おじんの放課後

仕事帰りの僕の遊び。創成川の近所をウロウロ。変わり行く故郷、札幌を懐かしみつつ。ホテルのメモは、また行くときの参考に。

真心 - まごころ -

2024年11月26日 | 小金井充の

アナウンサー伊丹「見えました!みなさん!滑走路に止まったままの、小型ジェット機をご覧ください!今、太平洋300キロ沖合いにある、地図にない島から、今、クラウドン、アメリカ臨時大使に先導されて、あっ!、白い長い髭をたくわえたお爺さんの顔が、今、飛行機の中から、あらわれました。臨時大使は、タラップを降りながら、出迎えのひとたちに、しきりと手を振っております。お爺さんは、や、まだ、タラップの上にいます。まっすぐ前を見たまま、動きません。肩まではあるでしょうか。長い白髪が、時折、風に揺れています。」

解説斉藤「あれは、外務省の長井政務次官でしょうか。」

アナウンサー伊丹「一歩進み出て、あー、今、クラウドン臨時大使と、固い握手を交わしました。振り返って、あっ!、大使が、タラップを駆け上がって行きます!。早い!。お爺さんの背中に手を置いたようです。大柄の、はつらつとしたクラウドン臨時大使と比べて、お爺さんはかなり小柄に見えます。今!、お爺さんは、大使に伴われて、一歩一歩、タラップを降り始めました。斉藤さん、なぜ、アメリカの臨時大使が、付き添っているのでしょうか。」

解説斉藤「はい。お爺さんが来た島、オレガノというコードネームで、仮に呼ばれている島は、位置としては、アメリカ合衆国の一部です。それで、アメリカの臨時大使に、エスコートされて来たようです。」

アナウンサー伊丹「オレガノ…。何か、植物にありますね。」

解説斉藤「はい。香辛料の一種として、ドレッシングなどにも入っていますが…、その香辛料のことなのか。資料には、カタカナで書かれてあるだけですので、実際の意味や、発音のイントネーションなどは、分かりません。政府のなかでは、そのオレガノだと思って発音するひとが一般的です。しかし、俺、私がの、というニュアンスで発音するひとともまたいます。」

アナウンサー伊丹「ニュースとしては、困りますね。オレガノ。俺がのぉ。どっちでしょうか。」

解説斉藤「のぉとは伸ばしません。オレガノッです。政府としては、太平洋方面の国際情勢に詳しい、高尚国際大学の榊原名誉教授を交えて、近く、有識者会合を開き、共通の見解を求める予定になっています。実は私も呼ば」

アナウンサー伊丹「今、お爺さんと、長井政務次官とが、握手を交わしました。そのまま、次官の先導で、待機している車に、乗り込む、今、乗り込みました。東洋人に近い顔立ちですね。」

解説斉藤「はい。資料によりますと、遺伝子解析によれば、島のひとたちは、遺伝子的に、東洋系とのことですが。エッしかし、長い間、ウォールハード・コングロマリット社の、個人的な資金提供によって、文明から隔絶されてきた島ですので、住民に対する、公式の調査結果などは、一切、知られていません。」

アナウンサー伊丹「そんな島が、この現代、本当にあるんですか。市販の地図にも、載っていないようですが。」

解説斉藤「政府は先ほど、衛星写真に、しかるべき処理がなされていたことを、公式見解として、発表しました。市販の地図の多くは、衛星写真に基づいて作成されていますので、載っていないですが。実は私、載っている地」

アナウンサー伊丹「スタジオ、それは本当ですか?。スタジオどうぞ。えー。この場で、お爺さんの会見があるそうです。中身については、まだ申し上げられません。間もなく」

解説斉藤「申し上げられない?」

アナウンサー伊丹「……。」

解説斉藤「いや、どうぞ、続けてください。」

アナウンサー伊丹「間もなく、車内から、音声での会見が、オッ伝えできれるかと思います。ラジオの前のみなさま、今少しお待ちください。」

同時通訳風見「日本のみなさま。」

解説斉藤「日本語ですね?」

同時通訳風見「私は逐次訳を勤めます、根地大学東部太平洋言語圏研究室の風見と申します。なにぶん、政府からの急な要請で、さしたる準備もなく、通訳にあたらせていただきますので、不明瞭な点もあるかと思います。マスコミ各社には、追って、正確な訳出を、文章で提出させていただきますので、ご了解ください。イベ、プリンスキトナ」

アナウンサー伊丹「今、何かの、聞いたことの無い、あるいは、ラテン語のような外国語でしょうか。おそらく、現地の言葉だと思いますが。斉藤さん。」

解説斉藤「私も、初めて聞く言葉です。二十七年、この仕事に」

同時訳風見「リアリー?」

解説斉藤「今度は英語だ。」

アナウンサー伊丹「クラウドン臨時大使との、会話の一部のようです。」

同時訳風見「Oh…」

アナウンサー伊丹「何か、深刻な内容のようですが…」

同時訳風見「日本のみなさん、お伝えします。このかたは、来たる九月二十七日に、非常に大きな災害が、太平洋沿岸の国々を襲うということを、ご覧になったとのことです。」

解説斉藤「ご覧に?未来のことを?あはは。そんな…」

同時訳風見「今、クラウドン臨時大使から、背景をうかがいました。メイ アイ スピーク?。」

解説斉藤「誰と話しているんでしょう?」

アナウンサー伊丹「おそらく、クラウドン臨時大使と、会話しているものと思われます。」

同時訳風見「お許しを得ましたので、このかたについて、お話します。このご老人。現地では、見知らぬひとたちに、名前を知られるのを恐れますので、仮に、ご老人とします。このかたは、アメリカの国内、国外に対する政策について、その当初から、有意な未来の情報を、もたらしたかたです。メット大統領暗殺事件や、西海岸大震災など、このかたの情報によって、影響を最小限にすることができた。そうした実績をお持ちのこのご老人が、たっての希望で、日本への渡航を、決意されたとのことです。ア マッカチヨ ンナ」

アナウンサー伊丹「現在、同時通訳を務める、根地大、東部太平洋言語圏研究室の、風見上席教授と、お爺さんとの会話が、続いているようです。」

同時訳風見「通訳します。日本のみなさん。このような悲しい出来事を伝えに来るのでなければ、噂に聞く素晴らしいこの国に、喜んで訪問できたでしょう。しかしあと、ひと月もしないうちに、この国ばかりか、世界中で、もはや、お金は使えなくなります。ものを買うことも、売ることもできなくなり、みなさんの歴史は、終わってしまいます。予兆はす」

解説斉藤「揺れてる?」

アナウンサー伊丹「緊急地震速報です。緊急地震速報が発令されました!。震度6程度の揺れが予想され、震源は日本海溝付近で、あ、今、今、空港の一室のこの部屋も、揺れていま。大き!すな!みなさん机の下に隠れ!かく!」

解説斉藤「痛!」

アナウンサー伊丹「音声!逃げるな!マイクよこせ。下から!。失礼しました。現在まだ、んふ…、現在まだ、揺れが続いています。真下から突き上げる、非常に大きな揺れ。スタッフが複数、落下物に当たり、負傷しております。今、窓の外を見ますと、あっ!、空港の下から、大きな亀裂が、小型ジェット機の真下に、できています。出迎えのひとたちが、散り散りに逃げています。しかし、しかし、お爺さんの乗った車は動きません。風見さん、大丈夫ですか。風見さん、音声入っておりますか。」

同時訳風見「はい。入っております。」

アナウンサー伊丹「そちらは、んふ…、大丈夫でしょうか。かなり大きな地震でしたが。」

同時訳風見「先ほどの会話のなかで、ご老人が、地震のことを教えてくださいました。それで身構えることができました。こちらは大丈夫です。」

アナウンサー伊丹「お爺さんの話、具体的に聞いて。風見さんに。」

タイム西脇「申しわけありません。アナウンサーも負傷いたしましたので、ここからは私、西脇がお伝えします。タイムキーパーをしておりまして、アナウンサー職ではありませんので、お聞き苦しい点はご了承ください。速見さん、ご老人から地震の話があったという話ですが。具体的にはどんな?」

同時訳風見「風見です。会話の途中で、急に黙られて、今、悪魔が用事をたしに来るが、この車は大丈夫だと。」

タイム西脇「失礼しました。風見さん…」

アナウンサー伊丹「悪魔。んふ…、悪魔について聞け。」

タイム西脇「風見さん、悪魔とは、地震のこと?」

同時訳風見「そうだと思います。直後にこれですから。」

アナウンサー伊丹「会話の中身!」

タイム西脇「会話の中身を、聞かしてください。」

同時訳風見「ミ?。シュア。すみません。このような状況なので、会話の内容は、追って正式に文章でお伝えしたいと。」

アナウンサー伊丹「スタジオ。局に返して。もうここは無理だ。」

タイム西脇「それでは一旦、スタジオにお返しします。風見さん、ありがとうございました。」

同時訳風見「ありがとうございました。」

地学者井上「ノボル、USGSから遠隔地のチャートは来たか。」

院生ノボル「はい。来てマス、ガ…」

地学者井上「ガ、って何だ。振幅、計ってみてくれ。」

院生ノボル「出てまセンね。」

地学者井上「出てない?。まーた、日付け間違ってるんじゃないのか。どら。」

院生ノボル「ニホンの日付け、私の国と逆デス。でも慣れマシタ。」

地学者井上「ほんとだ。何でだ?」

院生ノボル「ワッカリマセーン。初めてデスね。」

地学者井上「国内で一番遠い井戸はどこになる?」

院生ノボル「この方向からデスト、ココ、ホッカイドの、ハーマ、トーンベーツーです。出しまスか。」

地学者井上「何だこれ…」

院生ノボル「小さいデスね。減衰、シちゃっタでショかね。」

地学者井上「……。」

院生ノボル「ドしました先生?」

地学者井上「またか…。」

院生ノボル「ア、科長サン、こんにちワ。お世話になってイいます。先生、ドア。科長サン来られました。」

科長玉井「先生、ちょっと、学長室までいらして。」

地学者井上「学長?。はい。すぐに。」

院生ノボル「時系列ヲ、出しておきマス。」

地学者井上「おい、背広どこやった?」

院生ノボル「会議のままジャないでしょカ。お車のなか。」

地学者井上「そうだ。あのままだ。助かるよ。時系列が終わったら、あさっての、地熱発電所のスライドも、見ておいてくれ。どこか二枚、抜かなきゃならん。」

院生ノボル「ワかりまシした。いってラしゃい。」

地学者井上「おぅ。叱られてくるわ。」

院生ノボル「ハハハ。ダイジョブです。」

科長玉井「その格好のままでも、かまいませんよ。」

地学者井上「いや、こんなシワシワのままじゃ、格好がつきませんよ。すみませんが、チョッと時間をください。車に背広がありますんで。」

科長玉井「ドアを閉めてくださる?」

地学者井上「ええ。そのほうがいいでしょう。あと頼むなノボル。」

院生ノボル「ハイ。まかシてくだサい。」

科長玉井「急でごめんなさいね。」

地学者井上「いえ。前にも何度か…。地震のことですね。」

科長玉井「お分かりなのね。」

地学者井上「まあ、これで飯食ってますからね。学長からお呼びがかかる時は。」

科長玉井「今回は、それだけじゃないみたいよ。」

地学者井上「え?。どういうことです?」

科長玉井「さあ。でも、もうこの大学でお会いすることは、無いかもしれないわね。政府のかたが、いらしてたわ。」

地学者井上「そんな…。この大学は、居心地がいいんですよ。機材も古い。僕の年代のものだから、使い勝手がいいんです。馴染みの食堂のおばちゃんもいるし、昔からの飲み屋もある。住み心地と学問的成果とは、比例関係にありますから。なんとか、どうか、ここに居させてもらえませんか。」

科長玉井「それは、わたくしには判断できませんわ。ともかく、学長室へいらして。みなさんを待たせるのは、得策ではないでしょう。」

地学者井上「分かりました。では、この格好のままで、駆けつけるとしましょう。」

学長「あ、また。そんな格好で。」

地学者井上「え?。ほら。科長…。」

科長玉井「学長、お急ぎのようでしたから、わたくしから、先生にその格好のまま、急いで来られるようにと、お伝えいたしました。申しわけございません。」

学長「それなら。政府のかたが来られてるんだが、仕方がない。まあ先生、お座りなさい。玉井さん、悪いけど、席をはずしてくれないかな。」

科長玉井「承知しました。御用がありましたら、お呼びください。」

学長「またたのみます。さあ、先生、お座りなさい。こちらが、文科省の得田参事。そのお隣が、内閣情報室の高井次官補。」

高井次官捕「地震のことで、取り急ぎお訪ねしました。すみません、急いでいるものですから。学長さん。」

学長「いや、かまいません。どうぞ先を。」

高井次官捕「ありがとうございます。先生、すでに、あの地震の解析に、入られていると思います。見立ては、いかがですか。」

地学者井上「爆弾です。」

得田参事「ほら。バレてるよ。どうするかね、高井さん。この先生ほど勘が働かなくても、世間の地学研究者らだって、近いうちに気がつくね。」

高井次官捕「だから、こうして急いで来たんですよ。」

地学者井上「あの、」

高井次官補「なんでしょう?」

地学者井上「今回は、難しいと思いますが。初手でこれだけ報道されてますし。」

得田参事「私もそう思う。だいち、東京と札幌とで、揺れが違い過ぎる。地殻の不連続性とかいう、私らにも意味の分からんことを言って、やり過ごすには、証拠が多すぎるだろう。」

高井次官捕「いえ、それは、それでいいんです。あの老人の実力を思い知る、この国で最初の事例になればいい。」

得田参事「だって、あれじゃ、あらかじめ知ってたって、言われかねない。失敗だよ。長井君も可哀想だ。誰も知らせてやらないんだから。」

高井次官捕「万歳して逃げ回ってましたね。中継で観ました。臨時大使は?」

得田参事「声明が出次第、爺さん連れて帰るそうだよ。ウォールストリートのひとだからね。本業が忙しいんだろう。謎は多ければいい。」

地学者井上「え。じゃあ、あの地図にない島というのは?」

得田参事「無いよ?今時、金持ちならどこへでも行けるんだもの。下手すりゃ、うちらより解像度のいい写真撮って、ネットにあげちゃうからね。」

地学者井上「……。」

高井次官補「どうされました、先生?」

地学者井上「どうして、そんな話を、私の前でなさるのですか。あらかじめ申し上げておきますが、私は、この大学を去るつもりは、ありません。」

得田参事「へ?、いや、そんな話をしに来たんじゃないですよ。誰からお聞きになったか知らないが、先生は、この大学におられるのでしょう。ねぇ学長さん。」

学長「無論です。ただチョッとばかり、身だしなみには、注意して欲しいですが。」

高井次官補「ははは。やられましたな先生。」

地学者井上「いや、これはどうも…。」

得田参事「そろそろ、用件に入りますかな。実は今回は、先生に、やる側に回っていただきたいんです。」

地学者井上「やる側?、と、おっしゃいますと…」

高井次官補「爆弾を仕掛ける側です。」

得田参事「おいおい、高井さんそれは、ストレート過ぎるよ。」

高井次官捕「昔の学者相手に、どんな言いかたしたって同じでしょう。や、これは失礼。昔のというのは、経験あるという意味です。」

地学者井上「余計な経験ですね。」

得田参事「まあ先生、そうひがむことはないです。私らは、先生のご実績に、全幅の信頼を寄せてます。そしてそういう研究者、いや、学者はもう、先生くらいしか、おられない。だからこうして、お願いにあがったのです。」

地学者井上「お願いというより、出来レースですな。」

得田参事「さすが先生。理解がお早い。これから先生のなさることが、世界を救うのです。いや、真面目な話です。非常に特殊な方法で、今回しか使えないような方法ですが、今は、これ以外にない。」

地学者井上「どんな方法ですか。それは。」

高井次官補「もちろん、お話します。先生は同志だ。地震波の解析では、たびたび、お世話になっています。」

地学者井上「同志、というより、共犯者になれと?」

得田参事「そうです。ねぇ先生、ひとには、たまに、やらなきゃならないことが出来る。そういう時代に生まれなければ、そんなこともないでしょう。私は、自分がこの時代に生まれたことを、呪いますよ。」

アナウンサー伊丹「先に、アメリカのクラウドン臨時大使に伴われて来日した、あのお爺さんと、根地大、東部太平洋言語圏研究室の、風見上席教授との会話の、正式な通訳文が、報道各社に配布されました。驚くべき内容ですが、そのまま、みなさんにお伝えします。『すでにお話したように、来たるべき九月二十七日、赤い雨が降り注ぐそのときに、太平洋沿岸地域全域を、非常に大きな災害が襲います。今回のような、爆弾などを使って、人の手で起こせる規模をはるかに越える災害が、多くのひとびとの幸せな生活のみならず、すべての国家の営みをも、一瞬のうちに、そしてまた継続的に、破壊し尽くすでしょう。もしもそれが、私たちの未来として定められたものであれば、私がこの麗しい国に来ることはなかった。この災害に対して、できる備えはありません。あの地下鉄工事の祭典で披露されたように、みなさんは文明を奪い取られ、再び、シャーマニズムの時代に戻るのです。しかし、それで終わりではありません。確かに、時間はかかります。ですが、その時間の先に、新たな文明は拓かれる。私がお知らせしたかったのは、このことです。当然、現在の文明とは、大きく異なるものになる。現在のような貨幣制度や経済活動は、もはや、失われてしまうのです。しかしその時、今の文明にまさるものが建つのを、私ははっきりと見ました。希望はあります。ただ、まずは、現在の文明を、清算しなければなりません。災害までに、できることはある。そのことに、みなさんに気づいてほしいと思います。それが、幸せに至る道なのですから。みなさん一人一人が、悔いのない終末を迎えられるよう、祈っております。』以上です。斉藤さん、これは…、どう思われますか。」

解説斉藤「二十七年間、解説の仕事をしてきましたが。さすがに、こんなことは、経験がありません。あの謎の老人が、ペテン師であることは、十分に考えられる。実際、あの日の地震だって、公のデータをもとに、ネットでは、作為的な可能性について、激しい議論が巻き起こっていますね。このことを、私たちに信じ込ませるための、演技だったと。」

アナウンサー伊丹「コメンテーターの間でも、人為説や、あのお爺ちゃん、実は存在しない人物なのではないかという説を、支持するひとは、多いと聞きます。」

解説斉藤「ええ。公の立場から、そうした見かたを支持するという発言は、今もありません。ただ、私、気づいたんですけれどもね。」

アナウンサー伊丹「斉藤さん、何に、気づかれましたか。」

解説斉藤「アメリカの、これは公式文章で確認できるんですが、実在する臨時大使が、直々に、存在しないかもしれないあの老人を連れて来た。それは、実際に起きたことです。よしんば、これらの出来事が虚構だったとしても、私のこの額の傷は、まぎれもない事実ですし。」

アナウンサー伊丹「私はあの日、転倒したところへ重い機材が落ちてきて、あばら骨を折りました。機材がどけられるまで、寝そべったままお伝えしたので、ラジオの前のみなさまには、お聞き苦しい点があったかと思います。」

解説斉藤「これまで、いわくつきの出来事は、沢山起きましたけれどもね。私自身の、この身に被害が及んだのは、これが初めてなんです。もう、どこか遠くの出来事ではなくなったということに、私は気がつきました。」

アナウンサー伊丹「また地震速報です。予想される震度は6弱。震源は太平洋沖。広い範囲が揺れる可能性があります。ですが、地震の到達まで、まだ30秒ほど時間があります。火を使っているかたは、火を消してください。落下物の心配のない場所であれば、無理に動かないでください。丈夫な机などがあれば、その下に隠れて、落下物を防いでください。今、スタジオも揺れ始めています。天井のライトが、大きく揺れています。」

解説斉藤「この前よりも、穏やかですね。」

アナウンサー伊丹「スタジオの揺れが、おさまってきました。続いて地震が起きる可能性もあります。不安定な場所にいるかたは、今のうちに安全な場所へ移動してください。これ?。はい。警報です。気象庁から、津波に関する警報が発令されました。太平洋側全域に、津波警報が発令されています。船の様子などを見に行かないでください。また、津波が川をさかのぼる可能性があります。水田や道路の様子を見に行かないでください。」

解説斉藤「この前は津波なんてなかった。」

アナウンサー伊丹「西日本の太平洋側沿岸に、大津波警報が発令されました。沿岸のお住まいのかたは、ただちに高台へ避難してください。震源のマグニチュードは8.8。これは暫定値です。アメリカの地質調査所の発表では、震源地はハワイ沖。当初お伝えした震源域が、変更になっています。現在、ハワイの短波ラジオ局からの送信が止まった状態です。また、インターネット上の情報によりますと、ハワイに拠点を置く複数の企業のホームページが、現在、閲覧できない状況だということです。今入りましたニュースです。東京日比谷の帝国ホテル前から、銀座、和光の時計台付近までの道路沿線に、多量の紙幣が散らばっているのを、警戒中の警察車両が発見しました。今現在、何者かが時計台に登り、上から紙幣を撒いているという情報もあります。現地にリポーターが向かっていますが、地震の混乱で、渋滞が発生しており、到着次第、現地から状況をお伝えする予定です。」

得田参事「長井君、元気にやっているようだね。」

高井次官補「あのひとはもう、何がなんだか、分からなくなってしまったんですよ。」

得田参事「え?、じゃあ、あれは長井君個人のカネなのかい?」

高井次官補「いやぁ、まさか。機密費から出ているはずです。」

得田参事「そう願うよ。バラ撒きはバラ撒きだが、世帯に配るのとじゃ、カネの動きがまったく違うからね。」

高井次官補「ええ。火がつくまでは、何度でもやるでしょう。しかし、いいタイミングで、本物の地震が起きたもんです。あの先生、腕は確かですね。」

得田参事「ああ。思えば、あのひとも、時代に召されたひとなのかも知れないねぇ。研究者ならば、腐るほど居るが。ああいう学者はもう、けっして、この世には生まれまい。」

高井次官補「お昼ですね。」

得田参事「ん。私はソバだ。君もどうかね。」

高井次官補「お供しますよ。どこです?」

得田参事「境ビルの地下の、新しい店だ。天ぷらが美味い。今月はな、懐が寂しいんだ。妻が特老に、転院になってな。もう私のことも…。」

高井次官補「聞いていますよ。お察ししますよ。」

得田参事「ありがとう。私の車で行こう。待たせてあるから。」

地学者井上「核が、あんなちっちゃな爆弾が、どうしてあんなに、大きな物理的破壊力を持つのか、考えたことがあるかい。」

院生ノボル「爆発スルと、とてもアッツイです。大気ガ、温められて、沢山、膨張スル、ので、建物などヲ、押し倒しマス。」

地学者井上「だけど、火球の半径は、せいぜい数十メートルだ。そのなかにある空気の量なんて、いくら膨張したところで、たかが知れている。あっという間に、真空に近づいて終わりだ。問題はな、そのあとだよノボル。そのあと、どうなる?」

院生ノボル「核反応ガ終わるので、冷えマス。」

地学者井上「そうだ。急激に冷えるな。すると、どうなる?。ポッカリ開いた真空の穴だ。」

院生ノボル「周りの空気ガ、流れ込むでしょう。」

地学者井上「この前の座談会の余興、覚えているか?。換気扇の話。あんな小さな扇風機で、どうして、部屋全体の空気が動くのか。」

院生ノボル「ハイ。空気ノ粘性や、慣性ガ、周りの空気ヲ引っ張りマス。」

地学者井上「そのために、何が必要だった?」

院生ノボル「窓ヲ、チョット開ける、デス。」

地学者井上「そうだ。初動は、換気扇の吸い出す能力しかない。換気扇が作れる気圧差以上の空気を、供給してはダメさ。つまり、どんなに小さな換気扇でも、どうにかして気圧差を作ることができれば、空気を動かせる。動けば、あとは雪崩式に、周りの空気がその周りを引っ張る。」

院生ノボル「ナルホド。冷えた火球ガ、換気扇デスね。」

地学者井上「そうだ。そして、そこに引き込まれる空気の量は、限りがない。無限にある。爆発で膨張する空気の量とは、比べ物にならない量の空気が、引きずり込まれる。核はな、火球が冷えたあとの、吹き戻しの風がヤバイ。戦時中の、核実験の記録フィルムを観る機会があったら、注意して観るといい。」

院生ノボル「それガ、何か?。津波のハナシ?。ア、そうか。なるほどデス。」

地学者井上「だから、隆起型の津波よりも、沈降型の津波のほうに、注意する必要がある。逆に言えば、海底を大きく陥没させられれば、地震はともかく、自然に匹敵するほどの、大きな津波を作ることができるわけさ。」

院生ノボル「コワーイですネ。デモ、難しいデス。そんな、大きな陥没ヲ、引き起こすのは、無理でしょう。」

地学者井上「ノボル、飛行機が、どうして飛ぶのか、知っているか。」

院生ノボル「ソレ、私、ネットで見ましタ。結局ワ、よく分からない。」

地学者井上「例えば、ジャンボジェットはな、機体全体の上下に、0.3気圧の気圧差をつくることができれば、浮くんだ。そのために、あんなに走らなきゃならない。わずか0.3気圧だと言えば、簡単なようだが。300ミリバール以上。今は、300ヘクトパスカル以上だな。下げなきゃならない。700ミリバールなんて数字、巨大台風でも、見ない数字だ。自然の真似など、はなから無理な話さ。でもな、原理は同じなんだ。あとは工夫だな。」

院生ノボル「他力本願デスね。」

地学者井上「飲み込みが早いね。ノボルだったら、核をどう使う?」

院生ノボル「ンー。地中デ、爆発させマス。高温デ、岩石ヲ溶かせマス。空洞になりマスね。」

地学者井上「それだって、半径数十メートルに過ぎない。私なら、マグマの抜け殻を使う。まだドロンしてない、鍋状に天井が落ちていないやつをな。」

院生ノボル「古い海山列に、あるカモですね。コワーイ。先生ワ、マッド・サイエンティストです。」

地学者井上「でもな、実際には、そんなことは不可能なんだ。」

院生ノボル「ナゼ?。理論的には、可能と思いマス。」

地学者井上「俺が、やらないからだ。」

院生ノボル「ハハハ。ア、先生、もう、お昼デスね。私、ハマのラーメン食べマス。行きます。先生、行きませんか。」

地学者井上「なんだ、今月はリッチだな。宝くじでも当たったのか。」

院生ノボル「銀座で、拾いましタ。内緒ですヨ。」

地学者井上「ああ…。弱ったな。なんて言えばいいんだ…。」

アナウンサー伊丹「しかし、驚きましたね、斉藤さん。外務省の長井政務次官が、こんなことで逮捕されてしまうとは。」

解説斉藤「許可無く、時計台に立ち入ったことが、逮捕の原因です。お金を撒いたということが、逮捕の原因ではないですね。」

アナウンサー伊丹「心神耗弱ということで、不起訴処分になりましたが。役職についての処遇は、今後、どうなるでしょうか。」

解説斉藤「党本部で、対応を検討しているようですが。まず本人に、続ける意思があるのかどうかでしょう。撒いてしまったお金も、回収する意思がないようですし。」

アナウンサー伊丹「警察のほうでも、遺失物としての扱いをするのかどうか、対応に苦慮しているようですね。」

解説斉藤「落し物であれば、当然、遺失物としての扱いになりますが。今回は本人が、ご自分の意思で撒いたわけでしょ?。譲渡になるのか、寄付になるのか。寄付というか、喜捨ですかね。拾われる前提で撒いたのかどうかも、争点になっているようです。」

アナウンサー伊丹「結論が出ないまま、使ってしまうひとも、続出しているそうですね。」

解説斉藤「なかなかの問題ですね。法律のほうで結論が出れば、扱いも決まるんですが。今はまだ、いわゆるグレーゾーンですからね。こんな、世間を騒がせるようなことをしなくても、我慢してきた自分の楽しみのために、使えばいいんですよ。」

アナウンサー伊丹「斉藤さんは、何か楽しみのためにされたんですか。」

解説斉藤「ええ。私は、とっておきのウイスキー、元町二十二年を開けましたよ。タンスに仕舞っといたって、もう、しょうがないじゃありませんか。伊丹さんは、何か?」

アナウンサー伊丹「私は車を買い替えることにしました。では、これまでに入ってきたニュースを、まとめてお伝えします。(チャイム)ドイツのザクセン市で行われた、各国の中央銀行の代表者による臨時会合は、予定通り、利下げをする方針で合意し、閉会しました。これは市場への、資金流入の順調な拡大を受けて、この流れを、さらに、ゆるぎないものとすべく、全会一致で採択されたものです。今後、住宅ローンや就学ローンが組みやすくなるなど、日常生活への負担を軽減する方向での、経済的な良い影響が期待されます。(チャイム)個人消費の伸びを受けて、白物家電業界で作るホワイト・ナイト・クラブは、ひとつ前の製品、いわゆる型落ちした冷蔵庫や洗濯機などを、現在の販売価格の半額から、七割程度値下げして販売する、期間限定のセールを、来月から、全国の加盟店で一斉に開催することで合意しました。日時や、商品の詳細については、お近くの加盟店のホームページなどで、ご確認くださいとのことです。(チャイム)今日、お昼前、長野県中区美々の県道脇の、民家に続く小道で、七十八歳のお年寄りの女性が、この女性の親族と思われる二十三歳の無職の女性に、後ろから押し倒され、バッグに入っていた現金を奪われる事件がありました。無職の女性は犯行を認めています。供述によりますと、お年寄りと、この女性とは、二人で暮らしており、収入はなく、お年寄りの、いわゆるタンス預金だけが、生活の資金だったとのことです。お年寄りが、突然、自分のために使うと言って、タンス預金を全額持ち出したために、この女性が慌てて取り押さえ、奪った現金は、元通りタンスに仕舞ったとのことです。警察では、お年寄りの女性を、背後から押し倒したことについて、虐待にあたるのかどうかを視野に、捜査を進めています。斉藤さん、こうしたタンス預金をめぐる、身内の間での争いごとが、このところ増えているようですね。」

解説斉藤「はい。タンス預金だけに限らず、自分の貯金を現金化して、自分の楽しみに使おうとするのを、家族が止めに入るという形の事案が、全国のみならず、世界的規模で、頻繁にニュースになっています。国内だけでも、タンス預金の総額は、六十兆円とも言われています。それだけの金額が、今、市場へ戻ろうとしているんですから、こうした痛みを伴うのは、避けられないのかもしれません。私たちが初めて経験する、お金の流れですからね。」

アナウンサー伊丹「どうせなら、自分だけでなく、家族とパーッと使うほうが、楽しいんじゃないでしょうか。」

解説斉藤「そうですね。パーッと。」

アナウンサー伊丹「それではみなさん、よい週末をお過ごしください。」

得田参事「産経省の試算を見たかい?」

高井次官補「ええ。予想外の数字で、驚きました。これならば、赤い雨も必要はないですね。」

得田参事「民衆の力だよ。それだけ鬱憤が溜まってたんだ。タンス預金を表に出したいが、どうやって出したらいいかが分からない。そんなモヤモヤが、爆発したんだ。私らには予想外。とはいえ、国民には、いい機会になったじゃないか。」

高井次官補「ご存じですか。あの学長、退職して、科長さんとバカンスの最中だそうですよ。」

得田参事「どっちも、独身で通した身だからね。そのくらい、報われてもいいじゃないか。それより、あの先生と、ノボル君だったかな、外人の院生の始末は、どうするんだね。」

高井次官補「国内に留まり、国に貢献する限り、面倒は見るという、上の決定です。あの院生については、すでに、国籍取得の手配は済んでいます。将来、当人が申請することがあればですが。」

得田参事「じゃあ、私も今まで通り、彼らと接していいんだね。」

高井次官補「その件については、何も。得田さん…、良かったんでしょうか。これで。」

得田参事「良かぁないさ。だけど、今のヒトの発達段階では、これが最善の方法だと信じるよ。持ってきたんだろ。さあ、私の最後の仕事を、手伝ってくれたまえ。栄光への道をな。」

高井次官補(得田参事を射殺)。

アナウンサー伊丹「ただいま入ってきたニュースです。えー、今日の午後、東京赤山にある、文部科学省の、得田参事官の自宅で、銃声が聞こえたと、警察に複数の通報がありました。玄関の鍵はかかっており、警察官が、居間のガラスを割って、なかへ入ったところ、一階応接間で、得田参事官が、頭から血を流して倒れているのが発見され、その場で死亡が確認されました。自殺と見られます。得田参事官は、日本が技術立国であった時代に、小中学校国語科の、指定教科書の作成にあたったほか、文部科学省を退職後は、資金繰りに苦しむ学生のための、給付型の奨学生制度として知られる、得田奨学金を創設するなど、教育の分野で、広く内外に知られています。お待ちください。しばらく、お待ちください。これ?これね。えー、先ほどの、得田参事官についてのニュースですが、遺書が発見されたとのことです。公表された内容を、そのまま読み上げます。『私、得田は、国民のみなさまに、お詫び申し上げねばならないことがあります。先頃、アメリカのクラウドン臨時大使に付き添われて来日した、オレガノ、という島から来た老人と、その話とは、経済的に死につつある世界への、残された最後のカンフル注射となるべく、国際的な取り決めのもと、私がシナリオを担当した虚構です。赤い雨など降りません。太平洋沿岸を襲う災害など起こりません。どうぞ安心してください。』斉藤さん、これは、どういう…。」

解説斉藤「また、騙されたってことですね。ですが…。この国の経済は今、確実に、回復路線を歩み始めています。みなさんも、かつてない経済指標の立ち上がりを、ご覧になったでしょう。お店へ行かれて、久しぶりの活気を、肌で感じられたことでしょう。しかも今回は、世界中が、足並みをそろえて、回復路線を歩んでいる。長く続いた不況から、この国は脱出するでしょう。乾坤一擲。サイは投げられました。あとは、国民のみなさん次第です。」

地学者井上「コーヒーは、机の上に置いてくれ。だが、本を閉じちゃいけないぞ。」

院生ノボル「先生、ナニを、見てますカ。私、コーヒー、習いましタ。自信作デス。冷める前に、召し上がってくだサイ。」

地学者井上「ニュースを見ていた。すまん。ちょっと、疲れているんだ。」

院生ノボル「それナラ、コーヒー、いいデス。効きマス。ケーキもありマス。甘いもの、食べてくだサイ。」

地学者井上「うん…。それじゃ、いただくか。お、いい香りだ。おいおい、ずいぶん買ってきたな。」

院生ノボル「駅のナカに、できましタ。ルルーのお店テ、看板、書いてましタ。安い。オイシイです。」

地学者井上「ルルー?。あそこ、再開したのか。いや、隣の、プリンのやつをくれ。好物だったんだ。また食えるとはなぁ。んー、コーヒー、いけるじゃないか。客が来たら、ぜひ、たのむよ。」

院生ノボル「アリガトございまス。先生、何のニュース、見てましたカ?」

地学者井上「文科省の、知ってるひとが、亡くなったそうだ。おい、背広、どこやったかな。葬式に出てくるよ。学生実験は、任せていいかい?。偏光顕微鏡で、変成岩の判定やらせてくれ。雲母と石灰で戸惑う学生多いから。」

院生ノボル「ハイ。任せてくだサーイ。任せてもらうの、初めてデス。うれしいデス。先生、背広、見つけました。コレ。」

地学者井上「まあ、このコーヒーは飲ませてくれ。六時には戻るから。」


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« さよならの前に | トップ | ついに抜けた、か… »
最新の画像もっと見る