幸が8歳の誕生日を迎える数か月前。
父の仕事が破綻した。
払いきれない負債に押しつぶされそうな父。
必死で奔走したがとうとう万策尽き膝から崩れ、地面に手をついた。
「これまでか・・・。」
父は期日までの返済が不可能だと知り、無責任ではあるが不履行の道しか選択の余地は無かった。
債権者に申し訳ない。家族に申し訳ない。自分の不甲斐なさに涙した。
誰にも言い訳できないが、ここは心機一転、再起を目指すしかない。
債権者に置手紙を残し、姿を消した。
必ず返済するから、それまで待って欲しいとの置手紙を残し。
妻には債務が及ばないよう、離婚届と姿を消す事の詫びを連ねた手紙を送る。
「でもあくまで緊急避難の一時的な措置であり、近いうちに必ず挽回し帰るから、それまで何としても耐え忍んで」との言葉を残して。
残された妻と娘の幸。
妻はすぐに生活のため働きに出る。しかし病弱のため、思うようにはいかなかった。
すぐれない体調にむち打ちながら働き続けるのだが、とうとう限界がきたみたい。
ギリギリのところまで踏ん張り続け、その日の仕事は何とか終え帰宅する雨の夜。
土砂降りの中、弱り切った身体でよろけながら歩く母。
崖伝いの坂道の途中で力尽き、ガードレールにもたれかかった瞬間、体ごとバランスを崩す。
ガードレールの境界線を越えた母は、奈落の底へと消えてしまう。
それっきり、幸の待つ家に帰る事は無かった。
数日後身元不明のご遺体が上がったが、残された幸に知らされることは無い。
それまでも貧しさから、ろくに食べ物にありつけなかった幸。
次第に衰弱し、母が姿を消してからは、もう何も食べるものは無いが、ひたすら帰りを待つしかない。
ヒモジイ想いをぐっとこらえ、優しい母を待ち続けていた。
そして運命のクリスマスイブの夜を迎えた。
一つの命の炎が消える。
翌日の昼過ぎ・・・。
ささやかな土産を手に持って父がやってきた。
玄関ドアの鍵を開ける直前、虫の知らせが異変を伝える。
しかし、全ては遅かった。
部屋の奥の変わり果てた娘の姿を見て、父は絶句する。
「幸!幸!幸・・・・。」
冷い身体の幸を強く抱きしめ、父は声を出して泣き続けた。
「・・・そうだ!母はどうした?」待てど暮らせど母は姿を現さない。
おかしい・・・、娘が命を落として尚、ほったらかしにする母ではない。
父は捜索願いを出し、ようやく身元不明だった母を見つけ出した。
無縁仏の遺灰にすがりつき、妻と娘を自分のせいで死に追いやった深い深い罪を悔やむように、呪うように、いつまでも嘆き続ける、最愛の家族を守れなかった父。
残りの生涯を、ふたりを弔うためにだけ生き続けよう。取返しのつかない今となっては、もう罪を償う事はできない。せめて自分にできる事は、ふたりの菩提を弔う事だけ。
随分抜け殻状態が続いたが、父はそう決心した。
余生を総て旅立った妻と娘に捧げ、自分にできる精一杯の人生を生き、最後まで思い出と共に歩み続ける。
彼にとってクリスマスは特別な日。
その日は毎年ささやかなろうそくの炎で闇を照らし、永遠に妻と娘の魂と過ごすことにした。
おわり
短編(ホワイトクリスマス)三部作はこれにて終了。
読んでくださった皆様。もし今年以降、クリスマスを迎える時にこの物語を思い出すことがあったら、その幸せな気持ちの一部をこの世に生きる全ての【幸】たちにも分けてあげてください。想いを馳せるだけで結構です。
その幸せな気持ちが【幸】たちの魂を救ってくれると信じて。