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天道の真髄は如何に?

【海外との国際収支等②】

2018-02-19 21:44:06 | マクロ経済の基礎の基礎

【海外との国際収支等①】からの続き

 

経常収支とは、国際収支の中核で、次の4つの経常取引の収支の総称のこと。輸出入の集計である『貿易収支』、日本企業が外国で得た収益から外国企業が日本国内で得た収益を引いた額である『所得収支』、対価をともなわない開発途上国への経済援助や国際機関への拠出金の額である『経常移転収支』、また、日本人が海外旅行をしたり、その先でする買い物や食事に使われた額の集計が日本の『サ-ビス収支』の赤字額となる。よって、『経常黒字』というと、輸入額よりも輸出額が多かったことを表す。」と【経常収支とは - マネー用語辞典】には、書かれて居るが、然し、教科書では、

 総需要AD=消費需要CD+投資需要ID+政府需要GD+輸出XD-輸入MD (1-式)

と、なっており「経済活動に伴う海外との資金の流れ」のみとして「経常収支」は定義され、「サービス収支」や「経常移転収支」は含まれて無い。然し、「サービス収支」に依って流れる金も経済活動の一環として考えられ、又、「経常移転収支」も「資金援助や資金協力での収支を計上するものです。日本は経済大国としての責務を果たすために、多くの国や国際機関に対して、多額の資金援助や資金協力をしています。こうした援助や寄付というのは、報酬や見返りを求めるものではありませんので、反対給付はありません。このような対価をともなわない援助や無償の資金協力が、経常移転収支として計上されることになります。」とあるが、先ず、此れは政府需要GDに算入されて無いのか?、さらに純粋に「報酬や見返りを求めるもの」では無いのか? 政府が出す様々な統計資料も、疑いがある。
 然し、教科書には我の疑問とするところは書かれて無いので教科書通り話を進めて行くことにする。

 さて、話を教科書に戻すと、「均衡」するには、総需要が国民所得NNPに等しくなければ成らないので、均衡は次の様に成る。

 国民所得NNP=消費需要CD+投資需要ID+政府需要GD+輸出XD-輸入MD (2-式) 

 総需要ADの内、輸入MD以外の構成要素が変化し無いとすれば、(2-式)は、輸入MDの削減が「均衡NNP」を増加させることが示される☜「保護主義的貿易制限政策を採れば、自国はより裕福に成れるであろう」という多くの人々の主張する根拠がある。
 経済が総需要の不足と失業に苦しんで居る時は、総需要の増加は生産と雇用を増加させることに成る。外国品に対する需要よりも他の構成要素の需要を低下させずに国内製品の需要を増加させられることで国内経済を活性化出来る。

 然し、我が国は国民の必需品や多くの国内需要を満足させるべき生産物に必要不可欠な多くの資源が国内に無く、此の問題は「資源再利用や代替資源の技術の開発発展に期待を寄せる」以外無く、当面は海外から必要な資源を輸入する以外無い。然も、未来の何時かに必ずグローバライズの危険を体験することに成っても、グローバライズが地球規模で拡大して終って居る現今は、関税の放棄は各資源輸入国を自国に向けさせる資源輸入国の必需な政策と成って居ることが現実なのである。更に、資源の確保等に依って国民の暮らしの福利の維持向上を確保する為には、資源輸入に要する莫大な外貨を稼ぐ為に、国内生産物の輸入拡大振興を図って行かねば成らないが、アベノミクス下での日本の財界は海外に拠点を置き、海外の其の国の企業と成る現地法人で造った生産物を無関税で自国(我が国)に輸出する為体を政権が後押しする情け無い現状の様な米国をTrump大統領は嘆いて居たのだ(現在は彼の信念も政局問題の拗れから揺らいで来て居るが)。

 さて、再度教科書の本論から脱線したが、教科書に戻って話を進める。確かに、保護主義は難しい幾つかの点があるが、何はともあれ必要十分な国内需要の確保が無ければ、完全雇用は達成され無い。

 教科書での大方の考え方として、「保護主義は他国の経済を圧迫することがある」との立場を採って居る。保護主義政策に依って「外国からの輸入を制限した上で、他国への輸出を増加させ様としたならば、外国の産出高に対する総需要を減少させ、外国の国民所得NNPも雇用も減少させる⇒外国の財及びサービスに対する需要も減少☜ 結局、自国製品も輸出し難く成る。
 自国の保護政策に依って不利な状況を被って居る諸外国は、保護政策を行った自国に報復処置をしたり、或いは其の政策を真似したりする。依って「保護政策は擋最善の政策とは言え無い」と教科書も結論付けた。然し、現在の現実の保護主義無用の経済政策が、此処迄説明して来た「原則論」と合致したものであろか?グローバリズムは無国籍企業を生み(其れとも逆か)、一国の首相が仮初にも「最早、国籍も国境も拘る時代で無い」と迄いう国の存在を否定する発言迄する屑が、何の為に一国家の宰相に成ったか、其の狂言振りは無国籍企業の使い走りである。自国主義を悪の様に言うすっ呆けも多いが、政治屋の責務は国民の福利向上一途にある。

 処で、教科書には「国民主義的無感情を持つ人は『近隣窮乏化政策』に賛成して、自国民の雇用を外国を犠牲にして増加するであろうが、其の様な人は自国のことは外国よりも重要であると感じて居るのかもしれない」☜何を戯言を?国民にとっては国は其の為に在り、グローバリズムが蔓延する今の現実は、無国籍企業至上主義であり、国の存在すら危うくする状態で、各国での経済的格差は地球規模で拡大し、人権主義や共生や多様化は本来の意味と対立して悪用されて居る事実である。自分の国の発展に貢献せず、他国に入り込んで、其の国の先住民が努力に努力を重ね造り上げて来た果実を貪れる奴等が「多様性だ、共生だ」と喚き散らすことに加勢する政治屋や官僚に声援を送る屑には元々の先住民は居無い。

 さて又、再度教科書に話を戻せば、教科書は「近隣窮乏化政策を必要とし無い総需要増加が存在し、連邦準備当局が信用のコストを引き下げ、其の利用可能性を高め得るか、其れとも、連邦政府が赤字支出を行うことが出来る。孰れかの手段に依って、我々は他国に対して雇用問題を発生させ無いで完全雇用の達成を可能に出来るであろ 」☜?もし、此の考え方を我が国に当て嵌めて同意して居る輩が多いなら我が国の未来は危うい。
 我が国は、努力を惜しまず世界最高の技術水準と高い生産力と良質の生産物を手に入れて一時経済水準は世界的に極めて来た。自国で必要な殆ど総てのものは十分生産出来るのであって、足り無いのは資源である。其れも我が国の技術水準からすれば、程無く解決することが出来る筈なのに。其れを邪魔して居るのは糞擬き無国籍主義者の塊である経済界と其の使いっ走りの政治屋供等が造る一種の既得権利益集団の「講」である。

 我が国が目指すべきは、何も他国を堕とし込ま無くとも自国の国民の福利を向上することに専念することであるのだ。


つづく 

 ※ 本投稿文中の綴りや語句の使い方や理論分析の誤りは、適当に解釈して貰うか、コメント欄で指摘して頂きたい。


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