あなたとお花と猫とエコと健康

日々思ったこと、見たことなどを書いています。

財布を拾うの件 続々 警官の対応

2014-09-15 20:09:50 | 世相・政治他
昨日の拾った財布を届けた時の警官の事を
知り合いの人にごく簡単に話をしたのですが、
返って来た返事に驚きました

もう既に何度かそういう事を経験済みで、
「拾った物を届けても嫌な思いをするので、
交番ではなく、駅の係員か、コンビニか、
ビルなら、そこのガードマンに渡して簡単に済ませている。
そうでない、置き忘れと見られる物の場合は、
面倒なので、我関せずと放っておきます」

とのこと
そうなんだ、今は拾得物を警察に届けて不快な思いをして
届けなくなるかもしれない時代になってきているんだ、
と思いました
稀に中には誠意のある警官もいるのかもしれませんが、
私が交番で不快な思いをしたのは、これが初めてではありませんから
こんなものなんでしょう

今回の場合、運転免許証とか入っていたし、
直接相手に連絡して、送り返した方が良かったのかもしれません
まぁ、それはそれで又、他の問題が生じるかもしれませんけどね

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財布を拾うの件 続

2014-09-14 19:55:52 | 世相・政治他
私が主人に事の顛末を告げ、弟も同じような扱いを受けて
文句を言っていた、と言ったら、主人曰く
「僕なんてもっと酷かったよ、犯人扱いされたから」
は?

つまり、私の時と同じように財布の中身はなかったそうで、
「入ってなかった」と言ったら
「本当に入ってなかったのか?」と言われたそうで
「入っていて盗ったら、持って来ませんよ」と返事したそうで
憤慨してました

そうか、みんなそういう扱いを受けてムッとしていたわけだ
これでは、財布や大事なものを拾って届ける人が減るかも知れない
マジで

自分の得にもならないのに、知らない人が困るだろうと
善意の心から拾ったものを警察に届けても、
余計な事をしたと言わんばかりのこの対応は一体何なんだ?
これでは、日本で物を落として無事手元に返って驚き喜ぶ外国人も
そういう経験は少なくなっていくかも知れないではないですか?

お巡りさんよ、善意の行動にはそれに報いる態度が必要なのではないの?
市民の協力は減っていくかもしれませんよ
お巡りさんの心がけや、常識的な対応が足りないばっかりに


お祭りの山車の前に立って踊っている、白い狐さんです
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財布を拾うの件

2014-09-14 16:50:34 | 異議あり
財布を拾いました
札入れですが、お札は入ってません
おそらく、最初に財布を拾った人が、
お金だけ抜き取って捨てた可能性が大ですね
札入れの中には、大事なものが、身分証明書だの
キャッシュカードだの、保険証だの
場合によっては、悪用されかねないもので
私は何年も前に、同様のものを店内に置き忘れ、遺失した事がありました
中には、キャッシュカードを、母の物と主人と私の合計10枚位
それと、メガネを作り直しに行った為、新品の他三個のメガネを入れて
それを、布の袋に入れて、品物を買った袋だの持っている内に
大事な袋を置き忘れた、多分
慌てて、店員に届けるも、知りません、とか言ってロクな対応ができない
これ、ドン・キホーテでした
結局交番に届けるも出て来ませんでした
誠意ある人であれば、「大事な物だから困っているだろう」と
警察に届けますよね、それが普通?

私も急いで交番に届けた「これ、◯◯に落ちていたので届けに来ました」
警官「あ、そうですか。どこにおちていましたか?番地は?」
私「どこどこに、こういう形で落ちていました。
お札は入ってなかったので、お札だけ抜き取って捨てたのだと思いますが」
お巡り(この辺りで呼称変化します)「それは、わかりません」
私内心(うるへー、そうに決まってるだろうが、私は取ってないと言ってるんだわ)
私「これこれしていたら、こういう風に見つけたんです」
お巡り「…。で、お礼の権利はどうしますか?」
私「お礼要りませんけど。だって、お金は入ってないし、大事な物は入ってますけど」
お巡り「お礼をもらいますか?」
私「要りませんけど」
お巡り「じゃ、帰って結構です」
私「は?」
お巡り「手続きは、こちらでしますから」
私「では、お礼はいりませんが、権利はもらいます(ウソ)」
お巡り「…」(嫌な顔、面倒くせえ、って感じ

結局「お礼の権利をもらう」という形にして、手続きをする事に
何だか、拾って交番に届けても、あまりいい顔をされない、感じで
拾っても届けない方がいいかなぁぁ?とか思わせる対応なんです
警官なら、市民の協力に少しは感謝の態度ってないの?
今の若い人ってこんな風に、全てが無機質、無干渉、無感動、?
自己責任って、こういう辺りから出て来る言葉なんだろうかな、とふと思った
ちなみに、前にも書いたか忘れたけれど、私は
「偽善」と「自己責任」という言葉が大嫌いです

そこに、携帯を落としたという若い派手めの付けまつ毛も長~いお姐さん登場
そうしたら、その若い無愛想なお兄ちゃん警官は、何気にニンマリと愛想良く、、、
ますます機嫌の悪くなる私、アホかこのお巡りはぁ?

後で弟に話をしたら、同じような経験を
こんな風では、何かあっても警官に協力する人は少なくなるかも
私の言っている意味わかりますかね?
若い人にはわからないかも、同じような感覚で
人間味がゼロで、酷いです
私は、以前先の経過で大変落し物で困った事があったので、
もし、拾って届けてくれた人がいたら、是非お礼を言いたいと思っていたのです
だから、手続きをしたのですが、それと一緒に、
お札が多分抜き取られていた事も確認したかったのです
多分電話はないと思いますが、落ちていた状況も知らせたいので
変なところに落ちていたからです(明らかに不自然でした
でも、私の時のように、お金を抜き取った後
ゴミ箱に捨てられたか、家に持ち帰って捨てられたか、
どちらにしても、二度と戻らなかった場合に比べれば、
大事な物が持ち主に戻るよう、お金だけ抜き取って捨てた方が
良かったと思います
他人には用のないもので、本人に取ってはとても大事な物が戻るよう捨てた場合、
幾らかの親切心が残っている、という事ですから

又しても、交番に行って嫌な思いをしました
警官の質も落ちています
昔のお巡りさんは、もっとよかった、と、多分
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残間里江子さん 私が読んでいるブログ 4 

2014-09-13 21:50:34 | 他の人のブログ
何故残間里江子さんのブログを読み始めたかと言いますと、
昨日の残間さんのブログに書いてありますが、来週月曜日15日
敬老の日の朝、NHKラジオ第一、8時5分から
「残間里江子のわがままホリデー」という番組に
「きたやまおさむ」さんがゲストの、トークがあるそうです
その中に、「北山修さんと話をしたかったけれど、中々・・」とありました
そうでした、私が加藤和彦さんの事で検索して、
残間さんのブログに行き、それからずっと読むようになったのでした

残間里江子さんと言えば、山口百恵さんの自伝
「蒼い時」をプロデュースした事で有名ですが、
それ以外は「未婚の母」であり、何だかわからないけど
それなりの人、という印象でした
ですが、ブログを読み、その細やかな人柄を知るにつけ、
何故山口百恵さんが残間さんの依頼で自伝を書いたのかが
わかるような気がしました

ちなみに、この間アマゾンで「蒼い時」を取り寄せて読みましたが
山口百恵さんが、ガチガチに硬そうな三浦友和と結婚したのか、
その意味がわかるような気がしました
山口百恵さんという人は、実に正直で頑固で真っ直ぐな人でして
イメージとのギャップに思わず笑ってしまいました

残間さんは、今98才になるお母さんがいます
お母さんは少し前に老人ホームに入りましたが、
残間さんはそれまで仕事をこなしながら
お母さんのお世話をなさっていたようです
「お世話をする」という言葉も変ですが、一緒に暮らしていたというか
お母さんも良い方です

残間さんは、あまり健康状態はよくないようですが、
色々な病気を抱えながら、そんなに仕事をしていいのですか?と
心配になるほど精力的に動いています
水谷修さんもそうですが、「命を削りながら」という気がします

私は体も精神も強くはないので、こういう人達を見ていると
私の何十倍生きているのだろうか、とつくづく思います

余談になりますが、私の主人は
「芸能人と会ったと嬉しがっている人の気持ちがわからない」
と言いますが、私は短大の頃に書店でアルバイトをしていて
北山修が「アカシアの大連」という清岡卓行の本を買いに来て
本を渡し、お金を受け取ってお釣りを渡したのですが、
その時にキャッキャッ喜んだ記憶があります
当時深夜放送を聞いてましたし、北山修の本も買って持ってました
北山修が書店に入ってくると(2,3回入ってきたような)
他のアルバイトの子と「北山修が来たわよ」と囁きあったりしました
北山修は長い事医者としての仕事をし、芸能界から遠ざかっていたので
月曜日のラジオを聞けたら、と思います
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私が読んでいるブログ 3 糖尿病

2014-09-12 01:51:05 | 糖尿病
私がお気に入りに入れて読んでいるブログの3つ目は「有名人」ではないですが
主人が一昨年から糖尿病になってしまい、糖尿病のブログを読んでいます
糖尿病と言えば、有酸素運動、歩け歩け、なんですが、
こちらのブログの人は、「筋トレ」が糖尿病には一番の療法?と言っています
インシュリンを出すには?筋肉をつけるのが一番いいそうです
今言われている「糖質制限」は、ダメ、と言っています
で、主人は糖尿病発症から一年間は、頑張ってやってました
区のスポーツセンターに行って筋トレをしたり、
小学校で開放しているプールに行って泳いだり、頑張ってました
パン焼き器を買って、自分で研究したとんでもないガチガチに硬いパンを焼いたり、
ヨーグルト製造器も買って自家製ヨーグルトを作って
シナモンだの色々スパイスを買って、糖尿病にいいいという
コーヒーにいれて飲んだり、そりゃ一生懸命、、、

その内、いつの間にかスポーツセンターに行かなくなり、
プールも行かないし、パンも焼かなくなり、
ヨーグルト製造器も沈黙し、(最近、ヨーグルト製造器は再度動き始めました)
はぁぁぁぁぁ、、、
な~んにもしなくなって、、、はぁぁぁぁ?
ヘモグロビン何とかという数値がずっといいそうで、それで?

まぁ、食事は何とかやってますが、
精白米がいけないからと、色々混ぜてます
一合強のお米を炊くのに、米半合、麦半合、古代米少々、そば米少々、
十六穀米少々、高キビ少々、これを混ぜた紫色のご飯を(私も)食べてます
ご飯の量は一回100g計ってます
食前には、こんにゃくを200g、と納豆と、時々メカブと、

このブログの筋トレさんは、何を食べても平気
理由は「高度筋トレ」を週三回位やっているからだそうです
でも、私の主人はやりませんから、食事は気をつけないと
面倒な病気ですね

好きだったアイスクリームもダメだし、
ご飯をいっぱい食べる人なのに100gだ
甘いものが好きなのにダメだし、
でも、糖尿病ってよく食べる人がなりやすいのかな?
遺伝も関係するらしいですが、まさかの糖尿病って、ウソって感じでした
病院行っていきなり入院でしたから
ウィーーーって感じで驚きました

読んでいるブログの話と関係なくなってしまいした
付け加えますと、このブログは糖尿病ブログでかなりの上位にあります
又、大変ユーモアのある豪快な方なので、面白いこと請け合います
また、化学的?な事にも大変詳しく、私は読んでもわかりませんが
楽しい方で、糖尿病の相談にもよく乗っています
年齢はよくわかりませんが、本業はミュージシャンらしいです
私はこの方の事を「筋トレ兄ちゃん」と呼んではいますが、、
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なぜ、犬は「ワン」としか鳴けない?

2014-09-11 15:54:54 | 動物・鳥
動物の種類によって鳴き声が違っているのは何故なのでしょうか
なぜそんな事を思ったのかと言うと、家の飼い猫(元野良猫)が
私が「ニャーニャー」というと、何となく安心して嬉しそうなのです
犬は「ワン」
猫は「ニャー」
牛は「モォー」
ニワトリは「コケコッコー」
馬は何と鳴くのでしょうか?あぁ、「ヒヒーン」でした
豚は「ブーブー」
たまには、犬が「ニャ~」とか、猫が「ワン」とか鳴いてもよさそうに思いますが
絶対に同じ鳴き方しかしないですね

カラスは「カァーカァー」
雀は「チュンチュン」
鳩は?
そう言えば、虫も種類によって鳴き声が違いますね
コオロギは「ルールッ」でしょうか?
鈴虫は「リーンリーン」
ウマオイは(最近はずっと見かけませんが)「ガチャガチャ」
今その辺で鳴いているのは、外来種の何とかという虫で(忘れました
あ、「カネタタキ」でしたっけ?
木の上から聞こえてきますが
形はコオロギに似ていて、もう少し小ぶりでしょうか?
「チッチッチッ」というように聞こえます

私がとても苦手なのが「カマドウマ」です
「便所コオロギ」と言ってましたが、何しろその形態が気持ちが悪い
体は裸みたいに羽がなくて、長~い足をしていて
やたら跳ねます
あれは、とてもではないですが、可愛くない上に超がつくほど気味悪い
話がどんどんそれてきましたが、
そう言えば今年、、、何年、何十年?ぶりで
カマドウマをトイレで発見し、「心優しき」わたくしは、
それをコップで捕獲し、無事外に放しました
写真を撮っておきましたのを思い出し、
嬉しくも?アップいたしますので、ご覧ください



すごく気持ち悪くありませんか??


そんな事を言っては、カマドウマさんには申し訳なく思いますが・・・


マダラカマドウマというそうです
キャー、という感じがしませんか?
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水谷修さん 私が読んでいる「有名人」ブログ

2014-09-11 02:12:52 | 他の人のブログ
「夜回り先生」で有名な水谷修さん
この方のブログも、何かの検索中に出会ったものです
ご病気を持ちながら、絶える事のない「子供たち」を救う活動
ドラッグから、非行から、犯罪から「子供たち」を守りたい
その心だけで体を酷使しながら、毎日動き回っている心優しき「先生」です

確か血液のガンを患いながら活動を続けていると
そうしたら、他のガンにもなっていて、手術をした数日後には又動いている
この驚異的とも思える精神の力は一体どこから来るのだろうか、と
私のような病院大嫌い、病気怖がりの気の小さい人間からしたら
人間には見えない不思議な人です

ですが、そのブログを読んでいると、力強い生き方とは別の
とても心優しい、そしてポジティブな考え方、
その真っ当な意見というか、生き方の勧めには
そうであろう、と納得させられることしきりです

まず、子供たちよ、自然と接し、太陽を浴び、体を動かしなさいと
掃除をしなさい、挨拶をしなさい、体を動かす事が大事です、
夜は寝て、昼動きなさい、と
つまり、小難しい説教ではなく、人間の持つ健全なものを生かそうと
それには、環境をそういうふうに整えること
考えているのではなく、自ら健全な生活と考え方を持つことによって
自然と心もついて行くと、そんなポジティブな生き様を教えています

そして、暗い自殺願望のメールや相談と向き合いながら、
構って欲しい嘘の相談などにも、嘘で良かった、という
水谷修さんの、健全で心優しい心を受け止めて、
生き直す子供もたくさんいることでしょうが、
水谷さん自身が、自分の体を、命をかけて救おうとしているその心に
言葉もなく、ただ眺めているだけです、痛ましく思いながら
私にはできません、と思いながら

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私が読んでいる「有名人」ブログ 野末陳平さん

2014-09-10 23:17:08 | 他の人のブログ
私は、ブックマークに入れて読んでいるブログが幾つかあります
一番きちんと読んでいるのが「野末陳平通信」という
野末陳平さんのブログです
今年82才です。
奥さんと別居して、お子さんはいなくて独り暮らしをしていますが、
私よりもずっと外出が多く、あちこち具合が良くないとかいいながら
はっきり言って「元気な」年寄りです
年を取って少し体にガタが来ている程度の、
頭は若くてしっかりし、話し方も(ニコニコ動画などで拝見)若い人と同じ
毎日の生活を淡々と書いていて、時に時事問題から(元政治家)
小保方問題から、色々、中々面白いです

何故読み始めたかと言いますと、数年前海江田万里さんが
政治で取り上げられた時(確か党首選だったと思います)
海江田さんってどんな人だったけ?と検索したら、
野末さんの秘書をやっていたという事でした
そうだ、野末陳平さんは元気なんだろうかと検索し、ブログを発見
そのままずっとほぼ毎日読んでいますので、もう三年位になるのかもしれません
野末さんは料理はほとんどせずに、
外食して美味しい物を食べるのが毎日の楽しみになっていて
年寄りと言っても食欲旺盛ですから、年寄りの少食とは程遠く
あれが、元気の元なんだろうかと思ったりして
何でも立川談志さんと親友だったらしく、落語もよく聞きにいってるみたいです
(立川談志と言えば、私の友達が立川談志の従姉妹なんだそうで、
びっくりです。これは、内緒の話みたいですが)
毎日野末さんは元気なんだろうかと、チェックを怠りません
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「霊」というものの存在について

2014-09-09 11:57:29 | 霊的現象など
福島の災害のあと、少なからずの霊の現象が見られたという
生き残った人達が、大事な人の霊との遭遇を体験したと言う
それを絵に表したものも、テレビで見た

私の主人は、霊を何度か見たことがあるという
霊というか、この世のものではないもの、という意味のものだけれど
主人の実家では、5,6人漂っている?のが見えるとか
又、こちらの近所の場所で木に何人かぶら下がっているのが見えるとか
そこは、昔の刑場の一部で、以前から何かあると言われている場所だ
私は見た事はない
けれど、様々な意味での「何かが作用して起きた」であろうこと、は
体験した事があるように思う
猫の恩返し、とか、霊の働きによる現象らしいこと、とか

前にも書いたけれど、私は第六感が働く事がある
勘がいいのか、勘が働くのかわからないけれど
変な話だけれど、テレビのクイズとか質問の答えとか
その答える一瞬前に答えがわかってしまう事が何度もある
わからない事柄についてなのに、瞬間的に答えが頭に浮かぶ
これは「信じようと信じまいと」という話になってしまうけれど
ちょうど、テレビの都市伝説の番組みたいで、、
でも、それと霊を感じる能力は同じではないみたいだ

私の知り合いが、こんな事を言っていた
「昔猫を車で轢いてしまった。助けずにそのまま行ってしまった。
その後に(いつごろか聞いたけど忘れてしまった)車を走らせていると
大きな猫が車と並行して、車と同じスピードで走っている
そんな事はあり得ないので、すごく怖かった」
あらゆる動物の中で「猫だけが魔物」だという話を聞いた
よく「猫は魔物だ」というけれど、唯一とは知らなかった

私の知り合いが「岩木山に行って、霊と話がしたいから、その内に行く予定だ」と言う
「亡くなった母親と話がしたい」ということで
私はそれは、恐山のイタコではないかと思ったけれど
確認したけれど「岩木山」に行きたいそうだ

以前私の従姉妹の子(男)が恐山に行って、話をしたという
若い子だったので、何気なく行ったらしいけれど
「俵が見えます」と言われたそうだ
従姉妹の実家、つまり私の父の実家は商家だった
俵とは商家の意味を指したらしい
その息子は若かったので俵を知らず、家に帰って母親に
「俵って何?」と聞いたという話
その後聞いた話はちょっと怖いので割愛させて下さい
でも、多分当たっていたように思います
何も相談事で行ったわけではないのに、こちら側の問題を言い当てたそうです
本当にそういう能力を持った人達がいるんですね


今日は、重陽の節句 マルちゃんの命日です
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昔の遊び 続と昭和という時代

2014-09-08 22:25:51 | 昔の生活・話など
かなりうろ覚えの部分もあるので、少々検証してみました
鞠つき歌2の「いちりとらん」については、弟に
「鞠の歌なので、男だから知らないでしょ?」と聞いたら、
「知ってるよ」と言うので、歌ってみてよ、と言ったら

いちりとらん いちこうし しがほけきょうの
たかちほよ ワンツースリー

と、私と同じ歌でした
ネットで調べると、最後のワンツースリー、というのは
他の例にはないみたいなので(他は てとりとらん、とか)
ここら辺の言葉なのか、と思いますが、これ伝承する人が
間違ったり、自分の好みを入れたりもするかもしれません
あっ、思えば昔に「ワンツースリー」などというわけはないですから
後から変えたのには間違いないですね(笑)

「はないちもんめ」については、

この子が欲しい
この子じゃわからん
相談しよう、そうしよう 「あっぷっぷ」

と言ってましたが、そう言えばそんな気も・・・アップップ~?
「陣取り」これは、地面の上に手で、親指を起点にして、
一番長い中指をコンパスのようにして丸く半円を描き、
ちょうど、鯉のぼりの鱗のように図を書きながら、
自分の場所を取っていく遊びだったように思います

蝋石(ろうせき)という、白いチョークのようなもので
地面に絵を描いたりもしました
何しろ、地面は土でしたし、路地のような遊び場でしたから
車は全く通らないし、道路は子供の天下でしたね
道端には、ホウセンカとかマツバボタンとか、朝顔とか咲いて
近所のマサキの生垣のマサキを切って、ぐるっと周りの皮に筋を入れ
それを抜くと「刀」になったし、八つ手の実は、
小さな穴を開けたプラスチックの道具に通せば、鉄砲の玉になったし
笹の葉で舟を作ったり、松葉を取って、二人で引っ掛けて
ふたつにばらけた方が負け、で外で暗くなるまで遊んでいました



おでん屋さんが屋台で来て、だんご、とかこんにゃくとか
はんぺんとかを一つ買っては、食べてましたが、すごく美味しかったです
昭和という時代を懐かしむマスメディアが多いですが
多分、こんな風に自然と触れ合いながらの生活が、
今の無機質な生活からすると、アナログとデジタルの違いくらい
心に触れた生活がそこにはあったような気がします

親も子も元気でそのままで、何というか
人間らしい生活がそこにはありました
けれど、だから、人間としての悲しみや、寂しさ、怖さなど
動物としての生活も多分に含まれていたような気がします
夜は暗くなり、ちょっと怖かった
夜は皆が寝静まると、妙に寂しくなって心細くなりました
自分は寂しがり屋の弱虫なんだろう、などと夜一人になると
そんな思いがしたのを覚えています
子供の時の話です
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昔の子供の遊び

2014-09-08 12:39:09 | 昔の生活・話など
昨日書いた「ドッジボール」で思い出したけど
昔は子供はよく外で遊んだ
殆どが身体を使っての遊びだったけど

縄跳び
ゴム飛び
缶蹴り
だるまさんが転んだ
ビー玉遊び
ベーゴマ(男の子専用)
ホッピング
フラフープ
やれやれやれやれこんばんは、(というの
はないちもんめ
後ろの正面だぁれ(かごめかごめ、だ)
鞠付き(あんたがたどこさ)
鞠付き2(いちりとらん
陣取り
リリアン編み
おはじき
塗り絵

思いつくだけで、こんなにたくさん(笑)
私の家の近所は、同い年位の子供がわんさかいた
同年代に限らない子供の数は数えただけでも、
一区画(あまり広くなくて)80人以上(笑)
で、同年代というと、50人近く
それらが外に出てワイワイ夕方まで騒いでいるのだから
おそらくうるさかっただろうと思う
バケツで水を撒かれたり、うるさいからあっちへ行ってと言われたり
塀の上を歩いて怒られたり、何回かはそういう経験があった

ゴム飛びなんていうのは、今の高飛びみたいなもので、
胴、肩、耳、頭とかだんだんにゴムの位置を上げて行って
それに引っかからないように飛ぶ、考えればいい運動だと思うけど
ホッピングとフラフープは、物凄い流行になったけれど
胃下垂になる、とか腸捻転になる、とかいう風評が立って
あっという間に中止になってしまった
私は手先が器用なのか、おはじきとかみんな取ってしまって
多分、、、恨まれていたのではないかと、後から思った

かごめかごめに限らず、昔の遊び歌には謎めいた言葉が連なっている
ネットが普及して、思いついて調べてみたけれど
結構怖い話が裏にあって、ゾッと、、、したかも
かごめかごめも謎めいているけれど

「はないちもんめ」
♫もーんめもんめ、はないちもんめ
ふるさとまとめて はないちもんめ
あの子が欲しい
あの子じゃわからん
この子が欲しい
この子じゃわからん
相談しよう、そうしよう
◯◯ちゃんが欲しい 
△△ちゃんが欲しい
ジャンケンポン
勝~って嬉しい はないちもんめ
負け~て悔しい はないちもんめ

これは、貧しい生活の中で、女の子が身売りされる歌なのだそう
「相談」は「商談」で、幾らで売るか、人身売買の話だそう
一匁で売られる話?花、とは女の子の意味とか?

あんたがたどこさ
肥後さ肥後どこさ
熊本さ、熊本どこさ、船場さ
船場山には狸がおってさ、それを漁師が鉄砲で撃ってさ
煮てさ、焼いてさ、食ってさ、
それを木の葉でちょいとおーっ隠(かぶ)せ

今ウィキペディアで見たら、ほとんど違いなく書いてあった
つまり、伝承の遊び歌が、一言一句間違わずに伝わって
それを本当の「文化伝承」ではなく、生きた遊びに使っていたという事で
これが、ある時頃から途絶えてしまったはず
私が遊んだ昭和30年代後半辺りには、まだ生きていた
鞠付き2の歌ですが、私達が歌っていた歌詞は、

いっちりとらん、いっちこうし 
しんがほっけきょうの たっかちほよ ワンツースリー

というのがあって、以前調べた時は載ってましたが、
今調べたらこんなのが  滋賀県甲賀市のHPです
http://www.city.koka.lg.jp/5003.htm

”いちりっとらん”の歌のいろいろ
いちりっとらん いちこうし しらほけきよの
しらほけきょの高千穂よ
りょうてんかん (以下10まで続く)

いちりっとらら らっきょたべ シツシツ
しんがらもちゃ キャツキャツ キャベツでほい
(以下10まで続く)
いちりっとりゃ りゃっとりゃっとせ
しんがらほけきょ りゃっとりゃっとせ

はてぇ、↑こちらは少し違うみたいですが(笑)

これは↓兵庫県の鞠つき歌からですが

いちりっとら らっとげっとし
しんがらほけきょの たかちほよ ちょんがめ
(加古川市)

これも、又少し違ってますが「ちょんがめ」というのは、ちょっと聞かないです
本当に意味がわからない、以前検索した時にはちょっとわかったのですが
そのサイトが見つからないので、コピペしておけばよかったです

滋賀法華経   高千穂

こんな字みたいですが?
長くなったので、この辺りで休憩します
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「ヘイトスピーチ」について

2014-09-07 23:01:27 | ネット関係
私が最初にネットを始めた時、1999年頃の話、
「猫の事は、際限なくなりそうだからやめよう」
と、パソコン先輩の主人と話し合った
庭に捨てられた二匹の仔猫を保護して、
その仔猫達の里親探しを初めてネットでした
そこら辺りはまだ何とかだったけど、次がいけなかった
知り合いに頼まれた事が元で、ある情報を得る為に
ネットで猫関係の掲示板を覗いた
それが元で、先行き大変な目にあう事になるとは夢にも思わずに

掲示板で出会った相手は、当時私は何も知らなかったけれど、
彼らが後で言うには「自分達は日本人ではない」と
それがわかって来たのは何年も経ってから、多分五年位後に
詳しい経過は色々差し障りがあるので省くけれど
ただ、彼らが言うには、自分達は日本人に、何と言うか
「差別された」とか
はっきり具体的には分からないけれど、彼らはそう言っていたし、そう思っていた
私はその中の一人(女)に、こう言われた

>◯(私)にとっては在日は差別ではなく
>日本人>在日っていう絶対揺るがない事実なんだよな。
>あたしが「在日」のくせに◯(私)に言い返すのがナマイキで
許せないんだってさw

東京生まれの東京育ちで、はっきり言って「在日」なるものが
何たるかを、具体的に知らずに育った私に、
あたかも差別者であるかのような、決めつけた発言をされ、
正直びっくりした上に、腹も立った
「何だ?」と

国と国において、どちらが上か下か、民族において、どちらが上か下か
そういう事を考えた事はなかった
私が小学校の頃、そういった事でクラスで何かあったという事もなかった
小学校高学年の頃、中国から来た背の高い細身の女の子がクラスに転入してきた
髪を三つ編みにして前に垂らしていた
何十年ぶりかで思い出したけど、その子は多分中国人だったと思う
名前は「高(こう)」さんと言ったようだった
とても控えめでおとなしい性格の人だったように思う
確か日本語があまり上手ではなく、私はあまり話した記憶はない
いつの間にかいなくなってしまった
多分言葉の関係で止めてしまったかもしれない
その子に対して、言葉が通じなくて不便だろうと
何か気の毒に思った感情はあったように覚えているけれど、
差別感情とか、ましてどちらが上とか考えた事もなかった

他には、ベルギー人のハーフの女の子がいた
大人っぽくて、とても綺麗な人だった
何の差別もなく、みんな普通に遊んでいた
その人のお誕生会に家に招かれて、
戸惑いながら選んで買ったブドウの形のブローチを
プレゼントとして持って行った記憶がある
笑っちゃいますが、そういうの珍しかった時代
遠い記憶ですねえ・・(笑
ロシア人とのクォーターの女の子も転入して来た
えらくドッジボールの球のスピードが速くて、怖いほどだった
その人とは、今もたまに電話で話したりする
だから、外国人とか障がい者への差別はなかったように思う

そうだ、小学中学年の頃にはクラスに、
今から思うと、ダウン症らしい女の子がいた
当時、着物姿のお母さんが毎日来て、付ききりで面倒を見ていた
食事の時に、お母さんが食パンをミルクに浸したのを
一口ずつ口に持って行って食べさせていた
あれ、美味しいのかなあ?と思いながら見ていた
(美味しくはないのでは?と思いながら)
その子の事も誰も差別なんかしなかった
ただ、近寄って何かした記憶もない
お母さんの顔も、その子の顔も、今でもはっきりと覚えている
ちょっと年の行ったお母さんで、仲良くしてくれるようにとの思いか、
私達に話しかけてくれたような気もする
授業の途中で教室からいなくなってしまう事もあったような気がする
探したら、ジャングルジムで遊んでいたのだっけ、忘れてしまったけど
その子も、途中からいなくなってしまった
お母さんの体が持たなかったのかも知れない

そんな感じだったので、中学も高校も短大も、会社に入っても、
どこでも「在日」がどうとかいう話は全くなく、
近所も、そういう人がいたかどうかも知らずに育った
だから「在日差別」なんて身の回りになかった
(そのそも「在日」なんて言葉すら知らなかったし)

大人も中年以降になってから、少しそういう問題が近所で起きるようになった
心ない24時間営業の店が家の真ん前に出来て、
昼も夜もうるさくて、寝られない程の騒音被害にあい、
警察、役所、都の騒音公害課とかいうところに相談しても
騒音110番とかいうところに電話しても、全く埒が明かなかった
その辺りから、日本人ではない人達からの被害を受けている事を感じるようになった
それでも、 日本人 > 在日 などと言う差別意識などは生じなかった

で、(溜息) その時に、その掲示板で色々な書き込みを見た時に
ネット特有の「在日ネタ」とかいうものに遭遇する事になった
何かというと「在日」
そして、その書いている内容は何か、というと
「在日はこんなに酷い事をしている」という内容だった
例えば、生活保護の話、
「家や高級車を持っていても、在日なら生活保護が受けられる」とか
「民団」がどうとか「半島の人間はこうだ」とか
「韓国はレイプが世界一多い」とか「精神的におかしな人が多い」とか
「火病」とか、わけのわからない話が、繰り返し何度も何度も書かれてあった
話している内容とは全く関係ないのに、度々「在日」関係の話が書かれる
「パチンコ屋の息子が友達だが、日本人はカモだ、馬鹿だと
その在日の友達が笑っている」と書いてあった事もあった

これらは「在日批判」の書き込みに間違いない
けれど、これらの事柄を書いているのは当の「在日」と称する人
つまり、私への攻撃をしている人だという事だった
私は何でこんなに在日批判を書き込むのか理解出来なかった
おそらく「正義感の強い在日」の人が、批判を込めて書いているのかな、
と思うしかなかった
今でもその真意はわからない
何でそんな事を書いていたのか分からなかった
もうひとつ考えられる事は、仲間同士で喧嘩別れをしていたから
同じ在日同士の「告発」?なのか、とも思えたけれど、真意はわからない
(私は何か書かれる度に「火病」「在日 生活保護」とかで検索し、調べ、
知識を得る事になり、その為に色々な事を知る事になった)

ヘイトスピーチの話を聞く度に思うことは、
これは「日本人」のしていることかどうか、という話だった
一体日本人は「在日の話」にどれほどの関心を持っているのか
そして、日本人はどれだけ「在日」攻撃を表立ってするのか、という話
一部日本人が入っているとしても、どうもおかしい
私がそう思ったように、ネットでも同じような事が書かれている
「ヘイトスピーチは、在日の自作自演である」と

私は関わった掲示板で散々騙された
同じ人間が違うHNを使って敵対状態を作り出し
自分で自分を攻撃している事を知った
騙されます
敵対しているから別人が書いていると思う
それが騙しのテクニックで、そういう事をする事によって混乱を招き、
こちらを困らせる手法だということを知った
そして、このヘイトスピーチなるものをする事の意味
何かの意図があってしている事なのではないのか
その意図とは何か、って私のような
よく知らない人間には想像がつかないけれど
何かの利害が絡んだことのような気がする
(ふと思ったのだけれど、
これも乙武さんの時と同じ法案の為ではないのだろうか?)

それから、もうひとつ、同じ掲示板で書かれたこと
「自分は在日三世」と名乗る、大阪在住の女の人と話をしたことがある
その人は在日について詳しく、おそらく当時30代だったと思われる
彼女は
「生まれてから、在日としての差別を受けた事はない」と、断言した
本人が自らそう言ったので、こちらがそのような事を
話すよう促したわけではなかったから、事実なのだろうと思う
私は、在日の人が差別を受けているか、そうでないかは
この通りなので、知らないし、分からない
ただ、色々な事をされて、大きな被害を受けて、
その中に「怖い人達がいる」と、思っている事実だけはある

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生誕60周年ということで

2014-09-06 14:12:12 | 映画・テレビ
ゴジラの話題が多くなっています。
私は、ゴジラのことを殆ど知らなかったのですが、
ゴジラとは、核実験によって生じた「怪獣」だという話です
ですので、第一作は娯楽色よりも、メッセージ性の強い、
制作側の意図した精神性を込めた、力作であったようです
1954年製作の第一作は、下記ウィキペディア引用
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1954年11月3日、特撮映画製作を熱望していたスタッフが、当時社会問題となっていたビキニ環礁の核実験に着想を得て製作した、第1作“水爆大怪獣映画”『ゴジラ』が公開される。身長50メートルの怪獣ゴジラは人間にとっての恐怖の対象であると同時に、煽り文句などで「核の落とし子」「人間が生み出した恐怖の象徴」として描かれた。また核兵器という人間が生み出したものによって現れた怪獣が、人間の手で葬られるという人間の身勝手さを表現した作品となった。映画評論家の樋口尚文は、本作の監督である本多猪四郎への取材において「戦後の暗い社会を尽く破壊、無秩序に陥らせる和製キングコングを作りたかった」という旨の言質を取っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
NHKで見ましたが、音楽担当の伊福部という人は
話を受けるかどうか悩んだそうですが、本人も被爆者だったとか?
つまり、ゴジラという映画は、反核としての
警鐘の意味を持って作られた映画らしいのです
知りませんでした
主人はゴジラ生誕60周年記念のゴジラ映画、第一作を見て、
「こんなに真面目な意図を持って作られたんだ」
と、感心していました

今年、外国のゴジラ映画が公開されました
GODZILLAという題名だそうですが、監督(イギリス人)は昔からのゴジラファンとか
ですが、ウィキペディアによると、「SF怪獣映画」だそうです
私がテレビで見た予告映像は、日本のゴジラとは違う生き物に見えました
日本のゴジラは、動きが堅く、どことなくボーッとしていて憎めない
ゴジラには詳しくない私は、主人が見ていたゴジラ映画を見て
「ゴジラとは、いいものなの、悪い奴なの?」と聞きましたが
答えは「その作品毎に違っていて、いいのと悪いのとある」
はぁ、、、、、そんな?

ゴジラは、日本中の都市を破壊していくようです。
そして、あのザ・ピーナツの歌で有名な「 モスラ」も出て来て戦いますし、
色んな「可愛い」怪獣も出て来ます
ですが、基本日本のゴジラは、どことなくいかにも作り物の
何というか、人間が中に入っているだろうなぁーと思われる
微笑ましい感じがぬぐえない映画に思えます

でも、アメリカ製のゴジラの映像は違いました
顔も動きも全然違います
頭の動かし方、口の開け方からして動きがリアルで、正直可愛くない
その、首を斜めに振りながら、頭を回して口を開けるしぐさは
まるで、ワニガメの口のようで、はっきり言って怖い
これは、ゴジラではないわ、と思いました

その後、何気なくアメリカ製のゴジラについての新聞記事を目にしました
文化面の匿名コラムだったのですが、そこにはガッカリする話が書いてありました
映画の内容は「集団的自衛権」の肯定だそうです

日本のゴジラは、反核
アメリカ製のGODZILLAは、集団的自衛権行使肯定
この違いは大きいですね


日本のゴジラが、ずっとこの先、日本らしさを失わずにいてくれるといいのですが
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「花子とアン」主題歌 絢香

2014-09-06 02:52:25 | 映画・テレビ
ええと、こんな事を言っては何ですが、私はあの主題歌の歌い方が大嫌いで
音楽が始まると同時に音声を消します
日本語を日本語らしく発音しない歌い方に嫌悪感を覚える質(たち)でして
主人公が帽子を手に取って後ろ姿になると、主題歌の終わりでして
急いで音量を上げて声を出します
ああいう気持ちの悪い主題歌を、みんな何とも思わず毎日聞いているのでしょうか?
私は全く受け付けませんが

「絢香 歌い方 嫌い」で検索したら、ありました、複数
つまり、たまらん、と「主題歌の時間には『消音』にします」
そういう苦情、しかも、新聞に投稿してあったそうで
私だけではなかった…

その他に、見ない、もありました、主題歌酷いし、と
何で赤毛のアン関係のドラマにあんな不快極まりない歌い手を持って来るのか
NHKの趣味の悪さには閉口します

うんざりですし、その度に急いで消音押して、今度はセリフを聞き逃さない為に
歌が終わった瞬間を見計らって、エイ!!っと消音ボタンを解除
NHK、この苦労を知ってるのか!!
疲れます
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「赤毛のアン」 anne

2014-09-05 13:21:02 | 小説・好きな物など
赤毛のアンという小説を私が手にしたのが、いつなのかは、
はっきりとは覚えていません
ただ、小学4年生の初めに買おうとして手にとって、他の本を買った
それだけは覚えていますが、次にいつ赤毛のアンと再会したのかは記憶にありません

ただ、素晴らしい小説でしたね
繊細で、美しく、類稀なユーモアに溢れていて
読んでいると笑ってばかりいたのを覚えています
それから、純愛と、様々な題材と、
赤毛のアンとは、最初の一冊だけを指すのではなく、
赤毛のアンシリーズを全て指して言っていますが、他の人もそうでしょうか

赤毛のアンが話題になるようになったのは、私が本を夢中で読んでいた頃から
何十年も経ってからの事でした
何故でしょうか
赤毛のアンは、ファンの心の中に染み込んで、
大事に心の中に置かれていた小説のような気がします
自分が大事に思って愛読書にして、心の中に宝石を持っているようなもの
で、それは殆どの場合女の人の持ち物ではなかったかと思うのです
そして、赤毛のアンを好む人達は敢えてそれを口に出さなかった
出す機会もないし・・?

で、ある時から人の心の中にあったアンが表面に出てきたような気がします
「私もファンでした」「私も愛読者でした」「私は赤毛のアンが大好きです」
これがあちこちバラバラに出てくるようになった
そして、何も知らない男共が「エッ?その小説って何?」
となったのではないのかと思うのです

かくして、一人一人の心の中にしまわれていた宝石「赤毛のアン」は
表舞台に姿を現すようになってきたのではないか、そんな風に思います
私の主人は赤毛のアンを私が幾ら「絶賛」しようが
一切読む気はありません
気が向くと、本を山のように読む人なんですが
赤毛のアンは、大体が女の人の宝物だったんですね、今も

映画とかミュージカルとか赤毛のアンは何度か上映されています
アニメにもなってますね
似て非なるものの「赤毛のアン」が

アンは、決してお転婆でもなく、やたら明るくもなく
所謂パターン通りの少女ではありません
でも、それが小説以外のどこにも描かれてはいません
描かれるのは「普通の少女」であるアン
どれを見ても「違う・・」とがっかりさせられるだけです

他で描かれるものは多分「赤毛のanne」ではなく「赤毛のann」
というものなのかも知れません
これは、読んだ人にしかわからない?
アンの綴りは最後に「E」がつかないといけないんですよ(笑
だから、赤毛のアンは小説だけのもの、
L・M・モンゴメリという人の書いた小説、一人だけのものなのでしょう
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