こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア。-【27】-

2024年03月06日 | 惑星シェイクスピア。

 

 ええと、↓との関わり合いから、今回こちらの本をぱらぱら☆とでももう一度読もうと思っていて、読んでいません

 

 いえ、「図説・アーサー王物語」にもトリスタンの物語は出てきますし、そちらでもう一度確認するように読みはしたものの――わたし、実はこちらの本を過去に二度ほど購入してまして……それで、ダンボールの中を探せばどこかにあるとわかってはいるものの、前回も「ダンボール探すの面倒だから、注文しよう」ということで購入したわけです。ということは、今回また同じことをした場合、わたしは同じ本を三冊家のどこかに持っていることに……と思い、買うことまでは流石にためらわれました

 

 内容的には「本当に素晴らしい!!」という記憶しかないとはいえ、最初にこの本貸してくださったのが、昔本屋さんでアルバイトしてた時、同じアルバイト仲間の方が「わたしもファンタジー好きなんだ~♪」ということで貸してくださり、わたしの好み的にもまったくドンピシャ☆だったのをよく覚えています

 

 そんで、【22】のところで、トマス・ブルフィンチの「アーサー王物語」は退屈でつまんなかった……なんて書いたのですが、あのあとなんとなく気になり、密林様にて注文してみたところ――まだぱらぱら☆としか読めてないとはいえ、ものっそ面白いです(笑)。たぶん、「図説・アーサー王物語」を読んで、一通り物語が頭に入ってるからでしょうか。アーサー王物語とトリスタン、あるいは騎士ガウェインその他の物語というのは、いくつも異聞というのか色々な説や言い伝え等があるらしく、編纂しようとする場合、取捨選択がなかなか難しいことになるような気がします(そしてこれはロビン・フッドも一緒かな、なんて思ったり)。

 

 他に、前回出てきたマーク・トウェインの「王子と乞食」なんですけど、わたし、その昔HKで、全6回だったか全10回だったか忘れちゃったんですけど……20~30分くらいのドラマを夜の七時くらいにやってた記憶があって。たぶん、BBC系とかじゃなかったかなあと思うのですが、このドラマの雰囲気が物凄く大好きで、にも関わらず、最終回のみ見逃したというトラウマがあり、ずっとこれをもう一度見たいと切望しているものの――今回ちょっと探してみましたが、やっぱりありませんでした

 

 そしてその代わりに見つけたのが、映画版のほうで、それがこちらになります♪

 

 

 わたしが見たの、U-NEXTでだったんですけど、面白かったですただ、やっぱり昔見たドラマの雰囲気がもうドンピシャ☆で大好きだった記憶があって……結局、入れ替わったエドワード王子と乞食のトムはどうなったか、それを映像として見たくて仕方なかったのです。。。

 

 まあ、最後はハッピーエンドとはいえ、ドラマ見てたの十代の頃でなかったかと思うので、その頃はこのエドワード王子があのヘンリー八世の息子で、彼が三番目の王妃ジェインに生ませた子であるとか、そんなことはまったく知らず……でも、チューダー朝のお話は、何かとスキャンダルで面白いですよね♪

 

 わたしがチューダー朝に初めて興味を持ったのが実は、

 

 

 という、この映画を見てでした

 

 いえ、こちらもやっぱり映画の雰囲気その他が大好きで、自分的には絶賛の気持ちしかないものの……それでも、どこまでが歴史的真実で、どこからが映画としてフィクションなのか――自分的に、トマス・モアという人の人生に興味を持ち、まずは彼の伝記っぽいものを読んでみようと思ったのです。

 

 ただそれは、カトリックの聖人として美化されたものとかではなく、「大法官にまでなったということは、政治的野心が少しくらいはあったのではないか」など、「本当の真実はどうだったのか」について詳しく知りたいということがあったというか。

 

 そこで、ジョン・ガイさん著の、こちらの「トマス・モア」の伝記を購入したんですよね

 

 

 この本の中に、わたしが疑問に感じたことは大体書いてありました。書いてあった、と言っても、その答えというのが実は「歴史的に残されたものを許される限り調べてみたが、ヘンリー八世に仕えたトマス・モアという人物について、わかることは実はそれほどない」(=映画のほうはフィクションの色合いが濃い)……ということだったり(^^;)。

 

 ジョン・ガイさんのこちらの本は、わたしと同じように「わが命つきるとも」の映画を見、どこまでが本当の「トマス・モア像」として正しいのか――ということを出発点としている本で、この本が出版された当時としてはこれ以上のことは調べようもないというくらい、骨折って調べ尽くした、素晴らしい労作と思います

 

 そしてその後さらに、「ウルフ・ホール」という作品があるのを知り、こちらも原作を購入し、ドラマのほうも見てみました(天ぷら☆のほうで見れます。すごく面白かったです)。

 

 

 こちらは、主人公がトマス・モアの敵(?)のトマス・クロムウェルで、トマス・モアも結構でてくるとはいえ、「わが命つきるとも」のトマス・モア像は見る影もなく、かなりのところ偏屈者として描かれているような気したり(^^;)。

 

 いえ、「ウルフ・ホール」の著者であるヒラリー・マンデルさんもまた、歴史的なことを(出来る限り)詳細に調べてこの大著に取り組まれたのだと思うし、聖人的なトマス・モアって従来型でつまらないという部分もあり……とにかく、このふたつの作品は見比べてみるとすごく面白いような気がします(笑)。

 

 ただわたし、「ウルフ・ホール」の続きの「罪人を召しだせ」と「鏡と光」、まだ読んでないので――いつか購入して読んでみたいなと思っています♪というのも、トマス・クロムウェルもまた、トマス・モアと同じく……ヘンリー八世治世下において、いずれ断頭台の露と消える運命だという意味で、その最後のシーンを読んでみたいと思うからなのでした。。。

 

 それではまた~!!

 

 ↓まだ見てないのですが、いずれ見たいと思っております♪

 

 

 

       惑星シェイクスピア。-【27】-

 

(一体どういう人物なのだろうと、それとなくずっと観察してきたが……まあ、ただ者でないということだけは確かなようだ)

 

 特段、ハムレット王子に対して何かの教訓としたかった……わけでないらしいのは明らかだったが、『王子と乞食』の話を聞きながら、カドールはそんなことを思っていた。<神の人>らしいということは彼にしても承知していたとはいえ、武人として主君に忠実であることと、槍や剣といった武器の扱いと馬術のことにしか興味のないランスロット、ハムレット王子に心酔しきっているギネビアとは違い――カドールはあくまで客観的に王子一行の全体を眺めていた。

 

 王子の相談役といった立場のタイスとディオルグは、ともに何も問題ないと、彼としてもすぐ判断することが出来た。タイスはハムレット王子が親友としてなんでも話すことが出来る相談相手のようだったし、ディオルグは用心棒としてついてきたということであったが、なかなかの槍と剣術の使い手であると、ローゼンクランツ騎士団専用の武闘場にて、クレティアンやパーシヴァルと対戦する姿を見、カドールにしても感心したものである(また、ホレイショとキャシアスについては、彼の理解としては王子の忠実な従者といったところである)。

 

 キリオン・ギルデンスターンは、のちの勲功といったことを考えて、息子ふたりのうち長男のほうを王子に付いていかせることにしたのだろうし、彼以上に実質的には役立つウルフィンがキリオンの従者であるのはそのあたりのことが理由だろう――ということもまた、カドール個人の判断である。だが、ギベルネスとレンスブルックについては、カドールはいまひとつ理解できないところがあった。

 

 こう言ってはなんだが、「足手まといになりそうな乞食の醜い小男」が後ろのほうをちまちまついて来るのを見た時、カドールは一瞬ギョッとするのと同時、『この道化は一体なんのためにいるのですか?』と、危うく口に出してしまいそうになったものである。

 

 そして最後にギベルネスだが、カドールはユリウス師にそっくりだというので驚くことはなかったと言える。というのも、カドールの場合はユリウスと会ったことがあるのはほんの二度ほどであり、誰からどんな質問をされようとすらすら優雅に答える彼に対し、博識な人物として感心したのは覚えていたが、その程度の面識しかないカドールにしてみれば(そんなに似ているだろうか?まあ、言われてみれば似ているか)といった程度にしか思われなかったということがある。

 

 他に、ギベルネスはさほどみなの話しあいに積極的に口を挟むということもなく、王子だけでなく、タイスにしてもディオルグにしても――<神の人>に対してさほど意見を求めることがないというのも不思議だった。ギベルネスはただ、一同の話を黙って聞き、カドールにしてみれば彼がいつ口を開くかと待ち受けているところがあったわけだが、いつも肩透かしでも食うように、神の人ギベルネは何も言わないのが常だった。

 

 その後、カドールはギベルネスについてタイスにこう聞いたことがある。「彼は一体何者で、どこからやって来たのか」と。タイスのほうでは、カドールが何を言いたいかわかっていたのだろう。笑いを禁じ得ないというように微笑みを浮かべつつ、事の経緯について自分の経験したことを順に話していった。そして、最後にこう付け加えたのである。「三女神の託宣だなんだ、君のような理性と知性の人にはあまり信じられないことかもしれない。だが、このひとつのことだけは大きなことであるとして、覚えておいてほしい。神の人ギベルネが我々とともにいなくなったとしたら、我々は負ける。何故なのかと君は思うか知れないが、これは星神・星母に仕える僧侶たちの気違いじみた勘違いなどではない。正直、不思議な人だし、人間的にいってもいい人だとは思う。時々、知っていて当たり前のことについて真顔で質問してくることもあるから、本当に神の人なのだろうと忘れていたことをふと思い出したり……カドール、君がこのことを信じるかどうかは別として、我々としてはそのような考えなのだと覚えていて欲しい」と。

 

「俺だって一応騎士らしく、それなりに神に対する信仰心といったものはあるつもりなのだがな」と、タイスにそう返答したカドールであったが、<一緒にいて有益であるという以上に優秀な人物>であるらしいことはすぐわかったとはいえ、神の人かと言われると……ランスロットやギネビアのように「ハムレット王子がそう言うんだからそれでいいじゃないか」とは、無邪気に信じられずにいた。

 

 だが、旅をともにするうち、確かにカドールにもわかったことがある。ギベルネという人物は、誰に対しても態度が公正にして平等だった。また、特に下々の暮らしに興味があるらしく、それぞれの見張り塔の守備兵らに、みなのいる前でとは限らないのだが、大体似たような質問をする。家族がどこにいて、暮らしぶりのほうは満足なのかどうかといったようなことや、仕事上、どういった点で困っていることがあるかについてなど……守備隊員らは、そんなふうに関心を持ってもらえるだけで嬉しそうであったが、カドールが求めているのはもっと別なことだったのである。

 

 すなわち、神の人であるというならば――我々のその困りごとについて、どの程度干渉して解決してくれるのかということだった。「母が最近病気がちで……」、「それは大変ですね。どういった症状ですか?」と、ただこちらの要望を聞くだけで、なんの解決も示してくれない神ならばいらない……というほど、カドールにしても神に対する信仰心が杜撰ではない。ただ、彼としては次のようなことが気にかかったのである。もしまことに<神の人>であるというならば、今後、我々が窮地に追い込まれたその時こそ、何か大きな奇跡でも起こして助けてくれるということなのかどうか。果たして、一対一で戦ったとすれば、ランスロットだけでなく、自分の槍や剣の前にも倒れそうな、背が高いだけのひょろ長い優男が――クローディアス王の軍勢と今しも対峙しようという時、外苑州の軍勢に味方し、僭王の軍隊を圧倒的なまでに蹴散らすような何がしかの大きなことを成してくれるのかどうかということが……。

 

   *   *   *   *   *   *   *

 

 九つ目の見張り塔にハムレット一行が辿り着き、守備隊員ガノンとウォレスに快く迎えられていると――何やら三階から、人の呻き声やら、ブツブツつぶやくような声が聞こえてきた。

 

「ううっ、なんということだ。我が心の中で天使と悪魔が戦っている。天使は僕にこう言う。『さあ、タントリスよ。罪悪感は無用です。好きなものに手を伸ばし、好きなだけたんと食べるのです』、だが、悪魔はこう言ってこの僕の喉に短剣をあてがうのだ。『好きなものを好きなだけ食べるだって?そいつはいけないなあ、タントリス。好きなものをいくらでも食べていれば胃腸によくないし、女にしたって同じこと。タントリス、おまえが散らした女の花の数を数え上げてみるがいい。ロザリンドにシシリーにモリーンにシャルロット……みな、道徳心のある良い女たち。そして、他の罪深い女たちとの関係と来た日には……』、おお~っ、やめてくれ、悪魔よ。それ以上のことは言わないくれ。この人でなしのタントリス、これからは心を入れ替え、ただこれという一人の婦人にのみ仕えると誓おう。ああ、きっとそうするとも……ということは、この場合、悪魔が天使で天使が悪魔なのか?おお、神よ、こんな罪深き我と我が行いとを救いたまえ」

 

 その後、「うお~っ!!」という大きな叫び声まで聞こえ、二階のほうへ順に梯子を上がって来た者たちは驚いた。「あの者は一体どうしたのだ?」と、ハムレット王子が聞く。

 

「はあ。それがですね……」

 

 守備隊員の仕事をして長い、ガノンが説明しようとした。ちなみにウォレスは彼の息子であったが、ふたりともともに(何故よりにもよってこんな時に)という顔の表情をしていた。

 

「ついきのうの夜、この近くで乱闘騒ぎがあったようでして……息子のウォレスが見回り中、そのような事態を遠くから目撃しまして、わしのことを呼びに来たのですよ。で、ふたりで駆けつけてみましたところ、あの狂人めがひとり砂の上に残されておったというような次第でございまして……」

 

「何があったのか親父と一緒に聞こうとしたのですが」と、息子のウォレス。「よほどショックなことでもあったのか、何やら要領を得ないことをブツブツ言っては、先ほどのように「うぉ~っ!!」などと叫ぶばかりでして……どうしたものかと親父とふたり、頭を悩ませておったところなのです」

 

 最初、一同は疲れているのみならず、喉も渇き腹をすかせていたこともあり、上階にいる狂人のことはとりあえず放っておき、食事のほうを先に済ませることにした。だが、ギベルネスは何かが気になって、時計回りの階段を上り、様子を見にいくことにしたのである。

 

 蝋燭の灯りもない室内は暗くなりつつあったが、それでも窓からの光でかろうじて――そこにいるのが見目麗しい若者であり、ギベルネスにしても(もしや)と頭の隅を掠めることがあった。つまり、あの引き車に乗っていたのはこの若者であって、もしやその美貌のあまりどこかへ売られていくところだったのではないかということを……。

 

 となると、ギベルネスとしてはこの見事なブロンドの髪に、何やら哀愁漂うサファイアブルーの瞳の青年が非常に気の毒になってきて(売られる前から性的虐待を受けるなどして、それが彼の発狂の引き金を引いたのではないかと思われたからである)、思わずこう励ましていた。

 

「しっかりしなさい、君。人生、生きていればきっといいこともある」

 

「ああ、ありがとうございます、旅の僧侶さま。きっとあなたは名のある方に違いない。このような惨めな者にそのようなお優しい言葉をかけてくださるとは……う゛う゛っ。だがこの僕はもう駄目だ。死んだほうがいい。きっとそのほうがみんなのためにもなる……」

 

「何を言うのですか。そんなふうに悲観的になるのはきっと、君のお腹がたんと減っているせいに違いない。ちょっと待っててください。何か食べるものを持ってきてあげますから」

 

 そうは言ったギベルネスだが、ここの砂漠では時に、七百粒の真珠よりも一杯の水や一切れのパンが重い価値を持つということを、一瞬失念していた。守備兵の親子は決していい顔をすまいと思い、ギベルネスは自分の分の水と食事の皿を持ってくると、彼に半分分けてあげることにしたのである。

 

「まったくもってかたじけない、旅の人」

 

 名前を聞くとタントリスと名乗った青年は、右手にむんずとパンを掴み、左手にソーセージを持つともぐもぐ食べ、最後に水をごきゅごきゅ美味しそうに飲み、「ぷはぁ~っ!」と、なんとも満足そうな吐息を洩らした。それからこっそり小声になって、ギベルネスの耳許にこう囁く。「下の奴ら、『狂人に食わせるメシはねえっ!』なんてって、水以外くれないもんだから、腹へっちゃって」と。

 

(なるほど)と思い、その後もギベルネスはタントリスの話を聞くことにした。だが、彼は身の上について訊ねられると、「自分の名前以外思いだせない」と言って、じんわり瞳の縁に涙を浮かべるばかりなのだった。

 

「ですが、先ほどは何か……色々しゃべってませんでしたか?天使と悪魔がどうこうとかなんとか……」

 

「いやあ、昔芝居でそんな場面を見たことがあるような気がしたもんで、主人公の苦悶でも苦しんでみれば何か思いだせることでもあるかと思っただけのことでして……『このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。』このような芝居のセリフはいくらでもすらすら唇から飛び出てくるのに、何ゆえこの僕は自分のことだけは名前以外何ひとつとて思いだせぬのか……」

 

 う゛う゛っ、とまたしてもタントリスが苦しみに呻き、頭を抱え込むのを見、ギベルネスは彼のことを胸に抱きとめたまま、もう何も聞かないことにした。医者のギベルネスとしては、今のタントリスのような状態にある時、まずはたんと食べて寝させることだといったようにしか、やはり思えない。

 

「ギベルネ先生~っ!!」

 

 他の男たちがまたぞろ、「今後の計画云々」難しい顔をして話しはじめるのを見て、退屈になったギネビアは三階に上がって来た。例の近くであった乱闘と狂人が何か関係あるらしいと聞いたので、直接本人から話を聞こうと思ったということでもあったが。

 

 だが、最初は暗くてわからなかったものの――ランプに火を点けてみると、危うくギネビアは手に持ったそれを床に落とし、割りそうになったほどである。

 

「トリスタン……っ!!おまえ、トリスタンじゃないかっ」

 

 途端、ギベルネスの言った「記憶喪失云々」という話のことは、ギネビアの頭から吹き飛んでしまった。すぐ階下へ下りてゆき、彼女はランスロットのことを呼びにいった。

 

「おい、早く来てくれ、ランスロット!!上の狂人だと思ってた男はトリスタンだったんだっ!!」

 

「トリスタンだって!?」

 

 ランスロットは驚きのあまり、豚の塩漬け肉やザウアークラウトをにんにくで煮込んだ料理をテーブルへ戻した。それからセロリのピクルスをひとつ口へ放り込み、彼もまた階段を上へ上がって来る。

 

「おおっ、確かにこりゃトリスタンっ!!」

 

 ギネビアがタントリスのそばにランプを掲げたため、ランスロットにも彼の顔がはっきり見えた。そこで、最後にこの親友と会った時のことをランスロットは急に思い出した。あれは去年の雨季の終わり頃……彼は例年通り、ライオネス城砦まで軍の指導のためにやって来たのだった。トリスタンの城のほうでランスロットは手厚いもてなしを受け、「そろそろ僕も年貢の納め時というやつがやって来たらしい」といったような相談を受けた記憶がある。

 

 だが、それ以外で何かリヴァリン伯のことや政治に関することで彼には何か深い悩みがあるらしいとは、ランスロットはついぞ一度として感じることはなかったのである。

 

「あの近くであった乱闘騒ぎというのは、おまえと賊の間であったものなのか!?だが、賊どもも、おまえの剣技の前には逃げ去るしかなかったということなのだろうな」

 

「う゛う゛っ。ト、トリスタンとは一体誰のことなのだ!?我が名はタントリス。だが、自分の名前以外一切何も思いだせぬこの身がうらめしい……」

 

(一体何を冗談を言って……)

 

 ランスロットはそう思ったが、ギベルネスが首を振って、それ以上のふたりの追求をやめさせた。

 

「何か事情があるのですよ。まあ、この世界には自分と似た顔をした人間が三人はいる……と言ったりしますが、彼に生き別れの双子の兄弟でもいるというのでない限り――私にもわかりませんが、この件については保留ということにして、まずは彼を連れてライオネス城砦へ行けばいいのではありませんか?そうすればタントリスが誰なのか、何か手がかりが掴めるかもしれませんし」

 

「そうだな」

 

 ギネビアはまだ何か言いたげだったが、ランスロットはギベルネスの案で納得した。無論、トリスタンに双子の兄弟がいるなぞという話を聞いたことは一度もない。だが、もしやリヴァリン伯が甥可愛さのあまり、どこかから影武者を探しだしたといった可能性も、低くはあるがゼロではないと思っていた。

 

(ということはだ)と、ランスロットは考える。(トリスタンと間違えてこの男は賊に捕えられたということなのか?よくわからないが、確かにギベルネさまの言うとおり、どちらにせよライオネス城砦へ行けばはっきりすることなわけだから……

 

 だがこの翌日、昼の日中に眺めて見ると、やはりランスロットにもギネビアにもタントリスと名乗る男がどこからどう見てもトリスタン・ライオネルその人のようにしか思われず――それはカドールにしてもまったく同じだった。とはいえ、この三人の中でもっとも理性的かつ冷静に事態を眺められる彼にしても、(記憶喪失?本当にそんなことがあるのか)としか思えぬばかりだった。かといって、タントリス=トリスタンであったとして、彼が狂人の振りまでしてこんな場所にいることになんのメリットがあるのかと考えると……カドールにしても訳がわからなくなるのだった。

 

「ギベルネ殿、ギベルネさまには医術の心得がおありのようですから、タントリスと名乗る若者について、どのように思われますか?」

 

 ギベルネさまが「あまりとやこう言わず、タントリスのことはそっとしておいたほうがいい」と言ったと聞いたため、カドールはこの翌日、ルパルカで<神の人>の隣に並ぶと、そんなふうに訊ねていた。

 

 実際のところ、ギベルネスの中でこの時点で答えは決まっていた。だが、(一般に記憶喪失と呼ばれるものには、全生活史健忘と呼ばれるものと一過性全健忘と呼ばれるものがあり……)などと、いかにカドールがこの世界としては賢い若者とはいえ、そんな説明の仕方をしても理解が難しいだろうと思ったのである。また、ギベルネス自身がトリスタン本人のことを知らぬため、「まったくのよく似た他人」という可能性についても排除できなかった。ゆえに、一番良いのはタントリスとトリスタンのふたりを並べて見比べることだと、そのように結論したわけである。

 

 だが、このことを話してみると、普段は真面目くさった顔をしたカドールが笑いを禁じ得ないというように吹きだしたため、ギベルネスとしては曖昧に微笑み返すということになった。

 

「なるほど。確かにそうですな。これからライオネス城砦へ行き、トリスタンさまとあのタントリスという人物を並べてみれば……一件落着となるのは確かに間違いない。流石はギベルネさまですね」

 

 カドールはこの答えに至極満足して、再びランスロットやギネビアらの後ろあたりを進んでいった。もっとも、人の好いギベルネスは気づかなかったに違いない。彼が、(なるほど。特段<神の人>として神通力によって何かを見通しているというわけではないのだな)という、その点について彼がおかしかったのだということなど……。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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