今、日経新聞「私の履歴書」に小掠 佳が連載されている。年齢も同じことから興味深くつい読んでみた。
東大卒元エリート銀行員という経歴も興味をそそると共に、他の作詞作曲家にはない独特の感受性、生命観をお持ちの方だと思っていたが彼の経歴を読むにつれそうした下地があっての事なのだと納得させられた。
東京下町の料亭の子として生まれ小学生の頃は学業はあまり芳しくなかったよう。両親も勉強を強いる事もせず、好きな野球に明け暮れた少年時代だったと述懐している。
そんな両親だったが、どんな理由か分からないが5年生の時、大学生の家庭教師を付けてくれたそうで、小学生時代に中学の英語と数学を全てやってしまつたと言う。 中学生になると学業成績が優れ級長や生徒会役員をやらされ、まるっきり教師うけの優等生になってしまい、悪ガキたちから反感を買ったようだ。
あまりに魂をつめ深夜まで勉強する息子に「あまり勉強するな」と親から注意されたと言う。とにかく歌が好きで歌ばかり歌っていたが、ある時身体が拒否反応を起こし歌えなくなとか。
それは歌詞の嘘くささが原因で、プロの作詞作曲家から商品として提供される歌曲の多くは「しょせん大衆にはこの程度の曲が喜ばれ、うける」と言った大衆を愚弄した姿勢で作られていると感じ,歌いたいのに歌う歌が無く、苦肉の策として自分の日記から言葉を拾いだしてメロディを付けくちずさみ始めたのが歌創りの契機だったとの事。
こうした事が彼の作詞を見るとよく理解できる。シクラメンの香ほり、愛燦々と、愛しき日々などに良く表れている、最近、生前葬コンサートをやったことでも知られている。