今回は久しぶりに、本文に関して言い訳事項がありますm(_ _)mそれが小説の中にある「土」についての記述で、そもそも「土とは一体なんでしょう?」と突然聞かれて、正確に答えられる方はいらっしゃらないのではないかという気がします(^^;)
「え~っと、土と言えばあれっしょ!わたしたちが踏みしめてるこの大地の……いつも足の下にある母なる大地と申しましょうか。なんかそんな感じの……ごにょごにょ☆」という、それ以上色々突っ込まれると何も答えられなくなる感じの返答しか、とりあえずわたしには思い浮かばないような。。。
↓に書いてあることは、↑の「土はどこからくるのか?」というページから文章の多くをお借りして書いたので、その抜き書きさせていただいた部分を参考までに全部移したかったのですが、今回本文のほうが長めで、前文にあまり文字数使えないため(殴☆)、「土とは何か?」ということの答えを詳しくお知りなりたい場合、たぶんHKの「ヒューマニエンス」の土の回を試聴するのが一番手っ取り早いかと思われます
>>土の起源。~土はどこからくるのか?~
泥臭い。地に落ちる。顔に泥を塗る――土にまつわる表現を集めてみると、私たちの足元にある大地は、あまり人の詩情をかきたてないことがわかる。けれども、土をよく見てほしい。それが美しいものだということが、きっとわかるだろう。
土は地球の表面を広く覆っている。もし土がなかったら、地球は今とはかなり違った姿――きわめて厳しい姿をしていただろう。
土は実にさまざまな種類があるが、大ざっぱに言えば、固形物とすき間が半々の混合物である。土の成分は、大部分が岩石の小さなかけらと有機物だ(有機物は生きているものと死んでいるものの両方がある)。すき間の部分は単なる空洞ではなく、水と気体がさまざまな割合で詰まっている。成分はこれだけだが、それですぐに土が出来上がるわけではない。完成品になるまでには、複雑で実に長い時間を要するレシピに従って、すべてのものを料理しなければならない。
ほとんどの土の始まりは、地表に露出した母岩だ。この母岩が風化によって浸食され、はるかに小さなかけらとなって地表に降り積もる。ただ、「風化」という言葉は誤解を招きやすい。岩石は風にさらされるだけでなく、雨や雹に打たれたり、凍ったり溶けたりを繰り返したりすることでも、どんどんもろくなって粉々になる。また、気温が上下するときの熱膨張と収縮でも同じようなことが起きるのだ。
雨水に特定の鉱物を溶かす化学物質が混入している場合があり、その作用で岩石が削れる場合もある。さらに、生物的要因による風化もある。露出した岩石に細菌などの微生物が生着して、腐食作用のある酸を出すことがあるのだ。その上に、地衣類(コケのような植物)と藻類が現れる。これらが岩石に物理的に付着することで激しく侵食が進む。ハワイの荒れ地で行った実験では、地衣類があると風化が100倍以上のスピードで進むことが示されている。
風化の進んだ成熟土では、生物的風化がいっそう度合いを増す。無脊椎動物、真菌、細菌などの呼吸によって吐き出される二酸化炭素が土壌粒子の間に蓄積。そこに雨水が染み込むと、二酸化炭素が溶け出して炭酸ができる。これとは別の酸を作る土壌微生物もいる。さらには降雨のあとに土がスポンジのような働きをして、その下にある岩石を長期にわたって湿らせたままにすることがあり、化学的風化を長引かせる要因になる。土は、それ自体を作り出すための触媒としても働くのだ。
最初に生着した微生物は、土壌中の有機物にも変化を起こす。微生物の残留物が地衣類や藻類に利用され、これらの植物が徐々に岩石の上を、まずは生きた有機物として、その後に死んだ有機物として覆っていく。それらが十分な量になれば、さらに大きな生物(ミミズや節足動物)が入り込んでくる。虫たちが穴を掘ることで有機物と鉱物の粒子が混ざり合い、すき間の穴ができ、ミミズなどが分泌する粘液の働きで材料がくっつき合って安定する。これが、土の誕生だ。
何万年もの時間をかけて、土壌は成熟していく。
土は厚みを増して成熟していくうちに、何層にも分かれることがある。一番上が表土で、その下がさまざまな下層土だ。成熟した土の中は実に生命にあふれている。1グラムの土に細菌や古細菌が1億個、ウイルスが1000万個、真菌が1000個も含まれる場合があり、さらに大きな生物や植物の根ももちろんある。その種類は細菌だけでも100万種にものぼる。
当然ながら、このような状態に至るまでには非常に長い時間がかかっている。風化は一日にして成らず。地衣類は気が遠くなるほどゆっくりとしか生長しない。ハワイの溶岩流に関する最近の研究では、未成熟な土壌でも、それができるまでには少なくとも100年、長ければ何万年もの時間がかかっていることが示された。100年前の溶岩流からはまだほとんど土はできていないし、1万年前の溶岩ですら、やっと「土に似た何か」を生み出した程度なのだ。こうして考えると、広く地球を覆う豊かな土壌は、何千、何万年という時を経て形作られてきたことがわかる。アフリカやオーストラリアには1億4400万年前の白亜紀のものと特定された土もある。つまり、ひとつの惑星を覆う豊かな土壌は、何千、何万年という時を経て形作られるものであることがわかる。
さらに、もっと古い土壌もある。知られている中で最古の古土壌(化石土壌)は20億年以上前のものだ。その時代は植物が陸地に定着していないどころか、存在すらしていなかった。しかしその土は未成熟などではまったくなく、厚みがあり、よく発達している。一部には体積の50%もの粘土鉱物を含む場所もある。粘土鉱物は母岩が風化してできる最終産物であり、その土壌が少なくとも何十万年にもわたって安定していたことを示す特徴となるものだ。
【中略】
私たちは、土の保護活動を地球規模で行う必要がある。国連によれば、世界の土壌の3分の1以上が農業や建設業による脅威にさらされているという。私たちは1分間にサッカー場30面相当の肥沃な表土を失っているのだ。土は私たちの食物の95%以上を育み、大気全体の3倍もの量の炭素を保持し、補充するには何千年もの時間がかかる。そのことを考えれば、私たちは現実に行動を起こさなければならないのだ。
こんなにも大切で、壊れやすい土を守ろう!!!!!
(「起源図鑑~ビッグバンからへそのゴマまで、ほとんどあらゆることの歴史~」グレアム・ロートンさん著、佐藤やえさん訳/ディスカヴァー・トゥエンティワンより)
ここまででとりあえず、今回大体のところ文字数限界だったので、残りは↓の本文とも合わせて「ふう~ん。そうなのー」くらいに思っていただけると幸いです的なww
それではまた~!!
P.S.今回の【28】と次回の【29】は元はひとつの章なんですけど、この前文を取っ払っても全部入りきらなかったので、ふたつに分けるということになりました。今後とも、変なところで切れてる場合はそういうことでよろしくですm(_ _)m
惑星シェイクスピア。-【28】-
ハムレット一行はその後、十番目の見張り塔、十一番目の見張り塔……と経由して、三日ののちにはライオネス城砦へと辿り着いた。この時、何よりハムレットとタイスを驚かせたのが――十一番目の城塔を出発し、数時間もしないうちに一面の砂漠が終わり、そこから先はずっと荒地だったということである。
もっとも、ギベルネスのように緑したたる大地のあるのが当たり前という惑星に育った者としては、ハムレットとタイスの驚きが実に新鮮なものとして映っていた。砂の層の連なりというのでないしっかりした大地が彼方にまで広がっているように見えるだけでなく、ところどころに雑草のような草が生えているのを見るだけで、味気ない大地に石ころが転がっているというだけで、何やら真新しい景色を見るような感動を覚えるらしい。
(そもそも砂漠とは、一体なんだろうか……)
宇宙船<カエサル>の船内から、衛星を通して惑星シェイクスピアを眺めていた時、ギベルネスはふとそんなふうに思ったことがある。また、あちこちにかつて栄えた文明の遺跡が砂漠の砂に埋もれて残っていることから、以前はそこに水と緑が豊かにあったのだろうとも推測されている。ここからは、考古学者たちの調査に基づいた過去の論文の受け売りとなるが、惑星シェイクスピアではおそらく、ある程度文明が栄えたところで滅びるということが繰り返されているのだ。そしてこれもまた惑星学者たちの仮説に過ぎないことではあるが、今現在大きく分けて<西王朝>と<東王朝>、それに南王国と北王国という四つの国が確認されているように――そこでは同じようにいくつかの町、部落、あるいは都市等が存在したものの、互いに少ない資源を奪いあったことにより滅亡するという運命を辿ったのではないかということだった。そして、今も大体のところまったく似たことが繰り返されており、いずれこの四つの王国も滅びの道を辿ることになるだろうというのが、宇宙船<カエサル>から惑星シェイクスピアを長く眺め研究した者たちがここを『神に見放された、呪われた惑星』と考える大きな理由だったようである。
(砂漠の下にだって当然、大地なるものはある。つまり、砂漠とは何かといえば、それは無数の砂の堆積なわけだ。そして砂とは何かといえば、それはまず、土とは何かという話からはじめなければならないだろう。なかなか一言では説明しがたい、長い話だ……)
一般的に言って、おそらく「緑と水がふんだんにある」、人間が居住可能な惑星へ降り立つ時――植物の育つ土壌がすでにふんだんに存在していた場合、その宇宙旅行者はそのことをさして不思議に感じないかもしれない。だが、多少なり科学的知識を有している者ならば、「植物が育つ土壌がある」というだけで、そのことを奇跡と感じることだろう。何分、ひとつの惑星が誕生し、そこに「土」なるもの、大抵の人間が「土」と当たり前のように呼ぶものが一から誕生するまでには、本当は軽く数億年、あるいは数万年単位の時間がかかることだからである。
土には様々な種類があるが、大雑把にいえば、固形物と隙間が半々の混合物であり、土の成分は大部分が、岩石の小さなかけらと有機物である(有機物は生きているものと死んでいるものものの両方がある)。隙間の部分は単なる空洞ではなく、水と気体が様々な割合で詰まっている。だがこのような状態から、人間が一般にイメージする、ミミズがその粘性によって間を耕すような「栄養満点の「土」」が創造されるまでには――たとえば惑星シェイクスピアの場合もそうだが、惑星誕生後、気の狂いそうなほどの時間を経てのことである(さらに、一口に土と言っても、粘土のように粘性の高いものから、砂のようにサラサラしたタイプのものまで、シェイクスピアにおいては大まかに言って十二種類の「土」が地質学者によって分類されている)。
また、そのように時間をかけて出来た、成熟した土の中は生命にあふれている。1グラムの土に細菌や古細菌が一億個、ウイルスが千万個、真菌が千個も含まれる場合があり、さらに大きな生物や植物の根ももちろんある。その種類は細菌だけでも百万種にも上るという。当然ながら、このような状態に至るまでには未成熟な土壌でも、それが出来るまでに少なくとも百年、長ければ数億、数万年もの時間がかかるのである。百年前の溶岩流からはまだほとんど土は出来ないし、一万年前の溶岩ですら、やっと「土に似た何か」を生み出した程度に過ぎない。つまり、ひとつの惑星を覆う豊かな土壌は、何億、何万、何千年という時を経て形作られるものであることがわかる。
だが、その何億年、何万年という時を経て形作られた土を、人間が壊してしまうのは、ある意味ほんの一瞬で出来ることなのかもしれない。一般に、砂漠化の原因は気候的要因と人為的要因のふたつが考えられるが、かつてあった地球では、もともとあった豊かな緑に対する人間の過活動が環境に負荷をかけ続けたことが、砂漠化の原因として大きいものだったと言われている。だが、ここ惑星シェイクスピアと呼ばれるところでは、ある時水源が移動し、その水源を中心に<緑の心臓>と呼ばれる緑林地帯が形成され、数の減少した人間の生き残りがそこに取り憑き――再び人口が増え、ある程度文明が成熟へ向かおうかという頃、緑の豊かさを上回る人口増加によって再び滅びへと向かうという、そうした悪循環の繰り返しなのだ。
(だが、例の三女神とやらの予言によれば、ハムレット王子がこれから築く王朝は千年続くという。私自身が持つ宇宙船<カエサル>にある資料によれば、平和な時代が無事に続けば、今は内苑七州を中心とする緑の心臓地帯は最低でも数百年は持ち堪えられそうに見えるが……ひとたび<東王朝>との戦争ということになると、恐ろしいスピードで森林地帯は衰えていく。武器を作るのに必要だという、そんな不毛な理由によって。だが、三女神がそう保証したということは、そのように実現されるよう彼女たちが見えない力でも使って動くということなのかどうか……)
わからない、とギベルネスは思う。また、一ヘクタールの緑林地帯が何人分の人間活動を支えるかを計算し、そのように人口調節をもしはかることが出来たとしても、根本的な解決とはならないだろう。人間が<生きる>ということは、食べる・寝る・豊かに消費できる環境が整っている……という、それ以上の何かであるからだ。
(この世界にはまだ、人類全体が「自己実現して生きる」というような、成熟した哲学的思想の入り込む余地はない。三か月後にも食べるものが何かあるだろうかと絶えず心配するどころか、貧しい人々の間では「明日食べるものがあるだけでも十分幸せ」という、そのような環境でしかない。そして、ある程度余裕がある人々の生活というのは、そもそも他の貧しい人々から搾取することによって実現されているに過ぎないわけだからな……)
そんなことをつらつら考えるうち、ギベルネスは気が滅入ってきた。差し当たり彼としては、このような(本星から見て)宇宙の崖てかとも思われるような惑星にて遭難し、結局のところ客死するのではないかということを最も恐れねばならないはずだが、最近では窓辺にハエでもいないかと昆虫の姿を探すこと自体何やら虚しくなってきている。だが、ギベルネスはまだ絶望してはいなかった。誰の目もない真夜中に父親の形見の時計を見ては――あれからどの程度月日と時間が流れたのかをあらためて計算し、(何故カエサルからなんの連絡も来ないのか)と、考えても仕方のない理由を探し求めつつ、やがて再び眠るという夜を繰り返していたにしても……。
* * * * * * *
ライオネス城砦は、ローゼンクランツ城砦と同じく、堅固な城門塔によって守られてはいたが、堀のほうはあまり深くない上、乾期の現在は干上がっており、空堀となっていたことも――ギベルネスにしてみれば、なんとも不思議に感じられることだった。何故なら、周囲を見渡す限り砂漠の砂で覆われているローゼンクランツ城砦のほうが、深く掘った堀に水が満ち溢れているということが、あらためて驚異に感じられてならなかったからである。
(いや、ライオネス城砦のこれは、おそらくは有事の際には水を堀に満たすことも出来るが、そうでない時には無駄に水を浪費しないという関係性からくるものなのだろうな。そうだ。過去の惑星学者のなんとか博士が、西王朝と東王朝と北王国と南王国の城砦や城壁都市などの違いについて研究していたはずだ。そのうち、さらに暇になった時にでも読もうと思っていたのに……どうなのだろうな。騎士のカドールの話によれば、内苑七州の一番外側に位置するバリン州を落とすことが出来るかどうかが、内苑州攻略上大きな鍵になるということだった。<カエサル>には、バリン州のバロン城砦の設計図や、城砦内のどことどこに井戸や貯水池があるかについてまで、詳細に書き記されたものがあるのみならず、衛星写真もその資料に添付されていたはずだ。せめても、私がそのことをぼんやりとでも覚えていればまだしも……いや、違うのか?もし一度<カエサル>へ戻ることさえ出来れば、またこちらへやって来て、バリン州における主要な城の設計図その他を彼らに渡すことが出来るだろう。だが、もしそんなことをしたと本星の惑星開発庁にわかれば、私はその後罪に問われ、裁判に出廷しなくてはならないことになるわけだ……)
ライオネス城砦の、風雨にさらされ、灰色にくすんだ城壁が次第に近づいてきた時、ギベルネスはそんなことを考えていた。ライオネス城砦は、十五メートル近い城壁に囲まれた、堅牢な刑務所といった威容を誇る城砦都市だった。通常、城砦都市にしろ城壁都市にしろ、歴史上の攻囲戦を通し、徐々に城壁を高くするなり、胸壁の矢狭間を創意工夫するなどして、防御の壁が段々に厚くなり、弱点を補強していくものである。だが、ライオネス城砦もローゼンクランツ城砦にしても、内苑七州の頂点に君臨する王都テセウスの課す重税と兵役を断ったということが一度もないのだ。にも関わらず、まるで仮想的にでも最悪の自体を想定しているかのように、ライオネス城砦は城壁をさらに厚くし、この城壁に取りつく敵兵が壁を登りにくいよう、城壁基部を斜面形にして補強し、弓せん兵がまったく無傷で安心して壁下の兵士に弓を射れるよう石造掩体(えんたい)まで加えられているのである。
普通に考えた場合、<東王朝>の時の王の軍勢が猛攻を仕掛けるのは、地政学上、内苑七州の諸都市や町・群落などであるはずである。ゆえに、そちらが攻略され、落城したとすれば、次に外苑州のそれぞれの領地が危うくなる――ということを想定するものではないだろうか。にも関わらず、時の領主が城砦にしつこく手を加え続けたのは、東王朝が攻め込んでくるたびに徴兵され、バリン州の堅固な城壁が絶えず進化し続けていくのを見続けていたこと、あるいは将来的に王都から独立を勝ち取ることを『いずれそうなるかも知れぬ』と、先を見据えていたからではないかと思われるのである。
この時、最後尾にいたギベルネスと引き車をルパルカの後ろに紐で括りつけていたレンスブルックが先頭のハムレット王子らに追いつくと、防備にまったく隙がないように見える城門塔の前では、守備兵らと何やら揉めているところだった。
「なんだと!?我々ははるばるローゼンクランツ城砦からやって来たのだぞっ。それを城砦内へ通せないとは何事だ!!」
ランスロットがそう息巻くと、屈強そうな兵士ふたりは互いに鉾槍を交差させ、あくまでも背後にある閉じられた樫の扉を開くつもりはないという意思表示をした。「我が名はローゼンクランツ騎士団のランスロット」と名乗ることも出来たが、今回の旅ではなるべくそうした痕跡を残さぬほうがいいだろうというのは、すでに夜の円卓における話し合いで決まっていたことである。
「最近、このあたりでは治安が悪くなっておりましてな。我々も用心するよう守備隊長から通達されておりまして」
「じゃあ、今宵はそこらで野宿でもしろということか」
カドールがそう威圧的な声と態度で睨みを利かせた瞬間のことだった。<徒歩門>と呼ばれる兵士が出入りするための扉から、ひとりの中肉中背の守備兵がもうひとり現れる。
「おお、これはこれは……何かお困り事ですかな」
この時、表で門を守っている守衛よりも立場が上らしい立場の中年男が、軽く手の指をいやらしく動かしたことから――次の瞬間、(そういうことか)と、カドールにしてもタイスにしてもすぐピンと来た。
そこで、タイスが懐に手を突っ込むと、そこから少しばかりのレハール銅貨を取りだす。
「これでいかがですか?」
「ひいふうみいよ、と……まあ、いいでしょう。さて、おまえさん方、このお客人たちを通して差し上げるがいい」
表門を守っていた屈強な兵士ふたりは、すでにいくつか架かっていた鋼鉄製の閂を抜き、ハムレット一行を通してくれた。なんにせよ、二頭の角の生えた白馬が対峙し、中央に金獅子の描かれた盾を支えているという旗――これがライオネル家の紋章である――の揚がっている名城として知られるライオネス宮殿を目指さなければならない。というのも、その城から独立した形とはなるが、少し離れた場所にトリスタンの住むリエンス城があったからである。
だが、ライオネス城砦内の城下町は、まるで迷路のように複雑で入り組んでいた。おそらく、ランスロットやギネビア、カドールの案内がなければ、初めて来た人間はすぐ迷子になってしまったことだろう。
「今まで、賄賂を取られたことなぞ一度もなかったぞ」
「いや、それは今まで俺やおまえが栄えある騎士さまとしてここを訪れたからであって……身分のはっきりしない旅の者らでは状況が違うのかも知れぬ」と、カドールは渋面を浮かべるランスロットに向かって言った。「それに、ローゼンクランツ城砦にしても余所者の入門には厳しいところがあるからな。それというのも、城門の守衛たちは顔なじみの小売商だの農家の果物売りでもない、まったく見も知らぬ州外の者に気づくのに敏い。それはここ、ライオネス城砦でも同じなのではないか」
ランスロットとカドールの心配をよそに、久しぶりに訪れる城下町の様子に、ギネビアは感嘆の声を上げている。
「うわあ!懐かしいなあ。前にここへ妹たちと一緒に来たのはいつだったっけな。まったく、ライオネス城砦に比べたら、我がローゼンクランツ城砦も砂漠の田舎町といったふうに見えてしまうくらいだものな」
『あいつら、賄賂を取るだなんて信じられんっ!!』と、ついさっきまでいきり立っていたのに、ギネビアは周囲の景色をきょろきょろ見回しながらあっさり機嫌を直していた。ほとんど隙間なくびっしりと赤褐色、緑、ブルー……と、様々な色合いの屋根の下には、同じ石造りやレンガ造りであるように見えて、白やアイボリーやクリーム色や茶、オレンジやピンクなどなど、少しずつ色合いの違う組み合わせによる壁が続き、それだけ様々な色彩が入れ乱れているにも関わらず、ある種の統一感と調和が感じられる、不思議な景観がどこまでも続いていく。
城下町の大きな通りは、馬車が二台すれ違えるほど広いところもあるとはいえ、ライオネス城砦の場合、それよりも多いのが中道や裏道などの細い通りである。それはほとんど迷路のように入り組んでおり、大抵の場合は最後に行き止まりとなり、通り抜けられない場合が多い。今のような夕刻でなく、昼間この城下町を訪れたとしたら……おそらく、城下町の中でも宮殿や礼拝堂など、丘の上のほうにある高い建物から街並みを見下ろした場合、面白いものが見れたことだろう。町の人々は隙間なくびっしり並んだ建物の二階や三階にある屋根の上、あるいはちょっとしたバルコニーやベランダなどをつたい、近道をするのが普通であったから。こうした場合、もし仮に顔見知りでなかったとしても、泥棒かただの通行人かくらいの見分けはつき、『お互いさま』であるとして通行を許可するのがライオネス城砦における常識に近いものだったようである。
とはいえ、そのような習慣を持つライオネス城砦の人々をして、ハムレット一行にはどこか一般大衆の目を引くところがあったらしい。もっとも、彼らはこの時疲労困憊の一歩手前にあり、ルパルカから下り、その手綱を持って歩く間、地元民たちの不審な目や好奇の眼差しにはあまり気づかなかったようなのだが。
「ランスロット、わたし、ライオネル宮殿へ行く道は覚えてるけどさあ、いつも裏道を通って城下町まで下りてきて遊んでたんだよね。でも、そこだとルパルカが一緒だと通れなかったりして……」
「大丈夫だ。俺はいつも馬も通れる広い道だけ通って、ライオネル宮殿や城下町のあたりをうろついていたからな」
「へええ~。ということはあれだ。騎士としてライオネス城砦の兵士たちを鍛えたりする傍ら、夜はパーシヴァルやクレティアンもよく通ってたとかいういい店とやらへ行くんだな」
「違うよ。単にうまい食事を出すって店に行くだけだ」
「うそつけ!ライオネス城砦じゃいつも、トリスタンのリエンス城で過ごすんだろ!?じゃ、美味しいものなんか黙ってても出てくるんだから、他に城下町に一体どんな用があるってんだ。ええ!?」
「ふたりとも」と、カドールが呆れたように言う。「疲れているのはわかるが、ハムレットさまの前で痴話喧嘩はよせ」
ランスロットはともかく、ギネビアが赤くなっていると、後ろのほうで「う゛う゛っ」と、またしてもタントリスが呻きだす。
「どうした!?トリスタンじゃなくて、タントリスっ」
石畳の上をパカパカという音をさせながら、軽やかに馬車が通っていく。彼が突然呻きだしたのは、<ユニコーン亭>と金鎖で絵看板の下がった店の前であり、店の中からは笛や打楽器の音に合わせ、若い娘たちが手を打ち踊る姿が見えた。
「ぼ、僕はこの店に用があるような気がする……」
「ええ娘っこでもいるだぎゃか?」
レンスブルックは開いた窓から見える町娘の踊る姿を見て、そんなふうに聞いた。彼にしても疲れているため、そろそろ一杯やりたいところではあるのだ。
「ここはようするに宿屋なのか?」
何も気づいてないハムレットが、そんなふうに聞く。カドールとランスロットは顔を見合わせると、困ったように肩を竦めた。
「彼を置いていってもいいが」と、ディオルグが(やれやれ)と言いたげに笑う。「そもそも、タントリスくんとやらは金銭を所持してないんだろう?ここらの相場はいかほどなのかは知らないがな」
「イ、イゾルデ……我が歓喜の源よ。君に会えなくなるくらいなら、死んだほうがまだましだ」
タントリスは何かの発作でも起こしたように、五つある石段を駆け上がっていくと、優美な透かし彫りで飾られたドアを開け、<ユニコーン亭>の中へ飛び込んでいった。途端、カウンター席で酒を飲んでいる常連客たちが手拍子する音と、踊る娘たちの合いの手が、一際大きく聞こえるようになる。
「ここは、二手に分かれましょう」そう提案したのは、タイスだった。「我々は疲れてもいるし、そう考えるとなるべく早くトリスタン殿と話をしたい。が、あの記憶喪失のタントリス殿はそのトリスタン殿と瓜二つだという。ということは、彼をここに放っておくというわけにもいきません。この<ユニコーン亭>に残りたい人はそうしてください。俺とハムレットはランスロットかギネビアの案内で先を急ぎたいのですが、それでどうでしょうか?」
「そういうことなら、俺もリエンス城へ先に行きたいのだが。道もわかることだし、案内も出来ると思う」
「いえ、カドール。あなたはここへ残ってください」
タイスがぴしゃりと言うと、カドールがいかにも(心外だ)という顔をして、口をへの字に曲げる。
「いえ、そういう意味じゃありません」と、タイスは微笑って言った。「あなたが我々の中で一番冷静で、何が起きても対処できる能力が高いという意味で、ここに残っていただきたいのです。また、道案内のほうは出来ればランスロットにお願いしたい」
今度はギネビアが拗ねたように口をへの字に曲げる。
「チェッ。わたしの道案内じゃ心許ないと言いたいんだな、タイス。ま、そういうことだからランスロット、極めて残念だろうが、かわい子ちゃんたちと遊ぶ機会はまた今度ということにするがいい」
「何がかわい子ちゃんだ!くだらん。だが、これから向かうリエンス城でトリスタンが我々を迎えてくれたとすればだ。タントリスにはもはや用はないとして、使いの者をこちらへ寄越すということにしよう。そういうことでいいんじゃないのか?」
――こうして話しあった結果、ハムレット・タイス・ランスロット・ディオルグ・キリオン・ウルフィン・ホレイショ・キャシアスの八人がリエンス城へ先に向かうことになった。<ユニコーン亭>のほうへ残ったのは、カドール・ギネビア・レンスブルック・ギネルべスの四人である。
「えへっ!わたし、一度こういう店がどういうところなのか、見てみたいと思ってたんだ~。るるんる~♪」
「なんだ、ギネビア」と、特に残りたくもなかったカドールは、何やら教師面で咎めるように言う。「ランスロットにはこういう店へ来るのは騎士としての品位がどうこううるさく言うくせに……結局おまえだって男であったとすれば似たようなものなんじゃないのか」
「それは違うさ」ギネビアは店の隅の座席に座ると、レンスブルックとギネルべスに一生懸命手招きした。彼らは道を挟んだ斜め向かいにある馬房へ一度ルパルカを預けに行ったのである。「領主の娘として、市井の暮らしについて知るのは大事なことだもーん!カドール、おまえだって王都で暮らしてた頃、時々遊んだりしてたんだろ?隠したって無駄だぞ。クレティアンやパーシヴァルや他の騎士仲間がそう言ってたからな」
「俺の場合だって違うさ」と、エールを四人分注文しながらカドールは苦笑する。「ラヴェイユ家は名門騎士にその名を連ねる家系だからな。一度しかるべき女性と結婚したのちは、こうした店で火遊びすることは出来ない。かといって女性を扱う心得は知っていなければならない……つまりはそういうことさ」
「ふう~ん。そういやカドールって、いつ誰と結婚すんの?」
たった一本のソーセージが、ローゼンクランツ城砦の町で買うより2.5倍ばかり高いのを見て、ギネビアは注文するのをやめた。
「ここの金は俺が持つ。食べたいならなんでも注文しろ。俺はおそらく結婚はしない。ラヴェイユ家はマドールが継ぐことになるだろう……まあ、こちらのほうがよほど楽しい自由な人生とも言えるな」
「えっ!?なんでだよ。おまえ、結構それなりに大体モテるじゃん。もっと話しかけやすそうなオーラさえ出せば、ほら……」
半裸とまではいかないものの、裾を大胆にからげたドレスに、胸ぐりが大きく開き、もう少しで乳首も見えそうな衣装を着た踊り子たちが何人も、入店時からカドールのほうをちらちら見ている……と、ギネビアはすぐ気づいていた。ちなみにタントリスはそうした女性たちと腕を組み、リズムに合わせてくるくる踊り回っている。
「ハムレットさまについて行くということは、つまりはそういうことだぞ」
(まったく、なんにもわかってないな、おまえは)と言いたげに、カドールは溜息を着き、エールをごくりと飲む。
「俺はタイスとともに裏で策謀を巡らせ、ハムレットさまが天下を取るところが見たい。そうだな……俺はギネビア、おまえと同じようにあの方に心酔しているというのとは少々違う。ただ、もしハムレットさまが次代の王ということになれば、家臣として重用してもらえるだろうし、そうなればラヴェイユ家もラヴェイユ家が仕えるローゼンクランツ公爵家も大安泰……つまりはそういうことさ」
「なるほどなあ。じゃ、それまでは忙しくて結婚してる暇もないってことか。ふう~ん、ふう~ん。なるほど」
「一体何がなるほどぎゃ?」
ギネビアの隣に座ると、レンスブルックは壁のメニューを見て、やはり同じように「ぎゃっ!」と驚いていた。
「そ、ソーセージが一本、ギルデンスターン城砦で買うより軽く三倍はするぎゃ……」
「確かに俺が以前ライオネスに来た時より、物価が高くなってはいるようだ。まあ、ここがその手の類の店だからということもあるのだろうが……」
「なんのお話ですか?」
ギベルネスはカドールとレンスブルックの間に座った。小さな円テーブルを挟み、向かい側にギネビアがいるといったような位置である。
「<神の人>であられる方が、こんな淫売宿に残りたがるとは驚いたという話をしてたんですよ」
「カドールっ!わたしはそんなことひとっ言も言ってないぞっ!!大体、あの娘たちだって……」
(ただ楽しそうに踊ってるだけじゃないかっ!)と言いかけて、ギネビアは黙り込んだ。曲が終わると、踊り子たちはそれぞれ目当ての客にしなだれかかったり、その膝の上に乗って何やら色っぽく甘えたりしている。酒を飲み、そんな様子の女たちをデレデレしながら眺めたり、その太腿に触ろうとしてつねられてみたりと……ギネビアはこの時、初めてわかったのだった。そうした娼婦たちから意味ありげな熱い視線を送られても、カドールが一切眼差しを交わそうとしないのが何故なのかが。
「あなたとレンスブルックが息抜きにこうした店で楽しむのはいいことだと思います」
ギベルネスはにっこり笑って言った。
「ただ私は、気になったんですよ。タントリスは記憶喪失であるはずなのに、イゾルデという固有名詞を出しましたからね。何かを思いだしかけているということなのか、それともその女性に色々聞けば、彼が何者なのかがわかるかもしれないと……そう思ったわけです」
「なるほど」と、カドールは降参したように、<神の人>に酒を勧めた。また、ここの食事代は自分が持つということも二人に伝える。「ただ、もし女性を買うなら、そちらはご自分で負担していただけると助かります」
「チェッ」と、レンスブルックが舌打ちする。「ソーセージ一本でこの値段だぎゃ。あのきゃわわな娘らと一晩ともにしたら、相当ぼったくられるってことぎゃ。いやいや、田舎者の醜い小男は通常の五倍くらい払えと言われるかもしれないぎゃ。まったく、金のないモテない男はつらいぎゃよ」
そんなふうにレンスブルックがブツブツ呟くのを聞き、ギネビアもカドールもギベルネスも笑った。やがてタントリスがカウンターで酒を出していた用心棒のようにも見える男と話をし、がっくり肩を落として戻ってくる。
「嗚呼、我が愛するイゾルデ、麗しの花よ。これからは僕の囲うのでない他の男の庭でその馨しい花を咲かせるのか……」
「どうしたぎゃ。記憶喪失の色男。きゃわわな娘っ子に振られでもしただぎゃか?」
「う゛う゛っ、もう僕の人生には希望も光もない。これからはただ、暗き牢獄に燃えるこの愛の炎を押し殺し、虚飾の人生でも送っていくしかないんだ……おお、神よ。愛する者同士を引き離すことは、宇宙の法則に反することだというのに、何ゆえにあなたさまは僕とイゾルデの仲を引き裂こうというのか?」
(もう死んだほうがマシだ)とさえタントリスは口にしていたが、レンスブルックの頼んだ仔牛のソテーが運ばれてくると、その肉をフォークで刺し、ムシャムシャ食べている。
「そいつはオラのぎゃ。まったく、それだけ食欲があるなら、失恋から立ち直るのもすぐという気がするぎゃよ。やれやれ」
「親父、同じのをもう一皿くれ」
カドールは自分のところに運ばれてきたのをレンスブルックに与え、カウンターに向かってそんなふうに言った。そちらからは「あいよ」という、あまり愛想のない声が返ってくる。
ギベルネスは豚肉とキャベツが具材のラビオリを食べ、ギネビアはレンズ豆とラム肉の煮込みをパンと一緒に食べ――ある程度食事が進んでから(暫く無言になるくらい、彼らは空腹だったのである)、「酒でも飲まなきゃやってられん」と、酒をがんがん飲もうとするタントリスにギベルネスが聞いた。カドールが先に何か質問するのではないかと思ったが、彼が自分の出方を見ているらしいと気づいたためである。
「イゾルデさんという方はいらっしゃらなかったんですか?」
「ええ、まあ……彼女が僕の愛人になるか、それとも他の男がイゾルデを買い上げるかという話になっていて……僕のほうでちょっと留守にしなきゃならない用が外にあったもんで、それまで待っていてくれと言ってあったんですが、ここの経営者の奴めがですね、そっちの男とイゾルデを結婚させちまったんですよ。まったく、ひどい話だ……」
誰も『記憶喪失は一体どうした?』といったように言う者はなかった。もしかしたら、彼はこのことをきっかけに自分のことを思い出しかけているのではないかと思ったのである。
「じゃあ、あなたはおそらく、この店の徒歩圏内くらいの場所に住んでいて、今ごろ御家族の方か誰かが心配しているのではありませんか?」
「うっ、う゛う゛っ……な、何やら激しく頭痛がしてきたぞ。我が名はタントリス。だが、父上や母上が誰なのか、そもそもこの僕に親兄弟なぞというものが存在するのかどうかを思いだそうとすると――何やら激しくガンガンと頭の奥が痛んでくるのだ……」
(やれやれ。随分都合がいいが、どうなってる)という呆れ顔をして、カドールは追加で注文したワインに口をつけた。だが、ギネビアのほうでは(随分白々しい演技だな)とは思わなかった。トリスタンがタントリスであったとすれば、このような店に出入りしているとも思われず、さらには領主の跡取り息子である彼が、『用があって暫く留守にしていた』ということ自体、ありえない気がしたというのがある。
またさらに、ギベルネスはこの店の経営者である、強面風の中年男にタントリスのことを聞いてもみたのだが、「どこの誰だか知らねえな」ということだったのである。「確かに、うちに客として来てたってのは確かだ。が、こっちではおめえは一体どこの誰だなんて野暮なこと、一切聞かねえのよ。とにかく問題は金の払いがいいか悪いかってことだけでね。わかったら、とっとと帰っとくんな!こちとら、こう見えて信用商売なんでね。客の中には貴族のやんごとなきお方がお忍びでやって来られることもあるってわけで、変な噂でも立てられた日にゃ、こっちは圧力かけられて店自体潰されるかもわからねえ。つまりはそういうこった」
しっしっ!と野良犬でも追い払うような仕種までされたが、ギベルネスはねばった。イゾルデという女性が結局誰と結婚したのかと、その点を聞いておきたかったのである。そうすれば、その男性が住む屋敷へでも訪ねていき、イゾルデという女性本人にタントリスのことを聞けばいいと思ったということがある。
「イゾルデが誰と結婚しようが、どうだっていいじゃねえか!あんたが金払ってうちにいる他の娼婦のイゾルデとよろしくやりたいってんなら、こっちも揉み手に笑顔で迎えてやってもいいがね。そんな気もねえってんじゃ、ただいるってだけであんたらは商売の邪魔になるってもんだ。さあ、そのことがわかったらとっとと帰っとくんな!!」
「ここは、一旦諦めたほうがいい」
カドールは、向かいにある馬房からギベルネスのルパルカを引いてきて、そんなふうに言った。娼館の親父を買収しても良かったが、ルパルカを四頭(+引き車)、ほんの二時間預けたというだけで驚くほど金を取られ、余所者と思い、足許を見られた気がして――カドールとしては金がないということではなく、単に腹が立っていた。
「ここ数か月のうちに結婚したのなら、教会堂でも順に回ればすぐわかることですよ。それよりも今は、リエンス城へ急ぎましょう。そこにトリスタンさまがいらっしゃれば、タントリスと並べて見て、『世の中不思議なこともあるものだ』と、我々にしても笑って彼を追い出すことが出来るというものだ」
「追い出す……」
タントリスがハッとして、そんなふうに呟くのを聞き、ギベルネスは「言葉のあやですよ」と、フォローしておいた。
「あなたがもし、トリスタンという方と一切なんの縁もゆかりもなかったとしても――おそらくあなたがこの城下町で暮らしていたことだけは間違いないんですから、住んでいた場所や御家族のことなどは必ず探しだして、なんとかしてあげます。ですから、その点は何も心配しなくて大丈夫ですよ」
「そうだよ、タントリス」
ギネビアも、トリスタンとそっくりな男の肩を叩き励ました。
「というか、なんか色々おかしなこと言ってごめんな。わたしの友達に、おまえにすごく似てる奴がいたもんだから……記憶喪失な上、好きだった女性まで他の男と結婚しちまったんだもんな。おまえの身の上のことは、わたしたちで必ずどうにかしてやるよ。それにしても、トリスタンがおまえに会ったらびっくりするだろうなあ!うんうん、あいつも人の好い奴だから、単に顔や背格好が似てるってだけでも面白がって、なんの手がかりもなかったとしても――まあ、住むところや仕事を紹介してくれたりして、きっとなんとかしてくれるに違いない。だから、そういう心配はしなくていい」
「そうだぎゃ。オラを見てみるぎゃ。こんな醜い小男でもねくて、トリスタンにはその輝く美貌とかいう財産がそもそもあるぎゃ。なんだったら比べてみてもいいぎゃよ。町の広間にボロ茣蓙でも広げて、オラと一緒に夕方まで並んでみるぎゃ。見るからに哀れなのはオラであるにも関わらず、おめえのほうのゴザにより多く金貨やらなんやら投げ込まれるのは間違いないぎゃ。そう思って、自分を慰めるぎゃ。記憶はなくともタントリスは、オラのような醜い小男よりはずっと恵まれているぎゃ」
「そうだな。僕には幸い両目も揃っていることだし、レンスブルックの言うとおり、輝く美貌まであるわけだから……ありがとう。君の今の言葉はすごく慰めになったよ」
「感謝されても、なんか嬉しくないぎゃ。なんでぎゃろ?」
――こうして、カドールとギネビア、レンスブルックにギベルネス、それにタントリスの五人はリエンス城目指して次第次第に傾斜が険しくなってゆく坂道を上り……すぐそばに白亜の宮殿のような領主の城を眺めつつ、その近くにあるというリエンス城を目指すことにしたのだった。
>>続く。