週ナカ水曜日ー!!!
急にこんなに寒くならなくてよかー!!!
せっかく涼しい風の秋晴れになったというのに…💦
そんな中でも、
↓パンダだけはやる気満々です…😆
10月4日。
スティールパンで童謡唱歌(277)
『叱られて』
作詞:清水かつら
作曲:弘田龍太郎
この曲は、1920年4月の少女雑誌『少女号』で発表された日本の童謡唱歌です。
◎『叱られて』の作詞の経緯は以前どこかで読んだことがあるのですが、改めていろんなサイトで確認しつつ書いていこうと思います!
本日は清水かつらサンに焦点を当ててみます。
◎作詞者の清水かつらサンは1898年・東京深川生まれで、4歳のときに2歳下の弟が亡くなってしまい、自責の念からかお母様は心の病に…。それで、お母様は離縁されてしまったそうです。
その後は継母サンがきて、7歳から25歳まで本郷に住みましたが、関東大震災で家を失ってしまい、その後は継母サンの郷里、現在の和光市に身を寄せて暮らしたそうです。
清水かつらサンは出版社に就職し、少年・少女向け雑誌の編集に携わるかたわら、童謡の作詞を手掛けていったということでした。
(そのような幼少期からの生活によって『叱られて』は生まれたのだと…。)
◎この曲は、清水かつらサンが21歳頃の作品で、幼い頃に母と生き別れた悲しみを、親元を離れ奉公へ出された子供の心境と重ね合わせたと言われているそうです。
『叱られて』の歌詞の"花"の箇所を"母"に置き換えて読むと、心に沁みる…と聞いたことがあります。
【歌詞】
1.
叱られて 叱られて
あの子は町まで お使いに
この子は坊やを ねんねしな
夕べさみしい 村はずれ
こんと きつねが なきゃせぬか
2.
叱られて 叱られて
口には出さねど 眼になみだ
二人のお里は あの山を
越えてあなた(彼方)の 花の村
ほんに花見は いつのこと
置き換えて読んでみましたか?
なんか、しんみりしますね…。。。
◎ 1920年(大正9年)に「叱られて」が掲載された少女号ですが、編集長は「浜千鳥」「金魚の昼寝」「お家忘れて」を作詞した鹿島鳴秋サンだったそうです。
『叱られて』の翌年には、清水かつらサンと鹿島鳴秋サンのコンビによる新作童謡『雀の学校』が掲載された…とのこと。
(『雀の学校』を選挙しようとしたのですが、ムチのところが気になって、まだ弾いていません💦機会があったら取り上げたいと思います。)
◎編集長の鹿島鳴秋サンは、晩年の清水かつらサンと同居して、鹿島鳴秋サン自身が亡くなるまで、一緒に暮らしたほどの親友だったようです。
◎和光市駅には、『みどりのそのかぜ』『靴が鳴る』『叱られて』の歌詞が書かれている歌碑があるとのこと。
◎作曲者の弘田龍太郎サンは、母校県立津高校裏手の風景を想定して『叱られて』を作曲されたということでした。
弘田龍太郎さんの代表作
『浜千鳥』
『春よこい』
『鯉のぼり』
『雨』
『金魚の昼寝』
『ヱンソク』
『秋』
弘田龍太郎サン作曲の曲もなかなか多いですよね!
いろんな作曲家さんの特徴を掴みたい…と思っている今日この頃。
ですが、ますは自分のやることをやってから、調べまーす!笑