先ごろの長野県民俗の会186回例会では、木曽町開田で麻織物の復活に取り組んでおられる「開田高原麻織物研究会」の会長さんに話をうかがった。会長さん宅を訪れた参加者が圧倒されたのは、納屋に積まれた薪の整然とした積み方である。積まれた薪の断面には隙間がないのでは、と思うほど。もちろん積まれた断面に凹凸の影が見えない几帳面さである。「嫁にいこうと思う家があれば、まずその家の薪小屋を見よ」などということがかつては言われたともいう。薪の量や薪を積んである様子でその家の豊かさや家の人たちの気質や性格が表れるというわけだ。参加者からそんな言葉を持ち出すと、会長さんはすぐさま鈴木牧之の記述にある同様の例を出されてまた驚く。そして薪がたくさんあるからといって「大火を焚いてはいけない」、と戒めの言葉を口にされる。一定の暖かさになったら燃やさない、ようは薪を大切にするという意識が必要だという。
会長さんであるKさんは、40年前に自宅から続く広い土地にドイツトウヒを植えた。開拓で入植し、畑として利用していた土地にである。お話をうかがうに先立ってそのドイツトウヒの森を散策させていただいた。すらっと伸びた幹は20メートルほどに成長しているだろうか。少し密集している印象を口にすると、間伐しては薪にしているという。ただの美林を作り上げたのではなく、暮らしにおける燃料としての森として利用されている。無駄の無い暮らしぶりがそこからうかがえる。よく枝打ちされた森は、密集しているせいか日差しが入り込むことは少ない。とはいえ木々の下に植生がまったく無いわけではなく、ササバギンランやベニバナイチヤクソウといった花を盛んに咲かせている。有名なバイエルンの森をこの開田に作られた。なぜドイツトウヒを、とお聞きすると、当初はヒノキを植えられたというが日当たりが良すぎたせいか枯れてしまったという。そこでこうした環境でも育ちやすいこと、そして苗が安価だったこともあってドイツトウヒを選択されたという。
ドイツトウヒの森の美しさはもちろんなのだが、森の中にあった窪地に土手を築き池も造られた。池にはスイレンが咲き、ボートが浮かぶ。大きな池の上にも小さい池が配置され、自然の風にも見えるがドイツトウヒの森も池もKさんが手がけて造り上げたもの。家、畑、森、池、それら全てが調和した空間に参加者全員が呆気にとられるほど。スローライフという言葉は聞くが、そういう暮らしぶりを垣間見ることは日ごろ仕事に追われているとまずありえないが、Kさんの実践に触れてそれを実感する。そしてドイツトウヒの森の入り口に建てられた「大地悠久」の碑の裏に刻まれた文を読んで、さらにKさんのこれまでの生き方に引き込まれた。
続く
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