こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ユトレイシア・ユニバーシティ。-【26】-

2022年01月15日 | ユトレイシア・ユニバーシティ。

 

 えっと、今回で最終回ということで、前文に何書こうかなと思ったんですけど……↓に出てくる『不死の惑星』って、ここ書いてる時には「はいはい、ありがちありがち☆」とか思ってたものの、ちょっと自分的にオジマンディアスの正体と言いますか、彼/彼女視点で見た場合、どんなふうに物事が見えているか――という、その部分が自分的に結構面白かったので、SFについてもっと色々勉強したら、いつかこの話、書くかもしれません(^^;)

 

 それで、わたし萩尾先生の『スター・レッド』読んで、直感的に絶対『惑星ソラリス』読もう……とか思ったんですけど、これ、ついこの間読み終わって、自分的に最高に「アタリ🎯」な小説でした(笑)。

 

 そのですね、その前に『銀河ヒッチハイク・ガイド』読んでて、どっちかっていうと、こっちのほうが間違いなく100%わたし向きだと思うし、一冊の本を読んでこのくらい笑ったのはたぶん、ウッドハウスの執事ジーヴスシリーズを読んで以来……だったと思います。それで今、このシリーズの2作目『宇宙の果てのレストラン』を読んでいて、最初の3分の1くらい読んでる時にふらっと本屋で『ソラリス』買ってきたわけです

 

 いえ、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のほうがラノベ感覚で読めるのに対して、『ソラリス』のほうが1ページに埋まってる文字数絶対多いはずなのに――圧倒的に面白かったのです(笑)。ある意味、この感覚をもう一度味わうために、他のSF小説も色々読んでみようと思ったくらい。こうした小説が1960年くらいに書かれてたっていうのも驚きですけど、惑星『ソラリス』に存在する<海>ですよね。人の心の奥深くに存在する死者ですらも精確に模写できる能力があるのに……そこに何か意思疎通しようといった<海>自体の意識のようなものがあるわけではなく――映画のほうはどちらも、このあたり原作者であるスタニスワフ・レム氏の意向を無視(?)して、透徹した他者として<海>を描くことが出来なかったという話なのですが、でもわたし、その気持ちは(映画見てないものの・笑)すごくわかるなあって思いました

 

 あと、映画の興行収入的なこととか考えたら、「映画には映画の見せ方(魅せ方)がある」とも思うので……そのあたり、<海>を徹底した他者として描いた場合、非常にリスキーとも思うし、見ている側が「このほうが整合性があってわかりやすいだろう」とか、「共感しやすいだろう」という方向に舵を切るのもあながち間違いでないのでは……というように個人的には思ったり(^^;)

 

 今回文字数あんまし使えないので、あらすじとか書いてないんですけど(汗)、まあ、わたしなら絶対「実は<海>にはこうした隠された意思があった」とか、そう描きたい誘惑に絶対負けるだろうなあ……と思うんですよね(凡人だから・笑)。というか、<海>が形作ったり正確に模写したりするものの中には、都市のように見えるものもあるわけで――やっぱりこのあたり、ソラリス学者ではありませんが、ソラリスにはかつて一大帝国を築いて滅びた国があって、ソラリスはその人間たちの記憶を内包し、繰り返し模写しているのであーる的な……わたしならそうした手垢のついたベタベタ☆の方向性にどうしても舵を切ってしまうだろうなと思っていて。

 

 ただ、わたし的に「宇宙人とのファーストコンタクト👽」に一体人類は何を期待しているのか――という点については、考え方がスタニスワフ・レムさんとまったく同じだったと思います(笑)。夢のないことを言うようなんですけど、肌の色が違うとか、人種がどうこうとか、あるいは肉体に何かしらの欠点のある人々を軽蔑する傾向の強い人類が、知性はあっても人間とは形態の違う宇宙人とそんなにわかりあえるかって言ったら、わたしは正直「絶対無理なんじゃね?」とか思っちゃうんですよね、どうしても。

 

 あと、ソラリスの<海>ちゃんは、性格的に自分と似てるところがあったので(「あいつ、ほんとは一体何考えてんだろーなー」という不気味さがある・笑)、『クトゥルフ神話』のニャルラトホテプさんがゆるキャラ化してるみたいに、「ソラリスちゃんもゼリー状のゆるキャラになればいいよ!」とか思ってみたり(笑)。

 

 なんにしても、久しぶりに7つ星級の小説を読みました♪かといって、特段人にお薦めしようというわけではないものの、最初のほう、面白くなるまでちょっとイントロ長いかもしれませんが、そこを越えるとあとは一気に読める感じの小説だったと思います

 

 それと、ソラリスの海の描写が長くて退屈……とか、ソラリス学者の色々な説の部分も長くて読みにくい――みたいな意見や感想もあるみたいなんですけど、自分的にはそここそが一番面白く、読み応えがあったと思いました

 

 あ、違うかな。一番面白かったのはたぶん、主人公と死んだハリーちゃんとの関係と彼らが最後どうなるか……というところで、小説自体は完璧なもので、そこに文句つけようとはまったく思わないものの――他の研究員であるスナウトやサルトリウスの元にはどんな<客>がどういった形で来ていたのか、その部分についても知りたかったような気はしました(でもたぶん、そこまで書いてたら、本は一冊で収まってなかったはず、とは思う^^;)。

 

 なんにしても、今回で最終回ということで、わたしのはじまったばかりのSF旅(そしてこれは間違いなく永遠に終わらない・笑)と、今の時点で書きたいと思ってる小説については、時間を見つけてというか、時間のある限り今後も続けていく予定でいます♪

 

 それでまた~!!

 

 

 枯葉はカヴァーしてる方多すぎて、迷ったんですけど、とりあえず本文にあるのがボブ・ディランだったので(^^;)

 

 

 懐かしい♪

 

 

 選曲にあんまし深い意味ないものの、今流行り(?)のチルってるって、わたし的にはこーゆー感じかなあ……なんて

 

 

 今は同じ「スーパーウーマン」っていうと、アリシア・キーズさんのほうを思い浮かべる人が多いかも(^^;)

 

 

 ラヴァーズ・コンチェルトは本文に言及ないんですけど、わたし的にはロイとリズの今後っていうのはこんな感じのイメージで終わりました(笑)というか、もしいつか宇宙船とか乗れたら、絶対船内にバッハとか流したい

 

 

 

 

    ユトレイシア・ユニバーシティ。-【26】-

 

「ロイ、待った?」

 

 大学の西門近く、馬術場のそばにあるベンチで、ロイは頭上からの恋人の声に目を上げた。家まで歩いて帰るとしたら、西門から出るのが一番近いため、ふたりは時々ここを待ち合わせ場所にしている。

 

「何読んでたの?」

 

「ああ。リズが興味のないSF小説だよ」

 

 そう言って、隣に座った恋人に向かってロイは微笑んだ。

 

「ユト共和国を代表するSF作家、ユーディ・ニューリバーの『不死の惑星』っていうデビュー作。かなり古い作品ではあるんだけど、すごく面白いんだ」

 

「ふうん。どんな内容?」

 

 リズは、今までの人生でSF小説なるものに興味を持ったことがほとんどないだけで――今はロイの部屋の本棚にあるものを少しずつ読んでいた。ロイ曰く、彼が小説のジャンルの中でSFが一番好きなのは、「その手があったか!」という意外性に満ちていることが、自分の発明や研究の発想の転換にも非常に役立つから、ということだったのだが。

 

「まあ、簡単にいうと、いくつもの銀河系を治める最高星府ってところがあって――それは第一銀河星府、第二銀河星府、第三銀河星府……と、何百もある銀河星府を束ねる最高機関なんだ。そこは、各星府から送り込まれた優秀な議長たちによって運営されてるんだけど、数え切れないほどある議題のうち、惑星オジマンディアスという不毛の星をどうするかという順番が回ってくる」

 

「それがタイトルの不死の惑星ってこと?」

 

「たぶん、そうなんだろうね。この小説の中の世界ではね、地球という場所は寿命を迎えていてすでにないんだ。けれど、その地球から発生した生命たちが他の銀河系の惑星へ移住して――はや数万年にもなるという、そうした相当科学の進んだ世界なわけ。で、オジマンディアスっていうのは凶星で、どんな人間が入植のために努力を続けても、かなりいいところまで行くのに最後はすべてが駄目になって入植者が全員死ぬという運命にあるんだ。そこで、最高星府はこれで何度目になるかわからない話しあいを重ねる。問題点はとにかく『その時惑星オジマンディアスで何が起こったか?』っていうこと。まず、人が住めるような小さなドームを作って、そこを拠点に惑星内の調査を進め、だんだんに行動範囲を広げていく……というのが、惑星開発の最初の手順。ところがだね、オジマンディアスはまあ資源に乏しい不毛の惑星であるにしても――入植者たちはもうそうした星でも十分満足して暮らしていけるような科学技術を持ってるんだね。こうして、少しずつ人口も増えていき、彼らの母星とは比べものにならないにしても、住むのにそう悪くない場所へとオジマンディアスが変わっていこうとした時……その小さな町々は滅び、入植者はその全員が死亡した。すぐに調査隊がやって来て原因を調べたが、何が原因かははっきり特定できなかった。こうして、オジマンディアスは他にもたくさんある、似たような不毛の惑星として長く打ち捨てられることになったんだけど……」

 

「ねえ、全員が死んだってことは、その惑星特有の、なんらかの疫病が流行ったとか、天変地異とか――何かそういうこと?」

 

「それがまあ、わかんないわけ。オジマンディアスの入植者たちは、他のたくさんの惑星と通信できるシステムも持ってたから、まあ、今のオレたちがインターネットを使うのと同じように、惑星間でしょっちゅうテレビ電話したりとかっていう、そういう感じなんだよ。ところが、ある日から突然連絡が途絶え、強力な磁気嵐によってその後も暫く通信できない状態が続いた。宇宙にはそうした場合にすぐ通報がいくパトロール隊みたいのがいて、宇宙船でオジマンディアスに降り、調査を開始したわけだけど……まあ、そこはゴーストタウンみたいになってて、人が誰もいなかったという話」

 

「でも、その惑星は広いんでしょ?じゃあ、他に人がいないと思ってただけで、きっとまだ調査し尽くしてない場所、あるいは地下にでも、先住民がいたのよ。で、その人たちに連れていかれたか何かしたとか……」

 

 九月になっても、まだ周囲には夏の気配が残っていて――樹木は紅葉してもいなければ、イチョウのほうもまだ瑞々しく緑を保っており、黄葉もしていなかった。ロイはリズがこのSFミステリーについて知りたそうな気配を見てとって、まだもう少しふたりで座ったままでいようと思う。

 

「そういう場合の手順というのもすでに大体決まってるわけでさ、他のまだ調査し尽くしてない場所についても、調査団がやって来て詳しく調べることになったんだ。ところが、砂漠や岩山ばかりの場所をいくら調査しても、特にこれといってあやしい点はない。単に、入植者たちがひとり残らず消えたという以外はね……こうして調査は打ち切られ、オジマンディアスには入植しようと考える人間もないまま、さらに百数十年経った時のことだった。やっぱり、ある程度時間が経つと、『昔そんなことがあった凶星』と聞いても、人間の中には『ま、いっか』みたいになる者が出てくるものなんだねえ。ところが、彼らも大体最初の入植者と同じような運命を辿ることになった。再びのパトロール隊の出動、調査団の派遣……過去の記録については彼らも調べて知っていたけど、大体まったく同じことを報告するしかなかった。で、この時最高星府の決定で、オジマンディアスに流刑星から新たな入植者がやって来ることになったんだ。犯罪者として刑期を務めなきゃなんないところを、そこでなら自由に暮らしていいという条件だったから、たくさんの志望者がいた。この時、唯一他に出された条件というのが、とにかく四六時中監視できるよう、そうしたカメラをあらゆる場所に設置するということだった。これなら、もし再び同じ悲劇が繰り返された場合――何が起きたかがわかるというわけだ」

 

「でも、また磁気嵐にやられたら、元も子もないんじゃないの?」

 

「そうだね。そして実際のところ、そうなりもした。ところがだね、この小説の主人公というのが、まあありがちだけど、その流刑星からやって来た人間のひとりなんだよ。百人単位で順に派遣されてきた、87番目くらいの宇宙船に乗ってた。ゆえに、結局のところ最高星府にはオジマンディアスで何が起きたかわからずに終わるわけだけど、オレたち読者には何があったかがわかって物語のほうはちゃんと幕が下りる」

 

「ふう~ん。で、結局のところどういうことだったわけ?まさか、そのオジマンディアスには、人間の目には見えない透明な異星人が住んでて、その仲間にされたってわけでもないんでしょう?」

 

 ここで種明かしをすでに知ってるロイが笑ったため、リズは隣の恋人の腕あたりを叩いた。「もう、馬鹿にして!早く続きを話しなさいよ」と急かす。

 

「ええとね、そもそも、地球人っていうのは地球を出て他の惑星に住む場所を求めた時……物凄い不運に見舞われてるんだ。ステーションからのシャトルの打ち上げに何度となく失敗して、乗組員が何十人も死んでいる。理論上、シャトルは完璧で何が悪いのか、理由がいつまでたってもわからないままだった。しかもだね、人間を乗せないアンドロイドだけのシャトルだけは必ず打ち上げに成功し、その次に『これなら大丈夫だろう』と人を乗せると失敗するんだね。そこで、地球民たちは口々にこう言い始めた。『人間が地球から離れゆこうとすることに対する神の怒りだ』とか、『我々は宇宙へでる運命にないのではないか』などとね。その頃の地球では、人間の潜在能力の開発によるESP能力を持つ人間が僅かではあるけど、現れはじめていた。そこで、彼らにコンピューター制御の補助を頼むことにし、こうして人類は初めて他の惑星へ移民する第一歩をしるしたというわけ」

 

「そのことと、惑星オジマンディアスと、何がどう関係あるの?」

 

「ようするに、シャトル打ち上げの失敗が何故だったか、原因についてはわかってないんだよ。とにかく、他の惑星に移民するというシャトルの最初の打ち上げに、人類は何十人もの犠牲をだしてのち……その後の宇宙における栄枯盛衰があったというわけだ。ところで、この小説の主人公はロディオンという名前の、まだ二十代の青年で、生まれつきあるESPについては左腕に腕輪があって、使えないようにされている。というのも彼の場合は、ESPによる殺人によって流刑星送りになってたからなんだ。また、他のESPを持たない囚人たちが次々謎の存在にさらわれていくのを見て、囚人の中にいた数名のESP保持者たちは、最初は仲違いしてたのが、だんだんに信頼しあい、結束するようになっていく。で、ここで種明かし。話のほうをこのまま順に続けていくと長くなるからだけど――簡単に端折って説明したとすれば、この人間たちがオジマンディアスと名づけた惑星には、精霊のような半物質・半精神体みたいな存在がいるんだよ。それは言ってみれば、<惑星のこころ>とも言うべき存在だ」

 

「<惑星のこころ>……?じゃあ、オジマンディアス――ああ、そうそう。このオジマンディアスってそもそも、シェリーの詩のことでしょう?『我が名はオジマンディアス、王の中の王。汝ら強き諸侯よ、我が偉業を見よ。そして絶望せよ!』ってやつよ」

 

「さっすが文学部だね、リズ」

 

 ここで、再び馬鹿にされたように感じたのか、リズは恋人の腕を軽くはたいた。

 

「で、その続きはどうなるの?」

 

「そうなんだ。小説の最初のページには、そのシェリーの詩が書き記してある。ロディオンたちは念動力や瞬間移動能力など、人間としてはほとんど無敵かと思えるようなESP能力を持ってる。けど、半物質・半精神体の――彼らが仮に<オジマンディアス>と名づけた存在の足許には到底及ばない。<彼>は見えない手で人を殺し、その人間の存在自体を消す力があるんだ。こうして仲間たちはみな死んでゆき、ロディオンひとりが生き残る。けれど、左腕の腕輪がその瞬間に割れ、オジマンディアスの心のようなものがロディオンに流れ込んでくるんだ。それは、最初とその次に惑星オジマンディアスに入植してきた人間の記憶のすべてであり、ロディオンは自分の仲間だった囚人たちがどういった生い立ちで、どのような罪を犯して流刑星へ行くことになったのかも、そうしたすべてを知り……最後には、彼自身もそんな惑星オジマンディアスの心の一部になるわけだ」

 

「ふう~ん。なんか、納得できたような、出来ないようなストーリー展開ね。でも、小説として文章を細かいところまで読んでいけば納得できるってことなのかしら?」

 

「いや、一応この話にはまだ続きがあるんだ。最高星府のほうには、流刑星の囚人たちにもまた同じことが起きたと報告がいった。そこで、その場にいた議長たちは意見を戦わせる……そんな不吉な星は破壊したほうがいいという意見が半数以上を占める中、総議長がこう言うんだな。『宇宙全体の均衡を考えた場合、惑星オジマンディアスが占める役割がどんなものなのか、私にはわからない。この不吉な惑星がなんらかの不運を担っていればこそ、他の我々のこの母星のような美しい星々の繁栄があるのかもしれない。惑星オジマンディアスはそのまま捨ておき、入植禁止令を出しておけばそれで良かろう』と。で、この時、この総議長に曾孫が生まれたという一報がもたらされ、会議の場は祝福ムードになる。その場にいた全員から『おめでとうございます』とか『長生きはするものですな』といったように言われた総議長は……『そもそも、我々は間違っていたのかもしれぬ。もしかしたら、流刑星送りになったような罪深い人間でなく、赤ん坊のような穢れを知らぬ存在を送りこんだなら――むしろ、惑星自体がそのような存在をこそ喜び、育んだかもしれぬ』なんて言うんだ。けれど、隣にいた副議長に『ですが、総議長。あなただって初めての曾孫をそのような凶星へ送りたいとは思われないでしょう』と言われ、『確かにそうだな』と総議長は答えて笑う。物語のほうは最後、さらに数百年の時が流れ……こっそりオジマンディアスに入ろうとする人間が再び現れるっていうところで終わる。『砂漠と岩山ばかりの不毛の星だが、それであればこそ立ち寄るにはちょうどいい』なんて言って、宇宙船でそちらへ降りるというところでね」

 

「それでいくと、なんだかまた同じことが繰り返されそうな気がするけど……」

 

「ところがさ、この宇宙船に乗ってるのが男女のカップルでね。女性のほうがすでに妊娠してるんだ。彼らが元いた生まれ故郷の惑星では、すでに女性の自然分娩なんていうことはなくなってるどころか、女性に対する虐待であるとして、禁止すらされてるんだね。じゃあ子供がどう生まれるかっていうと、シャーレで受精して人工子宮で育てるみたいな、SF小説ではお馴染みの方法なわけ。ところが彼女は、ある程度成長したあとに受ける避妊手術を受けてなかったんだ。今では誰もなんの疑問もなく受ける、簡単な手術なんだけど……この場合、妊娠がわかった時には極初期の場合には薬で流産させるんだけど、かなりお腹のほうが大きくなってたら、逮捕されて強制的に堕胎手術を受けさせられる。でも、このアダムとイヴのカップルは『そんなのイヤだ』と思って、他の、自然分娩も許可されてる惑星へ移り住もうと考えるんだ。オジマンディアスはたまたま、その途中で立ち寄ったに過ぎない惑星だった」

 

「それで、彼らはどうなったの?」

 

「さあね。物語のほうはアダムとイヴのふたりがオジマンディアスに不時着しようとするってところで終わってるから、先のほうはわかんないよ。まあ、読者におまかせってやつ」

 

「でも、自然分娩が禁止で、妊娠した場合は強制的に墜胎させられるなんて、それだって女性の人権を侵害してるどころか、蹂躙してるもいいとこなんじゃない?」

 

 赤ちゃん、ということについては、リズにも思うところがあるため、その点がとても気になった。また、作者のユーディ・ニューリバーは男性作家だ。妊娠の危険性については一切考えずに純粋にセックスを楽しめるというのは……きっとある意味、理想的なことなのだろう。

 

「まあ、彼らの住んでた惑星では、すでにそれが常識になってるから、特に誰も疑いもしないんだね。というか、極度のコンピューター管理が進んでるから、中央制御システムにとっては女性が自然分娩するっていうのはある種の<変数>なんだよ。そして、この<変数>は排除しなければならないし、そうしないと未来のヴィジョンが安定しない……コンピューターシステムの中では何かそうしたことらしいんだ。今のオレたちのこの世界では、不妊治療したカップルの子供たちもまた、不妊治療が必要になる確率が高まるって言うだろ?で、未来の世界ではすでに女性たちは妊娠しづらくなっていて、そこへ人工授精と人工子宮という完成したシステムが登場したというわけ」

 

「ふう~ん。ねえロイ、あなた、前に言ってたあれ、本気?」

 

 ふたりは立ち上がると、特に深い意味もなく、なんとなく手を繋いで歩いた。本当は、地下鉄で帰るのが方法としては一番時間の短縮になる。けれど、ロイもリズも家まで三十分くらいかけて歩いて帰ることのほうを好んだ。そしてその時にする会話が、他のどの時よりも何故かとても楽しかった。

 

「あれって……もし何かの拍子にうっかり赤ちゃんが出来たとしたら、お父さんになる覚悟なんてあるって話?」

 

「うん、そう。わたし、まだ学生の身分だし、出来れば大学院に進学したいと思ってるし、学業と子育ての両立なんて絶対無理よ。だけど、ロイのお父さんやお母さんと一緒に暮らしてると……時々思っちゃうの。あと、母さんが外出許可を取って滞在してる時なんて特にそうね。ここにもし赤ちゃんがいたら――どれほど幸福な輝きが家庭に加わることになるんだろうって……」

 

「そのために、リズが自分の人生や将来のキャリアを犠牲にする必要はないよ。それに、まだオレは二十歳になるところだし、リズは二十一になるかならないかだろ?でもまあ、若いお父さんに憧れがあるっていうのはほんとだよ。普通はね、『これでオレの人生終わりだ~っ!若いうちにもっと遊びたかった~!!』ってなるのかもしれない。だけどオレ、案外逆なんだ。若いうちに子供がいたら、その子たちが成人するのもそれだけ早くなるし……もちろん、まだ父親になる覚悟なんてちゃんとは出来てないよ。だけど、母さんも父さんもまだ若いし、ふたりがもっと年いってからじゃなく、今孫がいたら――まあ、かなりのところ助けになってくれるんじゃないかっていう、かなりのところ甘えた考えも少しある」

 

「そうよねえ。わたしも妊娠して出産する心構えなんてまだ出来てないし、これはあくまで万一ってことなのよ。アリスも、医者になるっていうキャリアのために、一度墜胎してるって聞いたし……なんか今のロイの小説のあらすじ聞いてたら、色々思いだしちゃった」

 

 実をいうと、夏休みの間に珍しく一家全員が揃ったことが一度だけあったのである。長男のロナルドも、次男のロドニーも三男のロジャーも、滞在目的は一緒だった。弟にガールフレンドが出来、実家ですでに同棲していると聞いたので――挨拶がてら、見物しにやって来たというわけである

 

 長男と次男は元は犬猿の仲ではあるのだが、三男も交えて言うことはまったく同じであった。『いやあ、将来は自分が造ったアンドロイドのクリスティーナちゃんで童貞卒業とか、弟がそんなことにならなくて良かった』と、この種のネタで三人はしつこいくらい盛り上がっていたものである。もっとも、アプリ開発や、その他自分の研究のために週末はいつでもじっと部屋に閉じこもって出てこない――そんな弟の姿を見続けた兄たちにしてみれば、無理からぬことであったに違いない。

 

「大丈夫だよ。そりゃあさ、赤ん坊がおぎゃあ~!と泣くのを聞きつつ卒論書いたりとか、子供のお迎え時間気にしながらAIの研究とか……こんなんでオレの将来のキャリアはどうなるんだ、うが~っ!!みたいには、確かになるかもしれない。でもオレ、今すごく幸せだよ。自分にとっての運命の人に出会うのは、人生のもっと先だろうなって思ってたのに……きっとオレ、絶対運が良かったんだ」

 

「ロイ……」

 

 このあとふたりは、今日お互いの講義がどんなものだったかについてや、親しい友人たちのことを話したあと、短い時間、お互いの片方の耳にイヤホンを嵌め、音楽を聴いた。これも、ふたりのいつもの習慣だった。

 

「これ、もしかして『オータム・リーヴス』?誰のカヴァー?」

 

「もしかしなくても『オータム・リーヴス』かな。ボブ・ディランのカヴァーだったと思う、確か」

 

「そうね。それに、もしかしなくてもボブ・ディランよ。あ~、そういえば来週までに、ロバート・フロストの詩についてレポートまとめなきゃなんないんだっけ。忘れてた」

 

「ロバート・フロストか。オレは学校の授業で習ったあれ、好きだったな。『黄色い森の中の道がふたつに分かれていた』ってやつ」

 

「『選ばれざる道』ね。それでね、ロイ。ロバート・フロストの秋の情景を歌った詩なんかを読んだあと、わたしとミランダの間で、紅葉とか落葉の風景の関連として、O・ヘンリーの『最後の一葉』の話になったの。ミランダは『病気の友のために最後の葉っぱを一枚本物そっくりに描いた女友達の話よね』って言うんだけど、わたしの記憶の中では違くて、ふたりの住んでるアパートに住んでる芸術家のおじいさんがね、『あの木の葉がすべて落ちたら自分は死ぬ』って信じてるとその子から聞いて、壁に絶対落ちない本物そっくりの葉を描いて……そのおじいさんが最後死んでしまうっていう話だと思うのよ。でもミランダは、『え~っ、違うわよう!リズの記憶違いじゃない?』って言うわけ。まあ、はっきり言ってどうでもいいっちゃどうでもいいことなんだけど、ロイの記憶ではどっちと思う?」

 

「う~ん。オレの記憶でも、リズの話のほうに近いよ。あのO・ヘンリーの『最後の一葉』は、その葉っぱを描いたがゆえに、そのおじいさんが肺炎か何かになって死んでしまうってところが感動的なんだから」

 

「そうよねえ。あとで暇があったら、内容確認しとこうっと。あ、べつに明日ミランダに、『ほ~ら、やっぱりわたしの言うとおりだったでしょ!』なんて勝ち誇って言うつもりじゃないのよ。ただ、なんとなく気になるってだけ」

 

「そっか。確か、O・ヘンリーの短編集だったら、母さんの部屋の書棚にあったと思うよ」

 

「えっ、ほんとに!?」

 

 ――ふたりの間での会話というのは、大体がこんな感じの、何気ないものだった。家に帰ると、アリシアか通いの家政婦さんのどちらかが用意してくれた食事を食べる。お互い、勉強しなければいけない時はそれぞれ部屋にこもっていて、連絡を取り合うのはチャットアプリだった。『いま、いい?』、『まだレポート終わらないからダメ!』、『あとどのくらいで終わる?』、『う~ん、あと30分くらいかな』、『じゃ、終わったら連絡してくれ』……大体のところ、いつもそんな感じだった。

 

 そしてこの三十分後、ロイの部屋のドアをノックしてから、リズは勝手知ったるなんとやらで、すぐソファにどさっと座った。それから、ロイが研究論文に目を通しつつ、ラジオを聴いていたらしいのに気づき、彼女はこう聞いた。

 

「ねえ、ロイ。あなたが初めてうちに……前住んでたアパートの部屋へ来た時のこと、覚えてる?」

 

「もちろん覚えてるよ。忘れるはずがない」

 

(オレにとって、その時が童貞喪失した夜だったんだから)とまでは、ロイにしても言うつもりはない。

 

「あの翌日の朝……ラジオでかかってた曲なんて、もちろん覚えてないわよね?」

 

「いや、覚えてるよ。確か、目が覚めたらジャニス・イアンの『Will You Dance?』がかかってた。あと、そのあとがノラ・ジョーンズの『Don't Know Why』だったと思うよ」

 

「さらにその次の曲なんて、覚えてる?」

 

 残念ながら、ロイが覚えてるのは、朝起きてからすぐ聞いたこの二曲までだった。何故かというと、そのあと寝室からリビングのほうへ移動し、そこに彼にとっての女神がいるのを再発見したからだった。

 

「キャリン・ホワイトの『スーパーウーマン』よ。でね、わたしあなたが帰ったあと、すごく自己嫌悪に陥ったの。なんでかっていうと、朝はわたし、低血圧のせいかどうかわからなけど、エンジンがかかるのに大体二時間はかかるわけ。で、その間だけはどうしてもめっちゃ機嫌が悪いの。ちょっとしたことでもすぐイライラしちゃう。だけどあの時はあなたと初めてああなった朝だったから、少しくらいいい女を演出しなきゃと思って、頑張ってパン焼いたりとかベーコンエッグ作ってみたりしたんだけど……結局、あなたのこと急いで追いだしちゃった。そういう自分が、なんかすごく嫌だったの」

 

「そんなに無理することないよ」

 

(ああ、それでか)と、ロイは初めて合点がいった。リズは朝、ギリギリまで下へは下りてこない。アリシアにしても、それでいいという考えだった。お互い、生活のリズムを変えない・崩さない形で一緒に暮らしていかないと、フラストレーションが溜まっていい関係など長続きしないだろうと。

 

「だからわたし……今、ここでこうして暮らすんじゃなくて、ロイと同棲とかしてたら、絶対そういうところでダメになってたと思うの。アリシアはそういうところ、びっくりするくらいうるさくないでしょう?もちろん、『今どきの若い子ってのはしょうがないわね』くらいのことは思ってるに違いないけど……」

 

「いやあ、うちの母さんはそんな感じじゃないっていうのは、リズも見ててわかるだろ?そっか。『スーパーウーマン』か。あれ、歌詞が確か……前まではオレンジジュースを出しただけで美味しいって言ってたのに、今はすっぱいって言うし、お互い会話もなくなったとか、そんな感じの歌詞だっけ?」

 

「そうよ。確かにわたしはあの歌詞に出てくる女性みたいには、ロイに対して全然尽くしてない。朝起きたらあなた好みの朝食を作ってるのに、でもあなたはその朝食に文句をつける。仕事のあと急いで帰って夕食を作るのもあなたのため。でもあなたは最近愛がなくなったみたい……みたいな、そんな感じの内容よ。わたしはスーパーウーマンじゃないから、そんな愛のない状態には耐えられないっていうね。ねえロイ、わたしたちもきっとふたりきりで暮らしたらそんなふうになるわ。だからわたし……」

 

(そんなこと、ずっと気にしてたのか)

 

 ロイはそう思って驚いた。というより、最初のあの朝以降――ロイはもう部屋でなんの曲がかかっていてリズと抱きあったかなど、ほとんど覚えてはいない。けれど、確かに最初の時のことだけはやけに鮮明に覚えているのだ。

 

「いいんだよ、リズ。そりゃ最初は君がここに来て暮らすんだったら、ふたりきりで同棲したいとは、かなり本気で思いはしたよ。だけど、母さんは今の暮らしに至極満足してるみたいだし、君ともうまくいってる。どう言ったらいいかな。リズは君がここに来る前のこと知らないから……ほら、父さんは書斎にこもって異次元の宇宙の住人みたいになってることが多いし――まあ、そのことは理論物理学者と結婚した運命みたいなもんだと思って、母さんもずっと前から諦めてるわけだけど、息子のオレはオレでひとり部屋にこもって自分の発明だなんだと夢中になってるわけだ。しかも、息子が他に三人もいるのに、末の弟にガールフレンドが出来た、これは見にいかねば……なんていう家庭内ゴシップでもない限り、実家へなんて滅多に寄りつきもしない。だからさ、母さんはリズが来てくれて嬉しいんだよ。何より、君がここにいてくれることで、家族内で会話も増えたし、リズのお母さんとも気があうだろ?だから、リズが変に気を使う必要なんか、ほんとにないんだ」

 

「ねえロイ、それ、ほんと?」

 

「ほんとだよ。第一、他でもないオレ自身が今の状態ってマジ最高!って思ってるんだから、リズは何も心配しなくていい」

 

 ロイは懐疑家の恋人の隣までいくと、そこで彼女の腰に手をまわし、頬のあたりにキスした。(絶望と否定の女王か。なるほどな)と、彼でも最近はリズとのつきあい方が前よりずっとわかるようになっている。

 

「このソファセットも、リズが初めてうちに来るからって理由で買ったことも、そのためにフィギュアのコレクションなんかを他の部屋へ移動させたことも、全部話しちゃったけど……確かに、こうやって秘密がなくなってくごとに、関係がマンネリ化してくっていうか、倦怠期を迎えるかもしれないってことが、リズは怖いってこと?」

 

「わたしはね、心配しないのよ。自分のことはね……だけど、わたしがロイの立場で男だったら、結婚するまでに何人かとは絶対他の女性とも経験しておきたいと思うと思うの。でも、わたしがここにいたら、こっそり隠れて浮気もできないだろうし……」

 

 ロイは笑いたくなるのを、どうにか堪えた。

 

「ふうん。君も随分色々考えるねえ。逆に、こうは考えられない?オレはリズに最初に出会った二年くらい前から、ずっと君に夢中だよ。アーロンの孫のエマとアーロンのふたりと遊園地へ行ったりとかさ、ああいう時もずっと思ってた。結婚して子供がふたりくらいいたらこんな感じなのかなあ、なんてね」

 

「そうね。わたしも思ったの。もしロイとの間に子供が出来て、その子たちが10歳とか11歳くらいになったら、こんな感じなのかなあ……なんてね。確かにそれは幸せな将来のヴィジョンよ。でもわたしたち、その頃にはもう男でも女でもなくなって――ただのお父さんとお母さんみたいになるってことなんだろうなあと思ったの」

 

「ああ、そうだ」

 

 ロイはふと思い出して言った。昼間話してた、ユーディ・ニューリバーのSF小説のことだ。

 

「昼間馬術場の前のベンチで話した、『不死の惑星』のことなんだけど……物凄く科学が発達した未来では、もう女性は自然分娩では出産しないって話。あれさ、実はオレ、読みながらこう思ったんだ。男女ともに、避妊とか子供ができる可能性を一切考慮しないで純粋な動機から自由に相手を選んでセックスするとか……オレの思考が未来についていけてないだけかもしれないけど、もしそうなったらたぶん、そうした強い衝動を覚えることも、人間はなくなっていくんじゃないかって気がする。避妊に気をつけていても、<子供が生まれる可能性はある>そう思うから、わかってるから、人間はどっか動物的な仕組みとして発情するんじゃないかって、そんな気がするんだ」

 

「そうね」

 

 リズも自分の考えすぎを、ようやく笑った。母のレベッカが精神病院に入院したばかりの頃、『母さん、そんなの考えすぎよ』とうんざりするくらい言っていた自分のことを思いだす。

 

「ごめんなさい、ロイ……わたし時々、ほんと鬱陶しいわよね。母さんが精神病院に入院してた頃、わたしもカウンセリングに暫くかかってたの。でね、その時のお医者さんの話では、『いつまたあの父親がやって来て平和な暮らしを壊すか、母親に暴力を振るうか』っていう不安や恐怖や緊張が、小さい頃からわたしの潜在意識には植えつけられてしまったんじゃないかってことだったのね。だから、自分が少しでも幸せな気持ちになると、近いうちにそれを壊しにくる破壊者がやって来るに違いないって思い込んでるところがあるって……それで、わたし今とっても幸せでしょ?だから何かすごく怖いのよ」

 

 リズと交際するようになって約一年、ロイは他にも彼女について気づいたことがあった。リズのあのボランティア熱のことである。自分をそうした形で少しでも犠牲にしていると、彼女が今言った破壊者を少し遠くへ置いておくことが出来る――そうした精神の仕組みが出来上がっていればこそ、リズは気力を衰えさせることなくボランティアに励むことが出来るのではないかと。

 

「そうだね。確かに、潜在意識に植えつけられてることは、オレにもどうにも出来ないかもしれない。でもそのたびに、きっと上書きすることは出来るよ。『大丈夫、リズもオレも幸せでいていいんだ』って。『だって、いつでもこんなにオレが君を愛してるんだから』って」

 

「わたしも、あなたを愛してるわ……」

 

 このあと、ロイはうっすら涙ぐんでいるリズの瞳の目蓋にキスした。このことのために、彼女は何度もロイを必要とした。逆算して考えるとすれば、最初のあの夜にしてからがそうだったと、彼にしても今ならばよくわかる。『自分も最近してないから、男が欲しい』とか、そうした動機ではなく……ただ、心の傷を癒すのに愛される必要があったのだと。

 

「オレさ、だんだん自分がエリザベス・パーカーの専門家になってきた気がする」

 

 キスしたあと、額と額を合わせたまま、ロイはそんなふうに笑って言った。

 

「そう?わたしはまだまだ、ロイ・ノーラン・ルイスの専門家には程遠い気がするわ。あなた、時々不意に黙り込んだかと思うと、何考えてるんだかわかんない顔をすることがあるし。わたし、ロイの研究したいと思ってる専門分野のこともさっぱりちんぷんかんぷんだし……あと、SF小説もね」

 

 リズは壁の本棚に並ぶ、三百冊近い、ほぼSF小説によって埋まった本棚のほうをちらと見る。このうち、リズはようやくロイお薦めの本を数冊読んだに過ぎない。

 

「わたし、これでも結構本は読んでるほうだと思ってたのよ。あと、『指輪物語』とか『はてしない物語』とか『ゲド戦記』とか……ファンタジーも大好き。だけど、SFってほとんど読んだことなかったの。だから今、新しく金鉱を見つけて、それを少しずつ掘ってる感じがする。でも、ここにある本全部読んでもたぶん、ロイの考えてることはわからない気がするっていうか」

 

「そっか。なんか、オレとしてはそう聞いてむしろ安心したよ。一緒に暮らしちゃうとさ、どうしてももう格好悪いところとか全部、丸見えみたいになっちゃうだろ?だから、リズのほうでそのうち『この味のガム、もう噛み飽きちゃった』みたいになったらどうしようって思ってたんだ」

 

「だから、言ったでしょ?わたしのことをあなたが心配する必要はないのよ……」

 

「そうだよ。覚えてる?オレとリズの恋愛は冬にはじまったんだ。正確にはさ、俺にとっては今と同じ秋だけど……もしね、これが春とか夏にはじまった恋なら、そのうち秋が来て、冬になって――そこらへんが試練だよね。最初の秋や冬を乗り越えられるかどうかっていうのが。だけど、オレとリズの恋愛はたぶん、まだ一巡すらしてないよ。それでこれから一番盛り上がる夏が来て……その後再び冬が来たってどうってこともない。だって、雪が降っててもどうってことない、最初の情熱に戻るってだけのことだから」

 

「ロイ……」

 

 リズは、今度は自分のほうから彼にキスした。「上に行く?」と聞かれて、リズは「うん」と頷く。この場合の<上>というのは、ロフトベッドのことだった。

 

「こんなに天井が近いって、何か不思議ね」

 

「そうだね。自分ひとりの時はそうでもなかったんだけど……確かに今はオレも変な感じがする。前までは、天井のところに星座の描かれたポスターを貼ってたんだ。それで、地球から近い順に星の名前を数えていったり、神秘的な一角獣座V838星のことを考えたり……」

 

「ふうん。変な人!」

 

「そうだよ。今ごろ気づいた?」

 

「でも、そこが好き!!」

 

 最近、ふたりはこんなふうにベッドの中でいちゃいちゃしてる時間が長い。そして、ただそれだけで楽しかった。

 

「いつか、ふたりで宇宙へ新婚旅行しにいこう」

 

「ええ?わたしたちが生きてる間じゃ、月へ行けるくらいがギリギリって気がするけど……」

 

「そうだね。でも、火星へいけたらもっと素敵かもしれない」

 

「でも、ロイが専門にしたいのはロケットの開発とかじゃないんでしょう?AIを搭載したアンドロイドの実用化とか、そっち方面だってお兄さんたちに聞いたわ」

 

「うん。うちの大学にあるAIアンドロイド研究センター、大学院卒業後は出来ればそこで働きたいと思ってるんだ。そうだな。もし今後オレがリズに振られたら……きっと、傷心を癒すのに研究に没頭して、リズそっくりのアンドロイドを造って自分の相手をさせるかもしれない」

 

「もう、本物の変態ね!」

 

 くすくす笑って、リズはもう一度恋人にキスした。彼女のほうでは大学院卒業後は、テス・アンダーソン教授の助手になるのが夢だった。もしそれが無理でも、何か文学に関係した職業に就きたいと思っている。

 

「でも、今のところは自分のすぐ隣に本物のエリザベス・パーカーがいるから大丈夫だ。兄貴たちの言うマッド・サイエンティストになることはないだろう」

 

「大丈夫よ。わたしはずっといるわ。ロイがわたしに飽きて、美人の愛人ロボットを造ろうとでもしない限りね」

 

 ふたりはくすくす笑って、この日はそのまま寝入ってしまった。ロイは夢の中で――自分が宇宙船を操縦し、その隣にリズがいるという、妙にリアルな夢を見ていた。しかも、目が覚めたあと驚いたのは、その時のリズのお腹が大きかったということだったかもしれない。けれど、宇宙船の行き先は惑星オジマンディアスではなく、ユニコーン座だった。そして、天の川の中に自分の意識が溶け込んでいくというイメージの中で……ハッと目が覚めたのだ。

 

 時間のほうは真夜中だったが、隣にリズがいて、ロイは心底ほっとしたかもしれない。そして(あんな夢を見たのは、きっとこんな狭いベッドでふたりで寝てるからだな)と思い、なんだかおかしくなった。

 

「いつかふたりで、月と言わず火星と言わず、もっとずっと遠くまで時間旅行しに宇宙へ旅立とう」

 

 たぶんこの時、ロイは寝ぼけていたのだろう。そんなふうに恋人の耳元に囁いてから……再びもう一度、自分の夢の中へ戻っていった。

 

 

 

   終わり

 

 

 

 

 

 


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