前立腺がんで命のカウントダウンを始めているのに、昨夜は妻と口論してしまった。夫の故郷とは言え、一人ぼっちで友達もなく毎日を過ごす辛さを理解することもなく、かなり厳しい言葉を浴びせかけてしまった。事の発端は転職についてであった。あと何年も生きられないのであれば、今の会社を辞めて東京で新しい仕事をさがすべきであるという妻の意見に猛反対をしてしまった。59歳と言う年齢で簡単に転職などできるはずがないというのが持論であり、世間の常識から言えば定年間際の高齢者を雇う企業などありえないのである。しかも、他人と比較して優れた才能があるわけでもない。それ以上に、癌の治療中で余命いくばくもない人間を雇うはずがないのである。妻にしてみれば、今いる職場で朝早くから夜遅くまで残業するというのは信じられないほど馬鹿げた選択なのであろうから、決して無茶な提案ではなかったはずである。しかし、あと何年も生きられないからと言う理由で、今までの生き方を変えるつもりは全くない。妻にしてみれば、最後の人生を苦労することはないと、夫を思っての発言だったのだろうが、過剰に反応してしまった。そんなに田舎に住むのが辛いならば、義妹の住む東京に戻ったらどうかと言ってしまった。その言い方が非難めいていたせいか、妻は泣きだしてしまった。そんなつもりはなかったのだが、妻につらくあたってしまった。確かに、近くに友人がいるわけでもなく、夫の親戚や知人とも親しいわけではない。まったく見ず知らずの土地で孤軍奮闘してきているのだから無理もない。息子が受験勉強で自宅浪人をしていた2年間は異郷の地でも何とか我慢できたのだろうが、彼が東京の義妹のマンションに住むようになると昼間は一人ぼっちである。昼のランチの時に夫と会い、あとは夕方遅い時間に夫が戻るまでひとりの時を過ごす。そんな妻の寂しさと辛さを理解できず、売り言葉に買い言葉で暴言を吐いてしまい妻を傷つけてしまったのは本当に申し訳ない。すこしでも妻との時間を長く持ちたいと、昼休みは会社から戻り、二人で手作り弁当を食べているが、これでは妻への愛情が伝わることもなかったようである。家に帰って薬を飲まなければならないということで、昼休みは何があっても妻と過ごすことにしたが、その真意は伝わっていなかったのかもしれない。今どれだけ妻に支えられているかは良く理解しているつもりだし、妻には感謝している。どうも、この感謝の気持ちが素直に表現できていなかったようだ。もう少し、自分に素直になろう。はっきりと口に出して妻への感謝の言葉を述べることにする。