより人間に近いアンドロイドを造るのが夢。
そんなロイは、ユト共和国で一番の難関大学と言われるユトレイシア・ユニバーシティへ入学しますが、恋する女性リズ・パーカーがボランティア部の部長であることを知り、早速入部を希望。
果たしてロイとリズの恋はうまくいくのか、また、ロイの友人テディ、ギルバート、アレン、リズ・パーカーの友人、ミランダやコニーの恋の行方は!?
といったところでしょうか
まあ、なんともざっくり☆してますが、簡単にいうとたぶん、大学生たちの青春グラフィティとかいう、そうしたジャンル(?)なんではないかと思います(´,,•ω•,,`)。
ではでは、ほんとにもう文字数ないですが、次回はもし書けるだけの文字数があれば、執筆動機について書いてみようかなと思ったり♪(^^)
それではまた~!!
ユトレイシア・ユニバーシティ。-【1】-
ユトレイシア大学は、ユト共和国の首都にあり、国内随一の難関大学として知られている。簡単にいえば、イギリスで言うところのケンブリッジ、アメリカのハーバード、あるいはフランスのソルボンヌ大学といったところだろうか。
敷地面積は約7700エーカーあり、ここに文系・理系に分かれた全12学部の学舎と、研究棟や付属機関が豊かな自然景観を間に挟む形で建設されている。大学生は約3万2千300人、大学院生は1万2千5百人、研究棟や付属機関で働く職員は、教授を含め約1万5千人ほどが在籍している。
ユトレイシア大学は市民に開かれた大学としてよく知られており、大学の敷地内はユトレイシア市民の憩いの場であり、恰好の散歩道、あるいはジョギングコースでもあった。一応正門なるものも存在するが、脇道を含めると出入り口のほうはいくつも存在する。ゆえに、ユトレイシア大学付属病院へ受診しにきた患者、あるいは大学内にある郵便局へ手紙を投函しにきた者、あるいは各スポーツクラブの練習風景を見学しにきた客などを……大学関係者と見分けることはほぼ不可能である。
大学の正門前には、中華料理店と調剤薬局に挟まれる形で交番もあり、また学内を見回る警備員も存在するが、創立後百年以上が経過した今現在に至るまで、学生による大規模な騒動、職員のストライキ、あるいはアメリカに見られるような銃乱射事件といった事柄とは、ほぼ無縁のまま時が経過していたといっていい(ベトナム戦争にしろイラク戦争参加にしろ、平和を訴えるための集会はそれがどんなに激しいものであれ、暴動レベルにまで発展することはなかったのである)。
ところで、今は10月であり、ユトレイシア大学内では紅葉した樹木や黄葉したイチョウ並木などが非常に美しかったといえる。この時、つい先月工学部の情報エレクトロニクス学科の一年生になったばかりのロイ・ノーラン・ルイスは――馬術部の馬場を背にする形で、黄色いイチョウ並木の下、本を読んでいた。
いや、正確には本を読む振りをしながら考えごとをしていたのだ。ちなみにこの時彼が手にしていた本のタイトルは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』である。とはいえ、本の内容と今ロイの考えていることとは……ほとんどまったく、全然なんの関係もなかった。
(あーあ。去年、キャンパス見学の時オレに親切だったあの子は、この広い大学敷地内のどこにいるんだろう……)
今からちょうど一年前の10月、ロイは特段必要ないとは思ったものの、キャンパス見学に当たる日に、一応手続きを取って大学構内を見学しに来ていた。いくらユトレイシア市民に開放されているとはいえ、それでも研究施設内は当然のこと(こちらは専用のパスを持っていない限り入れない)、大学構内にも一般市民の入れない区域はいくつもあるため――この日は来年以降の入学希望者に向け、大学内の希望の場所を案内してもらえるという、そうした日に当たっていたのである。
ロイの父親はそもそもユトレイシア大学の物理学科の教授をしていたし、上に三人いる兄弟のうち二番目の兄が、同じくユトレイシア大の医学部に在籍しており、現在は上級レジデントとして付属病院へ勤務してもいた。ゆえに、その関係で小さな頃からロイは父親にくっついて大学内を自分の庭のように歩き回れるという特権に浴してきたのである。とはいえ、だだっ広い大学構内は、ロイをしてよく注意していないといまだに迷子になることがあったし、特に彼の場合、考えごとに没頭すると周りの物事がよく見えなくなるという癖があるため――ハッと気づくと、自分が一体どこにいるかわからなかったり、あるいは先ほどまで持っていたはずの傘をどこへ忘れたのか、まったく覚えてないということがよくあった。お陰で、ルイス家ではこれまでの間、行方知れずとなった傘が十数本ばかりもあり、母のアリシアは「どうせ失くすんだから」と、息子に一番安いビニール傘しか買い与えないようになっていたものである。
(そうだ、傘……傘だ。あのキャンパス見学の日、中を案内してもらって外へ出ると、雨が突然降ってきて――あの人、自分の傘を貸してくれたんだ。『来年合格したら返してね』って言われて、それでオレ、あの傘だけは大切にして、今も大事に部屋に置いてあるんだ……)
ロイはこの時、握りのところが何故かアルパカの形をした、紺地の傘のことを思いだして胸が熱くなった。とにかく、名前だけわかっている彼女――リズ・パーカーは、彼に対して終始一貫して実に親切だった。とはいえ、何故彼女がそんなにも初対面のロイに対し親切だったのかには、それなりに理由がある。
そう……簡単にいえば、それはリズの勘違いから始まったことだった。その日、ロイは大学の正門近くにある案内所(インフォメーションセンター)の建物に向かっていた。正確には、間違いなくそのつもりだったのである。ところがその時、ロイは当時開発中だった<シューズ・ストーカー>、すなわち、靴に埋め込んだマイクロチップとサングラスに内臓の超小型コンピューターとが連動し、うまく「道案内」してくれるかどうか、テストしているところだったのである。
何分、ロイは生まれた時からユトレイシア市に住む、生粋のユトレイシアっ子である。ゆえに、そもそも「道案内」の必要など一切ないはずだった。にも関わらず、サングラスのAR機能を通して見える画像と道案内の音声に惑わされ……待ち合わせ時間に大幅に遅れてしまったのである。けれど、ロイはそんなことも気にしなかった。もし自分が無事試験に合格できれば、来年から通うことになるだろう工学部の建物も、以前父に案内してもらって見たことがあったし、「本日の受付はもう終了しました」といったようなことでも――(まあ、いいか)と、そんなふうに考えていたのである。
そしてこの時……『本日オープンキャンパス』と大きな看板の出ているあずき色の建物の前で、ロイは次から次へとぶつかってくる人の群れに飛ばされ、無様なまでにすっ転んでいた。これもまた彼がサングラスのAR機能を、スマートフォンで「ああでもない、こうでもない」と操っていたからで(彼はこの時、地図検索をしていた)、そうこうするうち、他の地方学校から来ていた見学者らに弾き飛ばされたのである。
「何よ、あの連中!ひどいわね」
あずき色の建物の案内所の前には、三段ほどの小さな階段があって、ロイは間抜けなことにはなんともおかしな形でそこへ転がることになり――さらには転んだ拍子にアディダスのスニーカーが片方、脱げることにもなっていた。
(い、いででで……)
「大丈夫?ほら、ちゃんと靴、履いてくださいね」
「あっ、は、はは、ハイ……っ!!」
一応、ロイにも(今のは間違いなく自分が悪い)とわかっていた。何故といって、スマートフォンに表示された地図とサングラスのAR機能を連動させたせいで、ロイの目には他校の見学者の群れが目に入っていなかったからだ。
「じゃあ、講堂から順に、見ていきましょうか」
「えっ、ええっ!?え~と、そのう、あのう……」
ロイは思わずまごついた。確かに、キャンパス見学の予約を入れてはいたが、それは<ユトレイシア第一高等学校>の一員として、ということであり(彼らはもうとっくに別の案内者が連れていったあとだった)、ロイはその待ち合わせに遅れてしまっていたからだ。
「学部の希望はどこなの?」
(おっ、おお……おおおおうっ!!な、ななっ、なんと大胆な……っ!!)
一体なんたることであろう。ロイはめっぽう美人の少女に(在学生であれば、間違いなくロイより年上のはずだが、ロイの目に彼女は「女性」ではなく「少女」のようにしか見えなかった)、腕を組まれていたのである。この僥倖に、ロイは突如体が硬くなり、うまく歩けないほどだったのだが――何故彼女が歩調を緩めることさえして自分に寄り添ってくれたのかは、のちに理由がわかった。
「がっ、がが、学部はですね、一応理系と言いますか……」
「そう。じゃあ、理学部か工学部?それとも……」
「そ、そそっ、そうです。工学部ですっ!」
「じゃあ、先に工学部の学舎のほうから見ていく?講堂へ行くずっと手前にあるから……」
――このあとのことは、ロイにとって夢のようだった。容貌的に幼く見えるせいで、美女というよりは美少女といった趣きの女性と、自然に囲まれた特徴のある建物を順に歩いていき、最後は学生専用のカフェテリアにて、抹茶ラテときなこドーナツを一緒に食べるという栄光に浴すことまで出来たのだから……。
けれど、はるばる正門まで引き返してくる帰りの道では、リズ・パーカーと名乗った女性は腕を組んで歩いてはくれなかった。何故かといえば、それは実は彼女がロイのことを「盲人」であると勘違いしていたためである!!
もう午後の五時近くということもあり、カフェテリアは人影もまばらだった。ロイは「今日は見学生には無料なのよ」という、いくつかのラテとドーナツの中から、抹茶ときなこのそれを選んでいたが、リズのほうではフルーツティーとシナモンドーナツを取っていた。そしてこの時――ロイがまるで「目が見えている」としか思えない動作で抹茶ラテを選び、きなこドーナツを皿にのせるのを見、彼女のほうでもようやく気づいたのである。
「……あなた、ちゃんと目が見えるのね」
カフェテリアの窓際の席からは、大きな池が見えた。そこには今鴨の他に、野生の白鳥も飛来しているが、彼らはこれからさらに北を目指すため、もう間もなく旅立っていくことだろう。
「え?目、ですか……」
ロイは慌ててサングラスを外した。リズのような美少女が親しくしてくれるのが嬉しい反面――(一体どこを見て話したらいいやら……)と戸惑うあまり、彼はずっとサングラスに見えるARグラスをかけたままでいたのだった。
「そうよ。だからわたしてっきり……だったらどうしてもっと早く外さなかったの?あ、それとももしかして弱視とか?あと、わたしの行ってるボランティア施設には、極端に視野の狭い子もいるんだけど、その子の場合視力はそんなに悪くないのよ。でも、極限られた視界にしか物が入ってこないっていうか……」
「はあ……」
リズが何を言いたいのかわからず、ロイはとりあえずドーナツを食べるのに夢中な振りをした。実をいうとこのあと、会話のほうはその前までとは違い、あまり盛り上がらなかった。
ロイはもともと女の子という人種が苦手だったし、これまで自然に楽しくしゃべれたのも、それは実はサングラスのお陰だった。けれど、ARグラスを外した途端、ロイはうまくしゃべれなくなり……実際、リズのほうを真っ直ぐ見ることさえ出来ず、俯いたまま食事を続けた。
そして、正門に辿り着くか着かないかくらいのところで、突然雨が降りだし――リズは案内所の建物のほうへロイのことを引っ張り込むと、「ちょっと待ってて!」と言った。それから、おそらくは彼女のものなのだろう傘を貸してくれたのだ。「返してくれるのは、来年合格して入学した時でいいわ」と、そうにっこり笑って……。
その後、家へ戻るまでの間、ロイの頭の中はリズのことでいっぱいだった。建物のひとつひとつを案内してくれる間に話したことや、彼女が自分に向けてくれた笑顔のこと、シナモンドーナツが好きで、それを美味しそうに頬張っていた時のことなど……実は、自分の目が見えないのでは云々といったことについては、この帰り道でロイはようやくどういうことだったか理解したのだ。
(ああ、そっか……オレが白杖をついてはいなかったにせよ、サングラスなんかして、目が見えないみたいに人に次々ぶつかってたからだ。その上無様にすっ転んでりゃ、勘違いもするかもな……)
ロイは帰宅後、体のほうがすっかり冷えきっていたので風呂に入ったのだが――この時、不意に笑いがこみあげてきて、バブルバスにした浴槽の中、大声で笑った。
「そ、そっか。それでだ……オレの目が見えないと思ったから、彼女はいちいちオレの手を取ったりなんだりしたんだ……」
(なんて心の優しい人なんだろう!しかも、ボランティアがどうたら言ってなかったっけ?そっか。彼女はきっと普段からそうした心がけの、本当に優しい人なんだ……)
この時に受けたリズ・パーカーという女性の印象が、ロイはその後も忘れられなかった。受験勉強がつらくなると、いつでもリズのことと、彼女のくれた傘のことを思いだし、「絶対合格して、来年はユトレイシア・ユニバーシティの学生になるんだ!」と、決意とやる気を新たにしたものだった。
そして、無事工学部の希望していたコースに入学を許されると、ロイはいの一番にリズ・パーカーという女学生を探偵よろしく捜しはじめた。当初、それは極めて簡単なことであるように思われた。というのも、正門脇にある例のあずき色の建物――インフォメーション・センターの受付で尋ねれば、おそらく一発だろうと思い込んでいたからである。
「リズ・パーカーねえ。パソコンでちょっと調べてみただけでも、各学部にエリザベス・パーカーっていうのは何人かいるわね。だけど、こういうことって個人情報でちょっと教えられないのよ。ごめんなさいね」
傘を返したいといった事情についても話していたため、受付にいた女性は実に申し訳なさそうな顔をした。事務局のほうでも大体同じようなやりとりが繰り返された結果――ロイは毎日、大学内で人の群れと通りすがるたび、いつでもリズの姿をその中に探し求めるということになった。少し癖のあるブルネットの髪を背中に流し、妖精のような青い瞳をした女性の姿を……。
(だけど、どこにもいないっ!いや、いくら敷地が馬鹿みたいに広いからって、いないはずはない。インフォメーションセンターの受付の人だって、エリザベス・パーカーという女性は、確かに各学部に何人かいるって言ってたんだし……)
「よう、どうした。未来の秀才さんよ」
秋風の冷たさに、コートの襟をかきあわせ、ロイがベンチをあとにしようとした時のことだった。いがいがに包まれた栗を片手に、友人のアレン・ウォーカーとセオドア・ライリーがすとんと両隣に座る。
「その言い方やめろって。ほとほとうんざりしてるんだ」
「いやいや、実際ほんとのことだろー?IQ180の、大秀才さまじゃんか」と、アレン。「しかも、有名物理学者ハリー・ルイスの御子息とくりゃ、そりゃ教授連も注目するし、期待もするさ。しかもおまえの場合、高校の時からすでに起業してるも同然だもんな」
「あんなの、起業なんかじゃないよ。ただ、アプリをいくつか開発して売り飛ばしたら結構な金になったっていう、それだけの話さ」
今度は、セオドアが「♪ピューイ」と口笛を吹く。彼は普段はみんなからテディと呼ばれている、濃いブロンドの髪に、目がくりくりと丸い青年だった。ちなみにアレンは黒髪黒瞳で、野球のポジションでいうならキャッチャーだろうというような、クマのように大柄な青年である。
「いいなあ。そんな金、ぼくも欲しいよ。というか、ぼくの研究にはなんで誰も注目してくれないんだろ」
「そりゃ、おまえの場合はさ……」
アレンはくっくと喉を鳴らして笑った。
「半永久的に紙を裁断し続ける機械なんて、そんなもん買って儲かる企業があるかよ」
「ちがうよっ!注目ポイントは紙の裁断じゃないっ。ぼくの開発したメヴィウスは、これから千年後だって、二千年後だって――紙を差し出しさえしたら、それをちょん切り続けるだろう。ポイントはその同じ運動をなんのエネルギー源もなしに半永久的に続けられるってことなんだ。似たような研究をしてる学者はいくらもいるけど、ぼくが調べた限り、ぼくの打ち立てた理論が一番完璧なんだよ。ぼくが言ってるのはね、なんでみんなそのことがわかんないかなあってこと。いいんだ。いつかぼくとぼくの発明したメヴィウスの偉大さにみんなの気づく日が、必ずやってくるさ」
「そりゃまあ、確かに」と、アレンは笑って続けた。「テディが死んで千年たって、誰かがメヴィウスに紙を差し出すわな。すると奴さんは嬉々として紙をちょん切る……で、人々は「おおっ!まだ動いてるぞ」となる。そしてさらに二千年後、メヴィウスに誰かが紙を差し出す……メヴィウスはちょん切る紙を。それを見た人々は、メヴィウスが誕生して三千年にもなるのに、まだ紙をちょん切るぞ、こいつは!!となって驚く。まったくもって偉大な大発見だとも、セオドア・ライリー博士よ」
「人のこと馬鹿にしてっ!」
テディは隣のロイのことを見上げて助けを求めた。彼は学業的には素晴らしく頭が良かったが、精神部分で年齢以上に幼いところがある。
「ねえ、ロイにはわかるでしょ?アレンは同じ工学部でも、国際環境研究科だからさあ、やっぱりぼくらの研究の根本のとこがわかんないと思うんだよね」
「ああ、そうだな。オレじゃなくて、テディのほうこそ本物の天才だよ。将来ノーベル賞を取るのは間違いなくオレじゃない。何十年か後にさ、オレんとこにその種の取材の来るのが目に見えるようだよ。『永久運動機関メヴィウス』を完成したセオドア・ライリーさんと同学年だったんでしょう?当時博士がどんな学生だったか教えてください、なんてな」
「はははっ。さっすがロイ!わかってるねえ」
ロイとテディがひとしきり笑いあってると、アレンが「くしゅん!」とくしゃみをひとつした。それから、栗の入った袋を差し出し、こう言った。
「そんな永久運動機関だの、夢みたいなこと言ってねえで『自動栗の皮剥き機』でも今すぐ発明してくれ。これ、今晩の俺の夕食なんだ」
「えっ!?アレン、まさかそんなの、ほんとに食べるつもりで集めてたの?」
先ほど、テディは大学の南西を流れる人工の川――エディレイ川にかかる小さな橋の上から、アレンが栗の樹から落ちた栗の実を拾う姿を見かけた。面白そうだったので手伝ったのだが、まさか本当に食用目的とは思っていなかったのである。
「モチのロンさ。こちとら貧乏な寮暮らしなもんでな。こんなもんでも持っていってやったら、同室の連中は大喜びだ。この間はみんなでそこら中から銀杏を拾ってきて、煎て食べた。ジェイムズ・ライナーってやつがさ、昔ばあちゃんに美味しい食べ方を教えてもらったことがあるって言って、長い間水に漬けてやったら時間と手間をかけたせいか、すごく美味かったぜ。あとは電子レンジでチンして塩つけて食べたりな。なんでも、記憶力もアップするって話だし」
「なんだっけ。イチョウの実って痴呆症予防に効くんじゃなかった?アレンってその年でもうボケてんの?」
テディがメヴィウスを侮辱されたことに対する仕返しをすると、アレンが「こいつっ!」と、ロイの肩越しにテディを引っつかもうとする。ふたりは暫くの間そんなふうにやりあっていたが、最終的に「まあまあ」と、ロイが仲裁役を買ってでる。
「そんなにいきりたってるのは、たぶん腹が減ってるのと、何より寒いせいだ。奢ってやるからさ、正門通りにあるラーメン屋にでも行こうぜ。日本で修行してきたとかいうシェフが、つい最近開いた店。値段のほうも良心的だし、結構うまいんだよ、あそこ」
「お、おうっ……なんか悪いな。いっつもどっかで顔合わせると、俺、ロイに奢ってもらってばっかな気がする」
アレンがどこか申し訳なさそうに、ぼりぼり頭をかいていると――その足のあたりにテディが軽くキックを食らわせる。
「べつにいーんだよ、ロイは。だって、結構裕福な家庭のぼくや貧乏なアレンより、学生の分際でお金持ちなんだから。ぼくさ、いっつも思うんだ。資本主義社会の金持ち連中は、精神だけ共産主義的になってみんなが平等になるようもっと金をバラまくべきだって」
「……テディ。おまえ、工学部じゃなくて、経済学部にでも入ったほうが良かったんじゃね?」
「共産主義かあ」と、ロイは溜息を着いて言った。三人はベンチをあとにすると、正門のある方角へ歩きはじめる。「一応理論としては正しいんだろうけどな。けど、それを実践しようとすると、結局は旧ソ連の二の舞になるだけだってのはなんでなんだろう」
「そんなもん、決まってんじゃねえか」
貧乏人の割に、アレンは共産主義にまるきり惹かれるものを感じていないらしい。
「あんなもん、ただの理想論なんだよ。あるいは、人間がそんな理想を実現できるほど美しい生き物じゃないってのが問題なんだろう。『この栗は一体誰のものか?』それは俺のものでありテディのものであり、ロイのものでもある……さて、食糧も衣服も何もかも、みんなで分けあえば平等だ。ところが、必ず誰かが得をしたり損をしたりする――たとえば、10個ある栗を三人で分けたとすれば、誰かひとり1個得することになるわな。すると、得をした人間がそれを蓄えて財を築き、他の者を使役するようになる。そもそも、そんないつでも自分が得をするよう立ち回れる厚顔無恥な奴、みんなから好かれると思うか?こうしてそんなこんなでクーデターが起きるわけだ……誰がどうやろうと結果は似たりよったりさ」
テディが、「そんな栗、べつに欲しくもないや」と言ったあとに続けた。
「でも、この世界の富は人類の数パーセントの人間が牛耳ってるって話だよ」
「やっぱそこは、資本主義的共産主義ってことになるのかなあ」
ロイが防風林に囲まれた大学の寮を、遠く眺めて言う。
「なんか今、そういうのが流行ってるらしいよ。若者の間で……なんていうのは、19のオレが言うのは変かもしれないけど。ふたりとも、経済学部に友達なんている?噂で聞いたところによると、資本主義主導による共産主義っていうのかな。金持ちから財産を強制的に没収するっていうんじゃなくさ、それでも持てる者は持たざる者ともっと分けあうべきだっていうヤツ。まあこれも、最近流行りのなんて言っちゃなんだけど、SDGsを達成するのも、そうすりゃもっと速くて済むだろうみたいな話」
「それもまた、キナくさい理想論だな。注意が必要だぜ」
軽蔑しきった様子のアレンのことを、テディは不思議そうに眺めた。ちなみに、テディの身長は157センチだったため、体格がよく、185あるアレンとは約28センチ身長差があり、178センチのロイを間に挟んでいるとはいえ――どう見ても上級生と下級生のようにしか見えない。
「なんで?アレンは国際環境研究科なのに。ああいうとこの学生ってのは、日本の捕鯨に反対したり、環境に負荷がかかるから自動車じゃなく自転車に乗ろうって言ったり、可哀想な動物の写真なんかを掲げて、プラスチックのストロー使ってる奴のことを人殺しを見るような目で非難したりするものなんじゃないの?」
「テディ、おまえなあ……それと同じ話をもし俺が講壇に立ってしたら、即座にフルボッコにされて環境研究科から永久追放だぞ。まあ確かに、そういうことに熱心な奴もいる。けど、そんな啓発ばっかしてたって世の中の反感を買うだけだって部分もあるからな。うちの科ってのはそこらへんのことを目に見える現実的な数値として示すにはどうしたらいいかってことを研究するとこなんじゃないかね。よく知らんけども」
ここで、テディはぷっと笑った。もちろん、彼もロイも知っている。もともと、アレンは環境問題についてなど、大して興味はなかったという。だが、どうせ同じ国立であれば、ユトレイシア大に入りたい……というわけで、一番低い倍率の科で、比較的提出しやすいテーマの小論文と自己推薦状を書き、国際環境研究科へ送付したというわけである。
「よく知らんけどって、アレン絶対おかしいよね。自分が毎日講義受けてる科なのにさ。っていうか、そんな自分が本当の意味で興味のない科に所属してて、つまんなくない?ぼくとロイだって、自分が将来仕事にしたいと思ってることに繋がる科とはいえ、今からすでに勉強とか大変なのに」
「ふふん。俺はな、そこらへん特に拘りはねーんだ。環境問題について熱く語ろうとも思わんが、勉強のほうは大して苦でもない。それよか、バイトして生活費を稼がにゃならんし、そっちのほうがよっぽど大変だよ」
三人は、正門の真西側、むしろ西門に近いほうにいたため、歩いてラーメン屋に辿り着くのも、結構時間がかかった。右手にサッカー、左手にラグビー専用のグラウンドを見つつ、工学部の学舎の脇を抜けると、自動車も通ることが出来る、コンクリートの大きな道路に出る(大学の南端から北端の建物へ移動するのは大変なため、職員によっては車で移動することもある)。そして、一般図書館も入っている学生共用会館の古い建物の前を通ると――ようやく正門近くにあるあずき色のインフォメーションセンターが遠くに見えてくるのだった。
正門通りにある『Dragon』という名のラーメン屋は、正門を出て横断歩道を渡り、歩いて5分くらいのところにあった。このあたりは飲食店がとても多く、中華料理、イタリア料理、タイ料理、インドカレーの店などなど……その日の気分次第で安くて美味しい料理をいくらでも食べることが出来た。もっとも、そのかわり昼時などはどこも混んでおり、並んで待つのが大変ではあったが(大学周辺のオフィス街からも客が流れてくるためである)。
ロイとテディとアレンが、<神龍亭>と書かれた赤いのれんをくぐると、十ばかりあるテーブル席はすべて埋まっており、三人はちょうど三つ空いていたカウンター席のほうへ端から順に腰かけた。すぐに東洋系の女性が注文を取りに来、ロイとテディはベースが醬油ラーメンに、トッピングは野菜と角煮とにんにくだった。一方アレンは、味噌ラーメンのベースに野菜やチャーシューをのせてもらうことにする。
そして、実際に運ばれてきてみると――キャベツや人参、チンゲン菜といった野菜の上に、もやしが山盛り、分厚いチャーシューが五枚ばかりもそれを取り囲んでいることに、アレンは実に感動したものである。
「すげえな!こりゃうちの大学の運動部の連中でも、これ一杯で腹いっぱいになるんじゃねえか!?」
このあと、アレンが「こりゃうめえ!」だの言うのを聞いては、ロイとテディは満足そうに顔を見合わせた。彼らはふたりとも日本のマンガの大ファンだったため……昔から、マンガに出てくる日本食の研究には余念がなかったのである。
「ねえねえ、ロイ!ここ、『ドラゴンボール』が全巻置いてあるよ。あと、『キャプテン・ツバサ』もあるし……『サイボーグ009』に、『デビルマン』まである!!」
一番端のスツールに座っていたテディは、そこから見える本棚を見て、興奮してそう叫んだ。以降、ふたりは片手で漫画本を持ち、もう片方の手でフォーク(!)を使い、器用にはふはふしながらラーメンを食べていた。
そして、テディが『デビルマン』を、ロイが『バビル2世』を熱心に読んでいた時のこと――斜め後方にあるドアが開き、一瞬冷たい風が入ってきたかと思うと、ひとつだけ空いたテーブル席に三人の女性客が賑々しく座った。
「あのフェミニスト講座の教授、レズビアンだっての知ってる?」
「ええ~っ!?それ、もしかして有名な話?わたし、てっきりアンダーソン教授は独身主義なのかとばかり思ってたけど……」
「なんかねえ、ジョディ・フォスターが同性愛者だって知った時、自分もカミングアウトしようと思ったらしいよ。ほら、ジョディはイェールでオールAだったって話じゃない。かたや、テス・アンダーソンは我がユトレイシア・ユニバーシティでオールAだったらしいのよ。ふたりとも、やっぱり男なんて下等でバカな生物にしか見えないってことなのかしらねえ」
ここで、ロイが聞き覚えのある笑い声がした。そして、約一年ほど前に聞いて、今も忘れられない声が響く。
「じゃあ、レーガンを暗殺しようとしたジョディのストーカーには悪いことしたわねえ。そういうことなら結局、ジョン・ヒンクリーには望みなんか最初からなかったってことじゃないの」
ロイはこの時、突然にして『バビル2世』の世界から精神が引き剥がされるのを感じた。だが、彼の席からでは彼女――リズ・パーカーはその背中しか見えない。けれど、彼女であることはほぼ絶対に間違いなかった。
「そいつ、確か妄想で自分はジョディと六兆回もセックスしたとか、キモいこと言ってた奴じゃない?」
フェミニスト講座のアンダーソン教授がレズビアンだと指摘した女性が、ラーメンを食べるのに備えるためだろうか、長い黒髪をポニーテールに結いながら言った。すると、リズでも、もうひとりいるブロンドの女性でもない、彼女たちのテーブルの真後ろにいた男子学生のひとりが言う。
「すげえな。六兆回のマスターベーションか!そりゃギネスにのせるべきだぜ」
「ちょっとダニエル!これからわたしたち食事するのよ。変なこと言うのやめてくれない!?」
ブロンドの女性が怒ったように言った。親しい間柄なのだろうか、そのあともダニエルが彼女に後ろからちょっかいを出したり、その手を跳ね飛ばしたり……といったやりとりが繰り返される。
「六兆回か。そりゃ大変だな」と、ダニエルの向かいに座っていた別の男子学生が言った。「一日十回オナニーしたとして、六兆回ってえと、一体何年かかんだ?」
「サイラス、おまえ数学科だろ?暗算できねえのかよ!」
すると、あたりから笑い声が上がった。実は彼らはアメフト部で、そこにいた七名ほどがその部員であった。そして、リズの友人ふたり――ミランダ・ダルトンとコニー・レイノルズは、チア部の部員だったのである。
「数学科とか関係ねえだろ!つかおまえ、自分の目が悪いのはマスターベーションのしすぎに違いないって言ってたろ?また視力が下がったんじゃねえのか。練習の時、あんな簡単なパスも受け取り損ねやがって!」
「うるっせえ!練習の時も試合の時も、俺はスポーツ用のメガネをかけてるだろーが。問題はそういうことじゃないんだっつの!」
レギュラーで、ポジションがランディングバックのサイラスとダニエルがいつも通り揉めはじめると――クォーターバックのマイケルがふと疑問に感じた点について指摘した。
「なんだ?なんでマスターベーションしすぎると目が悪くなるんだ?そんなこと言ったらここにいる連中、全員視力が0.01以下のはずじゃないか」
再び、あたりが笑いに包まれる。サイラスとダニエルは喧嘩をやめると、マイケルのほうに向き直って言った。
「いやあ、ようするにこういうことなんだよ。サイラスが恋人の趣味につきあって、ワーグナーの『ローエングリン』を見にいったけど、途中で寝ちまったっていうもんで、俺がこう言ったんだ。「サイラスよ、おまえ知ってっか?哲学者のニーチェがワーグナーと喧嘩したのは、「ニーチェの目が悪いのはマスターベーションのしすぎに違いない」ってワーグナーがニーチェの医者に言ったかららしいって。この話、マジなんだよ。だって俺、この間哲学科のコーエン教授がそう言ってたのを確かにこの耳で聞いたんだから」
「ニーチェも随分器がちっちぇな。そんなんだから梅毒なんかで死んだんだろうよ」
そう別の誰かが言うと、再びあたりが笑いに包まれる。ここで新たに客が数名やって来て――アメフト部の連中はそのほとんどが食事を終えていたため、次々立ち上がると、紳士らしく席を空けようとした。今していた会話はともかくとして、彼らは普段はスポーツマン精神溢れる、実に気のいい青年ばかりだったからである。
アメフト部の学生たちがテーブル席をふたつ空けたため、座席のほうは新しい客が座るのに十分なはずであったが、テディもロイもアレンもラーメンを食べ終わっていたため、同時にスツールから立ち上がった。それから、店の外へ出るなり、テディが自分の二倍は体格があろうかという青年たちにぽつりと言う。
「約16億年だよ」
「ええっ!?なんだって?」
テディのそばにいたサイラスが、自分に言ったのかと思い、そう聞き返す。
「仮に毎日10回セックスするかマスターベーションしたとして、6兆回に達するには、大体約16億年はかかるってことじゃない?お兄さん、数学科だってんならそんくらい暗算できなきゃダメだよ」
「こりゃ、小学生に一本取られたな」と、大笑いしてダニエル。「おおーい、みんな!六兆回セックスするギネスに挑戦するには、一日仮に10回セックスしたとして、16億年かかるとよ」
「流石の俺にもそんな精力ねえよ!」とか、「ヨボヨボのじじいになっちまう!」と、全員が軽口を叩いては笑いあい、その場を去っていく。だが、そんな中、マイケルと呼ばれた黒人の青年だけが――ふと戻ってきて、テディに名前を聞いたのである。
「君、随分頭がいいな。何科のなんていう学生なんだ?」
「……工学科のセオドア・ライリーだよ。先月入学してきたばっか」
「ふうん。じゃ、まだ一年生か。ま、これからがんばれよ!」
ここで、信号が点滅しはじめたため、マイケルは急いで走っていった。彼とダニエル以外は全員が白人だったが、この中の誰もがマイケルに一目置いているという雰囲気だったのは――ロイにもアレンにも雰囲気としてはっきりそう感じ取れることだったといえる。
「しっかし、テディおまえ……変なとこで勇気あんなあ」
三人は再び、大学の敷地内のほうへ戻ることにした。テディは正門を出てすぐのところにある地下鉄入口へ向かうのが自宅に帰る最短距離だったし、それはロイにしても同じだった。だがその後もなんとなく正門脇あたりでたむろして、立ち話するということになる。
「勇気?六兆回セックスするのに約何年かかるか教えてあげるのが?」
(そんな話、聞いたこともないや)と、テディは見るからに釈然としない顔をしている。
「だってそうだろう。彼らはユトレイシア大のエリート中のエリートだぜ。とにかく、学内のヒエラルキーとしちゃ、アメフト部の連中ってのはその頂点にいるような存在なんだから」
「ふうん。変なの。高校を卒業したらそういうのは終わるかと思ってたけど、大学でも結局同じなのか……だとしたら、つまんないもんだね。せっかく国内髄一と言われる大学に入学したっていうのにさ」
「噂じゃ、スポーツ推薦で入ってくる連中の中には、成績がかなりスレスレでようやくってこともあるらしいけど、クォーターバックのマイケル・デバージは理学部での成績もよくて、教授たちも一目置いてる感じらしいぜ。いわゆる文武両道ってやつだな」
「ああ、じゃああの人か……ぼくはアメフトなんて全然詳しくないけど、それでもパパがアメフト気違いなもんで、一応知ってるんだ。もうずっと長いこと、ユトレイシア大は万年準優勝の地位に甘んじてきたけど――マイケルがクォーターバックになって、本当に何十年ぶりかで大学杯で優勝したって話」
「テディんとこの親父、アメフト気違いか!実は俺んちもだぜ。うちの場合、親父はいないが、おふくろと下の弟二人がアメフト狂なんだ。おふくろがうんちくを語るにはだな、大学を卒業したあとってのは、みんなプロのプレイになっちまう。高校生のアメフトだってそりゃ面白いが、なんといっても大学杯が最高だってさ。なんでって、プレイとしてはみんなプロ級に近くありながら、金が絡んでない分、全員が全員プレイヤーとして純粋だからだっていうんだ」
「へえ。うちのパパは毎年、職場の人たちとどこの大学が優勝するかお互いお金を賭けてるみたいだけどね。だったら、アレンもアメフト部に入部すりゃ良かったじゃんか。アレンのその立派な体格だったら、きっとすぐレギュラーになれるよ」
「馬鹿いえ。そりゃあさあ、高校までは確かにアメフトはやってたよ。けど、弱小だったかんな。俺がユトレイシア大のアメフト部の入部テストなんか受けたって、六軍くらいに振り分けられて、ラインメンどものキツイ当たりで練習中に再起不能ってとこだろうよ」
「ええ~っ!?二軍とか三軍くらいまでなら理解できるけど、六軍まであんの?そうかあ。それじゃあねえ……」
「第一俺、学費のほうは奨学金、残りの生活費については全部自分のバイトでなんとかするっきゃねえからな。アメフトやってる暇があったら、バイトをひとつでも増やして金を稼がにゃあならん」
ここで、アレンとテディのふたりは、ふと顔を見合わせた。ずっとふたりで話してばかりいて、ロイがちっとも間に入って来ないのに気づいたのである。ロイはといえば、リズのことが気になるあまり――正門脇の生垣を透かして、今しも彼女が神龍亭ののれんをくぐりはしまいかと、そちらの様子ばかり窺っていたのである。
「どうした、ロイ?」
「あっ、ああ、うん。まあ、ちょっと……」
ここでロイはごほんっ!と一つ咳き込むと、コートの襟を合わせて振り返った。もしリズ・パーカーがラーメン屋から出てきて、大学のほうへ戻ってくるようだったら――勇気をだして声をかけられないだろうかと思っていたのである。また、もし地下鉄の入口へ下りていったとしたら……あとを尾けていって、偶然を装いつつ話しかけてみるなど、色々なシチュエーションを脳内で試しているところだった。
「なに?もしかして前に言ってた学内のマドンナに似た人でもいた?」
ロイが一瞬、あからさまにぎくっとしたため、恋愛のことには疎いテディも、流石にこの時ばかりはピンと来た。
「なんだよ、学内のマドンナって。おまえらもしかして、ジェニファー・レイトンのことでも言ってんのか?」
「ああ、ジェニファーね」と、何故か軽蔑しきった口調でテディが溜息を着く。「ロイが彼女のことをマドンナと思うなんてこと、これから先、未来永劫ないと思うけど……」
「なんだ?ロイもテディも目が悪いのか?男どもが一瞬振り返らずにはいられないほどの美人だろーが、ジェニファー・レイトンといえば!」
ロイが生垣に隠れるようにしてラーメン屋のほうを見やっていたせいか、テディもアレンもつられてそのあたりに身を屈めることになる。そして、そうこうするうち、とうとう神龍亭の赤いのれんを、例の三人の女学生がくぐるということになり――「じゃっ、オレもう帰るなっ!」と、ロイは急いで地下鉄入口のほうへ向かっていった。というのも、横断歩道を渡ってきた三人組は、大体そのあたりで声をかけあって別れ、リズ・パーカーひとりだけが<ユトレイシア大学前・3番出入口>と書かれた標識のほうへ走っていったからである。
残りのふたり、ミランダ・ダルトンとコニー・レイノルズが何かをくっちゃべりながら正門へやって来たところを見ると……テディはようやくここで(ははーん)と合点がいった。おそらくは残りひとり、地下鉄へ下りていった女性がロイの話してくれたリズ・パーカーに違いない、と……。
テディはロイと一緒に帰るつもりでいたが、あえて彼のことを追いかけようとはしなかった。それより、これから寮へ行って栗を蒸して食べるというアレンについていって、そのお相伴に与ろうと思ったのである。もちろん、味についてはまったく期待していない。ただ、アレン他の貧乏学生たちが、それをどうやって調理して食すのか、その過程に興味があったのである。
>>続く。