レシピを見ないで作れるようになりましょう。
有元葉子
SBクリエーティブ
ありそうでなかった本。助かる。
僕は料理はするのだけれど、それは趣味とか得意とかでなくて必要に迫られてやってきたものだ。上手と言える自信もないし、さしてレパートリーがあるわけでもない。調味料はいつも目分量だけど、その目分量はまったくのあてずっぽうであって、どの調味料とどの調味料をどの割合でまぜるとこんな味になる、なんてセンスはまったくない。野菜の切り方も適当である。●●切り、××剥き、なんてのがあるらしいが僕はいつも簡単なざく切りであって、他人様の前に出せるものではない。
そんなわけで、なにかつくらなければならないような状況におちいったときは世の主婦同様CookPadに行き着くのだが、なんかそこまでレシピと首っ引きなほど真剣にしたいわけでもないんだよなという気もあった。たいして凝るつもりもないし、冷蔵庫にあるもので2、3品あってそれにご飯と味噌汁くらいなんだけどな。キャベツと豚コマがあるからこれ炒めればいいんだけどな、という具合だった。CookPadにはそういうのもたくさん上がっているけれど、それはレシピをみるとよりは、じゃあうちもけっきょくこれにするか、みたいな献立アイデアをもらうという具合だ。
しかし、キャベツと豚コマの炒め、つくってみてもたいして美味くない。まずくはないが、なんか肉がもそっとしたり、キャベツがべちゃっとしていたり。そのくせ、塩だけでは物足りない気がして、味の素とか中華味とかにんにくとかいろいろ足してみたりして。で、まあこんなもんかといいながらもそもそ食べる。
というわけなのでタイトルにつられて開いてみたら、いきなり美味しいキャベツの炒め方だ。なるほど!! そういうことだったのか。目ウロコ100枚落ちである。自分は何十年も何をやっていたのだろうということだ。それで本書を購入して言われていた通りにやってみたら、たしかにこれでいいのである。美味いのである。塩だけでもいいのである。
野菜と肉の炒め合わせもこうやればいいのだ。単純である。煮物だって煮つけだってこれで済むのだ。
以上。ここにその詳細を書くと業務妨害になるけど、要するに理にかなった工程さえ守れば、素材の味と最小限の調味料でいけるということなんですね。料理がCookPadをはじめとするレシピ文化になって、工程の妙というのが後景化してたことを思い知らされた次第である。
WORTERBUCH DER SEXUAL WISSENSCHAFTEN
小林秀雄(編著者)
前回に続いてあやしげな本。これは50円で放出されていたが、奥付をみると、当時は「定価200円」で売られていたそうだ。また、その横にカッコ書きで「地方売価は210円」と書かれている。そんな時代があったのだろうか。出版社名は「土曜文庫」というところである。
ちなみに、「世界性科學事典」でも「世界性科学事典」でも、ググったら1件もヒットしなかったから、そうとうな珍本かもしれない。
・・というか、編著者の名前が、小林秀雄ってのが、え? あの小林秀雄? それとも同姓同名? 昭和26年って、例の「モオツァルト」が昭和21年である。偶然の一致かな?
だが、本書の「序文」が非常に格調高いのだ。この序文を引用してみる。なお、旧漢字は、現代のものに改めている。
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太平洋戦後の民主的自由主義の台頭にともなう性の解放は、街頭におびただしい数のエロ雑誌、タブロイド判エロ新聞、エロ演芸を氾濫させ、肉体の文学まで発生させた。
それはどこの敗戦国にも見られるデカダンス的現象だと云われていえるが、そればかりではない。原因はより深く、日本でこれまで性に関することをおしなべて一切猥褻として隠蔽していたための反動性も否定することはできないだろう。もしも日本の文化がより正しくまともに人間の自然性を明らかにしていたならば、このような惨たんたる頽廃はなかったのではあるまいか? 秘められたいたが故に一切が珍奇に見える。その国民大衆の好奇心を悪業者が巧みにねらい、煽りたてた傾向が多分にある。もしも大衆が今少し性科学に関する知識をもっていたならば、これほど軽々しくそれに釣られ、踊らされることはなかったのではあるまいか。
人間生活と性の問題は切り離せないものである以上は、その科学知識の積極的普及こそはむしろ今日の頽廃や堕落や淫卑を放遂する最高の政策であると私は信じる。
(以下略)
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これ、やっぱ「あの」小林秀雄なんじゃなの?
ちなみにこの事典(タイトルでは「事典」、序文では「辞典」となっている)によると
【性愛技巧[前戯・後戯・探宮]】
性交はその方法の如何によっては女子に恐怖または嫌悪感を興えることがあり、終生女子の精神感情からはなれぬようになり、病症化することがある。また、性感のハーモニーを合わせるためにも、男子は性愛的技巧をほどこしてこれにあたらなければならない。この技巧がないばかりに妻がヒステリーその他の婦人病にかかったり、夫婦生活に和合が得られない例はいくらもある。一体に日本人は男子が独善的で、快美感を増す技術に乏しい。外国では生体の悦楽として性行為を尊重しその悦楽を正しく享受するように努めており、文化的なものは寝室の色彩配光、衛生設備を十分にし、酒その他軽い興奮剤まで用意しているものもある。(以下、色々用語が具体的になるので略)
【腹上死】
交接中における男子の頓死。主として色欲亢進症に起こるものである。原因は動脈硬化、心臓内膜炎等による急激な充血や血管硬張によって、血管の破裂溢血を起し、あるいは末梢血管の破壊またはエンボリーのためにも起る。
【コキユ(佛)】
語義は妻を寝とられた男の意。妻が他の男、すなわち姦夫と関係していることが明白である場合、普通ならば嫉妬、面目等のため追及、離婚等の手段をとるのであるが、自虐的にそれをこらえ、むしろそれを性的満足を感じている変質者もある。そういうのは一種のマゾヒズムである。
【空想的淫虐症(象徴的淫虐症)】
ノーマルな性交状態でなく過激な淫虐的性交場面を想像することによって性欲を起し性的興奮を感じる変態性欲で、実行性はないから手淫過度と神経疲労のため神経衰弱になる。
この他にも、避妊の仕方とバリエーションを懇切丁寧に説明していたり、妊娠と出産についても一章を割いて説明していたり、カーマスートラなども出てくる。驚くべきことに、これが実はポケットサイズ。まさに一家に一冊、いつでも持ち出し可能で、日本の「頽廃や堕落や淫卑を放遂する最高の政策」として手掛けられた、小林秀雄(本人かどうか結局不明)の一大事業なのである。時に「三丁目の夕日」の前夜。まさか、草食系なんて時代がくるなんて思ってもいなかっただろうな。