空波とともにⅢ

NC750X(初号機)とPCX(二号機)のカスタムとツーリングの「私的記録庫」です。(「空波とともに」の第三段♪)

長崎離島攻めCT7(04/27 平戸城106)

2019-07-05 04:34:14 | 二百名城巡り
    
平成から令和へと元号をまたぐ西暦2019年のGW

2019/04/26(金)から出かけた長崎離島攻めキャンプツーリングの7デス。(04/27・土)


名護屋城から平戸城まで



90kmほど

長崎のim_maさんとラインしながら西へ



平戸城で合流出来そうということなので

ぶっ飛ばして16時に到着




im_maさんも到着しているとのことですが姿が見えず

ニ号機を停めた小さな駐車場の写真を送ると

そちらに廻りますので先に登城しておいてと

言うことで見える天守を目指して登りますが迷路のごとき作り?









やっとたどり着いた天守閣



模擬ですがコチラはお金を払って方式



共通利用券?となっていた現存構築物の櫓や門は改修中って



そりゃないよ~状態(笑)


登城しますが





あのあたりをウロウロ歩かされました~



どうも裏門から入ったのかな???





駐車場に向かうと登ってきたオジサン(失礼)

やけに白髪の増えたim_maさんでした♪笑



◆90 平戸城  106/200 ☆☆  0950-22-2201

元禄16(1703)年、水軍を擁する松浦鎮信が幕府の築城許可を得て築いた。
山上部の小さな本丸のほか、海岸に面した山麓部には舟入が設けられた。
「廃藩置県」により廃城。
遺構:狸櫓、北虎口門、本丸、二の丸、石垣など
再建:模擬天守(昭和37年)
※スタンプは「天守閣」(長崎県平戸市岩の上町1458、510円、8:30-17:30、無休)


長崎離島攻めCT6(04/27 名護屋城105)

2019-07-04 05:00:54 | 二百名城巡り
    
平成から令和へと元号をまたぐ西暦2019年のGW

2019/04/26(金)から出かけた長崎離島攻めキャンプツーリングの6デス。(04/27・土)


唐津城からR204を北西へ

玄界灘・唐津湾の島々を眺めながらの23㎞




やがて「その」ために作りました?の様な

立派な取り付け道路



14時です



向こうに見えるのが目的地?


城址は沖縄の「ぐすく」を思わせる石垣を眺めて廻る有料エリア?




スタンプのある「名護屋城博物館」はすぐ横ですが

博覧会のパビリオンのような立派な施設


秀吉の朝鮮出兵の拠点となった城



「守る」より「攻める」



城と言うより駐屯する街といった感じ???


朝鮮半島との交易の歴史も



かつては世界の大国・先進国だった中国

その文化の橋渡しをした朝鮮半島

今の両国の日本への態度も

この歴史を考えると分からなくもないですが・・・





◆87 名護屋城  105/200 ☆☆ 0955-82-4905

秀吉の「朝鮮出兵」の拠点として築かれた陣城でありながら、本丸、二の丸を始め、高石垣で構築された曲輪を備える広大な城。
秀吉の死により「文禄・慶長の役」の終了で廃城となり、用材は唐津城等の普請に転用された。
遺構:本丸、二の丸、三の丸、弾正丸、山里丸、陣跡、石垣、水堀
※スタンプは「名護屋城博物館」(佐賀県唐津市鎮西町名護屋1931-3、0円、9-17:00、月休)

長崎離島攻めCT5(04/27 唐津城104)

2019-07-03 05:10:49 | 二百名城巡り

平成から令和へと元号をまたぐ西暦2019年のGW

2019/04/26(金)から出かけた長崎離島攻めキャンプツーリングの5デス。(04/27・土)


福岡城からR202で西へ



海沿いの但馬に似た景色を眺めつつ50㎞ほどで唐津城



ココにも自動車専用道路


毎度の「笑顔作戦」で駐車場の歩道へご案内いただき



焼き物パネルが貼付された地下道をくぐると

神社の参道よろしく露天が幾つか

唐津と言えば「呼子のイカ」



以前エディさんにご馳走になった透明のじゃ無くて

焼いてしまってはイカかタコかも関係無いかも・・・汗

神社の参道の様な階段を上がると



見事な藤が満開♪



もうそんな季節なんだ♪

天守閣とコラボ



さらにサツキも



ふと見るとコスプレお姉さんも♪




コチラは模擬天守



スタンプは入館せずに押印できましたので

外観だけ拝借して



次へ急ぎます







◆185 唐津城  104/200 ☆☆ 0955-72-5697

「関ヶ原」の戦功で加増された寺沢広高が築城
江戸期は譜代大名5家18代が入城し幕末小笠原氏の代で廃城。
遺構:本丸、石垣など
模擬天守
※スタンプは「天守閣」(佐賀県唐津市東城内8-1、500円、9-16:30、火休)


長崎離島攻めCT4(04/27 福岡城103)

2019-07-02 04:34:00 | 二百名城巡り
 
平成から令和へと元号をまたぐ西暦2019年のGW

2019/04/26(金)から出かけた長崎離島攻めキャンプツーリングの4デス。(04/27・土)


小倉城からR3を西へ70㎞で福岡城

政令指定都市の人口

下降傾向の神戸市を抜いた伸び盛りの福岡市


賑やかデス



街の真ん中に



舞鶴公園内に陸上競技場と城址



国体道路と

このあたりも神戸に似てる?


陸上競技場の駐輪場に停めると

大層な賑わい

駐車場のお兄さんに尋ねるとメーデー行事をやっている様で


言わずと知れた黒田官兵衛の築いた城

城内配置図を見ると



デカイ城内に石垣と



幾つかの櫓




城内を廻っていると相当時間を取られそうなので

手近にあった祈念櫓だけ眺めて

スタンプ配置場所の「福岡城むかし探訪館」をスマホの地図で確認すると

駐輪場の反対側

競技場のサブグラウンドあたりの様なので引っ返して



スタンプゲット♪


展示施設の中は

城の町割りとか



バーチャル天守とか



現地へ足を運ぶ必然性が無くなっているカモ???


でも

石垣のあるテニスコートと言うのは珍しい???





今回の計画検討段階で名城の位置をプロットしていくと

福岡城から南へ

「86大野城」

「182水城」

「184基肄城」

「183久留米城」

「88吉野ヶ里」

「89佐賀城」まで200㎞足らずに名城の集積が


これを廻って唐津城へ北上することも考えましたが

距離はともかく滞在時間を考えると

最後の西の端「平戸城」の閉館時間までにたどり着けないかも・・・


福岡から佐賀は今後熊本方面を攻める時のルート上でもあるので

今回は西端に孤立した平戸城を最優先することにして

地元長崎のim_maさんと連絡を取りつつ西へ向かいました



◆85 福岡城  103/200 ☆☆ 092-732-4801

「関ヶ原」の戦功により筑前に入国した黒田孝髙(官兵衛)・長政親子が築いた。
土塁造の三の丸を囲む水堀は幅50m、二の丸は高石垣の総石垣造で天守が造られたか否かは不明。
1607(慶長12)年に造営され、1853年に再建された南丸多聞櫓が現存
遺構:南丸多聞櫓、伝塩見櫓、祈念櫓、下之橋御門、本丸、二の丸、天主台、石垣など
※スタンプは
①「福岡城むかし探訪館」(福岡市中央区城内1-4、092-732-4801、0円、無休、9~17)
②「三の丸スクエア」(--、円、休)
③「鴻臚館跡展示館」(--、円、休)



長崎離島攻めCT3(04/27 小倉城102)

2019-07-01 04:43:35 | 二百名城巡り
 
平成から令和へと元号をまたぐ西暦2019年のGW

2019/04/26(金)から出かけた長崎離島攻めキャンプツーリングの3デス。(04/27・土)


ココから九州の城デビュー♪

地図で見ると町の中に公園的に保存された小倉城

ナビ・イエラくんがココですと言ったのは八坂神社の正面???




街中の平城は歩かなくて良いものの荷物のバイクを置くところ探しに手間が

堀をぐる~っと廻ると駐車場

何故かバイクは置けないのが通例

こんな時は笑顔で料金所のオジサンに尋ねるのが常道?

案の定、その歩道のトコロに寄せて停めてイイよ~

料金要らないから(笑)と



お礼を言ってなにやら立派な建物



「松本清張記念館」と

まだ8時前なので開いてませんが

清張って広島の人じゃ無かったけ?

※コレは帰還後調べてみると
実際の出生地は広島市で出生届を出したのが本籍の小倉市だったとのこと。
清張の親が何故こんなことをしたのか・・・
得意のミステリー?

城跡は「勝山公園」として綺麗に整備されていて



石垣を登るとこれまた例に漏れず



「陸軍本部」が置かれていた様です




宮本武蔵と佐々木小次郎の像が・・・



巌流島(山口県)じゃなかったの?

武蔵が最も長く留まったのが小倉とか


事前学習では8時45分開城となってましたが

9時に・・・




1時間あるので周囲を散策

私財を投じて作られた灯台の



記念塔




櫓を模した?売店




八坂さんには



今風のユニバーサルトイレが

入ってみると時空を超えたコラボ?




一番乗りで入城した館内?城内は

武蔵関連の展示や





体験イベント

流鏑馬に



武蔵との決闘と




楽しませていただきました♪






◆181 小倉城  102/200 ☆☆ 093-561-1210

1602(慶長7)年、細川忠興が築城
熊本へ転封後は江戸末期まで小笠原氏の居城に
幕末「第二次長州戦争」で焼失
遺構:本丸、二の丸、石垣、堀など
復興天守
※スタンプは「天守受付」(福岡県北九州市小倉北区城内2-1、350円、9:00-21:00、無休)


長崎離島攻めCT1(04/26 大内氏館101) 

2019-06-29 03:26:57 | 二百名城巡り

平成から令和へと元号をまたぐ西暦2019年のGW

前代未聞の10連休に

船便ダイヤの関係から一日前にプラスして

2019/04/26(金)から出かけた長崎離島攻めキャンプツーリングの1デス。(04/26・金)


この日の目的は今年初めてとなる200名城の101番目

本州関西以西で唯一残った山口・下関の「大内氏館」

スタンプは自宅から400㎞あまりの歴史民俗資料館は17時まで


GW直前の平日

道路状況は不明

と言うことで4時にスタート (OD=6008㎞)

先ず何時もの7-11併設店で給油



エネオスもお誕生月割引がある様で137-2円/L

自動車専用道は走れないニ号機PCX

前回は姫路でローストルートしましたので

素直にR2を西へ

姫路市街で一方通行



大路から姫路城をパチリ



市街を抜けてホット一服




この日の出で立ちメッシュTにコットン長袖シャツ



この週頭の夏日の状況ならコレでとの魂胆

朝夕は寒いので上に薄いフリースとさらにライトダウン

雨の予報もあるのでシート下にレインウエア上下

これで防風すればとの魂胆


R2を西へ向かうほどに空は明るくなってきましたが

黒い雲?と思う間もなく相生を超えたトコロで大粒の雨

聞いてないけどこりゃタマランとばかりに路肩に停めて

レインウエアの上下を着込んで

3日目と4日目の雨は覚悟してましたが

晴れ曇り予報の初日から

コレは先が思いやられる


丁度100㎞の岡山・長船ドライブインで雨宿りしつつ



スマホの雨雲レーダーを確認すると小さな緑色の雨雲

どうもこのあたりだけと一服して

シューズカバーまでは要らないかと

朝食のミニクリームパンを2つ

口に放り込んでひたすらR2


岡山・倉敷は毎度の渋滞ですが



雨も上がって青空も



「晴れの国・岡山」と売り出しているだけのことは(笑)



何時もの笠岡カーブ(笑)



広島・尾道で市街地の旧R2へ迂回させられます




「しまなみ海道」の起点



尾道城???



ひたすらR2



三原でチョット浮氣



いい雲が♪



まだまだR2



300kmオーバーに達するも



寒さのせいか燃費はかろうじての50km/L





何時もうんざりする渋滞エリア広島・宮島あたりも



難なく



弥栄ダムの表示にもわき目もふらず



山口県入♪



昼過ぎに



ちょっといい感じの



西岩国駅



丁度ランチ時なので持参したおにぎりで♪



駅舎散策





展示されていたのは



おっ♪「山賊」




天候は想定外でしたが大きな混雑に阻まれることもなく下関




15時にこの日の目的地「歴史民俗資料館」

コチラ有料ですが名城スタンプだけでもOK




ついでに「大内氏館・龍福寺」へ



掘跡と言われてもねぇ~



大内さん








駐車場内で何かもめ事?

ふつーの寺を散策して帰ってくるとパンダ



駐車場内での接触事故の様です


これでこの日の目的を早々に達成したので

ノンビリとR2を60㎞ほど西へ

またまた自動車専用道路ですが



側道OK♪




この日の宿は山口・糸山地区キャンプ場に決めてました

自宅から500㎞ほど

24時間営業のドライブインと風呂が近接

広いフリーサイトは無料で施設内の配置も熟知

何よりバイクでのキャンプで始めて泊まった地♪

予定外に早いペースで進めたので

チョット寄り道東厚川ダム



当然カードも



個性的な堤体




17時前に利用手続きをしてオジサンと世間話(笑)

前回と同じトコロにテント設営5分



貸切ですwww


予定では最終日の前日は21時に博多について

そこから100㎞走って様子の分かったココに泊まる可能性が高い

雨の場合の設営場所も確認して

何せ真っ暗な状況でしょうしと・・・笑




先ず夕食とドライブイン「みちしお」へ2㎞ほど

煌々と看板は点灯されているものの何か様子が



「定休日」(汗)



確か前回も大混雑で振られたと

向かいのお店で



ゴボ天うどん




風呂はやってましたので1日の疲れを癒やして



キャンプ場向かえの7-11でツマミとビール

二号機を屋根のあるところ?に停めて



テントサイトで夕暮れを楽しみながら1日目の終了




OD=6,521-6,009㎞(この日の走行512㎞)




◆174 大内氏館・高嶺城 101/200 ☆ 083-924-7001

山口県山口市大殿大路119(龍福寺(083-922-1009、200円))

※スタンプは歴史民俗資料館(月休、9~17、100円)


★糸根地区キャンプ場
ドライブインみちしお (0836-76-0050)


12/01 アワイチツー5(洲本城100)

2019-05-31 04:33:39 | 二百名城巡り

2018/12/01(土曜日)に出かけた「アワイチツーリング」の5です


洲本の外れ

県道76の北の端にある「洲本城」

ということで何度か登城してますが

「名城巡り」を始めてからは

山頂の駐車スペースに停めて



あれ~こんなに立派な石垣だったんだ~♪



あちらコチラの山城を訪れてきた眼にも

結構大きな構え




石垣から生えた樹とか



積み方の違いとか



見方がチト変わったかも(笑)


幸いまだ紅葉



天守とセットで♪




再建天守は「西遊記」や「竜宮城」を思わせる形



どうしてこんな形に???



下駄ばきの様な基礎



当然RC造ですが



「再建」としては国内最古とか



知りませんでした~


天守には上がれませんが天守台からの眺め



海も一望できてナカナカ♪



スタンプは山を下りた「市立資料館」



スタンプだけなら無料対応www



敷地の入口に「洲本城址」の碑が建っていたのは

そういうことなのか~
と帰還後にデータを当たっていて納得



◆164 洲本城  100/200 ☆

洲本の市街地の南にそびえる三熊山(標高133m)の山頂に、三好氏の重臣・安宅治興が築いた。
秀吉の淡路討伐後、仙石秀久に与えられた。
その後、脇坂安治が城主の時に天守を築いたが、移封先の大洲城へ移築されたとされる。
安治が築いた「登り石垣」は、松山城、彦根城の3箇所にしか残っていない貴重なモノ。
現模擬天守は江戸期のモノを再現したモノでは無いが「日本最古の鉄筋コンクリート製模擬天守」として知られる。
山麓には「大阪夏の陣」の後、徳島藩主・蜂須賀氏の筆頭家老・稲田氏が築いた平城があり、跡地に「淡路文化会館」が建てられている。
遺構:石塁
※スタンプは「淡路文化会館」(0992-24-3331、400円、月休、9~17)
※滞在時間:11:00~11:30


11/17-18愛媛CT16(湯築城99)

2019-05-10 04:27:18 | 二百名城巡り

2018/11/17(土)-18(日)にかけて出かけた

「愛媛キャンプツーリング(CT)」の16です(11/18)


「松山城」から「湯築城」へは数㎞

ふと見ると「おおっ♪」



先行して路肩に停めて「ハイ♪」



こんなフットワークの軽さも原二ならでは♪

しかしコレ

被り物ではなくてホントの動力伝達機構で動いてました♪


「湯築城」は「道後公園」



正面玄関は交通量が多いので

堀端の路地にニ号機を停めて



「資料館」は入口入ってすぐ右手



スタンプをいただき今回のミッション完了♪




丁度11時

350㎞の帰路




◆80 湯築城  99/200 ☆

源平合戦で源氏方についた河野通信が鎌倉幕府の御家人として本拠を移した際に築いた。
戦国期に福島正則が城主となったが、国分山城に居城を移し廃城
遺構:土塁、水堀
※スタンプは「湯築城資料館」(松山市道後公園、089-941-1480、0円、月休)



11/17-18愛媛CT13(松山城98)

2019-05-02 05:20:51 | 二百名城巡り

2018/11/17(土)-18(日)にかけて出かけた

「愛媛キャンプツーリング(CT)」の13です(11/18)


郡部にズドーンと通ったバイパス

自動車で広域に移動するには便利なのでしょうが

従来の国道が県道表示に格下げされ

案内表示も利用者目線を欠いた場所が

一つでもあると路頭に迷う原二(汗)


日本海側を東西に走るR9と並んで

四国の西部を南北に貫くこのR56も鬼門です


濃霧、迷子と朝から楽しんで8時過ぎに松山市の中心へ

目的地「松山城」に到着しましたと言われたトコロは

以前妻と泊まったホテルの前

あれれれ

ココって松山城だったの
とホテルの裏にそびえる山


山上の城へはロープウエイとのことですが

何処にバイクを?と乗り場前で停まっていると



丁度係員さんが♪

ここが自転車置き場で停めてもいいけど一杯だから傷付けられるかも

中を確認すると駅前駐輪場の様な状態

入口脇にスペースがあるのでソコに停めて




城は9時からですがロープウエイ乗り場は既に沢山の客が

山上駅から歩くようなので早めに上がるか~

往復チケットと

「現存天守」なので登城料を



女性スタッフは「はいんらさんルック」♪

可愛く思えるのはオヤジの証???


乗り場へ上がると定時運行のロープウエイと併走するリフト

どちらでもお好きな方にとのことでしたので



「好き」では無いですが待ち時間の無いリフト

途中でロープーウエイに追い抜かれますので

リフトの方が遅いようですね(笑)


山上駅からしばらく歩くと天主台



ここも中華圏の団体さんで一杯ですが

何かいました♪



開けた向こうに見える天守閣は彦根城を思い出させる配置

板貼りですがナカナカ絵になる天守




立派な門は閉ざされてますが



開門10分前にオジサン登場♪



開門の作法を講釈(笑)

城門でよく目にするアノ丸い金具

女性の胸をかたどったもので「子孫繁栄」を願ったモノ

しっかり触って押してくださいと(笑)

定刻に太鼓とかけ声に合わせて皆で扉を押し開けて入城

ナカナカ凝った演出です


入城www



几帳面さを感じさせる建物配置?



現存ですが、現代的な雰囲気を感じるのは



整形された角材を使ってるからでしょうか???

刀の現物の重さや狭間からの視野を実体験



オモシロい設計図



階層毎の間取りが描かれてますwww


攻めてきた敵をどんな構えで迎えるかなんて



想像が膨らみますwww


天守からの眺め




単に古いものを雑然と並べるのではなく

こういう展示なら価値あるな~♪




満足して下山しますwww






◆81 松山城  98/200 ☆☆☆ 現存天守

松山市の中心部・勝山(標高132m)に加藤嘉明が築いた
日本で唯一現存している望楼型二重櫓「野原櫓」、二の丸から本丸にかけて築かれた韓国の倭城の防備手法「登り石垣」は、「現存12天守」のうち松山城と彦根城でしか確認されていない。
遺構:天守、櫓、門、石垣、堀など
※スタンプは「天守入口」(089-921-4873、510円+ロープウエイ510円、第三水休)



11/17-18愛媛CT10(河後森城97)

2019-04-29 04:37:07 | 二百名城巡り

2018/11/17(土)-18(日)にかけて出かけた

「愛媛キャンプツーリング(CT)」の10です(11/17)


宇和島の街中に天守を構える「宇和島城」

そのほぼ真東へ20㎞ほどの「河後森城」

ヤフーの地図にも載ってない城址?


一応城址跡の配置図をプリントアウトしてきましたが(注)

(注)何故かこの地図・・・下が北デスwww

スタンプはどうも山頂の東屋にある感じ

見つけるのに時間がかかるかも?


どちらにしても宇和島まで戻ることになるので

明るいウチに河後森城を攻めるべきか

迷いましたが

幸い道路の案内表示もアリどん詰まりに駐車スペース


鬱蒼とした森の中



クマ・・・少なくとも鹿は出そう



スタンプは第十曲輪と地図を見ると

近いと思ったらぐる~っと回らないとイケナイと



黙々と登って



無事ゲット

ちゃんとも(笑)



紙製ですけどネ♪


既に薄暗くなって

今夜の宿はどうするかなぁ~

当初予定していた下灘駅近くの「潮風ふれあい公園」まで100㎞

事前に確認した情報としては区画されたテントサイトは8区画

駐車場からテントサイトは階段なのでバイクの乗り付けは出来ず

周辺に風呂・食べるトコロは無い


初めてのキャンプ場

真っ暗な状態ではサイトの様子が分からない

区画が一杯だとそこからさまようことに

なにより暖かい風呂に浸かりたい


と言うことで以前アカで泊まった「須の川公園」

風呂・食堂も隣接しているフリーサイト

距離は54㎞

翌日の走行距離は予定よりも延びますが

さらに南へ向かいます


先に「宇和島城」を回っておいて正解だったなぁ~

言うことで急ぎます




◆179 河後森城(かごのもりじょう)  97/200 ☆

渡辺代々の居城
天正11(1583)年の「四国の役」の後、当地を治めた藤堂高虎は天守を板島城に移築し月見櫓とした。
伊達秀宗が宇和島藩を創立した際、付家老の桑折氏が入城したが、1614年「一国一城令」で廃城。
遺構:土塁、堀切、門(現・永昌寺山門)
※スタンプは「西第十曲輪・馬屋」(松野町役場0895-42-1111の南、0円、無休)
※滞在時間:16:00~16:20


位置図

11/17-18愛媛CT9(宇和島城96)

2019-04-28 04:55:23 | 二百名城巡り

2018/11/17(土)-18(日)にかけて出かけた

「愛媛キャンプツーリング(CT)」の9です(11/17)


大洲からR56を南へ宇和島まで50㎞

大洲で149円だったレギュラー価格

宇和島に入ると「本日特売158円」と

特に高く売ってやる・・・という意味じゃないよねぇ~


宇和島の町の真ん中

こんもりとした城山(標高80m)の上に建つ「宇和島城」

漁港の街・宇和島のイメージがあるので

もっと平面で海を取り込んだイメージでしたが・・・


正面玄関が分からず周りをぐるっと

やっとたどり着いてもバイクを停めるところは

自転車置き場の奥・トイレ前のチョット道幅のあるところへ


門の手前で一服しながら

天気を確認すると

翌日の四国の傘マークは消えてました


既に15時前

どうするかなぁ~

ふと見ると

杖?



天守まで750m、15分と



標高80mくらいの山で?

今回はパスしましたが



借りてくればヨカッタかな?



スマホで撮影しながら



たどり着いた山頂に



こじんまりとした天守



「現存」ですので登城します



ヤハリすぐ横に海



だったようですね







◆83 宇和島城  96/200 ☆☆☆ 現存天守

中世に築かれた板島丸串城の跡地に1596年に入城した藤堂高虎が、自身初の居城として大改修を行った。
1614年に伊達政宗の長子・秀宗が入り、地名が板島から宇和島に。
その後、伊達氏9代の治世が続き明治に至る。
天守などの建築は伊達氏、縄張りは藤堂高虎による。
五角形平面の縄張り「空角の経始(あきかくのなわ)」は、四角形平面の城と錯覚させる高虎の設計。
※スタンプは「天守閣内」(0895-22-2832、200円、無休)
※滞在時間:14:50~15:30




11/17-18愛媛CT8(大洲城95)

2019-04-27 04:52:34 | 二百名城巡り

2018/11/17(土)-18(日)にかけて出かけた

「愛媛キャンプツーリング(CT)」の8です(11/17)


「下灘駅」から「大洲城」まで30㎞少々

メインのサイバーショットにソニータイマー発症

手ぶれ防止用機能が誤作動して撮影画像が逆にぶれる

大洲まで

だましだまし使ってみましたが

こりゃダメだわ


「大洲城」に13時40分到着

サブで携行していたルミックスに持ち替えると

ファイダー内のバッテリー表示が一本

あらららぁ~

電池交換しておくかとケースを取り出すと空っぽ(汗)

これはセーブしながら撮影しないと


メインはスマホのカメラ・・・汗



一気にモチベーションが下がりました~涙


コチラは木造再建.天守とのことなので

城の敷地内バリケードの手前まで乗り入れて登城

しかし・・・画像ナシ


町の駅「あさもや」まで800mとのことなので

立ち寄ってついでのマンホールカード



◆82 大洲城  95/200 ☆☆

鎌倉時代末期、伊予守護の宇都宮豊房が築き、戦国末期までの200余年にわたり居城とした。
秀吉の四国平定後、加藤氏が明治まで続くが、天守は老朽化により明治21年に解体。
平成16年、古写真等に基づき伝統工法により木造で復元された初の四重天守
※スタンプは「大洲城台所櫓入口」(0893-24-1146、500円、無休)

11/17-18愛媛CT6(今治城94)

2019-04-11 04:55:45 | 二百名城巡り

2018/11/17(土)-18(日)にかけて出かけた

「愛媛キャンプツーリング(CT)」の6です(11/17)


「大島」の「村上水軍博物館」で「能島城」のスタンプをいただき

イエラくんに「大洲城」をセットして

島の南・道の駅「よしうみいきいき館」

ここのところ何時も閉まっている「じゃこ天屋」さん

お腹に放り込んでおくか~

でもこの日もお休み?



店を閉めてしまったのかなぁ~


そのまま「来島海峡大橋」を渡って四国・今治へ




「しまなみ海道」の終点「糸山」からR317で

今治市役所前から松山へですが

「今治城」の案内表示

コチラは無休でいつでも寄れるので

南へ進む時間確保を優先するか迷いましたが

勝手知ったる平城なので



立ち寄って



スタンプだけ



いただき11時丁度




「名城」の大半は



城の形をした美術館+展望タワー???



それでも大きいだけに運動は強いられますwww



海とつながったコチラの堀にはマンタが住んでるとか♪

最近は聞きませんが・・・


松山へ向かいます




◆79 今治城  94/200 ☆☆
   
1608(慶長7)年、藤堂高虎が海砂をかき集めて築城
直線的な城壁で囲まれた三重の曲輪、海水を引き入れた水堀、高石垣等が特徴
本丸には、従来の「望楼型天守」ではなく、各階がほぼ均等に逓減する日本初の「層塔型」五重天守があったが、完成後、高虎が伊勢・伊賀へ移封されたため、解体されたが、1610年の丹波亀山城の「天下普請」の際、家康に献上された。
明治の「廃城令」前の明治2年に廃城された。
築城当時の明確な資料がないため、昭和55年再建のRC造5層6階の天守は亀山城を参考にされた。
遺構:石垣、堀
※スタンプは「今治城管理事務所」(0898-31-9233、500円、無休、9~17時)


11/17-18愛媛CT5(能島城93)

2019-04-10 05:21:53 | 二百名城巡り

2018/11/17(土)-18(日)にかけて出かけた

「愛媛キャンプツーリング(CT)」の5です(11/17)


「伯方島」から「大島」へ渡って島の東側の海沿いを南へ



左手に見える大小の島が「能島城」?



やはりそうですね♪



自転車道は右折ですがそのまま直進して



1kmほどで「村上水軍博物館」(10:00)



入館しますwww



が・・・

サイバーショットが不審な挙動なので



ルミックスに持ち替えて



ヤハリあの二つが「能島城」





こんな位置関係



「伯方・大島大橋」の主塔が立ってるのが「見近島」


昔の海賊の戦いはコレで船から落としたり



度々小説に登場する「ほうろく玉」



花火ですね♪




◆178 能島城(のしまじょう)  93/200 ☆☆

「能島」は「しまなみ海道」の中央、伯方島と大島との間の宮窪瀬戸、見近島の南に位置する無人島で、中世に村上水軍の一派・能島氏が水軍城を築いた。
能島城には、本丸、二の丸等があり、中世の水軍城としても大規模なものであった。
秀吉の「海賊禁止令」により水軍の歴史は終わり、廃城となり、江戸時代以降は無人島となったため、その城塞遺構はよく保存されている。
島へは定期船がないため「村上水軍博物館」前から観光船で島の周囲を巡ることが出来るほか、カレイ山展望公園から能島城跡が展望出来る。
※スタンプは「村上水軍博物館」(0897-74-1065、300円、月休)


10/28~30 東海道CT34(大垣城92)

2019-03-09 04:27:15 | 二百名城巡り

2018/10/28(日)から30(火)にかけて初号機NC750Xで出かけた

「東海道・城攻めキャンプツーリング」の34です(10/30)


「墨俣一夜城」から大団円の「大垣城」までは7.2㎞



三日間で幾つ廻ったのか

本人も分からなくなってますwww




大垣市の中心で

ナビの地図上では到着しましたと

何処よ?

と初号機を停めた公園

遊具エリアと鬱蒼とした木々を

徒歩で抜けると天守閣♪



町の中の公園として溶け込んだ大垣城デス




三成の旗印に迎えられて



またまた階段

最上階まで上がって達成感と風を満喫



◆144 大垣城 92/200  ☆☆

16世紀に美濃・尾張の国境に土岐氏の家臣が築いた牛屋城が前身
1559年、斉藤氏家臣の氏家卜全が入城し大規模改修。
関ヶ原では西軍の陣が置かれたが落城
遺構:石垣、曲輪、再建造物:天守閣、櫓、門
※スタンプは天守内(0584-74-7875、100円、無休)
※滞在時間:15:15~15:30