世の中は身銭を切っていない人で溢れ、そういう人はエルゴード性の有無を見抜けていないことが多い。身銭を切ってきた人だけが、リスクを鋭敏にキャッチし、生き抜くことができる。それはリンディ効果が証明している。身銭を切って長い試練に耐えてきた人だけが、未来も持続可能に生き残れるのである。
風土
和辻哲郎
岩波文庫
台風19号はやはりすさまじかった。わが千葉県、実は風水害に弱いのは歴史的には明らかだったのだが、近年の土木・治水・防災技術の向上によっていささかそのことが忘れられていたように思う。寺田寅彦の名言「災害は忘れた頃にやってくる」はまことにもってその通りと言うしかない。
一方、今回の台風は日本列島到達前から首都圏直撃をもってニュースとされた。しかし台風が過ぎ去って蓋を開けてみれば、氾濫・決壊を起こした河川のほとんどが首都圏の外の川だ。千曲川、阿武隈川、久慈川、那珂川などなど。
東京の治水能力が凄いというよりは、それだけ東京の治水に金をかけているということである。首都圏外郭放水路も環七下調節池も荒川放水路も莫大な予算と時間をかけて整備されたものだ。人と重要機能が集まる首都だからこそ、防災についても他所を優先させてつくりあげるという理屈は頭ではわかっているが、死者行方不明者がみんな都外の人間というのをみるとやはり納得しがたい感情があふれてくる。
これで東京への人口流入が過多だから地方へ分散させろとか、地方創生こそ日本の将来とか唱えるのは白々しすぎる。
本来、日本は「台風と大雪」がやってくる世界でも珍しい風土なのだと看破したのは和辻哲郎だ。地震と火山も日本列島の特徴といえるが、「台風と大雪」は定期的にやってくる。毎年必ずやってくる。したがって日本列島に住む人間は、古来から必然的に「台風と大雪」がありきの生活スタイルになっていく。それは世界観や行動様式にまで影響する。
もちろん台風と大雪だけではない。太平洋の西側隅っこにあり、ユーラシア大陸の最も東側すなわち極東にある島国という地勢的条件が繰り出すさまざまな条件ー温度、湿度、風、雨、日射があり、それらがつくりあげる植生、動物の生態、土壌があり、そこに人間は生活する。自然との対峙・共生の中で人間は折り合いをつけて生きていく。その過程で家族や社会形態の在り方、道徳や倫理、芸術的感性や宗教へのとらえ方が形成されていく。風土の数だけ人間の様式はあるといってよい。
こういう観点からの学問は、現代では理学や人類学の分野がこれに相当する。事例やデータを集めて分類と統合を繰り返しながら系統を観ていく。
これに比べると昭和初期にまとめられた和辻の「風土」は主観的であり(井上光貞氏による巻末解説では「天才的な芸術的直観によるもの」と表現されている)、アカデミズムな手続きによるものではない。その主観も、当時の彼の洋行経験と、当時にあって入手できる情報を基にしての直観によるものだから、今日における世界中の情報が調達できるような状況からみればいささか見当違いの言及もある。トンデモ本と言いたくなるような箇所もある。
風土というものがその地に住む人間に与える世界観や生活様式の決定力の強さは間違いないと思うが、和辻風土論が現在においてどのくらい正鵠を得ているのかは議論があるだろう。一般においては、彼の「風土」は地理学というよりは哲学や思想として受容されている。思想としてここから見られるのは、今で言うなら多様性だ。その多様性は風土に準拠しているものである、つまり風土の数だけ正解がある。
和辻は世界の風土を「モンスーン型風土」「沙漠型風土」「牧場型風土」と3分類してみせた。
「モンスーン型風土」をつくりあげるもとになるのは「高湿」である。夏のむわっとした湿度、冬のじめっとした湿度である。高湿がつくる「モンスーン型風土」にあてはまるのが、東はインド・中国(本書では「シナ」。上海を含む主に揚子江領域から南のほうを想定しているようだ)・南洋、そして日本である。彼によると「モンスーン型風土」に生きる人間は、モノゴトに対して「受容的・忍従的」になるという。
和辻風土論では、モンスーン型は「受容的・忍従的」と指摘したように、他の風土においても、沙漠型は「服従的・戦闘的」、牧場型は「支配的・合理的」と分類される。多様性の思想という観点からみれば、この地球上においてどれが正解かどれが間違いということはないということだ。
また、モンスーン型の人間は、本質的には牧場型の人間にはなれない、とする。我々はどう突っ込まれても欧米にはなれないのである。ただし自己を相対的に見直すことによって、モンスーン型の基礎を自覚した上で、牧場型を応用することはできる。おのれを知り、他者を知ることで多様性は維持できる。そういうことは「風土」ですでに指摘されているのである。
で、和辻哲郎は我が日本をどう評しているか。「台風と大雪」にみまわれるのが日本の特徴であるとして、その結果、西洋と比して日本人は「公共的なるものへの無関心を伴った忍従が発達」したと和辻は言う。(ここに至るまでのロジックはなかなか面白いだが長いので省略する)。
日本では、民衆の間に(公共人としての義務としての)関心が存しない。そうして政治はただ支配欲に動く人の専門の職業に化した。(中略)公共的なるものを「よそのもの」として感じていること、従って経済制度の変革というごとき公共的な問題に衷心よりの関心を持たないこと、関心はただその「家」の内部の生活をより豊富にし得ることにのみかかっている(第三章「モンスーン的風土の特殊形態」ーー日本の珍しさ より)
驚くことにこの指摘が昭和4年である。
話を台風19号に戻す。台風19号の前に、千葉県は台風17号に見舞われた。そして日本列島全体でみれば、近年の台風被害の増加は明らかである。地球温暖化のせいで台風の勢力が高まっているとも言われている。
つまり、台風19号による被災は例外的な災害ではなく、今後も毎年、日本は見舞われるということだ。日本は「台風と大雪」がやってくる風土なのである。外郭放水路や貯水池の整備は金と技術にものを言わせた力技の防災だ(和辻論的にいえば「牧場型」と言えるだろう)。しかし日本が本来的に高湿にみまわれたモンスーン型であるとすれば、しなやかな「受容と忍従」を備えた防災の在り方も一方で考えておかねばと思うのである。
京大変人講座
酒井敏・小木曽哲 他
三笠書房
「京大的アホがなぜ必要か」がたいへん面白かったのでこちらも読んでみた。もっともタイトルの印象からして「最後の秘境 東京藝大」みたいな変人賛歌あるいは変人列伝を想像していたのだが、そうではなくて、京大のいろいろな分野の教授がそれぞれの専門にある「常識にとらわれないものの見方」の話をするのだった。ドーナツの穴を食べる方法の本に近いかもしれない。こういうのは関西のお家芸なんだなとつくづく思う。
興味深かったのは、①サービス経営学からみる「なぜ鮨屋のおやじは怒っているのか」、②法哲学からみる「安心、安全が人類を滅ぼす」、③システム工学からみる「なぜ遠足のおやつは300円以内なのか」。
①は高級鮨屋ほど板前は無愛想でメニューも不親切でしかも高額なのに客はありがたがるというパラドクスを、「サービス」の観点から考察したものだ。「サービス」というのは「価値あるものを受け取った」と思う気持ちである。本書によると、そこにはなんと「人間関係の承認欲求のすれ違い」あるいは「主人と奴隷の弁証法」というものが浮かび上がってくるのだ。なるほど。動物は2匹がぱったりあった瞬間、背格好や態度やその他の情報からどちらが上でどちらが下かという目に見えない戦いが瞬時に行われるというが、人間社会においても同様で、その位相によってサービスの在り方が変わるのである。で、自分より上の立場から承認されることはたいへんな「価値」になる(下の立場から承認されても当たり前だから価値にはならない)。高級鮨屋は客より自分のほうが「上」になる時空間演出を心得ているのである。
高級鮨屋の板前の言動をモニタリングして再現しているのだがこれがまた面白い。
②は「安心」と「安全」は違うという話。この見立てそのものは、福島第一原発事故以来しばしばとりあげられたアジェンダである。肌感覚にもわかる。まず「伝えられる情報だけで『安心』はつくれない」というのがポイントだ。安心は体感を伴う必要がある。もうひとつの問題提起は「安心」はどこまでいっても主観的なものであって実際のところ「安全」を保障されてはいないということ。そして「未来永劫まで絶対的な『安全』」というのはあり得ないこと。
ここから帰結することは「100%安全の保障を得て安心する」というのは不可能解であるということだ。それどころか「『安心』しておけばしておくほど、実は「安全」ではなくなっていく」というパラドクスも出てくる。
ここしばらく悲劇的な自動車事故が相次いでいてやるせない。行政も自動車メーカーも安全をうたい、運転者は安全に自信がある。それでいて事故はおこる。なんかもう道路行政も自動車メーカーも運転者も歩行者もどこまで対策しても「絶対安全」にはならないものだと諦め、「安心して歩ける往来」なんてものは幻想で、極論すれば「車はつっこんでくるものだ」という前提で歩行者は道を歩くということなんじゃないかなと思う。「安心なんてできないのだから自分の安全は自分で守るしかない」という鉄則がこんなところで浮上したりする。
③は制限や制約の中でいろいろ考えさせるのが楽しい、という話。これはなんとなくわかる。制約から創意工夫は生まれるし、自分ならではのカスタマイズ感をどこかにつくりたいのは①の承認欲求なんかにもつながるどこか本能的な欲求かもしれない。便利になることの延長上には「あなたはいなくてもいい」というのが待っているのだから。制約の中での創意工夫というのは、少なくともその瞬間は体が生存の喜びを感じているように思う。パズルやゲームのようなものを子どもはもちろんオトナもついつい熱中してしまうからくりもこのへんにあるのではないか。
いずれも一見するとパラドクスだがじつは・・・という話だ。つまり弁証法である。本書は弁証法の思考サンプルと言うこともできるだろう。
そういう意味では各教授の話を読んだあとに、巻頭の山極局長と越前屋のプロローグに戻るとよい。
東大が「討論・ディベート型・積み上げ方式」であるのに対し、京大は「対話・ダイアローグ型・発見方式」であり、そのココロは東大が事前に情報を収集し知識を蓄えておく必要があることに対して、京大は手持ちがなくて現場に赴き、むしろその場でのアドリブが要求される。事前の情報収集はどうしても本人の中に常識というか基準みたいなものができてしまい、良くも悪くもそれがバイアスになる。予定調和っぽくなるわけだ。白紙からのアドリブだと予定調和がないから、思いがけない発見や境地に行き着くこともあるし、支離滅裂でなんのオチもないまま終わることもある。リスクが少ないのは東大型だが、一発逆転ホームランがあるのは京大型ということなる。どちらが良い悪いではなく、時と場合によって有用性はかわってくるが、本書の本編で出てくる各教授の「常識にとわれない」話は、対話と発見の流れから導き出たんだなと思うと興味深い。
あと、「教員は熟練してくると、官僚的になるか芸人的になるかの2つに分かれる」という森毅の名言にはうなった。教員に限った話ではるまい。芸人的にありたいものである。
京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略
酒井敏
集英社
タイトルは挑戦的だが、ずっと示唆と含蓄に富む内容だった。なんとなくぼんやりと断片的に思っていたことがカシャカシャカシャとつながったかのようである。
我々はついついこの世の中というものーー社会も行政も企業も学校もーー因果関係がはっきりしたもので構築されているという世界観で思い込む。機械システムのように原因と結果によるユニットが組み合わさるかたちでこの世の中ーー社会も行政も企業も学校も、その組織や構成は成り立っているとみなす。近代合理主義イコール「機械システム」という世界観と言えよう。
「機械システム」という言い方は僕の個人的な表現で、もしかしたらべつの言い方があるのかもしれない。本書では機械システム観を「樹形図構造」的な世界観と呼んでいる。政府のガバナンス構造とか会社の組織図はみんな樹形図である。憲法や法律の体系も樹形図である。”マーケティングは4P(Price・Place・Product・Promotion)からできている”なんて要因分解的な見方も樹形図構造の一種だ。
また、樹形図構造は因果関係の繰り返しで系統をつくるという見立てを持つから、歴史観にも使える。よく歴史の教科書の巻頭見開きとかにある歴史上のイベントをいくつかの線状に配置し、離合集散のさまをみせる図解があるが、あれも樹形図構造といってよいだろう。樹形図構造は、スタートからゴールまでの道筋がわかるという特徴がある。(道筋があるはずという前提がある)
したがって、樹形図構造すなわち機械システムは、なんらかのゴール目標とすべき状態というのがある。そのゴール目標状態にむかってすべてのアクターが動く。経済指標だったり、秩序の維持だったり、生産高だったり、業績だったり、無事故だったり、いろいろなKPIだったりする。そのゴール目標状態から逆算し、各々アクターの立ち振る舞いが決定されるわけだ。示達予算も成果評価のクライテリアも目標偏差値も学校の成績表も校則もみんなそうである。原因と結果を方程式のようにつくりあげ、そこに沿うようにアクターを集合させるのである。
で、そんな「機械システム」観が閉塞感を生んでいる。システムに乗れない人は社会から排除されるし、無理やりシステムに乗った人はストレスで心身を病むし、システムのど真ん中でノリノリの人も、ちょっと局面が変わったときに何もかも失ったりする。
つまり、「機械システム」観を前提としてこの社会をとらえ、生きていく限り、疲弊は免れないのだ。
そこでもう一つの世の中の見方が登場する。人間組織や社会構造を「機械システム」のようにとらえるのではなく、エコシステムすなわち「生態系」のようにとらえてみよ、ということである。
「機械システム」は近代合理主義の申し子である。しかるに人類は400万年、生命は40億年の歴史がある。ここには生態系というもうひとつのダイナミズムがあるのだ。社会を、地域を、企業を、学校を、コミュニティを生態系としてとらえ、ではそれぞれのアクターはどうやって生存していくかを考えると、「機械システム」の生存術とはまったく異なる地平が見えてくる。
本書の言及もふまえながら、僕なりに機械システムの世界観と生態系の世界観を比べると以下のようになる。
機械システム観 生態系観
・近代社会論 ・40億年生命論
・因果律 ・カオス
・樹形図 ・複雑系
・ピラミッド組織 ・自己組織化
・予測可能(なつもり)・予測不能が前提
・東京帝国大学・京都帝国大学
・社会学 ・文化人類学
・Scieiety ・World
・対象を要因別に分解 ・対象は何かの一側面
・選択と集中 ・発散と選択
・均質性の要求 ・多様性の担保
・予定調和 ・結果オーライ
・ルールは変わらない ・ルールは変わることがある
・ランダム分布 ・スケールフリー分布
・正規分布 ・べき分布
・漸次変化 ・臨界と相転移
・設計主義 ・ブリコラージュ
・計画表 ・行き当たりばったり
・花壇 ・ビオトープ
・PDCA ・OODA
・官僚型組織 ・ティール組織
・金太郎あめ ・七人の侍
・因果応報 ・運不運
・世界公正仮説 ・世の中は不平等
・負けに不思議なし ・勝ちに不思議あり
・マルクス史観 ・文明の生態史観
・二元論 ・陰陽思想
・専門能力 ・教養
・条件と選別 ・無限抱擁
・役に立つかどうか ・おもろいかどうか
・真面目な勤勉 ・アホな好奇心
ここにまるで違う世界相が出現する。
機械システムの世界観で世の中をとらえて行動する限り、閉塞は免れない。今一度、この世の中を大海原の生態系としてとらえ、このコスモスでどう生存戦略をはかるかという眼差しを持つことは、令和の時代に生き抜くための大いなる知恵である。
野の医者は笑う 心の治療とは何か?
東畑 開人
誠信書房
力作であり怪作でもあり、そしてちょっとした感動作でもある。初版は2015年。マイナー出版社のハードカバーだからそれほど話題にあがらなかったかもしれないが、新書で出せば「バッタを倒しにアフリカへ」くらいにはなったかもしれない。
「野の医者」というのは、ヒーラーとかセラピストとかスピリチュアルカウンセラーとか呼ばれる人たちだ。広い意味では占い師とかまじない師なんかも含まれる。
彼らの仕事は悩める人の心の病を取り除き、心の健康を誘うことである。
こういう「心の治療」の分野では、公式には「臨床心理」というアカデミズムな医学があり、「臨床心理士」という肩書を持つ人々が存在する。臨床心理士は「公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会」が実施する試験にパスしなければならない。実はこの資格さえも民間資格であって「国家」資格ではない。長いこと臨床心理方面は国家資格から遠ざけられていた歴史がある。去年になってようやく新たな国家資格「公認心理師」というものが誕生した。
著者の言う「野の医者」のほとんどは、こういった公的に通用するような資格を持ち得ていない。いくつかの例外はあるものの、多くは在野で勘と経験と試行錯誤でヒーラーやセラピストを名乗っている。つまり、系統だったアカデミズムでの臨床心理を学んでいない自己流の治療者である。
とはいうものの、彼らは100%自己流かというとそういうわけではなく、ある程度成功した「野の医者」のスクールに通ってその人から資格をもらう。流派といってもよいかもしれない。
我が日本では、沖縄にこの類の人が多い。いや、本当は日本全国にいるのだが、人口密度的に、あるいは狭いところに様々なタイプの「野の医者」が混在しているという点で、沖縄は典型である。
なぜ沖縄に多いのか? という疑問も含めて、著者は沖縄の「野の医者」フィールドワークを行う。このルポ(お笑い要素を多分に含む)もなかなか面白いのだが、著者はルポライターでもノンフィクション作家でもない。著者は「臨床心理士」なのである。
つまり、アカデミズムばりばりの臨床心理士が「野の医者」の世界に五体投地で飛び込んでいったのが本書である。
かといって、この本は、決してアカデミズムの観点から「野の医者」のインチキを暴いていくというものでも、彼らと徹底議論して論破していくものでもない。野の医者の世界を見聞し、体験し、あまつさえ治療されることで「心の治療とは何か?」という問いに自問自答していく。つまり、臨床心理士として行ってきた「心の治療」に、野の医者の世界による「心の治療」の在り方を通じてアウフヘーベンしていくのだ。ここは圧巻である。
野の医者にはいくつかポイントがある。
・野の医者本人がつらい人生を送っていて心が傷ついた過去を持っていることが多い
・治療方法そのものはチープである(治療者が身辺でたまたま会得したものの「ブリコラージュ」されたもの)
・ほとんどの野の医者はそれだけでは生計が立てられないで、副業をしながらやっている
・非常にテンションが高い(本書のタイトル通りによく笑う)
・大振りなパフォーマンス、たたみかけるレトリック
・ここが肝心なところだが、実際に治癒する患者がわりといる
この5つはもちろん因果が関連している。詳しくは本書をたどりたい。読めば納得が高い。
著者はこういった「野の医者」の特徴を追い求めながら、一方で自らの立脚点である臨床心理学に疑問を感じる。それは、単に「野の医者」にほだされたからいうことではなく、「野の医者」に欠点があるならば、「臨床心理」にも欠点があることに思い至り、「心の治療」すべての足元が心もとなくなっていく。なぜ臨床心理士は、「野の医者」のように心に傷を負っていない人が多いのか。治療がいちいち長期間で体系的なのか。専門家として生業が成立しているのか。そして、笑わないのか。で、こちらはこちらで実際に治癒する患者がいるのはなぜか。
著者は、多いに彷徨した末に、やがて、「野の医者」の問題と限界がどこにあるかを看破する。そして、筆者が立脚していた「臨床心理」が、矛盾を抱えながらも、アカデミズムとして何を大義としてきたかを知る。
この著者の心のプロセスそのものがユングっぽいような気もするが、最後のエピソードはなかなか感動的である。
ところで僕は本書を読みながら親鸞と浄土真宗を連想していた。僕は特定の宗教にコミットしているわけでもスピリチュアル愛好家でもないからいずれにしても遠巻き感覚なんだけれど、なんか共通点があるなという感想を持った。
親鸞の教えを書き留めたとされる「歎異抄」によれば、親鸞が言うところの教えとは「とにもかくにも南無阿弥陀仏と唱え、阿弥陀様にすがることがお救いになる、誰もかれも念仏を唱えれば浄土に行ける、これが阿弥陀様の本願である」というものだ。
この思想の境地にはいくつかの宗教的革命、あるいは思考の転回があるとされているが、親鸞やその師の法然、あるいは歎異抄を記したとされる唯円は、当時にあってはおそらく「野の医者」だったのだと思う。果たして親鸞が良く笑うテンションの高い人間だったのかどうかはわからないが、まあ苦労人ではあっただろうし、生計が立てられてたとも思えないし、なによりも「念仏さえ唱えればいい」というのは当時にあってチープ以外の何物でもないだろう。さにありながら、これだけ信者の数を増やしたというのは、「治癒」を自覚した患者ならぬ信者がたくさんいたということなのだろう。
重要なポイントは「野の医者」の世界も、「歎異抄」の世界も、「治療者とクライエントの信頼関係」であり、「敷居の低い道具立てやパフォーマンス」であり、「治療者によるレトリックを駆使した救済ストーリー」だ。つまりどこまでも閉じた主観的な世界。でもその閉じた世界の中で悩みは解決される。これこそまさにポストモダンであり、その世界においてクライエントは「治癒」できる。法然も親鸞も当時にあってポストモダンだったんだろうな。
歴史という教養
片山杜秀
河出書房新社
「温故知新主義」という漢字六文字の概念を新書一冊にわたって解説する試み。
著者は言う。我々は生きるにあたって歴史に学んで未来の行方をさぐらなければならない。そのやり方は「温故知新主義」でなければならない。「保守主義」でも「復古主義」でも「ロマン主義」でも「啓蒙主義」でも「反復主義」でも「ユートピア主義」でもない。また、「歴史小説」に学ぶのではなく、「偉人」に学ぶのでもない。
じゃあなんなんだとつっこみたくなるが、ここにならべた主義の欠点をそこまでいうかってほどに叩きのめして捨象しながら、「温故知新主義」なるものの厳格な主題を、荻生徂徠のテーゼを出発点に浮き彫りにしていく。
本書で主張する「温故知新主義」とは、空白の未来に対峙するとき、過去の歴史を「炭鉱のカナリヤ」のようにかざしながら次への一歩を思考する態度である。歴史にあたるカナリヤ(過去におこったすべてのものは「歴史」になりえる)を集められる能力、その未来は空白であることを知るという能力(未来とは原則的に未知なものである)、かざしたカナリヤの反応を読み解く能力、そのカナリヤの反応から次の一歩を思考する能力である。
かくして温故知新主義の正体が明らかになったが、著者の言及はそこで終わりではない。その「温故知新主義」も、実は全ての歴史は興亡を繰り返すという「興亡史観」を母体とするものであり、興亡史観は数ある史観のひとつにすぎないとする。ちなみにすべての史観は5つのタイプに分類できるのだそうで、他の4つは「右肩下がり史観」「右肩上がり史観」「勢い史観」「断絶史観」である。
どの史観をとるのも見立て次第ということだが、とはいえ「興亡史観」以外は実はとても剣呑で野蛮なプログラムが忍び込みやすいことを本書は訴えている。「右肩下がり」はニヒリズムだし、「右肩上がり」はファシズムだし、「勢い」はポピュリズムだし、「断絶」は革命思想となる。なるほどなるほど。ばっさばっさと切っていくのは痛快ですらある。
したがって、興亡史観こそが歴史を教養にするには必要な態度であり、それは「温故知新主義」という形をとるということで、めでたく論は完成する。その過程は、とにかく饒舌というか過剰というかあんたは古舘伊知郎かというくらいまくしたてられ、圧巻なことこの上ない。明治時代の弁士ってこんな感じだったんかな。その「勢い」にあてられて、ついつい読書中にやってくる仕事のメールの返事まで饒舌な文章で返してしまった。同僚は面食らっちゃったかもしれない。
ところでぼくはむかしから「温故知新」というコトバは好きであった。座右の銘といってもよい。もっとも著者のようにこの言葉の深部にどこまでせまっていたかはわからないが、なんとなく本書が語り倒すようなことをぼんやりと思ってはいた。僕の心づもりは”新しい局面にあたるにあたっては歴史にヒントがある”とか”この先なにがおこるかのヒントは過去の似たような歴史にある”くらいのつもりだが、この”ヒント”くらいのあいまいな感じは著者のいうところの「温故知新主義」とそう違わないのではないかと思ったのである。
ぼくが歴史にヒントをすがるのは、新しい局面というものに対していつも小心者であるというに過ぎない。「なんとかなるだろう」という楽観視や「なせばなる」のような気合がどうしても僕にはもてず、臆病風にふかれてしまう。そんなとき、せめて過去に類例がないかを思いめぐらし、その結果から少しは傾向と対策、あるいは覚悟を決めるといったに過ぎない。
ただ、この「傾向と対策」という態度が僕をして、なんとなく結果的にはいまも特に破綻なく健康で安定的な生活を導くに至っているのではないかともちょいと思う。未来に対しての不安は消えないし、相変わらず僕は新しい世界や局面に対して臆病になりがちだけれど、その警戒心が歴史に何かヒントをもとめ、それが今回の場合にあてはまるかあてはまらないかも確信はもてないけれど、何も考えずにつっこむよりはまだ精神的に負担が少ない。結果、現在の僕のステイタスは心身の健康も家庭も仕事もまあまあ悪くはないんじゃないかとは思っているのである。そんなしみったれたことを「温故知新」といっては荻生徂徠に怒られるかもしれないが。