意思による楽観のための読書日記

別れの船 宮本輝 ***

「別れ」をテーマにした短篇集、宮本輝のセレクションである。

「オニオンブレス」、甘い時代もあった夫婦、夫の失業と同時に秋風が吹いていた。「あの人の臭い息(オニオンブレス)には我慢ができない、誰か私を助けて」、レストランバーの女子トイレに書かれた落書き、たまたま入り込んだシドニーは「君を助けたら僕も助けてくれる?」と書いた。トイレの落書きでメッセージを交換するようになる二人の男女、女はネット、相手が誰とはわからず、メッセージの交換を続ける二人。なぜかその言葉に響きあうものを感じてしまう。ある時、落書きをしている夫を見つけるネット、そう、落書きは夫だったのだ。

24歳の由水は42歳の妻子ある広瀬と付き合っている、なんでも欲しい物を買ってもらい、素敵なプレゼントをもらう、2年前に豪華客船に半分素人のモデルとして乗り込んだ由水、船で開かれた写真撮影会で広瀬と知り合った。広瀬は女性としての美しさ、賢さ、振る舞い、ファッションなど、好みの女性としてのすべてを由水に教え、欲しいものは買い与えた。広瀬はビジネスを手広く展開していたのだが、ある時ビジネスが上手く行かなくなった。そして知り合いの内田に由水を紹介する広瀬。二人の男の間で引き継ぎされるように受け渡される自分を見て、美味しい焼肉のロース、4歳の雌牛を思い浮かべる由水、人に食べられるために生まれてきて、そしてお客に食べられる。私の人生は「4歳の雌牛」。

クミは25歳、脳性麻痺で下半身が不自由である。車椅子に乗って外出し、下り坂を暴走するところを助けたのが大学生だった恒夫、クミより2歳年下であった。クミは人見知りするが、他人から見ると傍若無人、上半身は健康なので、初めての人にはとっつきにくい。クミは自分のことをジョゼと呼ぶように要求する。ジョゼは恒夫と動物園に行く。夢に見そうに怖い虎を見たいという。怖い時にそばに好きな人がいる、そういう状況になりたいと想ったのだ。そして二人は籍を入れる、新婚旅行で見るのは水族館の魚。二人は幸せである。

「暑い道」これが宮本輝の短編である。幼い頃の思い出を持つ4人の男友達。ケンチ、尾杉源太郎、カンちゃん、そして私。中学生の頃、近所に可愛い女性とさつきが引っ越してきた。サツキを周りの男どもから守るため4人は力を合わせた。高校生になってからはさつきは更に美しくなった。受験勉強にいそしむ私のところを突然さつきが訪れてきた。さつきは退学させられるのだという。そしてさつきは私に抱かれたのだ。しばらくするとさつきは東京に行ってモデルに成ったのだという噂が流れた。雑誌にさつきが載っていた。その後、ケンチはヤクザにカンちゃんは家具店の店員に、源太郎と私は大学生になった。そしてさつきは酒と薬でぼろぼろになり、カンちゃんと再会、二人は結婚したという。そのカンちゃんとさつきが私と源太郎のところに来るというのだが、さつきは4人の男達すべてに体を与えたというのだが、本当だろうか。「その件は老後の思い出話にとっておこう」と源太郎が言うのであった。

妻子ある男が付き合っていた女がいた。その女とは手を切ったはずだったが、ある日、女はこっそりと男の家に生きた「鮒」を届けてきたのだ。鮒は二人が逢びきしていた家で飼っていたもの。家族はそうとも知らずに鮒を飼い始めるが、男は面白くはない。そして鮒は死んで、男はホッとする。女は霞ヶ浦で死んでしまったのかと考えるのであった。

最後に宮本輝は釈迦の故事の一つ「別離」を紹介する。一人の貧しい女が可愛いたった一人の子供をなくした。女は釈迦を訪ねて子供を生き返らせる方法を聞く。釈迦は女に言う。「家族や身近な人間が一人も死んでいないという人間から香辛料を買ってこい」。香辛料ならどこにでもあると女はほうぼう探しまわるが、釈迦の出した条件を満足する人間はいなかった。女は別離に苦しんだものは自分だけではないことを悟り、釈迦に帰依した。人生は生老病死だと。文学は恋と死に集約されるという。短篇集では別離を扱ったが、様々な形の別離があるものである。読者の別離の思い出に様々な作家が考えるバリエーションを添える短篇集である。



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