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(※映画「ゼロ・グラビティ」に関してネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいm(_ _)m)
以前、最初に「SFについておベンキョしましょ☆」と思い、SF系の映画を見ようと思った時、この「ゼロ・グラビティ」という映画を見ようとしたことがあったんですけど……配役のほうがサンドラ・ブロック×ジョージ・クルーニーということで、最初の十分くらいでなんとなく見る気が失せてしまい、実はそのままになってました。。。
いえ、わたしサンドラ・ブロックさんのことは「スピード」を見たのが最初であり、「デンジャラス・ビューティ」や「しあわせの隠れ場所」など、好きな作品はちゃんとあります(笑)。また、ジョージ・クルーニーさんは「ER」を見たのが最初で、ERのジョージ・クルーニーさんが出てくるエピソードなどはみんな好きだったものでした
ふたりとも、俳優さんとしてだけでなく、ひとりの人物としても大変評判の良い人々で、素晴らしいエピソードで満ちていると思います。でも、「安定した優等生ハリウッド俳優」×2といったように感じられる配役が、ひねくれ者のわたしにとっては「なんかなー」と感じられたものと思われます(殴☆
)。
でも今回、主人公のギベルネス以下七名の惑星学者の「宇宙における孤独」というものを少しばかり感じたくなり、最後まで見てみることにしたというか。見た感想としては「面白い」とか、「こんな映像どうやって撮ったんだろう!?」といった驚異に満ちているという意味でも素晴らしい作品と思う一方、イマイチ嵌まらないという方もいらっしゃるだろうな~と思ったりもします。
いえ、もちろん面白いんですよ。オスカーにも七部門に輝いていたりと、ここまでのものを創りだすのにスタッフさんがどんだけ苦労したかとか、色々考えると、基本的に称賛の言葉しか思い浮かびません。また、脚本のほうも完璧にして秀逸と思います。つまり、批判の言葉がひとつも思い浮かばない、最後までドキドキハラハラさせる素晴らしい作品なのに――何かこう、宇宙に対する夢といったものは一気に幻滅するような気がしてます(^^;)。
わたし、もちろん宇宙飛行士の方がミッションに成功したとか、はやぶさ2が無事戻ってきたとか、そういうエピソードも好きな人だったりしますでも、「これが現時点での宇宙の現実かあ~
」と思うと、サンドラ・ブロック演じるライアン・ストーン博士が命の危機に次ぐそのまた危機で、「宇宙なんて大嫌い!!
」って言わずにいられない気持ちはものっそわかるわけです。。。
映画の冒頭に、「――地球の上空600キロ。温度は摂氏125度からマイナス100度の間で変動する。音を伝えるものは何もない。気圧もない。酸素もない。宇宙で生命は存続できない」といったようなプロローグの言葉があります。それで、わたし自身は「宇宙には素晴らしいロマンがある、ただし、自分自身が実際に宇宙へ出かけていって危難に遭うのではなく、誰かがそうした犠牲の上にも犠牲を払った果てに……いつか他の惑星へ移住するというのであれば、というそれは限定付きのロマンではないのか?」と初めて思った、ということなんですよね(^^;)。
まあ、最初からこんなロマンのないこと言ってもしょうがないですよね(笑)。ストーリー自体は割と単純で、主な登場人物はデータ通信システムの故障原因を探るため、船外作業をするサンドラ・ブロック演じるストーン博士と、ジョージ・クルーニー演じるコワルスキー宇宙飛行士、他にハーバード大卒のエリートっぽい宇宙飛行士の以上三名。ところが、ロシアが自国の人工衛星をミサイルで破壊したことから、彼らが作業している衛星軌道上には爆破で発生した破片が時速八万キロという猛烈な速さでぶつかってくるということに。。。
あとは想像力だけでも十分ストーリー展開読めそうな気がしますが、この時衛星の破片がぶつかって来たことで、ハーバードは死亡。美人の奥さんと可愛い子供もいるエリートだったらしいのに、何故宇宙になんて来ることにしたのか……まあ、脇役がひとりくらいこうした形で死ななきゃリアリティがないというもの。そして、その時の衝撃で吹っ飛ばされたライアンは、危うくそのまま宇宙の彼方へ旅立ち、酸素ゼロ%になって死ぬところだったのですが――そこはやはり主人公、クルーニーなジョージが助けに来てくれます。
こうしてふたりは国際宇宙ステーションにある宇宙船ソユーズへと向かうべく必死に努力を続けますが、コワルスキーはこの時ライアンを助けるため、彼女が今後どうすれば生き延びられるか指示して、そのまま宇宙の彼方へ去っていってしまいます。そうすれば自分は孤独に死ぬとわかっていながら、最後まで「ママーッ!!怖いようっ。だれがだずげでぐで~っ!!」と取り乱すでもなく、あくまでクールに格好よく去っていくジョージ(鎮魂歌は「みちのくひとり旅」にしよう。そうしよう・笑)。
ひとりぼっちになってしまったライアンは、酸素の欠乏の危機からはどうにか逃れますが、シャトル内における火災その他、その後も次から次へと危機に見舞われます。また、致命的なのが、この時すでにNASAとの通信が途絶えてしまっていたこと。ライアンは地球から六百キロもの上空の宇宙空間で、本当にひとりぼっちで事態をどうにか打開していかなくてはなりません。これでもかというくらいの苦難に次ぐ苦難、危難に次ぐ危難という中、ライアンが「もうダメだ」ととうとう心が折れかかった時……ある奇跡が起きました。やっとのことで到着したのに、再び衛星の軌道を回って来た例の大小の破片が襲いかかって来、その難もどうにかくぐり抜けたというのに、今度は宇宙船ソユーズのメインエンジンがかかりません(燃料切れらしい)。絶望するライアン。ところがこの時、死を覚悟した彼女の元に――ソユーズの窓からジョージが飛び込んできたかと思うと、これからどうすればいいか、教えていってくれたのでした!!!
いえ、このシーン、最初は「んなバカな……」といった感じなのですが、深く絶望し、命の究極の危機にあったライアンが見た夢だったのか幻だったかはわかりません。ただ、「こういうこともあるだろうな
」と妙に腑に落ちるというか、納得できる描写でもあって、自分的には秀逸と感じる場面でもありました。
もちろん、死してのち、宇宙をまだ漂っていたマット・コワルスキー博士の霊魂が、最後の最後でライアンを助けてくれたのだとも、究極の命の危機に際して、人が走馬灯を見るように「どうにか助かる方法はないか」と、それはライアン自身の魂の底力が生み出した生き延びるためのヒントだったのだとも……見る方によってどちらとも取れるのではないでしょうか。
さて、こうして危機を脱して、中国の宇宙船<神舟(シェン・ズー)>のあるほうへ移動できたまでは良かったのですが、地上との通信もままならぬまま、中国語表記のものばかりに囲まれて、ライアンはある程度の検討をつけ、ボタンやスイッチ的なものを押し、地球へ帰るべくそのまま大気圏を突き抜けていきます。
当然、神舟は大気圏を突き抜けてゆく間、ほとんどのものは炎に包まれ燃え尽きてゆき……ライアンが乗っている部分にも火災が発生してしまいます。パラシュートを広げ、水の上に着地したまでは良かったのですが、今度は火の難が水の難へと変わり、ライアンは溺れそうに――なったものの、どうにか泳いで岸辺へ辿り尽き、おそらくは無重力環境で弱っていたのだろう足にグッと力を込め、彼女は地球の美しい自然の中、その大地の上へ立ち上がります
まあ、ここでエンディングなんですけど……もし映画館で見ていたら、さらに臨場感があって素晴らしかっただろうなと思うし、映画の出来映え自体については100%完璧とも思います。また、自分的にライアンには娘がいて、この娘さんが幼稚園で鬼ごっこをしていて転び、頭を打って死んでしまった――というエピソードがあるのですが、そこと、死に際してライアンが「祈り方を知らないの」と言って絶望のあまり涙を流すシーンが特に好きでした。
いえ、地球人類が宇宙へ出ていくというのは……ようするにそういうことですよね。科学というものを究極的に推進していくと、死んだはずのコワルスキー博士がもう一度現れるといったような「科学では説明のつかない不思議なこと」があるのは認めつつも、でもすべては神の御業ではなく偶然の連続で我々人類自体が誕生し、今こうして地球の外へ飛び出そうとしている――基本的にはそうした考え方ですよね(神の力は信じないが、何がしかの奇跡の力は信じるという)。
ライアンは自分の娘の死を「馬鹿な死に方」と言っていましたが、おそらくはそれまで受けてきた科学的教育に加えて、「頭の打ちどころが悪いと、転んだだけでも子供が死ぬことがある」という、皮肉すぎる悲しい偶然によって……こうなると、心に少しくらいは残っていたかもしれない「神を信じてみよう」といった気持ちすら、根こぎにされ、神の存在の如きものなど全否定されようというものです。
こののちのライアン・ストーン博士の人生のその後についてはわかりませんが、わたし自身は個人的にふたつくらいのことを想像しました。あれだけの苦難を経験したことで、マット・コワルスキー博士が今は娘と同じ天国にいるようなことをライアンが口走っていたように、「神など関係ない。わたしは自分の力で事態を打開し、無事生還したのだ」というのではなく――むしろ神という存在に対して敬虔な気持ちになるか、あるいはあれだけの危難を経験したにも関わらず、むしろその経験を買われ、いずれもう一度宇宙へ旅立とうとするのか……実際のところ、時間が経てばここのところはわかりませんよね。。。
とりあえず、映画を見た直後のわたし的には、ライアン・ストーン博士が「宇宙なんてもうこりごり!!」と思っていたんじゃないかなあとしか思えませんでしたけれども(^^;)。
それではまた~!!
惑星シェイクスピア。-【11】-
医療機器のアラームがピピーッとうるさく鳴るたび、ニディアはその忌々しい警告音を止めた。ロルカが医療カプセルに入って今日で三日目になる……彼の病状は落ち着いており、誰が何度目蓋を閉じても両の瞳が見開きっぱなしになるという以外では、これ以上意識状態が良くなりもしなければ悪くなりもしない――そうした平行線上にあるかのようだった。
にも関わらず、医療機器類がしょっちゅうピッと鳴ったりピピッと鳴ったり、ピーピーうるさく警告音を発するのは、ニディアが何かしたからではない。ただ、ほんのちょっとの脈拍の異常も感知したり、酸素レベルが下がったりするのに反応し、すぐ正常に戻るにも関わらず、アラームのほうは一応鳴る……そんなことが繰り返されているそのせいであった。また、ニディアが暫く放っておけば自然と止まるそうした警告音をいちいち止めるのは、ただの暇潰しによるところが大きい。何分、もし本当に異常を検知したら、<クレオパトラ>がそのような指示を声に出して周囲に知らせるはずだからである。
また、<クレオパトラ>の監視の目があるため、この治療室ではニディアはおかしなことは出来ない。むしろ、ロルカを植物状態にしてしまった原因は自分にあるとして、深い罪悪感に苦しむような表情を浮かべつつ、「ロルカ、大丈夫?」、「ごめんなさいね、わたしのせいで……」などと、心配そうな演技までしなくてはならないとは、まったく面倒なことである。
ロルカ・クォネスカが、このような状態に陥ったほんの二日前――ニディアは彼のことを<例の件>のことで呼びだした。船内での内線通話は記録が残るし、通話内容についても<クレオパトラ>がある一定期間保存する。そこでニディアは、ロルカがひとりで食堂にいる時を見計らい、彼のことを誘ったわけだった。
『今夜、トランプゲームでもしない?』と。すると、彼のほうでは当然、字義通りではなく、彼女の言わんとするところを理解したようだった。とはいえ、向こうでも考えていることはまったく一緒だ。ゆえにロルカのほうでも、『場所はぼくの部屋でいいかい?』と聞いてきた。
だが無論、ニディアの計画としては自分の部屋に彼が来てくれないと困るわけである。そこで『わたし、あなたと一緒に見たいVR映画があるんだけど』、『ぼくの部屋にだって、VR映画を見られる装置くらいあるよ』、『映画を見る時はわたし、自分の部屋でじゃないと落ち着かないの』……疑い深く慎重なロルカは、最後まで何か用心しているような顔つきをしていたが、最終的には『オーケー』と言って折れてくれた。
ふたりとも、仲間の惑星研究員のひとりが調査対象の惑星から戻れない状態であることから――こんな会話を他の研究員たちに聞かれるのは当然まずい。そして、実際のところニディアにしてもロルカにしても、VR映画やトランプゲームといったことは、ただの互いを殺すための口実に過ぎないとわかっていることだったわけである。
こうして、ロルカはその後自分がどうなるかも知らずして、ニディアの部屋へのこのこやって来た。いや、のこのこというのは正しくないかもしれない。彼はニディアが自分に対し何をするかわからないという強い警戒心を持っていたし、出された食べ物にせよ飲み物にせよ、一口も食べたり飲んだりするつもりもなかった。
ただ、<例の件>について話したいといった場合……やはり当然話のほうは長くなるし、AI<クレオパトラ>がそれぞれのラボにしても会議室にしても食堂にしても会話をすべて記録しているのだ。唯一、それぞれの個室においてのみ、プライヴェートに配慮して、<クレオパトラ>との回線は自分が利用したい時のみ開くことが出来る……というPVモードにすることが出来るわけだった。
ロルカはニディアの部屋を訪ねた時、あえて『どうせPVモードにしてるんだろう?』といったようには確認しなかった。(この女は隙あらば、必ずぼくを殺そうとするはずだ)との自覚がロルカにはあったし、彼にしてもニディアが自分の部屋へ来ると言ったとしたら――同じように殺しの計画を実行へ移すつもりでいたのだから、お互いさまといったところではあったろう。
(それがどのような種類の銃器類でも、使えば必ず証拠が残る……また、取っ組み合いになった場合、力のほうは間違いなく日頃鍛えている男の僕のほうが上だ。ティーザー銃には一時的に体を動かさなくさせる効果があるが、その間にぼくのことをいかなる銃で撃つわけにも、あるいはナイフで刺すわけにも、体の上にのしかかって首を絞めて殺すというわけにもいくまい……)
何分、相手は今までに数万人単位で人を殺している、恐ろしい獣のような殺人鬼、いくつもの星間を股にかけてきたテロ組織の元首領である。自分ひとり殺したところで屁とも思いはしないことだろう。ただこの場合、彼女にとって問題となるのは『証拠が残るとまずい』ということなのだ。何分、今回ばかりはロルカのことだけを殺し、<カエサル>をハイジャックして星系の彼方へ逃げ去るというわけにもいかないだろう。<カエサル>に付属した救命艇の役割も果たす小艇へひとり乗ったところで、一番近い惑星へ辿り着くエネルギーも搭載されてはいないのだ。それでも、唯一惑星シェイクスピアへは、そのような形によってでも逃れることが可能とはいえ――あのような下位惑星へ逃れたところで、あまりいい死に方が出来るとも思えない。
こうしてロルカは、ニディアが自分を殺すとすれば、それは毒殺ではないかと予測していた。もしかしたら、ギベルネスとやたら親しくしているのも、そのあたりのことが理由である可能性もある。この広い宇宙には、人間が体内に含んでも、血液から死後にその毒が検出されない毒物があるとロルカは聞いたことがある。ゆえに彼はこの時、食べ物や飲み物を食べなかったとしても……ニディアが自分の体のどこかに触り、そこから毒を吸収させようとしてくるかもしれないという可能性についてまで考えていたのである。
だが、結果からしてみれば、ロルカがそこまでの用心をしていたにも関わらず、ニディアは彼の上を行ったということになるだろう。そして彼女自身、今もロルカが完全に死ぬでもなく、惨めに生き恥を晒していることに対して――とにかくひたすらに、ギベルネスが戻って来るまでに死んでくれたらと、ただ毎日そのことを願うばかりだったのである。
* * * * * * *
「それで、ロルカ。あんたはどうしたいわけ?」
前までいた調査研究員の誰かが残していったトランプを切りながら、ニディアはまず、ロルカの意向を再度確認しようとした。彼が自分が何者であるかを知っているということは、脅迫の第一手としてすでに聞いた。彼が惑星ネメシスの出身で、宇宙テロ組織マルジェロのことを深く恨んでいるということも……また、その時の彼の様子からして、金を積めば見逃してやるといったことでないのは明白でもあった。
「どうしたい、とは?」
「だってそうでしょ?」と、ババ抜きをしながら、ニディアは感じ良く笑った。これから人をひとり殺すべく、忙しく頭を働かせているようにはまるで見えない、天使の微笑みだった。「わたしがあんたの言う、例のテロ組織の元首領であるとして――エフェメラの惑星警察庁にでも、情報諜報庁にでも突き出すとして……それで、あんたに一体どんなメリットがあるわけ?」
ほとんどAI同士の機械的なやりとりでもあるかのように、ふたりはサッサとカードをテーブルの上へ捨てていった。模造大理石のテーブルの上には、幾何学模様のトランプカードの他に、ワイングラスがふたつ、それに摘みとしてチーズやナッツ類などが皿の上に置いてある。
このナッツ類にニディアは、惑星シェイクスピアに自生する植物由来のアコニチンやリシンをアーモンドやくるみに混ぜても良かった。だが、彼女はやはりフグキノコの毒を選択することにしていたのである。それであれば、彼が死ぬほどの思いをして苦しんでも、のちに蘇生させることも可能だろうと、一応そのように万一に備えて計算してのことだった。
(まあ、結局のところあんたのことは始末することになりそうだけどね……)
「何か勘違いしておられるのではないかね、マルジェロ殿。もし君の身柄を情報諜報庁あたりに引き渡したとしても、私に得なところなど何もない。また、そんなことをこの宇宙船<カエサル>のクルーたちが知ったところで――君ではなく、そんなことをわざわざバラした僕のことのほうを憎みはじめる可能性すらあるだろうね。何分、こんな宇宙の果てのような場所に、今我々はたったの七人きり。しかも、ギベルネスは現在遭難中だ。いや、わかってるよ。遭難なんて言うほど大袈裟なことじゃないし、もし本当に遭難したということであれば、エフェメラにも連絡しなきゃならないだろうしね。そこでひとつ聞きたいんだが、ニディア。君、あれほど真面目で素晴らしい人格者でもあるギベルネス・リジェッロに何をしたね?」
「何もしてないわよ」いかにも呆れた、という顔をニディアはしてみせる。「それは邪推というものね、ロルカ。もしギベルネスがレディファーストというやつで、わたしを先に転送させなかったとしたら――<カエサル>に戻って来れなかったのは、ギベルじゃなくてこのわたしのほうだったかもしれないんだから」
「ふう~ん。そうかね。ま、とりあえず一応、そうであると仮定しておいて、何故君はもともとは男だったらしいのに、今は女性の肉体を選び、そこへ自分の意識データを埋め込むことにしたんだい?それは今この船内でちょうどそうであるように、女性であるほうが何かとちやほやされて便利だとか、そういった理由によるものなのかな?」
「ロルカ、それはあんたが下級惑星出身で、最初に生まれた星での習慣からそんなふうに思うだけのことよ。わたしは今までの間に、男にも女にも、中性体の体にもなったことがあるし、まあ、今回はたまたまフィメール体を選んだという、ただそれだけの話。そもそも、今の時代男か女かなんてこと自体、あまり意味のないことになって久しいんじゃない?」
今度はふたりは、7並べをすることにした。ババ抜きのほうは、ニディアのほうがジョーカーを引いて終わった。だが、これもまた彼女の計算の内にあることだった。くだらないゲームではあるが、結局のところロルカは自分に殺されてゲームオーバーとなる身なのだ。その前に油断させるためにも、ニディアは演技で悔しそうな顔さえしてみせた。
「そうだろうか。確かに僕は下級惑星の出身で、そのあたりの道徳観念がコチコチに凝り固まってるのは事実だが、今後とも性のほうはずっと男であり続けたいと考えるからね。これはやはり、僕が孫までいる身……といっても、その孫もまた、すでにこの宇宙のどこにも存在してはいないが、『おじいちゃんがおばあちゃんになった』と知ったら、彼らも混乱するだろうと考えるそのせいかもしれない。その点、君は実はとても孤独な存在なのだろうな。確かに、マルジェロ、君の部下たちは自分たちの首領が男であれ女であれ、気にしないだろう。また、何かの任務のため、ある人間と一時的にせよすり代わるためだけでも――肉体を入れ替える必要があれば、君も君の部下たちもそうすることにためらいはない。何故なら、もともとの体に戻りたくても、今はもうすでに君たちはそうすることが出来ないからだ。人間たちに復讐することを決めた、その瞬間から……」
この瞬間、ニディアの女性らしいインテリアで飾られた室内に、一気に殺意が満ちた。もし殺意という毒だけで人を殺すことが出来たとすれば、おそらくロルカはこの時すでに死亡していたことだろう。
だが、この時彼は初めて『自分は一体誰を相手にしているのか』を理解したと言えたに違いない。ロルカはずっと自分が堰き止めていたハートの8をそろそろ切ろうと考えていたが(言うまでもなく、ハートのKをニディアが持っているがゆえに)、殺意のあまり、ニディアの両の瞳が猫のように輝くのを見て――彼は思わずカードを握る手が震えていた。
「まさか、貴様のようなバウンティハンター風情の雑魚が、そこまでのことを知っていようとはな!!」
もしこの時<彼>がまったく冷静さを欠いていたとしたら、トランプのカードによってでもロルカの頚動脈は切られ、そこから血が噴き出していたことだろう。だが、人間殺しのプロでもあるニディアは、最初の殺害計画に沿って行動することを忘れなかった。とはいえ、最初の手順とは、いくつか前後することが出てきてしまったことは事実だが……。
ニディアは、ロルカの両手をカードごと払い飛ばすと、ホットパンツの背中に隠しておいた小型ショックガンを使用した。こうして、ロルカが約五分失神する間に――彼の体内にはフグキノコの毒が注入されたのである。とはいえ、ニディアにしてもどの程度の量が致死量となるかははっきりわからなかった。何分、履歴が残ることからAI<クレオパトラ>のインテリジェンス・ネットワークで調べることも出来ず、「このくらいならば流石に確実だろう」という量を注射したのである(注射、と言っても、上位惑星及び中級惑星の一部においては、すでに針のない注射が主流である)。
普通、あるいは並以下の神経の殺人者であったとすれば、こののちすぐ、髪を振り乱して自分の衣服を裂き、「キャーーーッ!!」とでも叫んでいたことだろう。だが、ニディアはそんなことはしなかった。ロルカがぐったりして倒れ込んでいるソファをリモコンで倒し、次に彼の意識が戻って来るのを待った。ニディアがギベルネスにそれとなく聞いたところによれば、フグ毒というのは神経が麻痺するため自分で口を動かしてしゃべることは出来なくなるが、耳ははっきり聞こえているということだったからだ。
『中級惑星の救急病院にはね、自分でフグを捌いて食べ、その後フグ毒に当たったなんていうケースが時々あったりするんですよ。あとは危険なキノコをあえて食して、どんなふうになるか試したかったとか、医者にしてみれば傍迷惑な患者が運びこまれてくることもあったっけ。まあ、迷惑なんて言ってもね、医学生にとってはどんなケースも勉強ですよ。次に似たような患者がやって来た時には、「何かおかしなものでも食べたんじゃないですか?」って大体見当がついて、そう聞けますからね」
『そのキノコって、やっぱり脳が快楽物質を出すとか、そういう系のやつ?でも、病院に運び込まれてくるってことは、それまでは生きてるってことよね?フグ毒って猛毒って聞いた記憶があるけど……即効性はないってこと?』
『倒れて動けなくなるその前に、自分で救急車を呼ぶか、あるいはそう出来なかった場合は周囲にいた誰かしらがそうしてくれるってパターンでしょうね。フグ毒は最後には呼吸筋までやられて呼吸が出来なくなり死に至るという点が厄介なんです。それに、私が見たケースでは病院までやって来た頃にもまだ自分でしゃべれるような人は誰もいませんでしたし、発見が遅くなっていたら死亡していたのではないかという患者さんが何人もいましたから、非常に危険な毒だというのは確かですよ。キノコに関しては様々ですね。そうと知らずしてうっかり……という場合は、心から同情して治療に当たれますが、時々いるんですよ。『毒キノコとはわかってたけど、味がすごく美味しいと聞いたので、好奇心に勝てなかった』なんていう究極の美食家みたいな患者さんがね』
この時、平らになったソファの上で仰向けになっているロルカの横に座り、ニディアは人体実験する科学者のような冷徹な眼差しによって、ロルカのことを髪の先から足先までじっくり眺めた。
(しゃべれなくなる前に、一体どこまでのことを知っていたのか、聞いておくべきだったんだろうが……もうこうなってしまった以上仕方ないな。わたしのほうで言いたいことだけ一方的にしゃべる形になるし、それをコイツが聴こえたかどうか確かめる術もないということになるんだろうが……ま、とにかく最終的にコイツは死ぬことになって良かったんだ)
そもそも、テロ組織マルジェロの幹部メンバーが何者で、テロリス集団と呼ばれるようになる前まではどの星系の惑星に存在していたか――ということは、本星エフェメラの情報諜報庁のほうで上手く隠蔽をはかっている事柄なはずである。にも関わらず、たかだか一バウンティハンターにしか過ぎぬロルカがそのことを知っていたということは……自分は正しくは、その情報源についてはっきり確かめてからロルカのことを殺すべきだったのだ、とはニディアにしてもそう思いはした。
(まあ、いい。その場合でもある程度のところ、考えられるシナリオのほうは限られてくるからな。なんにしてもコイツには死んでもらう)
何かあった場合、もう一度ショックガンを使用しようと思い、ニディアは用心深くロルカの顔を覗き込んだ。すると、閉じていた彼の目蓋が両方とも何故か上がった。ニディアは一度立ち上がったが、次の瞬間にははっきりと悟る。確かにロルカは、今はもう自分の力では両手も両足も動かせず、言葉すら発することも出来ないらしい、と。
「おい、ロルカ。もししゃべれるのであれば、返事して欲しいんだがな。おまえがどこまでのことを知っているのかはしらんし、興味もない。だが、どうやらおまえは何がわたしの――いや、我々一族の逆鱗に触れるかまでは知らなかったと見える。おまえ、先ほど孫がいるとか言っていたな。これはわたしの想像にしか過ぎないことだが、おまえの経験した不幸については理解もすれば同情もする。だが、孫までいるのならば何故……我々に復讐することにそこまで固執したのだ。おまえが惑星ネメシスの出身であることは聞いたし、おまえの哀れで気の毒な過去話も聞いた。そしてそんな不幸な原因を作ったのはすべて我々テロ組織マルジェロが悪いのだと、そんなふうに思って今の今まで生きてきたのだろうな。まったく、真実は耳に痛いとはよく言ったものよ。あの頃、我々は確かにエフェメラ本庁の監視が厳しくなり、追い込まれておまえたちのいる惑星へ逃げ込んだ。だが、おまえたちは知らなかったのさ。偉大なる皇帝陛下様が、善良な一般市民の一軒一軒の家に至るまで盗聴の監視網を張り巡らせていることまではな。我々が惑星ネメシスへ逃げ込まなくても、いずれおまえたちの惑星は真実に気づいたレジスタンス軍によってまったく同じことが起きていたことだろう。あとは、我々までもがエフェメラの情報諜報庁(IS)のシナリオに書かれたとおりに行動するということになった。ああ、そうだ。テロ組織の首領マルタン・マルジェロなどという男は、そもそも存在すらしていない。ただ、あのまま宇宙テロ組織なんぞというものに、星間伝説的に存在してもらっていたのでは沽券に関わると考えた本星ISが、我々にこう取引を持ちかけてきたのだ。テロ組織マルジェロを解散するなら、用意した替玉をこちらで首領として逮捕しよう。それでどうだ、とな」
この時、毒薬の作用によるものかどうか、ロルカの体が一瞬ビクーンと震えた。それは、身体的条件反射というよりも、何かの心理的動揺の表われであるようにニディアには感じられた。彼女にしてももし、最初に生まれ落ちた惑星にて、元の姿のまま生きていたなら――ロルカが何もしゃべれずとも、その思考のすべてを読み取ることが出来ただろう。だが、その惑星マルジェラは地球発祥型人類によって滅ぼされ、もはや存在しないも同然だった。その後、<彼>の仲間たちは二派に分かれた。自分たちの美しい惑星を荒らした人類に復讐することを誓った一団と、復讐などやめて、別の本星エフェメラですら手の届かぬ星系の彼方へ飛び立とうとする一団とに。
「ひとつ、大切なことを最後にロルカ、おまえに教えておいてやろう。結局のところ、わたしの敵もおまえの敵も同じものだった。が、まあ同じ轍を踏み、今こうして復讐にも嫌気が差している存在がふたり、こんな宇宙の辺鄙な場所で出会ったんだ。わたしはそのことに何故だか今、敬意を表したいような気持ちにさえなっているからな」
ニディアはもう一度、ソファベッドの傍らに座ると、今度は阿修羅像のように恐ろしい顔つきによってではなく、菩薩のように優しい顔つきになって言った。また、それはもしかしたらロルカに向けて語っているというよりも、彼女が自分自身の心に語りかける独白にも等しいものだったに違いない。
「おまえ、『岩窟王』という話を知っているか?わたしはな、自分の惑星を汚く荒らした地球発祥型人類という奴らを今後とも決して許せはしないだろう。だが、奴らの持っている文化遺産とかいうものの中には、我々にとっても非常に有益で、素晴らしいと感じられるものがあるのは確かだ……で、『岩窟王』の主人公であるエドモン・ダンテスな。こいつは、若い頃自分に裏切りを働いた連中のせいで牢獄送りとなるわけだが、不当に自分から幸福を奪った奴らのことを許せず、脱獄して復讐することを誓うわけだ。まあ、ここまでのことはいいさ。本を読んでるわたしにも、エドモン・ダンテスの気持ちというのは痛いほどよくわかるからな。が、エドモンの奴は苦労してどうにか脱獄まで果たしたというのに――いざ、あれほどの炎の如き熱い復讐心を行動へ移す段になると、最終的にある種の矛盾に悩まされるようになるわけだ。おもに三人いる復讐相手のうち、ひとりは破産へ追い込み、またひとりは自殺へ、三人目からは社会的名誉を奪って発狂へと追い込んでゆく……だが、エドモンはその途中、自分の復讐が分を越えたものだったのではないかと思い悩むようになっていくんだ。何故かわかるか?彼らはその昔、自分にどんなひどいことをしたかも忘れ、それぞれが持つ権力や富などにより幸福に暮らしていた。また、そうなるとどうなる?当然それぞれ家庭も持っており、復讐してやって当然の人物であるにも関わらず、結果として他の罪なき子らのことをも巻き込むということになり――エドモンはそのことでも心乱されることになったわけだ。最初は『復讐するは我にあり。我は仇を返さん』とばかり、まるで神の代理でもあるかのような立ち位置で罰を下していったエドモンだったが、何分奴は賢い男だからな。エドモン・ダンテスは復讐してやって当然の相手にそうしてやっているだけにも関わらず、そこに虚しさすら感じるようになっていくんだ……」
ここまで『岩窟王』という話について語ってから、ニディアはロルカのほうを振り返った。彼は目蓋をピクピクさせていたが、まだ自分の話については聞いているような気配を滲ませている。ニディアはさらに独白を続けた。
「わたしも……最終的にそうなった。復讐というものに対する燃え尽き症候群にも近い状態だ。そしてロルカよ、おそらく今おまえもまったく似たような心境であることだろう。フグキノコの毒というのは、なかなか残酷な毒らしい。体の神経が徐々に麻痺していくが、その間体は動かせないものの、耳だけは最後まで聞こえているという。おまえにしても、だんだんに呼吸筋が麻痺して最後に死に至るというのは苦しかろうな。わたしも、神経毒にやられたことがあるから、よくわかるよ……」
この瞬間、ニディアは気づくと滂沱と涙を流していた。今ごろになって『ロルカに対して悪いことをした』という悔恨の念が湧き出てきたからではない。それはまるで魂を貫くような、熱い自己憐憫の涙だった。
(この男もわたしも、結局は同じ穴のムジナということか……わたしも、最終的にこんな虚しい気持ちになるためだけに、千年もの時をただ無駄に浪費しただけにしか過ぎぬとは……)
それだけではない。地球発祥型人類たちに復讐するため、同じ人間の姿を取り続けたことで――彼らの本来あった美しい完璧だった姿はすっかり損なわれ、今ではもう元の姿に戻れぬ仲間たちすら現れるようになったという始末。
「ロルカ……おまえは、その我々のプライドに触れる発言をしたのだよ。そうでなければ、おまえのことはもっとじっくりお互いに話しあったのち、殺すつもりであったというのに、そうした意味ではすっかり計画が狂ってしまったわ……」
こののち、ニディアはもう一度ショックガンを使用し、今度は彼が失神したのではなく、完全に心臓が止まり、呼吸のほうも停止しているのを確認してから――そこらへんにショックガンを放り飛ばし、ブラウスの前のほうを破ると外の通路へ走っていき、声も限りにこう叫んだ。
「誰か、誰か来てェッ……ロルカが、ロルカが……っ!!」
その声と姿を、AI<クレオパトラ>経由で最初にキャッチしたのは、アルダンとダンカンだった。ふたりはお互いの研究分野のことに関して、ノリスの部屋のほうで討論しているところだったのだ。また、ノリスの私室はニディアのプライヴェートルームと近くもあった。ニディアはその前まで、深い自己憐憫の涙を流していたため、その涙に濡れた動揺した姿は実に説得力があったと言える。
アルダンもダンカンも、ニディアの着衣の乱れ、それからソファベッドに寝転がるロルカ、その脇のショックガンの三つを見ただけで、それ以上詳しく説明される必要もなく、何が起きたのかをすぐに悟った。とはいえ、いかようなる性犯罪者であれ、裁判で裁かれるまでは生きている権利があると考え、ふたりはすぐにストレッチャーにロルカを乗せると、メディカルルームまでロルカのことを運んでいった。
残りのことはすべて医療カプセルの判断に任せ――ダンカンはニディアのことを慰めつつロルカの様子を見守り、アルダンはこのチームのリーダーであるノーマン・フェルクスと、動物学者の変人、コリン・デイヴィスに連絡したというわけである。
こうして、医療室にはその時いた宇宙船<カエサル>のクルー全員が集まるということになった。ニディアは終始動揺しつつもロルカのことを心配する演技をし続け、残りの男性たちはレイプされかかったという彼女に対し、気遣わしげな態度で優しい言葉をかけ続けたというわけである。
惑星ネメシス出身のロルカ・クォネスカは、バウンティハンターとなってから約二百七十九年の間、宇宙テロ組織マルジェロに復讐するため活動し続けたわけだったが、これが最終的に彼が受け取ることになった復讐の報酬だったようである。
>>続く。