5日も穏やかな日が続いている正月です。
不気味な位良い天気です。
しかし、そのような日でも、哀しい訃報が続きます。
拙寺の世話役さん、地元の名士も今朝往生されました。
昨日紹介した、一休禅師の原文はこうです。
「門松は冥土の旅の一里塚
めでたくもあり めでたくもなし」
西洋風に言えば、「メメントモリ」(死を想え)
<元旦も一年のうちの一日に過ぎぬ>です。
禅僧は二日書初めの日に、遺言の偈を書くのが常です。
毎年、その歳にあわせて、己の境涯を認めるのです。
(最近は横着して、年齢のみを替えるだけですが~)
ゆっくりと墨をすり、いつお迎えがきても良いように。
(還暦を過ぎると、本当にそんな気持ちになります)
拙僧の偈は、まだ公表は出来ません。
(弟子が直すかも知れません~)
いずれにしましても、「いま この時」を
「限りなく十全に生きよ」
それが『而今』という意味です。
古い歌にこうあります。
「世の中に今という時はなかりけり
まという時 いの時は去る」
大正生まれの気骨のあった世話役様に合掌を捧げます。黙礼
(ばっだばら菩薩様です)
不気味な位良い天気です。
しかし、そのような日でも、哀しい訃報が続きます。
拙寺の世話役さん、地元の名士も今朝往生されました。
昨日紹介した、一休禅師の原文はこうです。
「門松は冥土の旅の一里塚
めでたくもあり めでたくもなし」
西洋風に言えば、「メメントモリ」(死を想え)
<元旦も一年のうちの一日に過ぎぬ>です。
禅僧は二日書初めの日に、遺言の偈を書くのが常です。
毎年、その歳にあわせて、己の境涯を認めるのです。
(最近は横着して、年齢のみを替えるだけですが~)
ゆっくりと墨をすり、いつお迎えがきても良いように。
(還暦を過ぎると、本当にそんな気持ちになります)
拙僧の偈は、まだ公表は出来ません。
(弟子が直すかも知れません~)
いずれにしましても、「いま この時」を
「限りなく十全に生きよ」
それが『而今』という意味です。
古い歌にこうあります。
「世の中に今という時はなかりけり
まという時 いの時は去る」
大正生まれの気骨のあった世話役様に合掌を捧げます。黙礼
(ばっだばら菩薩様です)