「変化を嫌う人」を動かす 魅力的な提案が受け入れられない4つの理由
ロレン・ノードグレン デイヴィッド・ションタル 訳:河崎千歳
草思社
初版は2023年2月。積ん読していたのだが、来年から仕事において表題のような人を何人も相手にしなければならなそうになり、すがる思いで読むことにした。
なお、原タイトルはThe Human Element -Overcoming the Resistance That Awaits New Iddeasという。「「変化を嫌う人」を動かす」という邦題はかなり巧みな名訳だと思う。
本書は、ものぐさで保守的な人間に新しいことをさせるにはどうすればいいかを説いた本だ。ありそうでなかった本である。リーダーシップの本では部下やスタッフのモチベーションをいかに持ち上げるかとか、マーケティングの本ではいかにモノやサービスを魅力的して顧客に意識させるか、なんてことが解説されているが、本書ではメリットをとことん強調したりいたずらにハッパをかければかけるほど実は逆効果であると断罪する。「モチベーション」より数倍やっかいなのは「抵抗感」であり、これをどう無効化するのかについて解きほぐしている。
あらためて日常を考えればまさしくその通りなのであって、セールスマンがいくら弁舌さわやかに新商品の魅力をたっぷり語ってきたところで、語れば語るほど聞き手はドン引きしていくことはよくあることだ。
本書によると、誰でも人間の習性としてなるべく現状を維持したい」「曖昧模糊な未来に乗り出すのは警戒する」「面倒くさがり」という側面を持っている。年齢が長じるによってそれに拍車がかかることもあるだろうし、特定の分野にそれが生じることだってあるだろう。国がいきなり労働者にリスキリングしろと迫ってそのメリットを強調しようとも、路線変更を強いられることによる抵抗感はバカにできない。
要するにメリットを語って人を動かすというのは、語る対象が「変化する用意ができている」場合に限るということだ。頼みもしないのに勝手に何かを要求したり推薦してきたりする場合ではこの話法ではダメなのである(本書によるとデメリットによって人を脅すやり方(このままだとあなたこうなるよ)も、たいして持続効果がないそうである)。
ではどうするのか。本書によるとその秘訣は意外にシンプルだ。
①その「変化」は、もともと身近にあった何かと同じようなものであることを伝える
②なんとか自分から「宣言」させる
③まず何をすればいいのかの、最初の一歩目のやり方を教える
なるほど。①についてはスティーブ・ジョブズが、iPhoneを世界に初めてお披露目したときに「超小型のタブレット端末」とも「タッチパネルのモバイルPC」とも言わずに「電話(phone)」と説明したことを思い出させる。これによってこの前代未聞の小型端末は一気に市民権を持って迎い入れられる素地を持ったのだ。
②は昔ながらの方法で、禁煙を誓ったタバコのスモーカーが「禁煙」と紙に手書きみんなの見えるところの壁に貼る、なんてサザエさんでもドラえもんでも見かけたことがある。かの効果は案外にバカにできなくて、捕虜の洗脳なんかに使うこともあるそうだ。
ぼくが、そうか確かにとうなずいたのは実は③である。四の五の言わずにまず最初に何をすればいいのかを教えてあげれば、けっこう人は動くのではないか。通販番組がことあるごとにここに電話しろと言ってくるとか、ラーメン屋でこのメニューはこのようにして食べろという説明紙がイラスト入りで貼られているのなんかまさにそれだ。「変化を嫌う人」は、茫漠感の中に放り込まれるのを極端に恐れる。迷子になるくらいならばはじめからここから動かない。なんとなくやったほうがいいんじゃないか、くらいの雰囲気さえつくれればあとはメリットをマシンガントークするよりは、じゃあファーストステップとして今から何をすればいいのかの筋道をお膳立てするほうがよいのである。リスキリングの必要性を説くのは程々にして、まずは顎足付きでもなんでもいいから体験教室に連れ出すことが大事なのだ。
そう考えると、例の山本五十六の名言「「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」というのはかなりの真実を突いていることになる。
というわけで、来年からの僕の仕事の多少のヒントにはなったが、なにをかくそう僕自身がだいぶ「変化を嫌う人」になっている自覚がある。誰か僕に最初の一歩を教えてほしい。