古刺繡(地芝居・太鼓台・草相撲)の連鎖について
~〝工房・松里庵〟古刺繍作品の展開 (途中報告) ~
1.はじめに
中・西讃から東予・西阿のエリアにかけては、大型の太鼓台「ちょうさ」が数多い。太鼓台は蒲団型に分類されるもので、現在では高さ4m・舁棒10m・重量2.5tをそれぞれ超え、豪華な刺繍が大きな特徴となっている。このエリアは全国的に眺めても巨大太鼓台の密集地帯となっており、中でも中・西讃から東予にかけては、最新の居住人口約617千人(香川県は2023.6.1現在、愛媛県は5月末現在)に対し、大人用太鼓台は約428台(貝塚市・岩根淳氏のHP「山車・だんじり悉皆調査」を参照させていただいた)となっており、1台当り平均の関係人口は500人を切る驚くべき自治体もあり、単純平均では約1,441人となっている。この数値は老若男女全ての人々が関係し、西条市の「だんじり」や「みこし」、その他太鼓台同様大勢の合力が必要な各種「だんじり」等(173台.参考「山車・だんじり悉皆調査」)を含めると約1,022人となり、更に関係する人々の密度が増す。
このエリアに遺されている文献や私自身の各地実見では、太鼓台は江戸後期の寛政元年(1789)に初めて記録に表れ、百年ほど後の明治初期までは規模としてはかなり小型であった。そして造り替える度に、大きく豪華に変化発展している。またエリアの広範囲では、太鼓台や装備している高価な装飾品なども中古の状態で普段に売買され、更に水引幕や掛蒲団などの高額装飾品も、祭礼日の異なる親しい地区間で、毎年のようにレンタルし合っていたことが記録に遺されている。このような事情から、このエリアでは太鼓台の独自性はあまり見られず、大きさやカタチの似通ったものが多い現状となっている。
このエリアの最大特徴である装飾刺繍の大型化や発展について考えると、男女を問わず大勢の無名の職人たちが関わっていたことが偲ばれる。その中には、金毘羅さんのお膝元に工房を構えていた松里庵・髙木家があり、後に観音寺へ工房を移した髙木定七縫師は、明治全期を代表する著名な縫師であった。エリア内外での太鼓台古刺繍の分布実態からは、明治後期頃まで、ほとんど工房・松里庵の寡占状態であったことが判明している。その頃までに刺繡され、百年余を経て今日にまで大切に遺し伝えられてきた古刺繍を実見すると、工房・松里庵が制作に関わったものが殆どではないかというほど、数多く目に留まる現状となっている。
太鼓台刺繍だけでなく、高松市香川町や小豆島の農村歌舞伎で使用されている歌舞伎衣裳や、遠くは西予市野村町の乙亥相撲に使われていた化粧回しなどでも、工房・松里庵の刺繍技法に酷似する古刺繡の存在が確認されている。これまでの通説として、各地の地芝居衣裳の入手地は、伊勢参宮記念の奉納寄付等が多いことから、帰路に大阪などでの購入がほとんどであったと伝えられてきた。ところがそうとは限らず、その内の最も豪華な刺繡衣裳の中には、近場の工房・松里庵製と見られるものが多々ある。このことは、これまでの「芝居衣裳は四国島外の制作・購入」の通説を、部分的かも知れないが「地元制作・購入」へと覆す、重要な一石を投じることとなる。
東予から中・西讃地方の太鼓台誕生ブームに拍車がかかった明治前期から昭和初期は、それまで庶民文化の華であった各地の地芝居が、急速に下火になっていく時代でもあり、地芝居衰退に取って替わったのが、人々を熱狂させた太鼓台であった。工房・松里庵では、一早くこの時代の趨勢を察知し、新調ラッシュの工房拠点を、ブーム真っ只中の東予に近く、交通の便の良い観音寺へ移した。それは、松里庵の観音寺での初代・髙木定七縫師の時代(明治中・後期)であった。明治の一時期(明治9年1876~同21年1888)、現在の香川県が当時の愛媛県に併合されていたことも、太鼓台伝播や流布に深く影響していたものと思われる。
このエリアの古刺繡は、制作年や購入先等が特定できないものが多い。ただ一部の古刺繍では、制作者・購入年・奉納年等の判明しているものもあり、太鼓台と衣裳双方の古刺繍の技術的な酷似点を地道に究めることにより、制作時期等が客観的に推測できることもある。このように、このエリアにて寡占的に豪華刺繍を生み出していた松里庵・髙木工房の、太鼓台刺繍以前に軸足を置いていた刺繍付の豪華衣裳と、後発の太鼓台刺繡の双方の間には、当然ながら共通する高度な技術の伝達があったことが、現存する双方古刺繍に多々認められるている。
次ページ以下に示した、工房・松里庵が関係すると思われる古刺繍関連表(途中報告)の作成に当たっては、各地で見学・調査・撮影等をさせていただき、それらの作業を経て、工房の特徴と思われる項目別に❶~❽に振分け、松里庵製古刺繍の広まりや連鎖について、私案として提示した。改めて古刺繍を精査してみると、工房作品連鎖の状況が、より身近に感じられるものと思う。
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