「法はその時代の規則書でしかない。街を造れば法は従い、人がすることに適応する」NY都市建設の実権を握る監督官モーゼス(アレックス・ボールドウィン)のセリフである。映画タイトルの『マザーレス・ブルックリン』は、孤児である主人公ライオネル(エドワード・ノートン)の明喩であるとともに、法に従わない=しつけの厳しい母親不在の街ブルックリンの暗喩にもなっているのである。〈ブルース モーゼス マザーレス イフ〉
原作小説の時代設定は1999年だが、監督兼主役のエドワード・ノートンによると、小説の持つ雰囲気によりふさわしい1950年代半ばの時代設定に変更したという。ライオネルが雇われていた私立探偵事務所の所長であり恩人でもあったフランク(ブルース・ウィリス)が何者かによって殺害された。自慢の記憶力を駆使して事件調査にあたったライオネルは、やがて地上げにからむ権力と欲望の闇にたどりつくのだが......〈べイリー 絶倫 ブルックリン イフ〉
このライオネルが、フィリップ・マーロウのようなタフで女に優しい健常者の私立探偵だったとしたらどうだろう?今時、ハードボイルドを絵に描いたようなそんな男にリアリティーを感じる人など皆無であろう。突然思いついた汚言葉を口走るトゥレット症という精神障害者だからこそ、現代のストレス社会に生きる観客の共感を呼べたのではないだろうか。〈ボイルド トゥレット トランペット イフ〉
大抵、監督経験の少ない大物俳優がメガホンをとると映画は長尺になるものだが、144分は長すぎるというのが一般的評価のようである。無駄に長いジャズメンの演奏シーンなどをうまく削れば、2時間以内にキッチリおさまった感は否めない。が、頭の回路のスイッチが突如としてキレたりついたりするライオネルが、右往左往しながら真実へとたどり着くあたふたぶりは、逆によく伝わってきたのではないだろうか。〈癇癪 長尺 cut off イフ〉
そんなライオネルの異常性をフリーク呼ばわりしてキモがるレイシストと、頭がよく気持ちの優しいライオネルの本質を見抜いて歯牙にもかけない平等主義者が見事に対比されている作品なのである。この映画が描こうとしたのはもしかしたら、必ずしもレイシストとは云えない現実主義者モーゼスが体現するような社会悪ではなく、人間の本質を見抜く能力に欠けたリベラリズムの理想主義という弱点だったのかもしれないのだ。〈理想主義者 偽善者 リベラリスト イフ〉
マザーレス・ブルックリン
監督 エドワード・ノートン(2021年)
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