祈りというものは
楽しいものです
神と
私の
対話なんですから
何をいってもいいんです
愚痴いったって
何いったって
いいんです
世界平和の祈りの
光明で
みんな消して下さい
私は今
こんなに苦しいんです
こんなにつらいんです
世界人類が平和でありますように
って
いいつづけてると
いつのまにか
辛い苦しいおもいが
消えてくんです
そして
神様ありがとうございます
になってきて
神様としゃべるのが楽しくなってきて
そして
心から
世界人類が平和でありますように
っていえるように
なるんです
それを
最初から
グチッちゃあ駄目
文句いっちゃ駄目
になると
どうせ私なんか
ということになっちゃって
祈ることが苦しくなる
祈ることから
逃げるようになるんです
神様にぐちるのが
祈りじゃないですけれどね
いつもいってるように
祈りというのは
朗らかな自分自身との握手なんだから
そこにいくためには
文句でもなんでも
いいながら
腹立てながらでも
五井先生
世界人類が平和でありますように
ってつぶやく
そういう
時期をとおって
とにかく業を出して出して
それを私が
サーッときよめて
さて心がおちついたところで
静かに祈る
祈るということが
本当に
こころおちついて
楽しいものなんだ
ということをですね
ここで感じるわけなんです
だから幹事や講師の人たちなんかはね
待つっていうことが大事ですね
やたら急いで
五井先生はこう説いてる
だからこうつとめましょう
といったってね
家に病人があったり
心配心があれば
どうしたって
うわの空になりますよ
それを
さあさあ祈れ祈れって
せき立ててもね
うまくいきっこありませんよね
そうそれは心配ですね
何統一会といったって
集会といったって
そこへすわってるだけでいいんですよ
心を楽にしてね
あとはあなたを守っている
守護霊さんや守護神さんが
上手くやってくれますからね
何も
かたくなることはないんですよ
気を楽にしてね
とまあ
こんなぐあいにいってね
その人その人の気をほぐし
心をほぐしながら天命を祈るってのが
一番大事なことですね
神様ほど気の長い人を
人っちゃあへんかも知れないけど
みたことないですよ
じっと待ってるんですものね
待つというのは思いやりでもあるし
愛でもあるけれど
それだけじゃなく
待つことによって
その人その人の真実の相(すがた)
っていいますかね
心が伝わってくるんです
ああ大変だろうなあ
辛いだろうなあ
そういうこころが
自然に湧いてくるんです
よりそうということね
これが大事ですよ
よりそって
よりそいながら
大変だね大変だね
といいながら
おもいながら
その人のために祈ってゆく
光をおくる
ただお説教すりゃあいいというもんじゃ
ないんです
だまって
みまもって
待ってるうちに
さまざまな
人間世界の大変さ
その人その人の大変さが
みえて
そして
人生の苦労というものが
わかってくるんです
それをうなづきながら
よりそって
そのまま
とにかく
そのまま
祈りましょう
五井先生を呼びましょう
といって下さるとね
すなおに
その人が
ああそうだな
祈りましょう
という
そういう
ことになるんです
愛をもって
みちびくということが
大事だけれど
そのためには
こうやって
待つ
待ちつつ
語り
祈り
涙する
ってことが
何よりも大事なことなんです
ようございますか
それではどうもありがとうございました
楽しいものです
神と
私の
対話なんですから
何をいってもいいんです
愚痴いったって
何いったって
いいんです
世界平和の祈りの
光明で
みんな消して下さい
私は今
こんなに苦しいんです
こんなにつらいんです
世界人類が平和でありますように
って
いいつづけてると
いつのまにか
辛い苦しいおもいが
消えてくんです
そして
神様ありがとうございます
になってきて
神様としゃべるのが楽しくなってきて
そして
心から
世界人類が平和でありますように
っていえるように
なるんです
それを
最初から
グチッちゃあ駄目
文句いっちゃ駄目
になると
どうせ私なんか
ということになっちゃって
祈ることが苦しくなる
祈ることから
逃げるようになるんです
神様にぐちるのが
祈りじゃないですけれどね
いつもいってるように
祈りというのは
朗らかな自分自身との握手なんだから
そこにいくためには
文句でもなんでも
いいながら
腹立てながらでも
五井先生
世界人類が平和でありますように
ってつぶやく
そういう
時期をとおって
とにかく業を出して出して
それを私が
サーッときよめて
さて心がおちついたところで
静かに祈る
祈るということが
本当に
こころおちついて
楽しいものなんだ
ということをですね
ここで感じるわけなんです
だから幹事や講師の人たちなんかはね
待つっていうことが大事ですね
やたら急いで
五井先生はこう説いてる
だからこうつとめましょう
といったってね
家に病人があったり
心配心があれば
どうしたって
うわの空になりますよ
それを
さあさあ祈れ祈れって
せき立ててもね
うまくいきっこありませんよね
そうそれは心配ですね
何統一会といったって
集会といったって
そこへすわってるだけでいいんですよ
心を楽にしてね
あとはあなたを守っている
守護霊さんや守護神さんが
上手くやってくれますからね
何も
かたくなることはないんですよ
気を楽にしてね
とまあ
こんなぐあいにいってね
その人その人の気をほぐし
心をほぐしながら天命を祈るってのが
一番大事なことですね
神様ほど気の長い人を
人っちゃあへんかも知れないけど
みたことないですよ
じっと待ってるんですものね
待つというのは思いやりでもあるし
愛でもあるけれど
それだけじゃなく
待つことによって
その人その人の真実の相(すがた)
っていいますかね
心が伝わってくるんです
ああ大変だろうなあ
辛いだろうなあ
そういうこころが
自然に湧いてくるんです
よりそうということね
これが大事ですよ
よりそって
よりそいながら
大変だね大変だね
といいながら
おもいながら
その人のために祈ってゆく
光をおくる
ただお説教すりゃあいいというもんじゃ
ないんです
だまって
みまもって
待ってるうちに
さまざまな
人間世界の大変さ
その人その人の大変さが
みえて
そして
人生の苦労というものが
わかってくるんです
それをうなづきながら
よりそって
そのまま
とにかく
そのまま
祈りましょう
五井先生を呼びましょう
といって下さるとね
すなおに
その人が
ああそうだな
祈りましょう
という
そういう
ことになるんです
愛をもって
みちびくということが
大事だけれど
そのためには
こうやって
待つ
待ちつつ
語り
祈り
涙する
ってことが
何よりも大事なことなんです
ようございますか
それではどうもありがとうございました