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伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

石仏に彩色するということ①

2014-05-10 23:55:25 | 民俗学

 彩色された青面金剛について何度も触れてきた。最も古いものでは2012年に記載した「彩色される石仏・後編」のもの。飯田市の天竜川東岸は傾斜のある土地が連続する地域。そんな東岸の中段を南北に繋ぐように走る道の脇に立つ彩色青面金剛に目を留めたのは、もう20年以上前のこと。それまでは彩色された青面金剛といえば喬木村で幾例か確認していて、喬木村の地域での特異な習俗なのかと思っていた。その彩色の理由について聞き取りはしてみたものの確かなものは得られなかった。そんななか、2012年に日記に初めて触れた飯田市下久堅虎岩原の青面金剛は、その当時も毎年定期的に彩色されている珍しい例であった。興味深かったのは毎年彩色する絵の具を購入する店が決まっていたという話である。庚申の祭りの日に彩色を行なっていたという。庚申信仰の主尊である青面金剛の威力を再現する意味が込められていたものか。思うに庚申の掛け軸に描かれていた青面金剛に似せて彩色されたのではないだろうか。

 その後彩色青面金剛は喬木村の3例に続いて同村の桃添のもの、飯田市下久堅の北原庚申原と同じ下久堅亀平のものを扱った。どれも比較的近在のものばかりで、印象として飯田市と喬木村の天竜川東岸地域に彩色された青面金剛が多いと感じられた。

 はたしてそうなのか、『飯田市の石造文化財』というものが2010年に発行されている。飯田市内のほぼすべての石造物を網羅しているもので、石造物一覧の備考欄に彩色されているものは注意書きがされている。市内の彩色された石造物をすべて拾い出してみると次のようになる。

001.不動明王 (東野 宮の前大宮諏訪神社)
002.弁財天 (松尾 清見寺)
003.青面金剛 (下久堅 虎岩嵯峨坂)
004.千手観音 (下久堅 下虎岩庚申原)
005.青面金剛 (下久堅 下虎岩庚申原)
006.十一面観音 (下久堅 下虎岩庚申原)
007.青面金剛 (下久堅 下虎岩庚申原)
008.青面金剛 (下久堅 下虎岩亀平)
009.青面金剛 (上久堅 大鹿神社)
010.如意輪観音 (上久堅 越久保一番観音堂)
011.不動明王 (千代 米川不動様)
012.青面金剛 (千代 米川小島宅前)
013.地蔵菩薩 (千代 法全寺法全寺入口)
014.虚空蔵菩薩 (千代 法全寺法全寺入口)
015.馬頭観音 (千代 下村柏原神社東)
016.青面金剛 (龍江 一区定継寺)
017.如意輪観音 (龍江 一区定継寺)
018.不動明王 (龍江 三区中原四鬼峠)
019.聖観音 (龍江 三区中原四鬼峠)
020.如意輪観音 (龍江 四区大屋敷集会所)
021.聖観音 (竜丘 念通寺)
022.如意輪観音 (竜丘 古瀬中島畳店前)
023.青面金剛 (川路 三区庚申堂)
024.如意輪観音 (川路 三区庚申堂)
025.十王 (三穂 伊那豆木第六集会所内)
026.奪エ衣婆 (三穂 伊那豆木第六集会所内)
027.青面金剛 (山本 南平浄玄寺)
028.地蔵菩薩 (伊賀良 いほ地蔵堂)
029.聖観音 (伊賀良 中村下中村伊藤家墓地)

以上29例。うち青面金剛が9例。意外に多いのが如意輪観音で5例。意外に少ないと思うのは不動明王の3例だ。不動明王に彩色を施してある例は、長野県内のほかの地域でも時おり見る。地域的にはやはり天竜川東岸が多く18例。そのうち下久堅に6例。そもそも飯田市内の人口は圧倒的に天竜川西岸が多い。もちろん石造物の数も多く、そういう意味からすれば、その比率の高さがうかがえる。

続く


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