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たかが知れてる自己決定

2021-05-23 | 社会・政治のこと

 「本人が」と言って自己決定を印籠のように持ち出して正当化することの危うさ。

 

本人が言った、決めたからと言ってそれがかれにとって本当に本意、希望のもの、適切とは

限らない。「チキンライス」という歌があって、私も子どもの頃にそういう「自己決定」を

たくさんしていたし、多くの子ども達がそういう体験をもつ。家が貧乏裕福問わず。望んでいない

けど、誰か(親とは限らない)の本意、希望、主義主張通りになるように。それを見て、その誰か

は満足する。子どもを保護する立場の大人だったら、そう「自分で」「自己決定」した筈の本人の

顔がどこか曇っていてすっきりしてなくて、笑顔に陰りがあることに、敏く気づくべきなのに、

無能あるいは自分の都合にしか興味のない大人は気づこうともしない。

 

こういう「本人が」「自分で決めた」の他者による印籠かざしは、子どもに対してに限らず

弱い立場の人間に強者側から行われる。既に特定の構造の中に弱者として組み込まれている人達に。

被扶養者、女、生徒、門下生、門徒、部下、雇われた労働者、情報をもたない消費者、患者、

依頼人、…  大事なことを目隠しされたまま、一部の情報だけ言われ等しく知らせるべき他の

情報群を言われないで、決めたことに対して。


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 「本人が」 「納得して」 「ちゃんとサインもしてある。」

 

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自己決定はたかが知れていてあてにならないことを 社会みなで共有すべきだと思う。

それは自己決定を印籠にふりかざす社会よりも、間違いなく豊かで成熟した社会だ。

個人の知識、教養、視野の狭い広い、性格…に大きく依存する自己責任の自己決定論は疑い、

警戒すべきである。そういう考えしか知らないから、それを選んでいるに過ぎないことを

「本人が」「自分の意思で」「自分で選択して」と言って自己責任に帰するのは

本人にとって非常に冷酷であり、構造的強者の利益にしかならないと思う。

 

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ダブルバインドによる誘導 ……

 

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