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御鉾様と五輪塔残欠

2024-09-02 23:42:34 | 歴史から学ぶ

塩尻市北小野小野神社「御鉾様」

 

 例会翌日の見学会について先日触れた。小野神社と弥彦神社は並んで祀られていて、小名神社が北小野の氏神である。この神社の入口にいくつか掲示板が建てられていて、その一つに「鐸鉾」についてのものがある。

市有形文化財 小野神社の鐸鉾(さなぎほこ)(神代鉾)

所在地 塩尻市大字北小野一七五の一
指 定 昭和四十九年八月二十八日
所有者 小野神社

 小野神社の鐸鉾は、古くから祭事に使われたとの言い伝えがあるがどのように祭事に使われたかは不明である。諏訪神社にも同型の鉾があり、神領内を巡視する祭儀に使ったものと伝えられている。小野神社の鉾には、十二個の鉄鐸が結び付けられさらに、麻幣(あしで)がふさふさと結び付けてあり、七年目毎に行われる御柱祭に一かけずつの麻幣を結ぶ習わしである。この鐸鉾がどのような祭事に使われたかは不明であるが、麻緒が多数取り付けられており、しかもその古いものはぼろぼろに崩れるほどになっているところから、おそらく一定の祭儀に用いられたことが推定される。境内本殿に向かって左方に藤池と呼ばれる御手洗池があり、そのかたわらの玉垣内に「御鉾様(おぼこさま)」といわれる石があり、神聖の場として足を踏み入れてはならない磐座(いわくら)となっている。この石は方形で中央に孔があいているが、おそらくこの石に鉾を立て、祭儀のとき神霊を招き降ろした重要な磐座であり、この祭儀に神の依り代として使用した神器ではないかと考えられている。

 この説明と鐸鉾について考察したページが諏訪大社と諏訪神社について詳細に触れている“小野神社の「御鉾様」”である。説明にあるように、境内に入って左手に「御鉾様」というものが祀られていて、立ち入り禁止になっている。「方形で中央に孔があいている」石には上に丸い石が置かれていて、その孔は露になっていないが、それらしい形は察知できる。「古代祭祀遺跡」とされているが、前述のホームページ管理者は「大胆な変遷を挙げてみました」といって、下記のように記している。

御佐口神の石棒が祀られていた。
↓ 石棒を譲渡した。
↓ 安置していた穴に、別の(折損した)石棒を差し込んだ。
↓ 記録や伝承がないので、磐座と見るようになった。
穴に鉾を立てた・丸石に鉾を置いて神事を行ったと考えた。

 さて、あくまでもここに紹介したわけであるが、実は最近五輪塔片、残欠を見て歩いていて、この御鉾様の上にある石を見て「これは五輪塔残欠では?」と思った。石の全容は、孔に隠れている部分もあって判明しないが、どうみても五輪塔の「空」あるいは「空風」の部分と思われる。向かって右隣りにある丸い石も、宝珠のように見え、これも五輪塔かそれらの塔の残欠に見える。こう見てくると、そもそも五輪塔の頂の部分だけが、なぜこれぼと世間に「転がっている」のか、と考える必要がある。いずれにしても五輪塔残欠、とりわけ「空」の部分が、「借用物」として祭祀対象にされていることは事実であり、それもかなりの事例が道祖神を中心に見られることには、注目するべきなのだろう。


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