けん爺さんのつぶやき

日々の出来事を徒然に。

命日

2019-07-10 03:14:28 | 日記
47年前の今日、父親が亡くなった。52歳の若さじゃった。
母親が病院で添い寝しとったが気付かず、見回りの看護婦さんが気づいたが
すでに手遅れじゃったようで、ワシは深夜の母からの電話でそれを知った。

巣立ち前のことは全て流しされ! と言わんばかりの豪雨の日じゃった。
当時、大学3年生じゃったワシは牛乳配達を休むことなく
土砂降りの雨の中を自転車で配達して回ったことをハッキリ覚えておる。
当時44歳じゃった母親はそれから39年生きてくれた。
長いこと父親を待たせた母は、寄り道せずにたどり着いたじゃろうか?
厳しかった父親のところには寄り付かず他の世界に行っとるじゃろうか?

親離れが早かったワシは、とっくに気持ちは巣立ちしておったが
金銭的には、まだまだ親に甘えていた部分があったのかも? と今になって思う。
当時は『金銭的にも親に頼らん』との気持ちはあり、
実際、自分の生活に親の金をあてにした事はない。
大学もその時点で辞め、働いた。
それで親に負担はかけてないと当時の自分は思うとった。

あれから47年の月日が流れ、ワシも所帯を持ち、二人の子供を授かり
5人の孫を持つお年頃。父親よりすでに16年も長生きさせて貰うとる。
いつ死んでも、明日死んでも仕事も家庭も困ることはないと思うが
ワシが死んで寂しがる人がおったんじゃ、気がかりじゃ。
ただそれだけが心配じゃ。人を悲しませとうはない。
コメント
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