ユーミン(荒井由実)は私よりふたつ年下なんだけど
アルバム”流線型80”に入っている”かんらん車”
という曲の時代考証をすることにした。
1970年頃、彼女は立教女学院から多摩美大
に進み、日本画科を専攻していた。
多摩美大は当時、上野毛のキャンパスから
八王子キャンパスに移転中。おそらく曲を作った
時はすでに八王子キャンパスに通っていたと
思われる。
すいた電車が住宅街抜けて・・・のくだりは、
京王線であったろう。ならばかんらん車は
多摩テックのかんらん車ではなかったろうか?
八王子のわがセカンドハウスから見ると、昔は
多摩テックのかんらん車と、西武園遊園地の
花火が見えた。(西武園にもそれからよみうり
ランドにもかんらん車はあった。)
川沿いのかんらん車なら、よみうりランドか?
昔は週末は多摩テックも花火をやっていたが。
ユーミンとともに生きた20代から30代
湘南をドライブする時のお約束の曲は平山みきの
”真夏の出来事”だった。
私のお約束の曲はその後、”よそ行き顔で”になって
行く。=アルバム”時のないホテル”(1980)より
”観音崎の歩道橋に立つ。ドアのへこんだ白いセリカが
下をくぐっていかないか?”
セリカは、わが大学時代に登場した。