uparupapapa 日記

今の日本の政治が嫌いです。
だからblogで訴えます。


お山の紅白タヌキ物語 第8話 バルチック艦隊妨害工作

2024-01-30 05:22:01 | 日記

 おせんタヌキはおミヨちゃんに寄り添っていた。

 慎太郎の戦死の報を受け、悲しみに暮れるおミヨちゃんを痛々しくて見ていられないから。

 慰めの言葉もなく、ただ寄り添うしかない。

 幾日もただ、さめざめと泣き続けるおミヨちゃんに、おせんタヌキはお地蔵さまにすがり、どうしたものかを問う。

 しかし生きとし生けるものにとって、この世は諸行無常。

 痛みに耐え時が過ぎるのを待つばかり、との答えしか出てこない。

 おせんタヌキはあれだけお世話になったおミヨちゃんに何とか力になりたい、元気になって欲しいと心から願う。

 でも亡くした者は帰らない。

 おミヨちゃんもそれくらい分かっている。しかし後から後から溢れ出る涙と悲しみは当人もどうする事も出来ないのだ。

 おせんタヌキはただ寄り添うだけしかできない自分の限界を痛感する。

 

 そんな時お山が動き、多くのタヌキたちが戦争を止めようと出征する事を決した。

 もうこれ以上の犠牲は御免だ!

 ご恩あるお里の人間のために戦いに出ようというのだ。

 

 そう、今こうしている間も犠牲者が出続けているのかもしれない。

 私はおミヨちゃんに 寄り添っているだけでよいのか?

 おミヨちゃんのような戦争未亡人が増え続けるのを見ているだけ?

 

 早くに戦争未亡人と云う犠牲者になってしまったおミヨちゃんには悪いが、これからでも遅くはない。 この戦いを止めるために私も協力する事が、恩あるお里の人々のお役に立てられる唯一の行いなのではないか?

 

 私には能力がある。

 これは決して己惚れなどではなく、確かに他のタヌキたちより卓越した妖術の能力とお地蔵さまから受け継いだ神通力を備えているのだから。

今こそこの能力を活かすべきなのではないか?それがお里の人たち、しいてはおミヨちゃんの安息に繋がるのかも?

もちろん戦いが終わったからといって、慎太郎さんが帰ってくる訳ではない。しかしいくさが終わればその分だけでもホッとするだろう。

 

 意を決したおせんタヌキは自らも出征する決意をする。

 自分も連れて行って欲しいとお山のリーダー五右衛門タヌキに頼み込み、特別な許しを得た。

 もちろん出征は本来男の仕事。女タヌキの おせんまで出征するなど想定外であり、願いを耳にした当初は全く相手にしていない五右衛門タヌキであったが、おせんタヌキがあまりに熱心に訴えるのと、他のタヌキどもを圧倒する卓越した妖術の能力と、他の者には無い神通力という特殊なスキルを兼ね備えたおせんタヌキなら、きっと目覚ましい活躍を見せ、尚且つ味方のタヌキたちの犠牲も抑えてくれるだろうとの思惑から、特別に随行を許可した。

 そうした経緯がありおせんタヌキも出征する事になったが、流石に実際の戦闘で銃を持たせる訳にはいくまい。

 おせんタヌキは陸軍ではなく、海軍への所属として取り計らった。

 但し、まだ若すぎる おせんタヌキは女であり、単独では征かせられない。

 心許ないが、気心が知れたあのデコボココンビの尚五郎タヌキと庄吉タヌキも補助に付け、セットでの出征とした。

 

 

 いよいよ出征の日。

 おせんタヌキはおミヨちゃんに最後の別れを言うため、お地蔵さまの隣にお地蔵さまモドキとして鎮座、心づくしの木の実を供え、暫しの別れを仄めかせた。

 無言の別れではあったが、その意図はおミヨちゃんには伝わる。

 コクリと頷くと、「お元気で、そしてご無事で。」と手を合わせてくれた。

 

 おせんタヌキは五右衛門タヌキから、今後おせんタヌキが成すべき命令を聞いている。

 それは海軍の秋山参謀長からの直々の伝達による命令で、きたるバルチック艦隊との決戦を前に、できる限り航行妨害する事であった。

 

 1904(明治37)10月15日、ロジェストヴェンスキー提督率いるバルチック艦隊が、母港のリバウ(現ラトビア リエバーヤ)を出港する前に何としても辿り着かなければならない。

 おせんタヌキは自分にしかできない神通力で尚五郎タヌキと庄吉タヌキを伴い、一日千里を走る術を使う。

 今まさに出航せんとする艦隊に間に合うと、旗艦「スワロフ」に潜入しロジェストヴェンスキー提督の部屋にて調度品やマトリョーシカに化け、機会を伺う事にした。

 

 ジッとしているのが苦手な尚五郎タヌキと庄吉タヌキ。

 下半身をモゾモゾさせ、「なあ、尚五郎タヌキ、用を足す時はどうするんだ?」

「そんな事知らないよ。自分で何とかしろ!」ヒソヒソと話しているが、おせんたぬきがフゥ、とため息をつき、

「その時は私が幻術で、お二人の姿を変わり身の術を以って身代わりを置くから大丈夫。いつでも言ってくだされば用を足せます。

 食事も私が食糧庫に忍び込んで調達できるからご心配は無用よ。」

「それは有難い!そん時はヨロシク頼むよ。やっぱり流石さすがおせんタヌキ殿よ。」

「ホント頼もしい。おせんタヌキ様々だな。」

 などと云っているが、幾日も何もせずただじっとしているのは、ふたりのタヌキにとって思いもよらない苦行であるのを知るのは時間がかからなかった。

 特にロジェストヴェンスキー提督が在室中には。

 全く手のかかるふたり。

 

 そんな中、おせんタヌキは出航早速、ある術を施した。

 そして出航から1週間が過ぎ、その術の効果が表れる。

 

 約100ほど先行していた工作船「カムチャッカ」の機関が故障し、艦隊の航行から脱落した。

 更に運悪く視界不良の濃霧に覆われる。機関の駆動不良は術の効果であるが、それ以上の細工も艦隊全体に成している。

 それは艦隊乗組員たちの意識。即ち相手の脳に直接働きかけ、不安を煽る術。この術は効果が表れるまで時間がかかる。丁度出航から1週間が経過した頃から乗組員たちの精神が不安定になってきた。

 何かちょっとしたきっかけで怯えるようになり、過剰反応するようになる。

 

 そんな時、艦隊の隊列から脱落していた「カムチャッカ」から無線が打電された。

われ日本の水雷艇と思われる艦8隻より追跡さる。」

 その直後通信が途絶え、緊張が走る。「スワ!敵の攻撃か?!」全艦戦闘配置につく。

 

 時は夜。濃霧の中、極度の緊張から乗組員たちは過剰すぎる反応を見せた。

 

 周囲の状況が全く分からない。必死で探照灯を灯し探索を続ける。

 すると突然目の前に小型の蒸気船を発見、直ちに砲撃を開始した。

 それに慌てたのは砲撃を受けた小型船。彼らは近辺で漁をする漁師たちであった。

 必死で攻撃するな!と大声で訴える。

 だが砲撃は一向に止まず、一隻二隻と撃沈された。

 漁師たちは堪らず獲ったばかりの魚を掲げ、「自分たちは漁師だ!攻撃を止めろ!」と叫び続ける。

 だが異常な極度の緊張による混乱を来たした艦隊乗組員たちには届かず、それどころか事もあろうに同士討ちまで始めた。

 その結果バルチック艦隊所属の防護巡洋艦「アウローラ」、「ドミトリー・ドンスコイ」が被弾。

 同士討ちで味方に被害がでた事を知り、司令官のロジェストヴェンスキー提督がようやく間違いに気づき砲撃の中止命令を発した時は、多数の死傷者を出していた。

 しかも最初に日本の水雷艇と誤認され被害を受けた小型船の正体が、イギリス近海で漁をしていた、ただの漁師たちであったとその後に知る。


 しまった!

 

 でもよく考えたら、日本の小型水雷艇がはるか彼方の日本から外洋を渡り、ここまで来られるものか?

 小型の水雷艇にそんな能力がある筈もない。

 いくら夜間の濃霧だからと云って、確認不足の状況誤認も甚だしい。

「アンタ達、バカ?」そう言われても仕方ない程の、考えられない大チョンボだった。

 でもそれこそが、おせんタヌキの術の真骨頂である。

 そのおかげで思わぬ死傷者を出してしまったが、本来氷山などを誤認させて混乱を引き起こすための術であるのだから、期待した以上の効果を発揮したと云える。

 それにしても、小型の漁船が日本の水雷艇?

 やっぱりお粗末にも程があるだろ。

 但し、そんな醜態を演じたバルチック艦隊を少しだけ弁護すると、当時日本はイギリスと同盟を結んでいる。そんな日本がイギリスの力を借りて世界各地に海軍を展開する可能性は否定できない。

 いつ探索船に出会うか分からないと極度に警戒していた。

 その結果、ロシアはスパイ(エージェント)を多数雇い航路上を警戒させていた。

 しかしそのエージェントたちは決してロシアへの愛国心から仕事を買って出たのではない。

 彼らの殆どは金目当てであった。

 当然お金をせしめるには情報を提供する必要がある。

 だから嘘でもガセネタでも構わず「日本の水雷艇を発見した」と各地から届いていたのだった。

(その中には旗艦「スワロフ」に潜入していた おせんタヌキからの偽情報も多数紛れ込んでいたが。だってそんなに偽情報が集まるのなら、もっと派手に展開した方が豪気でしょ?)

 そうした事情もあって、彼らには戦々恐々とする下地があった。そこに おせんタヌキが付け込み幻術と神通力を以って混乱を引き起こし、更に増大させたと云うのが事の真相でもある。

 

 だが、おせんタヌキは少しやり過ぎたかと思った。

 作戦の目的は達し成功を収めたが、反面、思わぬ犠牲者が出た事に心を痛め、後悔する。

 無関係な人達を巻き添えにしたことは意図しない結果であるが、これも戦争が招く悲劇。

 心からの祈りを込めて合掌する おせんタヌキたち一行であった。

 

 おせんタヌキは思わぬ犠牲者が出た事に、心を痛めた。

 無関係な人達を巻き添えにしたことは意図しない結果であるが、これも戦争が招く悲劇である。

 心からの祈りを込めて合掌する おせんタヌキたち一行であった。

 

 この時の騒動が想像以上の効果を見せている。

 

 この事件は被害を受けたイギリスは大々的に報道、激高した世論が連日ロシアを責めた。

 その結果、重大な国際問題に発展し、英露関係が一触触発の険悪な状態に陥る。

 元々イギリスは日本と同盟関係にあったが、報復に必要以上の妨害工作をバルチック艦隊に浴びせ、その後の航行が難を極めさせた。

 イギリスは当時世界各地の要衝を確保しており、ロシアのバルチック艦隊の寄港を阻止、水や食料、しいては燃料の補給の一切を拒否する。

 特に艦隊の石炭燃料の補給ができないのは痛手だった。

 イギリスは無煙石炭を独占していたため、イギリス支配以外の港で補給を受けられるのは煙が濛々と出る石炭のみ。

 結果、バルチック艦隊の行く手は立ち込める煙により常に所在を明かし続け、位置を日本に知られたのだった。


 また蛇足ながら、この騒動では無駄に数千発の砲弾をも浪費している。

 数千発?え!その数、間違ってない?

 いいえ、数千発です。


 呆れた。

 

 これらの結果を引き出したのは おせんタヌキたちの成果であり、無関係な犠牲者を出すというマイナス面があったにしろ、戦争に勝利する大きな要因となったのは確かであった。

 

 

 

 

 

      つづく

 


お山の紅白タヌキ物語 第七話 赤い軍服と白い軍服

2024-01-28 04:24:00 | 日記

 戦地に秘密裏に配属された四国のタヌキたち。

 ある者は兵糧の米に化け、ある者は小豆に化け到着した。

 米に化けたタヌキたちは香川県の丈吉郎タヌキ中心とする一派であり、歩兵第12連隊(香川県)に所属、一般の人間の日本兵と区別するため、白の軍服を着用とした。

 

 また小豆に化けたタヌキたちは、愛媛県の五右衛門タヌキ一派が中心である。

 もちろんその中に権蔵タヌキも含まれ、歩兵第22連隊(愛媛県)に(当然秘密裏に)編入された。

 

 彼らも一般の人間たちの正規軍着用である黒の制服と区別するため、赤い軍服を身にまとう。

 しかもこの赤い軍服の背中には○印に漢数字の『五』が記され、白い軍団との違いを見せている。

 

 歩兵第12連隊、歩兵第22連隊共に四国出身者を中心に構成され、その二つの連隊は第11師団に属し、その師団は(日露戦争を期に)乃木希典大将率いる第三軍に編入されている。そこに四国中の成人タヌキ男子が多数志願し、戦地へと送られたのだ。

 

 

 

 ただ紅白どちらの軍服を着用していようとも、秘密の存在である以上、友軍の日本兵たちには見えないよう幻術で身を隠していた。

 

 そして歩兵第12連隊も22連隊も、到着早々現場で苦戦する日本兵の悲惨な状況を目撃する。

 

 

 

 

   遼東半島旅順攻囲戦

 

 1904年8月、ロシア軍との激しい攻防戦が始まり、第三軍が死闘の中とりわけ第11師団に多くの犠牲者が出ている。

 日本の連合艦隊は先の海戦でロシア極東艦隊を破っている。

 しかし、敗走した極東艦隊が旅順港に逃げ込み、それ以上 手を出せないでいた。

 何故なら追い打ちをかけようにも、旅順港は鉄壁の要塞に三方を囲まれ、下手に近づくと丘の要塞から狙い撃ちの砲撃を喰らうから。

 だが地球の反対の港であるバルト海から新たに編成した第二、第三艦隊(バルチック艦隊)を増援に向かわせてきている。

 旅順港に閉じ込められている第一太平洋艦隊(極東艦隊)に加え、バルチック艦隊が到着すれば、数で日本の連合艦隊に勝ち目はない。

 だから到着する前に旅順港に閉じ込めた極東艦隊を殲滅しなければならない、時間との闘いでもある。

 故に遼東半島を背後から攻めたて、旅順要塞を占領しなければ日本の勝利はないのだ。

 その攻防戦を担当しているのが第三軍。

 勇猛果敢に攻めたてるが応戦するロシア軍の方が兵士の数が多く、しかも機関銃など近代兵器を多数装備している。

 しかも高地を攻め上がるより、地の利を確保し上から見下げるように守る方が有利なのは攻防戦の常識。

 当然なす術もなく日本軍に不利な状況で死者・負傷者の山を築いた。

 

 まさにそんな時にタヌキ部隊が増援として、第11師団の歩兵第12連隊・22連隊に編入されたのだ。

 

 タヌキ部隊は到着早々、凄惨な現場を目撃する。

 眼前に広がるその光景は、激戦の地に累々と横たわる日本兵の死者と負傷者たち。

 

 それをロシア兵士たちが一体一体確認しながら、銃剣で止めを刺している。

 なす術もなく双眼鏡で傍観するしかないその状況に、誰もが震えていた。

 恐ろしいからではない。怒りと無力さからである。

 

 タヌキたちは見た。

 止めを刺しているロシア兵たちの血に飢えたケダモノのような眼を。

 明らかに彼らは喜びながらやっている。その残酷さは異常とも言えた。

 どうして彼らは平気でそんな事が出来るのか?

 

 目撃する者全てに憎しみが広がる。

 必ず報復し、かたきをとってやるぞ!

 そんな感情に支配された。

 

 いや、でも待て!冷静になれ!

 確かに彼らロシア兵は冷酷で残酷で、おおよそ人間の所業とも思えないケダモノ以下の行為を喜々としてやっている。

 しかしそれは、戦争と云う異常な状況で、正常な判断が麻痺した精神状態にいるから故の暴挙なのではないのか?

 確かにロシア人は歴史上、数々の戦争で残虐行為を続けてきた。

 畜生にも劣る(タヌキたちに失礼な表現でした、ごめんなさい)彼らだが、怒りに任せて自分たちも同様の行為をしても良いのか?

 それは自らを彼らと同じ、餓鬼や畜生に貶める愚行ではないのか?

 自分達の使命を忘れてはならない。

 国を守り、自分たちの仲間や家族を守り、恩あるお里の若者たちに報いるためではないのか?

 それを忘れてはならない。

 自分を貶めてはならない。

 深呼吸をしながらでも何としてもこの怒りを鎮め、冷静にならなければ!

 

 それに私たちタヌキは、これが戦争だからと云って人間を殺して良いのか?

 そんな事が許されるのか?いや、絶対にしてはいけない。自分たちはタヌキとしての領分を守らねば、その後の歯止めが利かないから。

 タヌキは人間の敵であってはならない。

 それは人間と平和共存するタヌキたちの掟であり、生息の絶対条件なのだから。

 

 彼らは奮い立った。

 そして動いた。

 

 赤い軍服と白い軍服が、それぞれ反対方向から姿を消しながら、累々と重なる日本兵の死者たちに近づく。そして死者が携えていた銃を取り、一斉に姿を現し敵に向かいゆっくりと進軍する。

 

 突如現れた日本兵たち。

「!! いきなり何処から現れた?」

 守るロシア兵たちは当然のことながら一斉に迎え撃つ。

 しかしいくら打っても当たらない。

 黒い軍服を着た正規の日本兵たちは、命中する時確かに手ごたえがある。しかし赤の軍服を着た兵士と、白い軍服の兵士には全く当たらないのだ!

 命中しそうになると、閃光と共に眩暈がして弾が消滅する。

「これはどうした事だ?全く当たらないぞ!」

 次第に焦りを感じ出し、遮二無二銃を乱射した。そんな応戦が全く効果を見せないまま、今度は白い日本兵と赤い日本兵が銃を撃つ。

 すると彼らの撃つ弾は百発百中で、次々にロシア兵が倒れた。

 但し、どれも致命傷にはならず、弾が命中した兵は戦闘不能の状態に陥っていた。

 次第にロシア側の抵抗が弱まり、黒い軍服の日本軍正規兵がジワリジワリと接近し、とうとう敵の陣を占領する事に成功した。

 そうした攻防戦が二度三度続き、ついに203高地が陥落、旅順港に逃げ込んでいた極東艦隊をほぼ殲滅する事となる。

 

 

 後日談ではあるが、その時のロシア兵たちの生き残りは、四国松山などの収容所に捕虜として収容された。

 その彼らは口々に聞いてきたという。

「あの白い軍服を着た無敵の兵隊は何者か?」と。

またその後の奉天会戦の敗軍の将、アレクセイ・プロパトキンも「あの赤い軍服の兵士は何者?」と同様の質問をした。

 だが、日本の軍服には当時白い軍服も赤い軍服も採用されていない。

 存在しない筈の兵隊を問い合わせてくるなんて、どうかしている。と訝るばかりだった。

 

 

 因みに赤い軍服を着たタヌキたちには不満があった。

 だって、背中に丸に五の文字が入った制服なんてダサくない?

 いくらリーダーの五右衛門の印であるとしても・・・。やっぱり恥ずかしいだろ?

 背中に五の字のマークを背負った権蔵タヌキは、ブツブツと不満を漏らしていた。

 自分はカッコいいタヌキだと思っていたから。

 

 

 捕虜のロシア兵たちだが、驚いたことに彼らの大半が字が読めない。

 当たり前ではあるが、全てのロシア兵が読めないのではない。

 下士官以上の階級の兵士は当然学校教育を受け、読み書き、計算はできる。

 しかし一般の兵は自分の名さえ書けないのだ。

 つまり作戦遂行上、彼らは命令書を読んで復命もできず、ただ上官の云う事に従うのみであった。

 そんな状態だから、彼らの階級による服従関係は、一般的な軍隊の階級による指揮命令系統と云うより、主人と奴隷の関係に近かった。

 それを知った今なら納得できるが、彼ら下っ端の兵隊が異様な目つきで残虐行為を続けていたのは、ただのケダモノだったからと云うだけではなく、理不尽に虐げられてきた日頃のうっ憤を晴らすためでもあったのだ。

 

 戦争という異常事態が有無を言わさず貧しい農民たちを徴兵し、日常的に訳もなく虐げてきた。

 彼らも可哀想な犠牲者だった。

 

 

 

 

 

     つづく

 

 


お山の紅白タヌキ物語 第6話 タヌキたちの出征

2024-01-26 05:03:27 | 日記

 四国中から出征したお里に住む若者の戦死公報が次々に届き、タヌキたちの悲しみと狼狽と何とかしなくてはとの思いが頂点に達する。

 そして誰が音頭をとるでもなく、四国の真ん中に位置するお山に集結した。

 と云っても全てのタヌキたちという訳ではない。

 四国と言っても徒歩だと意外に広く、出発する位置によっては集会所になるお山までの距離に違いがあり、居住地により移動の数日に差が出る。更に歩く負担だけではなくその間の食事の事も考えなければならない。

だから誰でも気軽に行けるという訳ではないのだ。

 

 それぞれのお山の集落から人望たぬきぼうが厚く元気な若者タヌキと、長老リーダーが代表として選ばれ、集会に臨む。

 

 一同に集まった集会所はタヌキの群れで溢れ、それはそれは壮観である。

 だが今はそんな事を感心している場合ではなく、早急に行動方針を決めなければならない緊急事態なのだ。

 

 この時、特に名高い愛媛県の大物である五右衛門タヌキや、香川県の丈吉郎タヌキが議事を先導し話し合いが進む。

 

「諸君!かかる人間界の非常事態に対し、我ら誇りある四国タヌキはどうすべきかなんじらに問う!傍観か、行動か?如何に!!」

「日頃の人間との交流関係や、大飢饉の際のご恩を忘れはせぬ!

 ここは皆で立ち、行動を起こすのみ!それが誇り高い四国タヌキぞ!」

 聴衆が頷き、立つと決した。

「では如何なる行動に移るべきや?」


 議事が煮詰まり頓挫しかかった時、丈吉郎タヌキが業を煮やし口火を切る。

「我々もいくさに参加すべきか否や?」

「他に方法は無きや?」

 自分たちが直接戦地に出向き戦闘を交えるのは、生命をかけた危険な行動であり、勇気と覚悟がいる。

 自分たちが出征したら、残された者たちにも重大な影響が出てくるから、軽々に結論は出せない。

 あたりはシーンとし、当然誰も適切な答えを直ぐには出せないでいた。


 またもや議事の進行は止まり悩みに悩む。

「仮に我らがいくさに参加するとして、どうやって加わるか?」

「人間のエライ者、例えば軍の幹部に面会し、指示を仰ぐのはどうか?

 実際に戦闘をする兵隊さんたちに対し、何の相談もなしに我らが勝手に行動をとるのは如何なものか?」

「その通りではあるが、一体誰に逢う?もし逢えたとして、我らは人に非ず。我らの身分を明かし、信じて貰えるか?協力を申し出て受けて貰えるや?」

「そんな事誰にも分からん。しかし我らが行動を起こさねば、人間も我らを必要とはしないではないか?

 まずは我らの意思と覚悟を伝え、どうすべきか考えてもらわねば。」

「そうであるな。人間界に接触し、どういう指示を得ようとも、我らはすぐに動けるよう、今から組織体制を構築すべきであるな。」と五右衛門タヌキが同調する。

 

 こうして方針は決した。

 

 組織は香川部隊、愛媛部隊、徳島部隊、土佐部隊と、それぞれの地域のお山出身別に組織され指揮系統も確立された。

 

 あれよあれよと決議されたが、本当にこれで良かったのか?

 人間のいくさに自分たちタヌキも参加する危険を考えないのか?

 

 その良し悪しを今は判断できない。

 でも今はそれしか考えられないのだ。誇り高い四国タヌキとして。

 

 我らの意思を伝達する代表として、五右衛門タヌキ、丈吉郎タヌキ、そして丈吉郎タヌキに随行していた権蔵タヌキが選ばれ、人間界のエライ人物に面会するためこの国の中心地、東京に出向くことを決した。

 

 早速3人のタヌキは東京に物資を運ぶ輸送船に、四国特産物資として化け紛れ込む。

 

 

 東京に辿り着くと三人のタヌキは今度は人間に化け、権力者の誰にあたるべきか物色した。

 

 政府の役人に逢うべきか?それとも軍の上級幹部?

 誰に逢うにしても、この者ぞ!と思える然るべき人物でなければ、何も信じて貰えぬし、たとえ信じて貰えても協力を受け入れて貰えぬだろう。

 タヌキの申し出なんて。

 

 政府機関の建物をいくつも廻り、とうとうこの人ぞ!と思える人物を見つけた。

 その人は名を『明石元二郎』と名乗る。

 いつもは海外で活躍していたようだが、たまたまこの時一時帰国中であり、奇跡の面会となった。

 タヌキの一行は各々人間に化けていたが、彼は一目で見抜き、それでも対応してくれる肝の太さと寛容さを感じ取り、全てを打ち明けることにしたのである。

 

 明石は言う。

「はて、そは面妖な話であるな。しかし面白い!けなげで勇猛なそなた達。

見上げた者と感じ入った!その好意を無にしたらばちが当たると云うもの。よし、その心意気を買ってワシも一肌脱ごうではないか。

 しかしワシは軍を指揮する立場に非ず。だから明日ワシの自宅を訪ねてまいれ。然るべきものに紹介状を書き示し、そなたたちに託そう。」

 そう言ってタヌキたちの希望を叶えることを請け合った。

 

 翌日明石のしたためた書状を携え、戦地に向かう輸送船に再び乗り込んだ。

 

 数日の後、戦地に到着。一行は歩哨を通し児玉源太郎陸軍総参謀長なる者に面会する事ができた。

 さすが明石元二郎の紹介状!普段なら絶対不可能な面会を、いとも簡単に実現させるなんて!

 

 児玉総参謀長は、人に化けたタヌキたち一行の面会目的を知るや否や、豪快に笑い飛ばす。

「この書状に書かれた通りだな。

 お主たちは確かに見上げた者たちよ。情けない事ではあるが、人間の中には徴兵を忌避したいと思う者もごく僅かではあるが存在するというのに。

 よし分かった!それではそなたたちの陣容など、細かい状況を聴こうじゃないか。

 但し最初に言っておくが、この戦いはあくまで人間同士のもの。

 そなたたちの力を借りんでも、ワシらが独力で挑んでいくのが本筋であるのだから、そなたたちの助けを借りるというのではなく、好意を甘んじて受けるのだと云う事を理解して欲しい。

 そしてそなたたちの存在は、あくまで非公式。

 軍の中にあっても、その身を他の兵たちに明かしてはならぬ。

 それ故、決して無理をされては困る。その事だけは忘れぬように。

 自ら無謀な行動や危険に身を投じてはならぬと、くれぐれも肝に銘じて欲しい。

 これはわが軍の名誉に関わる大切な事柄であり、命令である。」

 

 こうして陸軍児玉総参謀長から第三軍司令乃木希介大将にも伝達され、その後海軍の秋山真之参謀長から東郷平八郎連合艦隊司令長官に伝達、影ながら協力すると決した旨四国の郷土に戻り伝えられた。

 

 直ちに出征の準備に取り掛かる。

 四国成人タヌキ男子の総員(愛媛・香川・徳島・土佐)三分の二は陸軍第11師団、三分の一は海軍連合艦隊に分散して出征した


 

 ある者は小豆に化け、ある者は米に化け、戦地の輸送船に乗り込む。

 

 その中にはまだ幼気いたいけな少女の おせんタヌキも海軍志願補助(軍属ではない)として含まれていた。

 おせんタヌキは、おミヨちゃんの悲しみを受け、何としてもこのいくさを早く終わらせ、もうこれ以上戦争の犠牲者を出したくない。

 悲しみはこれで沢山だ!私が皆を守るのだ。

 そんな強い決意が他のタヌキたちの心を動かした。

 

 このいくさに志願するにあたり、常識として参加するのは男のみと決まっているのだが、お地蔵さまの霊験を備えた おせんタヌキも守り神の使いとして、後方支援の役割を担い特別に出征を許された。

 この時のおせんタヌキには、それ程強大な妖術と霊力を身に着けていたから。

 

 

 それぞれの配属先で力を発揮するべく、戦地に向かうタヌキたち。

 

 しかし彼らはこれから臨むいくさが、人間同士が殺し合う凄惨と狂気の世界であるという戦争の本質をチャンと理解しているとは言えない。

 その意味を知るのは、実際の戦闘に参加してからであった。

 

 

 

 

 

 

     つづく

 

 


お山の紅白タヌキ物語 第二章 第五話 祝言といくさ

2024-01-24 05:44:58 | 日記

 お山の大飢饉を何とか乗り越えた数年後、権蔵タヌキや尚郎タヌキたちは妖術を極め、昇級試験を順調に上り続けた。

 二級だった権蔵タヌキは三段に、あの劣等生だった尚五郎タヌキと庄吉タヌキは初段になり、一人前の立派な大人のタヌキとして認知されるようになる。

 また、おせんタヌキもまだ少女タヌキながら、昇段試験を受けられる年齢になって、いきなりもう四段と天才ぶりを発揮した。

 そんな昇段試験を目覚ましい異例の速さで飛び級し、権蔵タヌキでさえ頭が上がらない出世を尻目に、男タヌキの面々は少々渋い顔であった。

 

 

 

 お里ではおミヨちゃんと慎太郎の祝言を目前にして、村中が活気だっている。

 この年、おミヨちゃんと慎太郎のご両人以外も二組の祝言が予定されており、祝言ラッシュのおめでたい雰囲気で沸き立っているから。

 

 こんな小さなお里の村で、どうしてそんなに祝言が流行はやっているのか?

 別に単なる流行はやりで結婚するのではなく、それにはちゃんとした理由があった。

 

 この年、つまり1904年(明治37)2月、日露戦争が勃発したからである。

 事の経緯は省略するが、この戦争は日本にとって国家の存亡をかけた大戦おおいくさであった。

 

 日本中の若者たちが召集され、戦地に向かわねばならない。

 だからまだ独身の者たちは取り急ぎ身を固め、一人前の男として出征するのが常識だった。

 召集令状を受け取った者は次々郷土を離れ、戦地に向かう。

 だから祝言をあげても直ぐに離れ離れになる運命に、新婚カップルは燃えに燃えた。(なに不埒な想像してんの?出征までの短期間しかいられない定めを埋めるため、濃密な時間を持ったという意味よ!)

 

 ひと際美しく成長したおミヨちゃんと、強くたくましく、誰よりも優しい男に成長した慎太郎も燃えに燃えていた。(だから!変な想像したら、メ!!)

 祝言前日、ふたりはお地蔵さまに結婚の報告をし、いつもより豪華なお供物を供えた。

 相変わらず飽きもせず、おせんタヌキも隣で似非えせ地蔵として鎮座し、ふたりのカップルの報告を受ける。

 おせんタヌキは、いつも大変お世話になっているふたりを心から祝福した。

「おめでとう~!」の言葉を念で伝え、お地蔵さまに化けたそのお顔で精一杯可愛らしい笑顔を見せた。

 お隣の本物地蔵さまももちろんふたりを祝福するが、おせんタヌキには、

「こりゃ!おせんタヌキ!もっと威厳と慈しみを持った表情で鎮座していないと、バレちゃうじゃろ。」とテレパシーっでたしなめる一幕もあった。

 

 どうせとっくの昔にバレているのに。

 

 なのにどうして、お地蔵さまはこんな時にテレパシーを使ってまで密かに おせんタヌキをたしなめたのか?

 それは例え偽物とバレていたとしても、化けている以上どんな時でも喜怒哀楽を表に出してはいけない。

 化ける者として甘えは許されないのだ。場合によってはそれが命取りになる事もあるから。特に神や仏にすがる者の前では。

それが神仏に化けられる程の、特殊な能力を身に付けた者のたしなみである。

 化ける者の心構えとして、そんな覚悟を持たねばならぬと教えておきたい。

 

 と云っても、そこは慈愛のお地蔵さま。

 本気で怒っている訳ではない。

 可愛い娘のような おせんタヌキの成長も、おミヨちゃんと慎太郎と同様、嬉しいから。

 

 もうすぐいくさに臨む慎太郎や他に出征する村の若者を想うと、見送るおせんタヌキにも地蔵である自分と同じような加護の神通力に準じた力を持って欲しい。

 いつも隣で鎮座していると、如何なお地蔵さまでも情が移るようだ。

 きっと親心から自分の分身のように思えるのだろう。

 今は亡き、おせんタヌキの両親の思いがお地蔵さまに乗り移った親心だった。

 

 

 そしてその地蔵さまの親心の訓戒は、おせんタヌキの心にしっかりと定着し、後の危機に多くの仲間を救う事になる。

 

 しかし、それはまた別の話。

 

 

 

 翌日の祝言当日には おせんタヌキは当然として、権蔵タヌキや尚五郎タヌキ、庄吉タヌキまでコッソリ花嫁見物にやってきた。(お前たち、そんなにひまか?)

 お宮の会場に向かう際のおミヨちゃんは白無垢が良く似合い、清楚な歩く姿に誰もが息をのむ。

 

 やがてその数日後、村を挙げての出征お見送りでは、白地に赤の日の丸の旗を大勢の村人たちがはためかせ、盛大に見送った。

 

 やがて若者たちが出征すると、お里は祭りの後のようにひっそりと静まり返った。

 

 愛する夫を見送ったおミヨちゃんはその日以降、尚一層お地蔵さまに話しかけるようになる。

 何気ない日常がやけに寂しく、遠い戦地に旅立った夫を想うと、誰かに聞いてもらわねばこの身を支えられないおミヨちゃん。

 お地蔵さまの隣で聞く似非えせお地蔵さまも、思わずもらい泣きしそうになりながら、まだ若く結婚の経験もない少女タヌキは、自分の夫の無事を心から願うかのように おミヨちゃんの心情に寄り添った。

 

 そうして春が過ぎ、ジリジリと蒸し暑い夏を迎え秋になる。

 

 おミヨちゃんの元にある知らせが届く。

 

 慎太郎の戦死公報であった。

 詳しい内容は一切記されていない。

 ただ慎太郎が戦死した事実のみを知らせる内容。

 

 おミヨちゃんは茫然と立ち尽くし、偶然その場近くの茂みに居合わせたおせんタヌキは、未変身のままの素の身であったが構わずおミヨちゃんの前に駆けつけ、心が張り裂けんばかりに驚きと悲しみの声をあげた。

 人間のおミヨちゃんが聞く、おせんタヌキの初めての声。

 お地蔵さまに化けない素のままの姿で涙を流し、心からの同情を示し寄り添った。

「あなたも泣いてくれるのね。」

 目前のタヌキを抱き抱えるようにかがみ込み、さめざめと泣くふたりであった。

 

 でもその場近くに居たお地蔵さまも、心の中で密かに泣いてたのだよ、おミヨちゃん。

 

 

 知らせは瞬く間にお山のタヌキたちに伝わり、このいくさに関わる重大さに気づく。

 やがて次々に出征した若者の公報が届き、お山のタヌキたちにもお里の悲しみの喧騒が伝播した。

 

 お山の大飢饉の時、嫌な顔せず自分達タヌキを助けてくれたお里の村人。

 時に餌場で優しく声をかけ、励ましてくれた若者たち。

 茂みの奥で手を合わせ感謝した日々が、つい昨日のようだった。

 その彼らはもうこの世に居ない。

 自分達タヌキを助けてくれたのに、俺は、僕は、私は、何のご恩返しもしていないではないか!

 

 言いようのない悲しみの感情の高まりを、生まれて初めて感じたタヌキたち。

 

 これで良いのか?

 自分たちに関わりの無い事として、このままやり過ごすのか?

 何かできることは無いのか?

 

 そういう想いがお山全体に充満した。

 そしてその想いはここだけでなく、四国中のお山のタヌキたちの共通する思いであった。

 

 

 

 山が動く。

 

 

 

 

 

      つづく

 


お山の紅白タヌキ物語 第四話 お山の飢饉

2024-01-22 06:45:00 | 日記

 その年は四国中のお山が大凶作だった。

 タヌキたちや他の生物にとって、生存の厳しさを痛感するほど食べる物がない大飢饉に見舞われていた。

 

 だが里の人間界はそこまで酷くなく、何とか食と生計が立つほどに持ちこたえている。

 

 

 

 そうした状態の中、おせんタヌキは相変わらずお地蔵さまの隣で上手に化けてお供物をせしめることができ、幼い孤児であるにも関わらず今日まで生き延びてきた。

 と云っても、食にありつけられるのはその時いただいたお供物だけ。

 一日僅かな量の食事しか摂れていない。

 だから可哀想だが身は細り、いつも空腹な状態にいた。

 

 それでもまだ、おせんタヌキの方がマシである。

 お山に居る他のタヌキたちはもっと悲惨で、その日の食を摂るために移動する体力さえ残っていない。

 劣等生の尚五郎タヌキや庄吉タヌキはもちろん、あの権蔵タヌキですら飢餓の状態から抜け出せないでいた。

 

 権蔵タヌキは おせんタヌキの事が心配だが、今は守ってやることはおろか、自分の事すらできないのが歯痒く情けない。

 

 

 

 

 一方尚五郎タヌキはいつもと同じ調子で庄吉タヌキと「腹減ったなぁ~」、「そうだなぁ、腹減った」などと同じセリフを繰り返すばかり。

 

 ふたりはもうこの状況を何とかしようという思考から、とっくに脱落している。

「おい尚五郎タヌキ、お前、美味しそうなおにぎりに化けてみてくれないか?」

「突然何を言う?美味しそうなおにぎりだ?ボクがおにぎりに化けて庄吉タヌキはどうするつもりだ?」

「・・・・いや、別に・・・。」

「別に、って何だ?何か怪しい!」

疑いの眼差しで庄吉タヌキを凝視する尚五郎タヌキであった。

「いや、ただ俺は美味しそうなおにぎりを見てお腹を満たした気になりたいだけさ。」

「本当かなぁ~、なんか嘘っぽいなぁ~。本当はおにぎりに化けたボクを喰うつもりじゃないだろうな?」

「そ、そ、そんな事あるかい!俺がそんな事する人間タヌキに見えるか?

 尚五郎タヌキは俺の大切な友達じゃないか!ただ俺は想像力が無いし、心の中で美味しいおにぎりを描けないからお前におにぎりに化けてくれ、って言ってるだけさ、信じてくれよ。」

「分かった!ホントに喰わないんだな?それじゃァ庄吉タヌキを信じてやってみるよ。  ポン!!」

「わぁ!美味しそうで大きなおにぎり!それじゃひとつ。」

と手に取って食べようとする庄吉タヌキ。

だがよく見るとおにぎりの後ろに、毛むくじゃらな尻尾が見える。

「何だよ!尻尾があるじゃないか!もっとちゃんと化けろよ!!」

「ポン!!・・・ってお前今、ボクを喰おうとしただろ?なんて奴だ!何が友達だ!友達を喰おうとする奴を友達って言えるか?もう信じられない!!」

「それは誤解だよ!無二の親友を喰おうとする訳ないじゃないか!失礼な奴!!」

「怪しい・・・。怪し過ぎる・・・。」目を細めて警戒する尚五郎タヌキであった。

 

 なんておバカなふたり。

 

 

 一方権蔵タヌキは苦し紛れに、ある一計を思いつくに至った。

 

 実に情けない事ではあるが、おせんタヌキの助けを借りようと云うのだ。

 おせんタヌキは未だ人間界で、お地蔵さまとおミヨちゃん達との関係を維持している。

 その良好な関係に乗っかり、自分達も救済して貰おうと云うのだ。

 

 そう思いついた権蔵タヌキは直ぐさま行動に出る。

 ホントは空腹で眩暈がするが、何とか里に下りお地蔵さまに化けた おせんタヌキに会い、紙切れを渡す。

「なぁ、おせんタヌキ、済まないがこの紙をお前の足元に置かせてくれないか?」

「権蔵タヌキ兄さん、分かったわ。でもこの紙には何て書いてあるの?」

「これはね、飢饉で困っているお山のタヌキの窮状を人間たちに訴えて、助けを求める内容が書かれているんだよ。

 これを読んでくれた人間がもしかしたら、自分達タヌキ界を救ってくれるかもしれないからね。

 そんな望みを託した大切な紙なんだ。

 だから申し訳ないけど、おせんタヌキも協力して欲しい。

 但しこの紙は葉っぱを化かせただけのものだから、紙に化けていられるのは今日一日だけなんだ。

 もちろん私が紙を持っている訳がないし、人間の文字が書ける訳もないからね。化かしの術で読んでくれる人間の意識に直接訴えるよう、呪文を施した紙、もとい、葉っぱなんだよ。」

「そうなのね、分かった!私も心から応援の念を送って、この紙が人間の手に渡るよう頑張ってみるわ。」

「ありがとう!恩に着るよ。」

 そう言って権蔵タヌキはお山に帰る。

 

 そしてそのやり取りを、隣のお地蔵さまもしっかり聞いていた。

 もちろんお地蔵さまも全力で応援してあげようと決心したのは間違いない。

 

 

 それから間もなくいつものように、おミヨちゃんと慎太郎が示しを合わせて逢引しに来た。

 お地蔵さまの前で毎度毎度イチャイチャするのはどうかと思うが、まあ物語の進行の都合上仕方ない。

 

 いつものようにお地蔵さまと、おせんタヌキが化けた似非えせお地蔵さまにお供物を供えようとすると、ふと先ほど権蔵タヌキが託した紙を見つける。

「あら、何かしら?」

「え、どれどれ。」

 そう言って読んでみると、そこにはタヌキ界の窮状が書かれている。

 ふたりは読み終えると同時に「フッ!」と笑った。

「えぇ?これタヌキが書いたの?ウソみたい!!」

「ホント、ウソだろ?何かの冗談じゃない?本当とは思えないよ。これをタヌキが書いたなんて。」

 でも何度も読み返してみると、その文章は差し迫った窮状が真剣に訴えられていて、あながちウソや悪戯とは思えなくなってくる。

「もしこれが本当なら、タヌキたちが可愛そう。どうにかしてあげたいわね。」

「そうだな、食べ物が無いなんて悲惨過ぎるしな。

 でもどうしてそんなに困っているのに、人間の畑を荒らしに来ないんだろう?」

 

 

 おミヨちゃんも慎太郎も知らなかった。

 タヌキ界では、決して私利私欲で人を騙してはいけない厳しい掟がある事を。

 一度信頼を失うと、二度と取り戻せないことを。

 だから例え自分が飢え死にしても、人間に悪事を働いてはいけない。

 次世代のタヌキたちが、人間と良好な平和共存を維持するために。

 

 おミヨちゃんと慎太郎は早速その紙を村の長に見せ、どうすべきか指示を仰いだ。

 村の長は少しだけ考え、

「この内容は俄かには信じられないが、もし本当なら深刻な問題に発展するやもしれない。

 これが現実なら、飢餓のお陰でお山の生態系が崩れてしまう恐れがあるからな。

 そのせいでイナゴが大量発生し、大事な畑が全滅しては目も当てられん。

 早急に実態を調べ、対策を取らなきゃの。」

 そう言って村の若い衆にお山の実態を総出で調査・観察させた。

 素人が見ただけで木の実の不作などが見て取れ、想像以上の深刻さであるのが分かる。

「これはここのお山だけの事かの?

 もし四国全体のお山が同じ状態なら、ここだけが対策をとっても無意味じゃな。さて、どうしたものかの?」村の長は困惑した。

 すると慎太郎が進言する。

「四国の島全体の問題なら、県庁に訴えるなり、四国新聞にこの問題を訴える投稿をしたらどうでしょう?」

「それは良い考えじゃな。よし、そうする事にしよう。」

 

 こうして四国中の人間界にお山の問題が知れ渡り、早急に調査して対策を講じる流れが出来上がった。

 

 四国中の村人たちが、できる限りお山の動物たちのため、餌をあちらこちらに供え、飢え死にしないよう継続して計らった。

 

 元々四国には『お接待』と云って巡礼者をもてなす習慣がある。

 心優しい人々はお山の動物たち救済をすんなり受け入れ、実行した。

 

 

 

 こんなに万事上手くいくなんて、訴えの元となった当の権蔵タヌキも大層驚く。が、しかし、それにはお地蔵さまの応援と神通力が大きく作用したことまでは想像できていない。

 ただただ人間たちに手を合わせ、ひたすら感謝する。

 

 そしてタヌキたちは、無事この生命の危機である大飢饉を生き延びることができた。

 

 この一件はその後のタヌキ界に数十年間もの何世代に渡り語り継がれ、感謝の気持ちを持つ事を心に強く刻み、引き継いだ。

 

 

 

 

 

   つづく