エミルは酷く後悔している。
今まではヨアンナに対し、一方的に好意を持っていたが、イザ振られてみると自分の心の中にポッカリ穴が空いているのを強く感じた。
今まではいつもハンナがまとわりつき、こんな孤独を感じたことは無い。
福田会からの長い付き合いになるが、こんなに身も心も離れたことは無い。
ハンナはいつもそばにいたのに。
エミルが食べ物を喉に詰まらせ、たちまち顔が土色に変わった時も、いち早く異変に気付いたのもハンナだった。
この世の中の一大事が起きたかのように、稲妻並みの素早さでエミルに駆け寄り、背中を強く叩いたり、しきりに摩ったりして、事無きを得た。
またピクニックの時などは、草花で冠を造り笑顔でエミルの頭に載せてくれたし。
おやつの時間などは、口元にこびりついた汚れを甲斐甲斐しく拭いてくれた。
いつも笑顔の弾丸トークで楽しませてくれたハンナ。
でも考えてみると、彼女は自分と同じ孤児、しかも女の子なのだ。
心から頼れる人も、甘えられる人もいない。
自分がヨアンナにお熱をあげていた時、ハンナはどんな気持ちで過ごしていたのだろう?
さぞ寂しかっただろう。
さぞ不安だっただろう。
さぞ惨めだっただろう。
彼女はこんなに自分の事を大事に思ってくれた人なのに・・・。
彼女はひとり寂しい孤児の筈なのに、いつも明るい太陽のような人だった。
自分の寂しさや悲しさを押し殺し、人を笑顔にさせる天才だった。
だから今になって思えば、彼女はかけがえのない大切な人だったのだ。
多分これからの一生、彼女ほど自分の事を好きになってくれる人は出てこない。
自分の事をこんなに知ってくれている人も出てこない。
彼女ほど自分に関心を持ってくれる人は、二度と出てこないなんて分かり切ってる。
世界中の女性の全てが束になってかかっても、エミルに対する気持ちは誰もハンナに敵わない。
なのにホントは自分の心の奥底で、世界一素敵な彼女に好意を持っていたのに気づかなかったなんて、エミルって信じられない程の馬鹿?
いや、世界一の愚か者だった。
自分が如何に取り返しのつかない事をしでかしてしまったのか、今になって自責の念に押し潰されそうになった。
どうしよう?
自分はこれからどうすべきなのか?
毎日毎日問い続けた。
でも自分一人でハンナの元に行き、詫びを入れる勇気はない。
必死で考え、思いあぐねて友アレックの助けを得ることにした。
当然アレックからは散々罵声を浴びせられ、どん底に突き堕とされた。
でもアレックはやっぱり一番の友達だった。
ひとしきり吊るしあげた後、渋々ハンナの元へ同行する事に同意した。
「孤児院の裏手の樫の木の下で待ってる。」
アレックに呼び出されたハンナは、そこにアレックの他、エミルがバツが悪そうにモジモジしながら立っているのを知った。
「エミル・・」
「ハンナ。」
驚いた顔のハンナに、エミルは言葉が出ない。
業を煮やしたアレックが、エミルの背中を叩いた。
「ほら、言いたいことがあるんだろ?この『薄らトンチキ』!!」
意を決してエミルが勇気を振り絞る。
「ハンナ・・・済まなかった。・・・僕が悪かった。
ハンナのようなこんなに素晴らしい人が目の前に居たのに、気づかない僕はなんて馬鹿だったんだろう。
ハンナはずーっと僕の事を見ていてくれたのに、よそ見をしていた自分が恥ずかしいよ。心からお詫びを言う。ホントに申し訳ない。」
そう言って深々と頭を下げるエミルだった。
ハンナは無言のまま立ちすくむ。
でも目にいっぱい涙を溜めているハンナを見たアレックは、静かにその場を離れた。
ハンナの答えを先に察したアレック。
ホントはアレックもハンナに好意を持っていたのだろう。
でもハンナはエミルが好き。
大の友達のエミルを差し置いて、自分が付け入る隙など、どこにもない。
心に秘めた思いを押し殺し、報われない恋心に蓋をしたアレックは最後まで男だった。
沈黙を破りエミルが言う。
「許して欲しい。
どれだけ自分勝手な事を云っているのかは、痛い程分かっている。
それでも敢えて言いたい。
どうかこんな僕を許してください。
何度拒絶されても言い続けるよ。
ハンナ・・・愛してる。そしてこの僕をゆるして欲しい。」
ハンナの目に貯めていた涙が滝のように頬を伝い、ゆっくりエミルに近づき、その胸に顔を埋める。
それがハンナの答えだった。
後日正式に、今度こそ本当に、付き合う事を皆の前で宣言したハンナとエミル。
毎日ベタベタ・イチャイチャを、いやと云うくらい周囲が呆れる程、見せつけてくれた。
そんな毎日が続き、流石のエミルもホトホトげんなりしてきた。
何故って?
だってハンナは今までの反動で、毎日(と云うより一日何十回も)エミルに聞く。
「エミル、私の事好き?」
それはまるで度の過ぎた口癖のよう。
それ程ハンナはズーッとエミルに嫉妬し、絶望し、悲しみの底に沈んでいたのだった。
エミルに対する好意は、どんな悲しみや困難にも負けない筋金が通っていた。
だからこそ、捨てられた口惜しさからくるプライドなんかより、懺悔し、心を入れ替えてくれた彼を受け入れるのは、考えるまでもなく当然の選択だった。
ハンナの「私の事好き?」病は重症だが、エミルはそんな一生治らないかもしれない病気(?)の彼女を、生涯を通して守りぬく決意を心に刻んだ。
そしてご両人はエヴァとミロスワフの結婚から遅れること2か月後、教会の鐘の音の主となった。
つづく