uparupapapa 日記

今の日本の政治が嫌いです。
だからblogで訴えます。


あの日のホワイトクリスマス  

2023-03-21 12:26:06 | 日記

 さちが8歳の誕生日を迎える数か月前。

 

 

 

 父の仕事が破綻した。

 払いきれない負債に押しつぶされそうな父。

 必死で奔走したがとうとう万策尽き膝から崩れ、地面に手をついた。

「これまでか・・・。」

 父は期日までの返済が不可能だと知り、無責任ではあるが不履行の道しか選択の余地は無かった。

 債権者に申し訳ない。家族に申し訳ない。自分の不甲斐なさに涙した。

 誰にも言い訳できないが、ここは心機一転、再起を目指すしかない。

 

 債権者に置手紙を残し、姿を消した。

 必ず返済するから、それまで待って欲しいとの置手紙を残し。

 

 妻には債務が及ばないよう、離婚届と姿を消す事の詫びを連ねた手紙を送る。

「でもあくまで緊急避難の一時的な措置であり、近いうちに必ず挽回し帰るから、それまで何としても耐え忍んで」との言葉を残して。

 

 残された妻と娘のさち

 妻はすぐに生活のため働きに出る。しかし病弱のため、思うようにはいかなかった。

 すぐれない体調にむち打ちながら働き続けるのだが、とうとう限界がきたみたい。

 ギリギリのところまで踏ん張り続け、その日の仕事は何とか終え帰宅する雨の夜。

 土砂降りの中、弱り切った身体でよろけながら歩く母。

 崖伝いの坂道の途中で力尽き、ガードレールにもたれかかった瞬間、体ごとバランスを崩す。

 ガードレールの境界線を越えた母は、奈落の底へと消えてしまう。

 それっきり、さちの待つ家に帰る事は無かった。

 

 数日後身元不明のご遺体が上がったが、残されたさちに知らされることは無い。

 

 

 それまでも貧しさから、ろくに食べ物にありつけなかったさち

 次第に衰弱し、母が姿を消してからは、もう何も食べるものは無いが、ひたすら帰りを待つしかない。

 ヒモジイ想いをぐっとこらえ、優しい母を待ち続けていた。

 

 

 

 

 そして運命のクリスマスイブの夜を迎えた。

 一つの命の炎が消える。

 

 翌日の昼過ぎ・・・。

 

 

 ささやかな土産を手に持って父がやってきた。

 玄関ドアの鍵を開ける直前、虫の知らせが異変を伝える。

 しかし、全ては遅かった。

 部屋の奥の変わり果てた娘の姿を見て、父は絶句する。

 

さちさちさち・・・・。」

 冷い身体のさちを強く抱きしめ、父は声を出して泣き続けた。

 

 

「・・・そうだ!母はどうした?」待てど暮らせど母は姿を現さない。

 おかしい・・・、娘が命を落として尚、ほったらかしにする母ではない。

 父は捜索願いを出し、ようやく身元不明だった母を見つけ出した。

 

 

 無縁仏の遺灰にすがりつき、妻と娘を自分のせいで死に追いやった深い深い罪を悔やむように、呪うように、いつまでも嘆き続ける、最愛の家族を守れなかった父。

 残りの生涯を、ふたりを弔うためにだけ生き続けよう。取返しのつかない今となっては、もう罪を償う事はできない。せめて自分にできる事は、ふたりの菩提を弔う事だけ。

 随分抜け殻状態が続いたが、父はそう決心した。

 余生を総て旅立った妻と娘に捧げ、自分にできる精一杯の人生を生き、最後まで思い出と共に歩み続ける。

 

 彼にとってクリスマスは特別な日。

 その日は毎年ささやかなろうそくの炎で闇を照らし、永遠に妻と娘の魂と過ごすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

      おわり

 

 

 

 

 

 

 短編(ホワイトクリスマス)三部作はこれにて終了。

読んでくださった皆様。もし今年以降、クリスマスを迎える時にこの物語を思い出すことがあったら、その幸せな気持ちの一部をこの世に生きる全ての【幸】たちにも分けてあげてください。想いを馳せるだけで結構です。

その幸せな気持ちが【幸】たちの魂を救ってくれると信じて。


最初のホワイトクリスマス

2023-03-19 05:48:39 | 日記

 私の名はさち。5歳の女の子。

 

 今日はクリスマスイブだそう。お母さんがそう教えてくれた。

「クリスマスイブって何?」

「今日はとってもおめでたい日の前の日なのよ。」

「????」

さちは去年も一昨年おととしも一緒にクリスマスを過ごしているわ。でもさちは覚えていないのね。そうね・・・、去年も一昨年もさちは幼かったし、お母さん、身体が弱くて何もしてあげられなかったものね。覚えていなくて当たり前よ。ごめんなさい、さち。でもその分、今年こそお父さんとお母さんと一緒にお祝いをしましょうね。」

「そうなの?よくわからないけど、何だか嬉しい!!」

 そう聞いたせいか、今日はいつもと違うみたい。だって、お外の行き交う大人たちはセカセカ速足で歩くし、街にはシャンシャンシャンシャンという音と共に、心がウキウキする音楽が流れている。

 きっとだからだろう、いつもは体の弱いお母さんまで、まるで生まれ変わったかのように生き生きしている。

 

 お母さんったら、いつも今日のように元気だったら良いのに。

 そんなお母さんは何かを決心したかのように、いつもはしない手の込んだ料理に取り掛かっている。

 どうやら手作りのケーキと、チキンのごちそうのようだ。

 

 夜になり暗くなってくると、大好きなお父さんが仕事から帰ってきた。

 寒いお外から帰ったばかりのお父さんは、さちに冷たいほっぺで頬ずりし、「ただいま!さち。いい子にしていたかな?」と優しく尋ねてくる。

 「うん!さち、今日はいい子だったよ!ほら、見て!お母さんがこんなごちそうとケーキを作ってくれたよ!早くお父さんが帰ってきて、一緒に食べたいなとさちずーっと待ってたんだよ!」

「【今日は】いい子だったのか・・・。いつもいい子だったら、お父さんもっと、もーっと嬉しいんだけどな。まあいいや、きょうはめでたいクリスマスイブだし、今日のさちは良い子だったんだから、それで良しとしておこうか?」

「うん!それで良しとしておこう!」元気に応えるさちだった。

「お父さん、早く皆で食べようよ!早く、早く!!」

「待ってさち。そんなにせかさないで。今用意しますからね。ほら、お皿をテーブルに並べるの手伝って。」お母さんは幸を優しくいざなった。

「うん!その間にお父さん、手を洗ってきてね!」

「何ださち、口ぶりがお母さんに似て来たな。ハイハイ、分かりました、急いで手を洗ってくるね。」

 

 テーブルに料理が並べられ、使い古した小物の食器をキャンドルスタンドに見立て、ろうそくに明かりを灯す。

 

 暗い部屋の中で、ろうそくの廻りだけがゆらゆらと明るい。

 

「わぁ、キレイ!!お父さん、お母さん見て!ろうそくの明かりって魔法みたいね。何だか不思議な事が起こりそう!!」

「そうだね。今日はクリスマスイブだから、さちが言うように何か不思議な事が起こるかもよ。」

「そうね。きっとさちが欲しがっていたものがお空から降って来るかもね。」そう言ってお母さんも笑顔で請け合う。

「お空から?だってこんなにお外は暗いし、屋根があるから何も降ってこれないでしょう?」

「でもね、今晩だけは、良い子のところにだけサンタさんがやってきて、何か良いものをプレゼントしてくれる日だから、もしかしてさちのところにもこっそり欲しがっていたものをプレゼントしてくれるかもよ。楽しみだね。」

「本当?だったらさちの所にも絶対来て欲しい!

 サンタさん?プレゼントくれる人はサンタさんって云うの?どうかさちの所にもサンタさんが来てくれますように。」

「それじゃぁ、食べたら早く寝ましょうね。サンタさんは早寝できる良い子の所にしか来れないから。」

「どうして寝た子の所にしか来れないの?」

「だって、サンタさんは恥ずかしがり屋さんだからさ。プレゼントを置くところを見られたくないんだって。」

「分かった!さち、早く寝るね。そうしたらサンタさん、早くさちの所に来てくれるかな?」

「そうだね。きっと一番に来てくれると思うよ。」

「わーっ!楽しみ!!今日は楽しみな事がいっぱいあったわ。お父さん、お母さん、さちもう寝るね。おやすみなさい。」

 

 

 翌朝外には雪が積もっていた。

 

 さちはいつものように目を覚ますと、ボーっとして暫くは昨日の事を思い出せずにいた。

 でも、枕元にふわりと何かを包んだ包み紙を見つけると、「わー!」と声を上げ、全てを思い出した。

 「サンタさんのプレゼントだ!お母さん、お父さん!見て見て!サンタさんがさちにプレゼントくれたよ!開けてみて良い?」

 「おはよう、さち。今朝はやけに早起きだね。どれ、包みを開けてごらん。」

 「わぁー!さちがいつも欲しいと思っていた毛糸の帽子と毛糸の手袋だ!見て!見て!とってもすてき!!ほら、毛糸の帽子には可愛いボンボリがついているし、赤い毛糸の手袋は親指のところとそれ以外の指が、別々に入るようになってるし、大きな白いお星さまのマークがついているよ。それにこっちの(右の)手袋と、こっちの(左の)手袋が毛糸で編んだ紐で繋がってる!!凄い!凄―い!!」

「良かったねさち!とても良く似合うよ。何てかわいらしいの!!お空に向かってサンタさんにちゃんとお礼を言うんだよ。」

「ウン!」さちは勢いよくそう答えると、新雪が積もるお外に出てサンタさんに大声でお礼を言った。

 

 

 お空の向こうからサンタさんが笑顔で応える声が聞こえる気がした。

 

 さちは嬉しくなり、降り積もったばかりの雪を両手の手袋いっぱいにかき集め、お空に向かって放り上げた。

 雪はさらさら散らばり、キラキラ光りながら、ゆっくりとさちの顔に落ちて来る。

 

 その様子を窓の中からお父さんとお母さんが寄り添い、目を細めて見ていた。

「お母さん、よく頑張って編み上げたね。身体も本調子ではないのに、きつかっただろう?」

「そうね。私は編み物下手だし、体調があまり思わしくないから長い時間作業ができないし、とても長い期間かかったわ。もう、何カ月もやっていたみたいな気がする。何度も失敗して編み直ししなければならなかったし、今日に間に合ったのは奇跡よ。

 

 でもさちのあんな幸せそうな様子を見たら、頑張った甲斐があったと心から思うわ。」

「いつまでもこの幸せが続くといいね。」

「そうね。」お母さんは心からそう言った。

 

 

 

 

 寄り添うふたりと元気なさちに幸福あれ!

 神様も心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

     つづく

 


最後のホワイトクリスマス

2023-03-15 04:00:00 | 日記

 十日前、母は去った。父は半年前に姿を消した。

 私の名はさち

 でも名前の意味とは縁遠い幸薄い女の子だ。

 

 私は今日の誕生日で8歳になる。

 でも家の中には食べ物は無い。

 冷え冷えとした部屋の中は、薄い布団があるのみ。

 窓の外にお隣さんのキラキラ光るイルミネーションが見える。

 その家には優し気なお母さんと、お父さんの姿が見え、子供たちと楽しそうに飾り立てたクリスマスの飾りから、幸せが伝わってくる。

 

 

 もう1週間、何も口にしていない。

 水だけの暮らしに限界が来たようだ。

 電気を止められたこの部屋は、窓の外のチラチラ光る明かりだけが光を灯している。   

 

 家に電話は無い。

 学校か児童相談所の人かわからないが、2度ほどドアを叩いたが、私は出なかった。

 あの怖い借金取りかもしれないから。

 

 

「誰か助けて!!」

心の叫びは誰にも届かない。

「お母さん、お父さん・・・・。」

逢いたい。でも願いが叶う事も無かった。

 

神様・・・・。

 

神様って本当にいらっしゃるのかしら?

どうして私は助けてもらえないの?

 

 

窓の外からお隣の幸せそうな子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。

今日はホワイトクリスマス。

きっと一年で一番幸せな時を過ごせているのでしょう。

神様の祝福はお隣に有って、私にはやってこない。

今日は私の誕生日。

ひとりきりのクリスマスの夜。

寒さと空腹で気が遠くなってくる・・・・。

 

私には何もない。

母が去年の誕生日に買ってくれたお人形だけが唯一の友達だ。

 

空腹で眩暈めまいがする。

薄い布団に横たわりながら、お人形のマーガレットを隣に寝かせる。

 

 誰も救いに来てくれない。

 神様もいらっしゃらない。

 

 ホントは神様なんていないのかも?

 あぁ、目の前が暗くなる・・・・。

 意識が遠のく・・・。

 

 

 幸は永遠の眠りについた。

 

 

 

 

とうとう神様は来てくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

      つづく

 

 

 

 

 

 幸の前に神様はいません。

 

でもこの物語を読んで悲しんでくれた人の数だけ、涙を流してくれた人の数だけ、幸の魂は救われたのだと信じたい。


『シベリアの異邦人 ~ポーランド孤児と日本~』 連載版 第35話 最終回「連帯」Niezależny Samorządny Związek Zawodowy „Solidarność”

2023-03-11 10:34:48 | 日記

   『連帯』(Niezależny Samorządny Związek Zawodowy „Solidarność”)誕生

 

 母ヨアンナの命の灯が細く、小さくなった頃、再び大きな事件が起きた。

 1980年7月ルブリン及び郊外にあるシフィドニクの労働者がストライキを起こす。ストライキは大胆にも社会主義政権に対する抗議の行動である。

 その発端は7月8日、オートバイ製造メーカー『WSK』シフィドニク工場に務める工員たちの不満爆発。ストは瞬く間に拡大、ルブリンから周辺工場へ広がりを見せ、鉄道などの交通機関は麻痺、参加企業150件、約5万人もの労働者がストに参加した。

 彼らは10年前のグダニスク暴動デモやストライキのような、口先で騙され直ぐに鎮圧されてしまうような甘っちょろい方法ではなく、労働者同志の横の連携を継続的に強化し、工場のロックダウン(工場封鎖)の波状攻撃という強硬手段を使い、尚且つソ連に弾圧の口実を与えないため暴動は起こさず、慎重に行動した。

 彼らはプラハの春とグダニスク暴動の失敗から学んでいるのだ。

 

 彼らの主張は、

・経済改善による生活安定。

・労働組合活動の自由。

・党・政府上層部の特権廃止。

・各工場に於けるお役所手続きの廃止・軽減。

などである。

 ルブリン7月ストは2週間続き、政府側の譲歩・全面敗退にて決着した。

 そのルブリン7月ストが大きなうねりとなり、翌8月、グダニスクにも派生する。 グダニスクの8月ストはルブリンのスト方式を踏襲、ロックダウンを展開した。

 グダニスクのストは共感と団結を産み、次第に全国に広がる。その結果、政府はなす術なく譲歩した。

 この時初めて政府の管理から独立した、自由な労組の設立を認められた。

 その状況をみてアダムとレフは迷うことなく動き出す。

 

 グダニスクストを指揮したレフとアダムは、1980年9月1日『連帯』(Niezależny Samorządny Związek Zawodowy „Solidarność”)を組織、人望が厚く、リーダー然とした貫禄を兼ね備えたレフが議長、冷静沈着な知恵袋アダムが書記長として政府と対峙する。

(議長が活躍する場面を日本の報道機関が紹介する時、当時『議長』ではなく『委員長』との呼称を使用していたが、ここでは議長とする。)

 政府の干渉を受けない完全な自主管理労組『連帯』の誕生である。自主管理労組と言っても、日本の一般的な労働組合のような、(職場の賃上げや労働条件交渉などの)単なる労働運動に特化した組合ではない。労働問題を超えた国全体の政治課題にも声を上げる組織としての性格も帯びていた。

 『連帯』結成大会ではレフの演説に先立ち、書記長アダムが聴衆を鼓舞する声明を『連帯』執行部名で発した。

 

「諸君!我が同志であり、誇り高き労働者階級の戦士よ!私たちはここに宣言する!

私たちには崇高な志がある。今こそ立ち上がるべき時なのだ。

私たちはいつまでも外国の支配に屈していてはいけない!君たちはそびえ立つ獅子であれ!

今までの長い間強大な力にひれ伏さざるを得ない屈辱な時を耐え忍んできたが、魂まで差し出しては来なかった。

その誇りを忘れるな!この国を支配してきた国民を管理する悪魔を打ちのめせ!

 

私たちの意識を支配した悪魔とは?即ち、どうせ自分たちは権力の前では無力で小さな存在に過ぎない。

そんな負け犬根性に染まった無関心、無気力、無教養である。私たちはそれらと戦い打ち勝つのだ!

今ここに我が祖国ポーランドに真の独立をもたらすため、『連帯』結成を宣言する」

 

 

 誕生したばかりの自主管理労組『連帯』は世界の注目を一身に受ける。焦ったポーランド政府はオロオロするばかり。

 ソ連は幾度も脅しをかけるが、『連帯』は決して屈せず、その存在を誇示した。

 

 当時ソ連は、1980年11月に誕生した対ソ強硬派であるアメリカレーガン大統領とのスターウォーズ(成層圏を越える弾道ミサイルを含む宇宙開発競争)に敗れ、次第に国力を奪われる前であったが、実はそのずっと以前から経済力は疲弊しズタズタだったのだ。

 その証拠にソ連を含む東側諸国の国民生活は、明らかに西側の生活水準より劣っていた。

 言論の自由だけでなく、生活も立ち遅れていたのだ。 国民の潜在的不満が高まるのは当然である。

 レーガン大統領がスターウォーズを仕掛けたのも、そんなソ連の内情を見透かし、ゆさぶりをかけたと云うのが真相だろう。

 ソ連には、もう衛星国の支援や体制維持に関わる経済力も支配力も残っていない。ポーランドの自由化を阻止できないのだ。

 そんな追い風と世界の世論を背に、『連帯』は全ポーランドの希望の星となった。

 

 神がポーランド独立に味方し、力を貸した?

 

 そうではない。

 

 彼らポーランド人が決して諦めず、自らの不屈の闘志で勝ち取ったのだ。

 

 

 

 ヨアンナはその様子を見届けながら次第に弱っていった。

 懸命に看病するエミリア。 しかし運命の日がやってくる。

 ヨアンナはエミリアに最後の言葉を託した。

「エミリア、いつも私とアダムのそばにいてくれてありがとう。 私の命はもう長くはないの。だから最後にあなたとアダムに私の遺言を伝えるわ。」

 エミリアは涙を溜め、首を振りながら

「おばさま、そんな悲しい事言わないで!早く病気を治して、いつまでも私とアダムのそばにいてください。」

 

「おお、エミリア、もうサヨナラよ。気をしっかり持って聞いてほしいの。いい事?

 貴方達ふたりは、私のかけがえのない宝物よ。 だから自分を大切に生きて。 そして神様に恥じないよう正直に、誠実に、お互いにいたわりと優しさを持って。

 

 そして誰よりも幸せに生きて頂戴。お願いよ。分かった?お願い・・・。」

 

 1983年10月20日ついに息を引き取った。ヨアンナ68歳だった。

 

 ポーランドの真の夜明けに立ち会うことができたヨアンナ。波乱に満ちた人生だった。

 

  最後の瞬間、幼い頃の両親の事。シベリアでの苦難の事。日本での出会いと生活。ヴェイへローヴォ孤児院の事、井上敏郎の事。夫であるフィリプの事。全てが遠い過去の想い出であった。

 彼女が培ってきた経験からくる教訓は、我が子アダムとエミリアにしっかり受け継がれた。そしてその魂の種は、しっかりポーランドの大地に撒かれ息づいている。

 

 ヨアンナに天使のお迎えがやってきた。

 清らかで美しい音楽が聞こえてくる。

 

 

 アダムの盟友レフ・ヴァウェンサ(Lech Wałęsa)は日本では「ワレサ」委員長(当時)として報道、紹介されている。

 

 彼ら自主管理労組『連帯』を世に知らしめ、当局と対峙しソ連の動きも不気味だった時、世界中の報道機関が連日緊張感を以て伝えた。

 それまでの歴史から得た経験的記憶から、いつ力で潰されてもおかしくない程、危機との隣り合わせの状態にさらされていたから。

 そんな彼ら『連帯』を取り巻く状況は世界中の注目の的であり、あの時代を生きた人で知らない人は居ない程の有名人であり、団体であった。

 全世界が彼らの勇気を賞賛し、味方だったのだ。

 初代連帯議長に就いたワレサ氏は、次いで1990年初代代大統領に就任、次々に自由化、民営化政策を断行した。

 

 

 EU加入もNATO加盟も彼の功績である。

 もう崩壊したソ連の後のロシアを恐れる必要は無い。

 

 ワレサ大統領は政敵から共産党当局のスパイとして疑惑を掛けられたり、権力欲に染まった俗物であるとの中傷を受けながらも、彼はそんな疑惑や中傷を撥ね退けるほど、誰にも実現できなかった偉大な功績を残している。

 自由ポーランドの建設に歴史の年表に残る程の絶大な実績を以て寄与したのだ。

 そんなワレサの盟友アダムは彼の栄光を受け継ぎ、第2代の大統領に就任した。

 

 

 

 これらはパラレルワールドでの、隣の世界のお話。

 

 

 

 

 アダムは晩年、母の意を汲みこんな言葉を残している。

 

「強い者が弱い者を虐げるのは世の常である。 しかし、それを許してはいけない。

 国家でも、地域社会でも、会社でも、学校でも家庭内でも強い者が弱い者を虐げてはいけない。弱い者にも意思があり、現にこの世を生きているのだ。

 この世を生きる万人の人権や人格を損ねてはいけない。そんな行為を見過ごしてはいけない。そういう者たちこそ、社会を指導する立場から引き摺り降ろされるべきである。

 自分がどんな立場にあっても、勇気を持って立ちはだかり正すべきである。この世からそんな理不尽を絶滅させるため、人は努力すべきだ。 それこそが人類の進歩と発展なのだから。

 神の求める真の生き方を追求せよ。」

 

 今ここで問う。

 EUの一員として自由な空気と尊ばれる人権と愛に満ちた国家をポーランド国民は掌中に収めたのか?

 未来永劫の幸福を得る資格を得たのか?

 

 それは各々の国民の意思と、神と未来から見た歴史のみぞ知る。

 

 

        

 

        終わり

 

 


シベリアの異邦人 ~ポーランド孤児と日本~連載版 第35話「プラハの春とグダニスク暴動と結婚?」

2023-03-07 11:01:32 | 日記

 高校卒業後、アダムはグダニスク工科大学へと進んだ。

 地元の大学と云う事もあり、電話局の交換手として働くエミリアとは順調に交際は続いていた。

 

 グダニスクの学生街はふたりにとって数々の愛の思い出が今も息づいている。

 

 

 

 ある日のエミリアの日記

 

 

 

 

   思い出

 

 あの人の大学前で喧嘩した。

 泣きながら走った石畳。

 

 仲直り。

 

 一枚のコートを二人で羽織り、

 寒くて震えながら歩く帰り道。

 裸電球が揺れるあの人の部屋。

 若い二人に夕暮れの活気と周囲の人々の好意。

 あの人が好む詩を読んでくれた陽だまりの公園。

 

 

 

 傷つくたび優しさを知り、大事な思い出ほど鮮やかに残る。

 ふたりがかけがえの無い青春を過ごしたこの街はそういうところ。

 改めてそう思うふたりであった。

 

 

 1967年無事卒業後、アダムはグダニスク造船所に技師として就職、開発部門の部署に配属された。

 その先にはレフ・ヴァウェンサという気の良い先輩の青年がおり、立場は違うが仕事のパートナーとして接する事が多く気が合う職場の仲間としてお互いを認識していた。

 

 レフ?何故か懐かしい名前に思える。

 遠い昔、母がお世話になった? アダムは直接知らんけど。

 

 * 注 

 福田会時代の孤児担当の舎監がレフと呼ばれていたっけ。 

 覚えてますか?あの魚のような目の人。単なる偶然だよね?

 

 

 レフは大卒のアダムとは違い、学歴が無いたたき上げの人だった。

 苦労人 ゆえ人懐っこく且つ、人間や社会の動きを嗅ぎ分ける鋭い洞察力にたけている人である。

 そしてアダムにとって兄のような温かい抱擁力のある相棒。職場での立場を超え、アダムと議論を交わす親友であった。

 

 アダムがエミリアを恋人として初めて紹介したときも、旧知の中の親友のように、笑顔で彼女を受け入れてくれた。

 彼らの青春時代は、信頼と共感と競い合う同世代の仲間意識がもたらした、何物にも変え難い輝ける時代と云える。

 彼らの議論を傍らで黙って聞くエミリアにとって、社会学的思考の影響を吸収できる良い先生であった。

 世の中で起こる社会的事象を見て、自分なりに考えを消化させ、自分独自の考えを構築する方法をこの時身に着ける。

 つまり例えば、ある事象を目の前にして、正確な情報を得、それに対しどう思い対処すべきか考えた。

 自分の価値観とどう整合性を持たせるか?

 それができない時、自分はどうすべきか?

 それらを考える癖をつけ、自分の持つべきスタンスを構築しようとした。

 

 そんなふたりの主張を聞く公平な傍観者として、エミリアはアダムとヴァウェンサの意見が対立したとき、冷静な調停人の立場でコーヒーを勧め、ふたりを諭す緩衝材になっていた。

 

 

 

 

 時は流れ、翌年東欧社会主義陣営の限定された中での自由の空気が消し飛ぶ大事件が起きる。

 

 1968年チェコスロバキアで発生した動乱『プラハの春』だった。

 

 

 

 

      プラハの春

 

 

 

 

 事の発端は、スターリン路線が強く推進する共産主義的社会主義の国家運営の手法で、忠実に締め付け政策を推進していたノヴォトニー第一書記が、経済の停滞を招き1968年1月に失脚。

 改革派のドプチェクが第一書記に就任した。

 ドプチェクは『人間の顔をした社会主義』を標榜し、言論の自由や市場原理を導入、改革を断行した。

 チェコスロバキア共産党は4月の行動綱領で同路線を承認、知識人は6月『二千語宣言』を発表、自由化支持を表明した。

 

 そんな衛星国の動きにソ連は支配維持の危機を感じ、弾圧を断行する。

 

 その予想される危機とは?

 

 チェコスロバキアが自由主義を標榜し共産圏から離脱、その影響が他の東欧諸国へ波及する恐れがある。

 つまりソ連を中心とした共産圏の崩壊を意味するのだ。

 当然盟主のソ連は承伏できない。

 8月20日ワルシャワ条約機構軍(ソ連が主力で、東ドイツ軍が付き従う)がプラハに侵攻、お得意の容赦ない武力弾圧を行った。

 ドプチェクは解任され、改革が終息。

 改革派は追放され、ソ連と関係改善が図られた。

 

 結果ドプチェクの改革はソ連の弾圧で失敗に終わり、改革前に戻った。

 国民の困窮と不満は、ソ連の都合で圧殺されたのだ。

 

 

 でもそれで終わりではなかった。

 1970年、自由の圧殺による閉塞感と賃金に不満を持つ労働者が立ち上がり、アダム達が居るポーランドのグダニスクで「グダニスク暴動」が起きた。

 

 

 

    グダニスク暴動

 

 

 

 民衆の不満にふたをして、根本的な解決がある訳が無い。

 グダニスクの労働者たちの不満が、いつか爆発するのは当然であった。

 

 1970年12月14日、グダニスクを中心にしたバルト海沿岸都市で労働者がストを決行、暴動を起こしてポーランド統一労働者党支部に放火した。

 それを受け政府が軍隊を投入、多数の死者を出しながらも鎮圧を図った。

 

 でも完全鎮圧とはならず、バルト海沿岸都市から内陸部の都市にストを構える動きが波及し、不穏な空気が流れた。

 それを受け12月20日、ウワディスワフ・ゴウムカ統一労働者党第一書記辞任。 後任にエドワルド・ギエレクが就任、値上げを撤回、労働者との(表向きの)対話を約束し、ようやく終息を見た。

 

 そんなうわべだけの当局の思惑を見透かし、アダムとレフは自分たちは今後どうするべきか悩んだ。

 彼らは当時の情勢にずるずると引き込まれていく。

 

 だが、暴動では根本的な問題解決になり得ない。

 二人は暴動には反対の立場の意見を持っている。

 ではどうすれば良い?

 それには万人が信頼できるしっかりした労働者の組織を立ち上げ、理論武装のため各々が学習し、社会の支持を得られるよう努力すべきだとの結論に達した。

 

 共産主義や社会主義は、労働者主体の社会経済体制であると云いながら、その実態は自由が圧殺され人権は守られない。



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※共産主義と社会主義とは? 

 共産主義とは: 国民が一定の条件の範囲内で平等に生産労働に従事し、平等に分配を受ける制度。(原始共産制)  

 社会主義とは: 共産主義の前段階。共産主義に移行するまでの政治的、経済分配的準備段階。


実際には共産主義者の特権(支配)階級が形成され、(それ以外の)国民への極端な思想統制の元、武力に基づく人民管理が成された。

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 それの何処どこに理想があるか?

 国民の誰が喜ぶか?

 

 そんなの私たちが本当に求める社会ではない!

 自由とは、自らの責任において自らを管理し、自らの理想を追い求めるもの。

 それも独りよがりではなく、より多くの人々が知恵を出し合い力を出し合い、喜びを分かち合うもの。

 

 アダムとレフは完全に意見が一致した。

 

 彼らが具体的な活動を推し進めるにつれ、当局の眼が厳しさを増してきた。

 

 エミリアはふたりの良き理解者であったが、学生時代の時のように再び弾圧の危機に対処できるほど社会は甘くなかった。

 

 

 

 身の回りに弾圧の危険がせまり、母ヨアンナはわが子の運命に不安を感じ初めていた。

 

 父フィリプのように殺されたらどうしよう?

 幾度となくアダムに母の不安を伝え、慎重と自制を求めた。

 しかし決して主義を捨てろとは口にしなかった。

 何故ならアダムは自慢の息子であり、母の太陽であり、ポーランド人の誇りを守ろうとする英雄だから。

 

 自ら教え、アダムの物事の考えに決定的な影響を与えた責任もある。

 フィリプが命がけで掴もうとした誇りと自由を是非息子に成就させたかった。

 

 

 

 

 自由の圧殺は新たな反発も生む。

 次第に社会(共産)主義体制維持に疲弊が見え、ソ連の援助と保障に陰りが出てくる。

 その流れからポーランドの経済も次第に低迷する。

 社会不安は増大し、とうとう公安が暴挙に出た。

 

 

 レフとアダムを拘束したのだ。

 

 

 一年後アダムが先に釈放された。

 彼は一年も刑に服さなければならないほどの罪を犯したというのか?

 そもそもどんな罪で罰せれらるのか?

 

 無事の帰還を待ちわびていたエミリア。

 出所したアダムに夢中で駆け寄り抱きついた。

 「ああ、アダム!・・・アダム、アダム!!」

 それ以上の言葉が出ない。

 その必要もない。

 

 辛い独房生活でやせ細ったアダムは、エミリアの涙を優しく指で拭い、両手で頬を包み込みながら、長い長いキスをした。

「心配かけてすまない。それに、こんなに待たせてゴメン。

 突然だがエミリア、結婚しよう。」

 

 アダムは一年も拘留され、待たせたエミリアに申し訳ないと自分を責めた。

 エミリアがどんなに大切か身に沁みて感じ、永遠の愛を捧げる決心がついたのだ。

 

 

 こんな場面で唐突なプロポーズ? 本気?

 嘘じゃないのね?

 

 エミリアは泣き笑いしながら、

「アダム、その伸びたお髭がチクチク痛いわ。

せめて結婚式には、ちゃんときれいに剃ってね。」

 

それが彼女の答えだった。

 

プロポーズを受けてアダムとエミリア両人の母、ヨアンナとエヴァに報告した。

もちろん喜びに満ちた反応が返ってくる。

「アダムは今まで刑務所に居たのに、一体いつプロポーズしたの?

 出所したらお祝いねって相談していたのに、出てすぐ結婚宣言?

 あなたたちには油断も隙も無いのね。

 お祝い会場の垂れ幕の文字を『出所祝い』から『結婚祝い』に変えなきゃね。」

「えっ?お祝い会場の垂れ幕?そんな大げさな用意をしてくれていたの?

 嘘でしょ!」

「嘘よ。こんな忙しい時に、派手な準備をしているわけないじゃない。

 冗談よ。」

 

 

 お祝い会場には想像以上に大勢の参加者たちと、お祝いの垂れ幕に『アダム君出所おめでとう』と大きく派手に書かれていた。

 

 嘘と言っていたのは嘘だった。

 お母さん達って・・・(^^;

  

 

 教会の鐘が鳴り響くころ、レフが出所した。

 出迎える二人の姿を見て驚く。

 ん?白いタキシードとウエディングドレス?

 「その姿、もしかして結婚か?

  お前たちは・・・。驚かしてくれるじゃないか!

 その姿のままでここまでやって来たなんて。」

(他人にじろじろ見られて恥ずかしくなかったか?)そう思いながら、

 「これは幸先良い。明るい未来の幕開けか?」

  そう言って心から喜んでくれた。

 

 

 待ち焦がれた工場の仲間たちは、アダムに次いでお待ちかねのレフが揃い、彼らの出所を感極まって大歓迎した。

 彼らにとってアダムとレフは唯一無二の指導者なのだ。

 造船所の労働者たちは、どんなに弾圧されても彼らを中心に決して怯まず、不撓不屈の精神を持って巨大な権力と戦おうという気構えがその時生まれた。

 アダムは今こそ祖国ポーランドの自主独立の時であると自分を奮い立たせる。

 

 母が植え付けた明るい未来はアダムの希望である。

 

 しかし母はもうあまり見届ける時間がなかった。

 アダムが拘束され、一年もの間心配し続けていたのだ。

 幼い頃からたくさんの弾圧と、その犠牲者たちを見てきたヨアンナ。

 残酷な昔のビジョンが毎夜襲う。

 その心労は心と身体を蝕んだ。

 

 

 

   

     つづく