原作小説とはまるで異なる映画らしい。出版不況に揺れる老舗出版社薫風社を舞台にした本作は、なんといっても、吉田大八監督が忍ばせた小ネタに大注目したい作品なのである。タイトルの牙と死んだ創業者のイニシャル“K.IBA”をかけて、新社長東松(連太郎にそっくりになってきた佐藤浩市)が元会長の◯◯◯だったってことを匂わせた演出なんてーのはまだまだ序の口で、國村準にわざわざヅラを被せて寄せようとしたキャラも昭和生まれの方ならほぼ見え見えであろう。
驚いたのは、幻の作家として登場する神座詠一(リリー・フランキー)が書いた小説タイトルにまで、吉田監督が鉛筆をいれて?拘っていたことである。
①『おかえり、クリスタ・マコーリフ』
通称“おかクリ”と呼ばれる神座の処女作タイトルは、ポストモダンと呼ばれたあの“クソ”ベストセラー小説“なんとなくクリスタル(なんクリ)”を思わせる。しかも、爆発したチャレンジャー号にのっていたため帰らぬ人となった唯一の一般人女性飛行士クリスタ・マコーリフに“おかえり”とはなんたる皮肉。シャトルならぬセスナ操縦のくだりもあるらしい。
②『バイバイを言うとちょっと死ぬ』
言わずと知れたレイモンド・チャンドラー作『長いお別れ』の一説「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」からの引用であろう。元は確か整形した真犯人が最後に現れるハードボイルドであり、イケメン作家が実は◯◯◯◯◯◯◯◯だったという本作のオチと通底するのである。
③『非A(ナル・エー)の牙』
二階堂がモチーフにしているYTだったらご存知だろうし、多分影響もうけているに違いない。カナダのジャンキーSF作家A・E・ヴァン・ヴォークトの代表作『非A(ナル・エー)の世界』へのオマージュだろうか。論理学の始祖アリストテレス哲学から外れたハチャメチャな世界が描かれているそうで、実売価格3万以上もする書籍を一書店が出版し販売するという、高野の狂ったマーケティング戦略をそう評しているに違いない。
それにしても、大御所作家YTをはじめ、NASAのトラウマにもなっている大惨事、さらにAMAZONやエマ・ワトソンまで実名で登場させた吉田監督。もちろん、ちゃんと了解はもらってるんですよね?負けるが勝ちとはいうけれど、エンタメ業界ももはやビジネスですから、簡単には騙せませんよ。
騙し絵の牙
監督 吉田大八(2021年)
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