![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/89/9d53fe95a37850397ee727bf5db8e6d6.jpg)
ええと、一応トップ画「ハムレット」ですが、特にハムレットに関する感想とかってわけじゃなかったり(^^;)
この小説の主人公は一応ギベルネスなんですけど、ここから出てくるハムレットもまた、もうひとりの主人公かな……といった立ち位置のような気がします。それで、何故「ハムレット」だったかっていうことについてはあとがきにでも書くとして――シェイクスピア作品を多少なり引用したのは、設定を軽く掠るものも含め、「ハムレット」、「ロミオとジュリエット」、「リア王」、「オセロ」、「ベニスの商人」、「ジュリアス・シーザー」、「ヘンリー四世」……といったところだったかなと思ったり(確か)。
あとファンタジー設定としては「アーサー王と円卓の騎士」に出てくる人名などを多用させていただいたという意味で、この小説は大体のところ「アーサー王と円卓の騎士」+シェイクスピア=∞???∞といった感じのSFファンタジーと思います
書くきっかけについては、これもまたあとがきにでも書こうかなって思うんですけど……その少し前に、密林にて本の検索をしていたところ、何故かシェイクスピアの「タイタス・アンドロニカス」の本が表示されて、買うつもりもまるでなく、なんとなく「どんなお話なんだろうな~」くらいの軽い気持ちでクリックしてみたわけです。
何分検索してたのはシェイクスピアとはまったく関係ない本だったので、「なんで表示されたのかな?」と思ったりしたからです。そ、そしたら……ゴキュリ☆
>>ローマ将軍タイタス・アンドロニカスは、捕虜であるゴート人の女王タモーラの長男王子を殺して、戦死したわが子たちの霊廟への生贄とする。これを怨んだ残る王子二人は、一転ローマ皇帝妃となったタモーラの狡猾なムーア人情夫、エアロンと共謀。タイタスの娘ラヴィニアを襲って凌辱し、なんとその舌と両手を切断してしまう。怒り狂うタイタス……血で血を洗う復讐の凄惨な応酬。その結末は!?シェイクスピア初期の衝撃作。
(『タイタス・アンドロニカス』シェイクスピア/松岡和子先生訳)
なんてあるじゃ、あーりませんか
「一体なんだ、その凄惨な話は!?っていうか、シェイクスピアってそんな血生臭い話まで書いてたの?」なんて思い、ここでちょっと時間を置いてからこの小説を思い浮かび、ある理由からハムレットを主人公にするとすぐ決まったんですけど……「タイタス・アンドロニカス」のことが気になって、まずこの本を注文しました。。。
「タイタス・アンドロニカス」の設定等については、小説の中に用いることが出来なかったとは思うんですけど、それでも根底に流れるおどろおどろしさとか、血みどろ設定については、多少なり参考になったような気がしてます
まあ、わたしのシェイクスピア理解っていうのは、薄っぺらくて安っぽいものではあるのですが(笑)、「あらすじで読むシェイクスピア全作品」(河合祥一郎先生著/祥伝社新書)という本を読んでると、シェイクスピアは一般に主流に属さないものでも、「あらすじ読むだけでも面白いな」と感じられるものがたくさんあったんですよね
たとえば「アテネのタイモン」とか、シェイクスピアの作品の中では不出来なものだそうですが、あらすじだけ読んでみると、なんか結構面白そうに感じたりするというか。
>>アテネの金持ちの貴族タイモンは、金に糸目をつけず人々を歓待して宴を張り、困窮を訴える者には気前よく金を与えるため、邸宅には追従者たちが常に出入りしている。詩人が詩を献じれば礼を与え、画家が絵を贈れば報酬を与え、際限なく金をばらまくので、借金ばかり膨れ上がり、忠実な執事フレイヴィアスは困り果て、口の悪い哲学者アペマンタスは皮肉を言う。
ついに広大な領地もすべて抵当となって膨大な借金を抱え込み、タイモンはようやく自分の経済状態に気がつくが、自分には友人という財産があるから、友人の心を試すことができて幸せだと言う。しかし、これまでタイモンに世話になってきた者すら、あれこれ言いわけをして金を融通しようとしない。本当の友が一人もいないと知ると、タイモンは愕然とし、湯と石の料理で”友だち”をもてなし、呪いの言葉を浴びせる。その後、タイモンは、人を呪い、世を呪い、森の洞窟に住む。森で金を見つけると再び蠅どもが群がるが、タイモンは金を与えて彼らを追い払う。
(『あらすじで読むシェイクスピア全作品』河合祥一郎先生著/祥伝社新書より)
また、このあたりについてもわたし、全然知らなかったんですけど……結構女性が男性に変装していたり(「十二夜」、「シンベリン」、「お気に召すまま」など)、ベッドトリックを使って本意を遂げるとか(「終わりよければすべてよし」、「尺には尺を」)、シェイクスピアは全体としてお茶目さんというか、チャーミングな劇作家さんなんだなあといった印象を持ちました
他に、歴史ものにおいてはこの上もなく重厚であったりと――まあ言わずもがななこととはいえ、「シェイクスピア、天才やんか」と気づけたことが、わたし的にほんと、一番の収穫だったような気がしてます
それではまた~!!
惑星シェイクスピア。-【7】-
森の中に燦々と陽が降り注ぐ中、ハムレットは獲物を求め、林の中を慎重に移動していた。彼は鳥の鳴き声と鹿の鳴き声を真似るのが上手かった。この時も、どこか遠くから聞こえる「コワワッ、クワワッ!」という雉の一種であるホーロー鳥の鳴き声に何度も返事をした。
ホーロー鳥はこの砂漠と岩石ばかりの惑星シェイクスピアにおいて、鳥肉としては最上級のご馳走と言われている。だが、生息域が極限られているのみならず、家畜化しようとしてもニワトリのようには上手くいかないのだった。というのもこのホーロー鳥、非常に気難しく神経質な性格をしており、捕獲して数日も生きていればいいほうなのである(また今では、人間や他の獣の気配がするところでは絶対に交尾しないこともわかっている)。
ホーロー鳥のオスがメスに向かい、「ホーワー、クーワー」といったように呼びかけるのを聞くと、ハムレットは同じように返事をした。無理して翻訳したとすれば、『私はここよ。あなたの求める可愛いメスがここにいるわよ』ということになるだろうか。
ここは、惑星シェイクスピアの<西王朝>の北限にあるヴィンゲンの森である。その昔、このヴィンゲンの森を中心にしてひとつの王国が繁栄していたこともあったが、豊富な水源の移動とともに、やがてヴィンゲン王国も衰退していったと言われている。だがそれは、水脈が完全に枯れてしまったということではなく、ここには緑美しい森林地帯が僅かばかり残っており――かつて隆盛を誇ったヴィンゲン王朝の、見る影もない一大宮殿が砂と風にさらされつつ、今も残っているのだった。
そしてこの宮殿の廃墟跡を囲うように、誰も人がいなくなったあとも樹木のみ徐々に繁茂してゆき、そこへはいつしか世捨て人や僧侶たちが集まって、小さなコミュニティを築くようになっていた。とはいえ、<西王朝>の時の王や権力者らの追っ手を恐れ、彼らはヴィンゲン王朝の宮殿跡を住居とはしていない。ヴィンゲンの森の背後に聳える岩山にいくつも穿たれた迷路のような洞窟を住まいとし、ただ静かに黙想して暮らしているのであった。
ハムレットは、ホーロー鳥の鳴き声の響きから察して、大体の方角と距離を測っていたが、何分ホーロー鳥は用心深い鳥である。彼は今までにもかなりいいところまでいっていながら、何度となく逃したことがあった。ゆえに、あまり期待していなかったのだが、今日の獲物はまだ砂うさぎ三頭といったところであり、ここにホーロー鳥がもし加わったとしたら――僧侶たちがどんなに喜んでくれることだろうと思った。そこでハムレットは随分森深くまで足を踏み入れることになるとわかっていたが、やはり少しずつ距離を詰めていくことにしたのである。時折、捕獲すべきオス鳥に「ホーワー」と返事をしてやりながら……。
だが、ヴィンゲン寺院の僧侶たちが伝統的に<青池>と呼ぶ、空の青さを映して輝く湖のそばまでやって来た時、ハムレットはホーロー鳥の追跡を諦めた。何故なら、そこに水を飲みに来ていた五頭ほどの鹿の姿を認めたからである。
ハムレットは素早く風下に回ると、鹿たちが気づく前に、その中の一番小さな子鹿に狙いを定め、矢筒から鉄の矢尻、ホーロー鳥の矢羽のついた矢を取りだして射掛けた。矢のほうは鋭い角度で子鹿の首に命中し、次の矢も小鹿の胴に突き刺さった。他の鹿たちはこの時の衝撃で素早く走り去っていたが――おそらく母鹿であろうか。十分に距離の開いたところから、ただ一匹、じっと小鹿の様子を窺っている。
「ごめんな。こんな卑怯な手を使って……赦してくれ」
ハムレットはまだ息があってもがいている小鹿の頭部目がけ、大きな岩を振り下ろして殺害した。その我が子の悲しき運命をじっと見つめる母鹿の前で……。
青池の近くにある、木材を採るために樹木を伐採した、切り株ばかりのちょっとした広場で小鹿のことを下ろすと、ハムレットはそこで素早く解体作業に取り掛かった。まずは皮を剥ぎ、その後頭部を除き、胴体からそれぞれの部位に従い、いくつもの肉へ切り分けていく。
鹿の解体作業には慣れているハムレットでも、小鹿とはいえすべての肉を無駄なく削ぎ落としていくのには時間がかかった。それでも彼はそのことを苦とは感じなかった。ヴィンゲン寺院の僧侶たちがこの鹿肉をどれほど喜んでくれるかと思うと――その笑顔のことを思えば、楽しくさえある作業だった。
この日、ハムレットは最後、三頭の砂うさぎの他に、鹿肉のご馳走を背負い籠に入れて背負うと、片手に小鹿の頭を持って帰途についた。食料の乏しい時期には鹿の頭部の頬肉や舌、あるいは脳まで食べることもあるが、今年の冬は比較的食糧に余裕のあるほうであった。厳密には、惑星シェイクスピアに四季のようなものはないのだが――というより、現地人であるアズール人たちはそれを<四季>といったようには認識していない――冬の終わりを春、その短い春から気温が一気に暑くなれば夏、大収穫期を秋、大収穫期が終わったのちの一年を通し気温が一番低くなる時期を冬……といったように、無理に分けようと思えば分けられるといったところである。そして今は、この地方で冬の終わりを告げるアーモンドの花咲く早春であった。
ハムレットは、自分のことを『ある日寺院の洞窟のひとつに捨てられていた赤ん坊』と聞かされて育ち、学識ある僧侶たちから文字や算術や、西王朝の詳しい歴史(と同時に東王朝の大雑把な歴史)、それに神学や哲学などを教えられて育った。彼はこのヴィンゲン寺院からその後一度も出たことがなかったし、今後とも学識深き尊敬する僧侶らに囲まれ、黙想しながら時を過ごし、そして神の思し召しだという時がやって来たら死ぬのだろうと思っていた。
<西王朝>の都の様子について聞いたこともあるし、敵国である<東王朝>と一度戦争ということになれば、都から急使がやって来て、寺院の僧侶全員を上げて祈るよう、要請が来ることも知っている。だが、その輝かしき都人(みやこびと)が住まうという首都テセウスを一目見たいと思ったこともなかったし、極限られた森と川と砂漠の海と洞窟と岩石の峰々に囲まれた小さな世界に十分満足していたのである。
ところが、つい先日、ハムレットが十六歳の誕生日を迎えた頃(この場合の誕生日とは、彼が洞窟のひとつに捨てられていたとされる日)、ヴィンゲン寺院においておかしなことが起こった。
岩山に数多くある洞窟から洞窟へと風が吹き抜け、その幽霊のような鳴き声が耳について眠れない――ということは、ヴィンゲン寺院においてはよくあることであった。また、ハムレットは小さな頃から聴き慣れているため、特段その風の音について深く思いを致したことは一度もない。気味が悪いと感じたこともなければ、悪霊が耳許で何事かを囁いている……といった想像力さえ働かせたことがない。
だがその日、風の気配の中に何か異常なものが混ざっていたことは確かである。この言葉によってではなんとも説明し難い感覚を、ハムレットは他の僧侶らに訴えようと思い、寝床から起きると、自分の居室としている岩室から出た。何分、洞窟のほうは奥の深いところで繋がりあったかと思えば再び離れたりと、かなりのところ入り組んだ構造をしている。ゆえに、何か大事があって<西王朝>から使者が送られ、くまなく調べられてもいいよう伝統的にある用心が昔からなされてきたという歴史を持つ。
つまり、常識的に考えてこのくらいの広さはあるだろうという、そうした王朝の使者らを通しても良い場所の限界と、そこからさらに奥まった第二神殿のある場所とははっきり境があり、そちらへは僧侶の中でも特別な高僧のみしか出入りを禁じられていた。
ハムレットは第一神殿での礼拝しか経験したことはなかったが、その日、実は生まれて初めて第二神殿へ入ることが許されていたのである。彼自身、それが何故なのかはわからない。僧侶らが毎日集まって祈りと礼拝の場としている第一神殿へハムレットが行ってみると、いつもならすでに寝ずの番をしている僧侶以外、誰もいないはずのその場所に、八人の長老を含めた僧侶らが、すでに五十人ばかりも集まっていた。みな、ハムレットと同じように『不気味な霊風のせいでとてもではないが眠られない』と口々に言い、異変を察して集まって来ていたのである。
「よく来た、ハムレット」
ヴィンゲン寺院の大老、ローディンガに呼ばれ、ハムレットは自分より目上の者に対する最上級の敬意を示し、彼の前に膝を屈めると、右手の拳を心臓のあたりに当てた。
「みなの者、星々の女神ゴドゥノワさまの遣いが、ハムレットに特別に伝えたき託宣があるそうじゃ。今宵の強い気配漂う特別な霊風がこのヴィンゲンの岩室を吹き抜けたのは、そのことが原因ぞ。その託宣の儀さえ済めば、再び風も静まろう。みなの者は、ここでゴドゥノワさまに引き続き祈っておるといい。何故ならゴドゥノワさまは我々人のように耳がふたつしかないわけではないお方。それぞれの心の想いを瞬時にして読み取り、その御心に適う者には恩寵を下さろう。だが今宵託宣を受けるべきはここにいるハムレットじゃ。それではハムレット、我々のあとについて来るといい」
「ははっ!!」
ハムレットは、ローディンガ大老の後ろに付き従う、彼の片腕のような存在の長老ふたり、タイスとディオルグのさらにその後に続いた。タイスはハムレットと同じく洞窟前に捨てられていたところを孤児として拾われ、ハムレットとは双子のようにして育った。そしてディオルグは実は、隣国<東王朝>から逃れてきた落ち武者である。<東王朝>の後継者である王子暗殺を命じられたものの、どうしても殺すことが出来ず、星々の神が顕現し、未来を予言することがあるというヴィンゲン寺院まで国境なき砂漠の国境を彼が越えてのち、早二十年にもなるだろうか。
岩石に千もの手を持つ星母ゴドゥノワの姿が掘り込まれた廟の前で、残りの長老六人とともに、他の僧侶らもその場に足を屈めて祈りはじめた。その朗々たる古代語の祈りの斉唱を背中で聞きながら――ハムレットは僧たちがひとり籠もって祈ることもある岩室のひとつへやって来た。ヴィンゲン寺院において、僧侶たちに位の別はなく、長老も大老も、同じ食堂において同じものを食べ、同じ祈りの岩室にて祈り、極めて質素な自室にて眠る。とはいえ、目上の者に対する尊敬の念というのは当然存在し、代々大老のみが使用を許される祈りの岩室があった。
ハムレットは他の岩室よりも一際大きく、宇宙の神ゴドゥノフとゴドゥノワ、それにこのふたりから生まれた無数の星々の描かれた大老の部屋へ、生まれて初めて足を踏み入れた。長老たちは月に一度、ここへ集まって特別の礼拝を行なうので入ったことがあるためだろう、タイスにもディオルグの顔にも驚きの色はない。
「こ、これは……」
ハムレットは驚きに両方の瞳を瞬いた。岩室の天井は、無数の目にも見える星雲がいくつも描かれていたが、無論彼らはそれを<星雲>といった形では理解していない。この無数の目が天空を覆う宇宙の隅々までもを見通すことが出来るという、彼らの信仰する星々の神とはそのような存在であった。
「フォーリーヴォワール連山の岩石から産出する色石から採った絵の具で、この天蓋は描かれているのですか」
実をいうと僧院で育ち、時間さえあれば瞑想するようにせっつかれて育った割に、ハムレットの心は実はあまり信仰深くなかった。他に、一般的知識として<西王朝>、<東王朝>それぞれの信仰する神々についても記憶していたが、そのうちのどの神も自分が信じるに足るほどの存在とは思えなかったものである。
だから、タイスとは違いハムレットは、僧院に籠もり、そこでいるかいぬかもわからぬ神に祈ったり瞑想したりするよりも――外の野を駆け巡り、食べられそうな植物を採取し、鹿やウサギに罠を仕掛けて獲る猟師として活動することのほうを好んだ。ここ、惑星シェイクスピアにおいては、生きるか死ぬかはなんら問題ではない。極めて単純明快なことながら、人は食べ物や飲み水がなければ死ぬ。そして、惑星シェイクスピアにおいては、総人口を満たして余りあるほどの収穫が野から上がったことはない。また、飲み水にしても、水源が移動していくため、井戸を発見しようと一時的に湧いた泉を発見しようと、いつまでそこに水があるかはわからない。
また、それゆえにこそ、惑星シェイクスピアの人々は数多くの神々を造りだしてはそれらの神に祈り縋ってきたのだろう。だが、そうした市井の飢えと隣り合わせの生活にまだ触れたことのないハムレットにはわからなかった。神などに祈るより、現実的に行動し、なんらかの方策を講じたほうが――よほど集団が生き延びることの出来る可能性が上がるとしか思えなかったし、寺院の僧侶たちは無駄な殺生をすることを禁忌としていたが、自分が生き延びるためにそこまで強い罪悪感に縛られるのはどうなのだろうか……というのが、ハムレットの個人的な死生観である。
この時もハムレットは、岩室に描かれた絵画、それに中央に安置された彫刻品を(なんと見事な作であろうか)と感嘆はしても、神という存在に対する崇拝の念であるとか、そうした感情といったものは実は希薄だった。彼はただ、ある種の異教徒の美術コレクションを眺めるような目つきでそれらを見上げ、そして見下ろし……自分でも若干白々しいと感じつつも、「おお、星々の母ゴドゥノワよ」と、いつも通り信じてもいぬ神を信じているような振りだけしてみせた。
「ハムレットよ、よく聞くがいい」
大老ロンディーガは、とっくの昔にハムレットという若者のうわべだけの信仰心に気づいていたが、彼もまたやはりこの時、そのことに気づかぬ振りをして続けた。
「わしは、随分長くおまえにひた隠しにしてきたことがある。それは、おまえが実は<西王朝>の前王の息子であるということだ。そして、おまえの父も母も親類縁者もみな死んだと言い聞かせてきたが、確かにおまえの父親は死に、この世にはいない。だが、母のほうは今も生きておるのじゃ」
「ええっ!?」
ハムレットは心底驚いた。幼い頃彼はよく、自分の本当の父はこんな人に違いない、母はあんな人だったに違いないと、空想しながら眠りに落ちていったものだった。それが生きているとは……ハムレットはロンディーガの言葉が俄かには信じ難いほどだった。
「今、我が<西王朝>の王として立っている男こそ、おまえの叔父のクローディアス王じゃ。そして、おまえの父エリオディアスを死に追いやった男でもある。その耳に毒物を流し込んで、な。その後、ハムレットよ、おまえの母ガートルードはやむにやまれぬ事情から、夫であった男を暗殺した男と奪われるような形で結婚せざるをえなかったのじゃ。そこで、そのまま王宮にいたのでは、可愛い息子のおまえの命まで危ういと、ガートルードさまはここヴィンゲン寺院におまえの身柄を預けたといった事情があってな。ハムレットや、おまえは今年十六になったばかり……そうじゃったな?」
「は、はい……」
ハムレットはあまりのことに頭がぐるぐるしてきた。現王のクローディアス王はあまり評判の良くない王であると伝え聞く。その王と母上が自分の夫を殺した男と再婚……ということは、さらにその後、ガートルード王妃はクローディアス王との間に息子と娘の一男一女を設けたということだろう。では、そのレアティーズ王子とオフィーリア姫とは、自分と父違いの弟、それに妹ということになるのではないか!?
自分は孤児であると信じてきたというのに、突然にして親類縁者の数が増えたことに、ハムレットは混乱した。だが、そんな彼の混乱をよそに、ロンディーガは言を継いだ。何分、彼らが<神>、あるいは<神々>と信じる存在を、そう長く待たせるわけにはいかなかったからである。
「<西王朝>の王都テセウスにおいても、十六と言えば、男も女もすでに一人前と見なされる年齢……よく聞け、ハムレットよ。おまえも今宵の風の異変に気づいたであろう。今、我らの神がここへ来ておられる。そして、他でもないおまえに託宣があるそうじゃ。星々の女神ゴドゥノワの三人の従神たちは、最初わしと他の長老らにその託宣について話して聞かせ、それをおまえに伝えよと言い、去っていかれようとした。だがわしはどうしても……『おそれながら我が神よ』と、身を伏してお頼み申し上げずにはおれなかったのじゃ。『そのように人の言葉によって言い聞かせられても、ハムレットは納得しないやもしれませぬ。もしや、ハムレットがこのまま僧としてこの寺院で一生を終えたいと言った時には、我々には反対する言葉がありませぬ』と、そう申し上げたのじゃ。ゴドゥノワさまはそもそも、人の心のすべてを瞬時にして読み取られる方。わしの懸念することなぞ、とっくに見抜いておられたのであろう。『それではここへハムレットを連れて来やれ』と、寛大にもそう仰ってくださった」
いつものしかつめらしい皺だらけの大老の顔に、歓喜の色が広がるのを見て、ハムレットは驚いた。それは、ずっと祈り続けてはきたが本当にいるとまでは確信出来なかった神に、とうとうその訪問を受けたことで――残っていた僅かな疑心が払拭された者の顔であったからである。
(これが神の気配だって!?)
ハムレットは内心で(大老も随分余計なことを……)と、一瞬そう思いかけたほどだった。何故といって、ハムレットは今も腕に鳥肌が立っていたし、どちらかというとこの寺院を満たしている気配に意識を集中せぬよう心がけていた。もしそんなことをしたなら、幽霊が自分という存在を見つけ、一気に心の中まで入り込んできそうな気配に、それは酷似していたからだ。
(いや、だがかといって悪霊的な、邪悪な気配というわけでもないのだ。ただ、こんな感覚は生まれて初めてだ。そして、決して関わりあいになってはいけないと直感的に感じるのと同時、どこか慕わしいような、懐かしい気配を滲ませてもいる……だから、人にはわからないのだろう。これが我々人間たちにプラスとなる存在なのか、マイナスとなる存在なのかどうかが……)
とはいえ、<託宣>とやらがあったのは自分ひとりだけらしい。こののち、「我らの神を待たせてはいけない」と、喜びに頬を紅潮すらさせて、ロンディーガ大老が祈りの岩室を後にするのを見――やはりハムレットは慎重に疑い続けた。大老も、他の<星々の神>とやらと邂逅を果たしたらしき長老たちも……この霊的な何かを感じさせる存在に、洗脳され操られている可能性はないのかどうかということを。
「タイス、おまえは我らの神に出会ったのか」
岩室を一度出、岩山の外側を削って整えた外階段を上っていきながら、ハムレットは親友のタイスに小声でそう聞いた。先頭が松明を持つロンディーガ大老、それから次にディオルグ長老、タイス、それからハムレットという縦並びの順だった。砂色の階段のほうは、二人、あるいは三人ほどが並んで歩けそうな広さがある。だが、寺院の外階段を歩く者はみな、突然崩れることや足を踏み外すことを考慮し、横並びに並んで歩くということはなかった。
「いや……俺はまだだ。星々の女神ゴドゥノワの従神たちに出会ったのは、大老と俺を除いた長老たちだ。何故か俺のことだけ、誰も呼びに来てくれなかったらしい」
タイスは小さな頃から物覚えが速く、神学や哲学についても大人顔負けの知識を若くして身に着けてきたことから――神童として長老たちの覚えもめでたく、最年少の年齢で<長老>の一員に認められたほどの切れ者だった。
「ふうん。そうだったのか」
彼のほうが四歳年上とはいえ、小さな頃からタイスと比べられて育ったハムレットとしては、何やら溜飲の下がる思いだった。自分よりも信仰熱心で、神学にも哲学にも通じているというのに――その<神>から託宣のあったのは、不信心者のこの自分のほうなのだ!
(神とやらも、随分いい加減というのか、酷なことをするものだな……)
ハムレットはそう思い、闇の中でにやりと笑った。だが、上に上がっていくにつれ、次第に外階段に吹きつける風が強くなり、彼もだんだんに『神と呼ばれる存在と対面することの意味』について真面目に考えるようになった。
(ロンディーガ大老のあの喜びに近い顔の表情から推して、その<託宣>というのは、それほど悪いこととも思えんな。もしそれが悪い予言のようなものであったとしたら、大老にしても『本当の神がそんなことを言うものか』とばかり、青ざめた顔をしていようものじゃないか?ま、いい。とにかくこんな機会は滅多にあるものじゃないからな。そして、結局のところそれが少しでも邪まな気配を感じさせるものであったとしたら、オレはもはや金輪際、神なぞというものはそれがどんな名で呼ばれるものであろうと信じんぞ)
ヴィンゲン寺院のある岩山の頂上には、大きくくり抜かれた岩棚に、神殿という名の天然の礼拝堂があった。そこには、一年を通して休むことなく燈明が灯され、<星々の神>にその日の最上級の食事や飲み水、それに葡萄酒とが絶やされることなく奉献されてきた。大老の祈りの岩室と同じく、岩から取れた赤やオレンジ、緑や白などの岩料によって祭壇画が描かれ、その前にある石のテーブルの上に、それらの奉献物は並べられている。
もしここへ通されたのが、平時であったなら――ハムレットはもしかしたら、(本物の神が人間の食事などするはずなかろう)と思い、石のテーブルに並べられた穀物類や僅かばかりの果物、それに貴重な水や葡萄酒が無駄になると思い、この第二神殿の存在の意義自体を軽蔑したかもしれない。だが、夜の闇のヴェールが神秘性をさらに高めていたせいだろうか……いや、それ以前にハムレットはそこに人外の存在を認め、ただ度肝を抜かれていたのである!
一見したところ、その宙に浮いている三人の女性――神々にもし性別があるとしたら、その三人の神に限っていえば、容姿のほうがどこか女性的であった――は、一人目は燃えるような赤い髪を天空に立ち上らせており、夜の闇に映えるような白い肌をしていた。ふたり目は背後の闇に半ば同化するような蒼く黒い髪、そして三人目は森の緑よりもっと青々とした、鮮緑色(リンカングリーン)の床につくほどの長い髪をしている。残りのふたりも、陶器のように白い肌をしていたが、何よりも彼女たちを語る上で異様だったのは、瞳の大きさと、その瞳が放つ輝くばかりの眼光であった。
三人とも、人間でいうところの眼球と目の白い部分とが同化したようにひとつになっており、ただ一色の色によって光り輝いていた。確かに、恭しく第二神殿へ入っていった時には、タイスもハムレットも彼女たちの姿を明かりの中にはっきり見ていた。そして、その瞳の異様さに打たれながらも、瞳の色についてはしっかり見た気がした。けれど、のちにははっきり思いだせなくなっていたものである。スタールビーかスターサファイアを象嵌したようでもあったし、それともそれは黒曜石のように輝いていたのか、エメラルドを嵌めたような色をしていたのかどうか……また、彼女たちは<神と名乗るに相応しい衣服>に身を包んでなかった気もするのだが、問題はそうしたことでなかった。彼女らの身に纏っていたのが、貴族のように立派な衣装でなく、むしろ平民のそれに近いものであったにせよ、問題はそこではない。
タイスもハムレットも、とにかく(見てはいけいなものを見た)との畏れの感情とともに、ロンディーガ大老とディオルグ長老に続き、ただこの三女神の前にひれ伏すことしか出来なかった。そしてそのあとは目に見えぬ強い重力が背中にのしかかっているとばかり、顔を上げることさえ出来ないままでいた。
『ハムレットよ。話のほうはすでにロンディーガ大老から聞いていよう』
顔を上げられないのだから、三女神のうち、一体誰がしゃべっているのか、ハムレットにはわからないはずだった。だが、彼には炎のように赤い髪の、神と名乗る存在が自分の心に――正確には脳に――直接話しかけているのだとわかっていた。
「は、はい……」
ハムレットの額には、すでに玉のような脂汗がびっしり滲んでいた。相手のかけてくる精神圧がそれだけ強いのだといったようにすら、彼には冷静に分析できる余裕がない。
『これから、おまえは今<西王朝>の王である叔父のクローディアスを斃し、新王朝を築け。そして、未来に禍根を残さぬために、血縁の全員を皆殺しとし、砂漠にその骸(むくろ)をさらすがいい。ハムレットよ、そのことでは誰もおまえのことを責めはすまい。これが私がおまえに与える第一の託宣だ』
「お、おそれながら……」
ハムレットは以前として石のように固まったまま、体を動かせなかった。けれど、自分の母が生きていたことを思いだし、そのことを口にせずにはいられなかったのだ。
「自分を生んだ母のことまで殺すというのは……人の道にもとることと思いますゆえ……もし、我が血縁の中に母と同じく心根の善良な者がおりましたならば、その者のことを見逃すということは許されましょうか?」
自分が果たして口に出して言葉を紡いでいるのか、それとも心の中でだけ独り言を呟くようにそうしているのか、ハムレットには判然としなかった。だがこの瞬間、それまで強くかかっていた精神圧が一瞬だけフッと緩んだ。そしてそこには――代わりに何か、悲しみの気配のようなものが滲んでいた。
『いいだろう。だが、今は私の言うことの意味が十全に理解できなくとも、いずれ、私の言った言葉の意味がおまえにもわかる時がやって来る。自分の血縁全員を皆殺しにするなど、到底並の人間には出来ぬ難事業であろう。だが、今私が<託宣>を与えたことによって、確実におまえの罪悪感は減る。そして、今私が語ったことを、くれぐれも忘れぬよう心に刻みつけておくことだ』
「ははっ」
(一体どういう意味だろう……)と、ハムレットが考える間もなく、暗闇の中、光り輝く蒼い星のような髪色の女神の<託宣>が始まった。
『ハムレットよ、おまえはこれから千年ほどの間、不動の王座を築く。無論、おまえは齢い百年と満たずして、墓へ葬られることにはなろう。だが、おまえの血から分かれ出た者が、今後平和な時代を築いていく……そしてそのためには、初代の王となるおまえの断固たる最初の決断が重要なのだ。心が迷った時、そのことを決して忘れるでないぞ』
「御意にございます」
ハムレットがようやくのことでそう答えると、今度は緑の女神の第三の<託宣>がはじまった。
『「水と緑を制した者が、この惑星を制す」という有名な言葉を、当然おまえも知っておろう。そのために、おまえに必要な者がいる。その者の名はギベルネと言い、非常に賢い男だ。ここにいる誰よりもだ。いずれ、この男と出会った時……何がどうあろうととにかく家臣とし、手放さずにおくことだ。もし意見で食い違うようなことがあったとすれば、この男の意見をこそ尊重せよ。さすれば、ハムレットよ、おまえの生涯は常に勝利によって光り輝いていよう』
この時、ハムレットの脳裏に、ある矛盾した構図が浮かび上がった。そのように賢い男が、自分が血縁全員を殺害しようというのを、ただ黙って眺めているものだろうか?そしてもし、そのギベルネという男が親類縁者に情けをかけろと言ったとすれば――自分はどちらの意見を優先させるべきなのだろう?
「お、おそれながら……」
そう震え声で口にしたのは、ハムレットではなくタイスだった。それでハムレットは、心の中に直接聴こえてくる声が、自分のみならず彼やロンディーガ大老、ディオルグ長老にも聴こえているのだということが初めてわかったのである。
「そのギベルネという耳慣れぬ名の男は、一体どこにおられるのですか?せめて、彼がどこにいるのか教えていただかないと……ハムレットにも探しようがないかと……」
『ふむ。それもそうだな』
そう答えたのは、緑の女神ではなく第一の託宣をした、炎のように赤い髪の女神だった。
『実はギベルネという男は、この近くにすでに来ているのだ。とはいえ、彼の目的はハムレットよ、おまえに会うためではない。自分の船へ帰るためだ。それではタイスよ、明日の早朝――なんだったら今からでもいいが――おまえが砂漠の城砦跡まで行って、ギベルネのことを探してくるがいい。もしかしたら彼はなかなか一緒に来たがらないかもしれないし、一国の命運がかかっていると聞いても、まったく心を動かさないかもしれない。ふむ……その時にはだな、『あなたの名をギベルネと言い当てた者が、同じ予言によって「あなたは今は電波障害によって帰れない」と、そう申していたと伝えよ。また、あとのことはギベルネ、早く帰れるも二度と戻れぬも、おまえ自身の働きいかんによってだと、そう我らが口を揃えて言っていたとな』
「デンパショーガイ、でございますか……?」
タイスは、赤い髪の女神の言葉を理解はしなかったが、正しく発音できるようにと、何度も心の中で繰り返した。また、タイスにしてもハムレットにしても、海というものを見たこともなければ、そこに浮かぶ船についても、話として伝え聞いたことがあるというそれだけである。しかもその南のエルゼ海には大きな竜のような食人魚が住んでおり、海辺に住む漁師たちを震え上がらせているという。
『そのとおり。デ・ン・パ・ショーガイだ』
蒼みがかった黒い髪、それに、星のように白銀に輝いているようにも、ぬば玉のように黒くも見える瞳の女神が、親切にもそう繰り返した。
「お、おそれながら我が神よ」
タイスが女神たちに具体的に質問するのを聞き、ハムレットもまた彼と同じように勇気をだして疑問を口にした。
「そのギベルネという賢人はもしや、<西王朝>の者でもなければ、<東王朝>の者でもないということなのですか?その彼の帰ろうとしている国というのは、どこにあるのでございましょう?」
(チッ。次々と余計なことを……)
三人の女神たちは、ほとんど同時に心の中で舌打ちした。そこで今度は、緑の女神がこう答える。
『ギベルネは、非常に遠い国からやって来た、いわば異国からの亡命者だ。だがお主らはそのことであれこれ彼に詮索せぬほうがよかろう。また、ギベルネを好意的に手厚く遇すれば、彼は温厚で優しい男ゆえ、情にほだされてお主らにとって大いに有益な存在となろう。ハムレットよ、この男の扱いには心せよ。彼には野心もなく、権力といったものにも一切興味を見せまい。お主たちのほうでは、このギベルネという男に対しおかしな疑いの心を起こすのは控えよ。彼は他国の間者ではないが、それでも<西王朝>の風習には慣れていないゆえ、少し振るまいに奇妙なところがあるやもしれぬ。しだが、この男の善意と真心を信じきることさえ出来れば、万事うまくゆこうぞ』
そう最後に言い残すと、(これ以上色々説明するのは面倒だ)とばかり、緑の女神がこの場からまず姿を消した。そして次に、闇に半ば同化しているかのような女神が『ギベルネという男を信頼せよ。さすればすべてうまくいく』と、言うが早いか姿を消した。それから最後に、炎のように赤い髪の女神が――『ハムレットよ、おまえがこの大陸の覇権を握れるも握れぬも、彼次第』そう言い残して闇の天蓋の星の中へと姿を消した。
と、同時に、その場にかかっていた呪縛のような緊張感が一気に解けた。これは他の階層にいた僧侶たちもまったく同様で、突然にして肌に寒気すら生じさせる霊気の気配が消えて失くなり……彼らが普段<神>と信じ祈り続けている存在が去っていったらしいことを、まったく同じ瞬間、タイミングで知ったわけであった。
「行って、しまわれたか……」
ロンディーガは誰にともなくそう呟き、それから上空を覆う闇の中に輝く星々を見上げた。ディオルグも暫くそうしていたが、一同はその後、ひれ伏したまま何度も神々の祭壇画と彫刻像に礼をしつつ、恭しくまずは第二神殿から退出した。その後、外階段を下り、下の階層のほうへ移ってから、三女神の<託宣>を受けた四人は、頭を寄せ、少しばかり話しあうことになったわけである。
「大老、オレはまず砂漠の城砦跡にまで、例のギベルネという男を探しにいこうかと思います」
半ば放心したように、いまだぼーっとしているハムレットをよそに、タイスがまず現実的な提案をした。もしそれで本当にそこにギベルネという男がいたとすれば……彼にしても、ハムレットへの女神たちの託宣を絶対のものとして信じようと思ったためだ。
「わしも一緒に行こう」そう申し出たのはディオルグだった。「タイス、もしかしたらおまえ一人の説得だけではそのギベルネという男、納得しないやもしれぬ。だが、星々の女神からそのように託宣を受けたという人物がふたりいて、交互にしつこく説得したらば……一緒に来ることに同意してくれるかもしれん」
「じゃあ、オレも行こう」
ハムレットがぼんやりした顔で言うと、タイスが「いや、おまえはここにいて旅仕度でもして待ってろ」と、親友の肩を軽く叩く。
「女神たちの予言したことが、もし本当に未来で現実になるとしたら……おまえはこれから<西王朝>の王になるんだ。そのギベルネという男がいかに賢い男であろうと、家臣であることに変わりはない。王であるおまえが最初から低姿勢にでるのはよくないだろうからな。まずは同じ家臣である俺が出向いて事実のほうを確かめる」
「確かに、そうかもしれんな」と、ディオルグが微かに笑って言った。今、自分たちの間にあるのは女神の<託宣>だけだ。そしてその言葉に沿って誰も行動しようとしなければ――おそらく何事も起きずに終わるのだろうと思うと、何かがおかしかったのである。「女神たちは何度も念を押すように、そのギベルネという男のことに言及していた。そしてその男が今、ここから一日とかからずして行ける場所にいるというのだ。タイスよ!我々はもうこうしちゃおれんぞ。ハムレットが天下を取るのも取れぬのも、女神の言うその男次第というからにはな!!」
こののち、女神たちがかけた夢想から一気に目が覚めたように、タイス、ディオルグ、そしてロンディーガ大老の三人は迅速に行動を開始した。タイスとディオルグはルパルカの用意をし、夜明けとともに城砦跡へと出立し、ロンディーガ大老は他の長老らと大広間のほうで話しあいをするのに急いだ。だが、ただひとり当の<託宣>を受けたばかりのハムレットだけが……いまだ、女神たちのかけた魔法から目覚めぬ者のように、ぼんやり自分の岩室へ向かうと、そこにあるハンモックへ横になっていたのだった。
>>続く。