uparupapapa 日記

今の日本の政治が嫌いです。
だからblogで訴えます。


『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』カクヨム連載版 第17話  「ハンナとエミル」

2022-12-30 16:44:45 | 日記

 

 エミルはひどく後悔している。

今まではヨアンナに対し、一方的に好意を持っていたが、イザ振られてみると自分の心の中にポッカリ穴が空いているのを強く感じた。

 

 今まではいつもハンナがまとわりつき、こんな孤独を感じたことは無い。

 福田会ふくでんかいからの長い付き合いになるが、こんなに身も心も離れたことは無い。

 ハンナはいつもそばにいたのに。

 エミルが食べ物を喉に詰まらせ、たちまち顔が土色に変わった時も、いち早く異変に気付いたのもハンナだった。

 この世の中の一大事が起きたかのように、稲妻並みの素早さでエミルに駆け寄り、背中を強く叩いたり、しきりにさすったりして、事無きを得た。

 

 またピクニックの時などは、草花で冠を造り笑顔でエミルの頭に載せてくれたし。

 おやつの時間などは、口元にこびりついた汚れを甲斐甲斐しく拭いてくれた。

 

 いつも笑顔の弾丸トークで楽しませてくれたハンナ。

 

 でも考えてみると、彼女は自分と同じ孤児、しかも女の子なのだ。

 心から頼れる人も、甘えられる人もいない。

 

 自分がヨアンナにお熱をあげていた時、ハンナはどんな気持ちで過ごしていたのだろう?

 

 さぞ寂しかっただろう。

 さぞ不安だっただろう。

 さぞ惨めだっただろう。

 

 彼女はこんなに自分の事を大事に思ってくれた人なのに・・・。

 彼女はひとり寂しい孤児の筈なのに、いつも明るい太陽のような人だった。

 自分の寂しさや悲しさを押し殺し、人を笑顔にさせる天才だった。

 

 だから今になって思えば、彼女はかけがえのない大切な人だったのだ。

 多分これからの一生、彼女ほど自分の事を好きになってくれる人は出てこない。

 自分の事をこんなに知ってくれている人も出てこない。

 彼女ほど自分に関心を持ってくれる人は、二度と出てこないなんて分かり切ってる。



 世界中の女性の全てが束になってかかっても、エミルに対する気持ちは誰もハンナに敵わない。

 なのにホントは自分の心の奥底で、世界一素敵な彼女に好意を持っていたのに気づかなかったなんて、エミルって信じられない程の馬鹿?

 

 いや、世界一の愚か者だった。



 自分が如何いかに取り返しのつかない事をしでかしてしまったのか、今になって自責の念に押し潰されそうになった。

 

 どうしよう?

 自分はこれからどうすべきなのか?

 毎日毎日問い続けた。

 

 でも自分一人でハンナの元に行き、詫びを入れる勇気はない。

 必死で考え、思いあぐねて友アレックの助けを得ることにした。

 

 当然アレックからは散々罵声を浴びせられ、どん底に突き堕とされた。

 でもアレックはやっぱり一番の友達だった。

 ひとしきり吊るしあげた後、渋々ハンナの元へ同行する事に同意した。



 「孤児院の裏手の樫の木の下で待ってる。」

 

 アレックに呼び出されたハンナは、そこにアレックの他、エミルがバツが悪そうにモジモジしながら立っているのを知った。

 

 「エミル・・」

 「ハンナ。」

 

 驚いた顔のハンナに、エミルは言葉が出ない。

 

 業を煮やしたアレックが、エミルの背中を叩いた。

「ほら、言いたいことがあるんだろ?この『薄らトンチキ』!!」

意を決してエミルが勇気を振り絞る。

「ハンナ・・・済まなかった。・・・僕が悪かった。

 ハンナのようなこんなに素晴らしい人が目の前に居たのに、気づかない僕はなんて馬鹿だったんだろう。

 ハンナはずーっと僕の事を見ていてくれたのに、よそ見をしていた自分が恥ずかしいよ。心からお詫びを言う。ホントに申し訳ない。」

 そう言って深々と頭を下げるエミルだった。





 ハンナは無言のまま立ちすくむ。





 でも目にいっぱい涙を溜めているハンナを見たアレックは、静かにその場を離れた。

 

 ハンナの答えを先に察したアレック。

 

 ホントはアレックもハンナに好意を持っていたのだろう。

 でもハンナはエミルが好き。

 大の友達のエミルを差し置いて、自分が付け入る隙など、どこにもない。

 心に秘めた思いを押し殺し、報われない恋心に蓋をしたアレックは最後まで男だった。




 沈黙を破りエミルが言う。

「許して欲しい。

 どれだけ自分勝手な事を云っているのかは、痛い程分かっている。

 それでもえて言いたい。

 

 どうかこんな僕を許してください。

 何度拒絶されても言い続けるよ。

 ハンナ・・・愛してる。そしてこの僕をゆるして欲しい。」



 ハンナの目に貯めていた涙が滝のように頬を伝い、ゆっくりエミルに近づき、その胸に顔を埋める。

 

 それがハンナの答えだった。





 後日正式に、今度こそ本当に、付き合う事を皆の前で宣言したハンナとエミル。

 

 毎日ベタベタ・イチャイチャを、いやと云うくらい周囲が呆れる程、見せつけてくれた。

 そんな毎日が続き、流石さすがのエミルもホトホトげんなりしてきた。

 

 何故なぜって?

 だってハンナは今までの反動で、毎日(と云うより一日何十回も)エミルに聞く。

 「エミル、私の事好き?」

 それはまるで度の過ぎた口癖のよう。

 

 それ程ハンナはズーッとエミルに嫉妬し、絶望し、悲しみの底に沈んでいたのだった。

 エミルに対する好意は、どんな悲しみや困難にも負けない筋金が通っていた。

 だからこそ、捨てられた口惜しさからくるプライドなんかより、懺悔し、心を入れ替えてくれた彼を受け入れるのは、考えるまでもなく当然の選択だった。

 ハンナの「私の事好き?」病は重症だが、エミルはそんな一生治らないかもしれない病気(?)の彼女を、生涯を通して守りぬく決意を心に刻んだ。





 そしてご両人はエヴァとミロスワフの結婚から遅れること2か月後、教会の鐘の音の主となった。





 

       つづく

 


『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』カクヨム連載版 第16話「エヴァの結婚」

2022-12-27 05:45:12 | 日記

伝説の語り草となったクリスマスパーティの相撲勝負の一件以来、エヴァはミロスワフの露骨なアプローチの波状攻撃を受け、落城寸前に陥っていた。

 

 ミロスワフには強力な助っ人がいたため、ここぞとばかりの強気なプッシュができた。

 

 その助っ人とはあのエミル。

 エミルは結果として恋のキューピットになれたのを、思いっきり勘違いしている。

 自分の機転で結ばれるキッカケを作ったと考える彼は、ここで一気に縁談をまとめる事ができれば、心を寄せるヨアンナの評価をかち得るかも?

 名誉挽回のチャンスと考えていた。



 もっとも当然ヨアンナからのエミルに対する評価は、相変わらず最低のままだったが。

 エミルはそんなヨアンナの心を露知らず、横目でヨアンナをチラチラ見ながらミロスワフをけしかけ続けた。

 そんな訳で、あれ以来必要以上に付き纏まとわれ、エヴァは熱い視線と甘い言葉に晒された。

 

 ヨアンナと過ごす楽しい会話の時間も果敢に迫るミロスワフに手を焼く。

 しかしヨアンナはエヴァの防波堤になる気はない。

 例え大切な親友であっても、人の恋路の邪魔をするのは自分の役割ではないと考えていた。

 どんなハプニングの結果にしろ、それが運命ならベストの応援をする。

 それが親友としての務めと信じていたから。

 

 ヨアンナはエヴァにミロスワフが近づいてきたら、用事を作ってはその場から消えるようにしていた。

 その都度エヴァは思った。

 

(待って!行かないで!!この裏切者!)と。

 

 しかしミロスワフとの会話に戸惑いつつも、次第に惹かれる自分と、気を利かせるヨアンナに感謝するもうひとりの身勝手な自分も感じていた。

 

 あの運命のクリスマスからひと月後。

 いつものようにミロスワフがやってきて、

「明日の日曜礼拝の後、カルタづくりを手伝ってもらえませんか?」

と誘ってきた。

 

 彼はあの一件以来、エヴァに対し、敬語で話しかけるようになった。

「カルタを?」

エヴァは暫く考え、過去の記憶から福田会で初めて知ったカルタ遊びを思い出した。

「そうです、カルタです。

あの時のように、皆で覚えたての文字でカルタを作り遊んだのを思い出してください。

 作るのも遊ぶのも、皆一緒で楽しかったのを覚えていませんか?

 私はあの時の楽しさを、今の子供たちにも伝えたいのです。

 もし良かったら手伝ってください。」

 

 エヴァは心の迷いを押し殺し、ニッコリ笑って受合った。

「分かりました。

 子供たちのためには、とても良い教材になるでしょう。

 貴方はいつも人のためになる事を考える人。

 私は貴方のそういうところが好きだわ。

 明日は私にも協力させていただきます。」

 

 そんな彼女の言葉で、初めての実質的なふたりだけのデートの誘いが成功を収めたのを知った。

 

 しかしミロスワフにとっては、初めてのデートの誘いと云う事以上に、ツェザリへのけん制と罪滅ぼしという意味合いが強かった。

 

 というのも、先週エヴァが教会の帰り道、クリスマス後の傷心のツェザリを心配し、彼の家に立ち寄ったのを知っていたから。

 

 彼女は家の真ん中にある窓の奥の様子を伺い、彼を探していた。

 微かにピアノの音が聞こえる。

 家の窓の向こうに彼はいた。

 

 悲しいピアノを弾く彼。

 

 冬の寒空の中、エヴァは凍える身を厭わず、窓の外から彼を見つめ続けていた。

 

 やがて彼はエヴァの存在に気付く。

 みるみる精気を取り戻し、窓に駆け寄り喜びを隠さずエヴァを見つめるツェザリ。

 だがやがてエヴァから10m以上離れた物陰の、ミロスワフの存在にも気づいた。

 

 彼を見た瞬間、あの日の屈辱と負けた結果を受け入れる、男の誇りにかけた潔いさぎよい振る舞いが思い起こされた。

 

 私は負けたのだ。

 

 一世一代の恋を賭けた勝負に負けた事実を忘れてはならない。

 ツェザリは窓の向こうのエヴァに視線を戻した。

 歪んだ顔でガラスに手をかけ、一言も発せずただ見ていた。

 

 目に涙を溜め、唇が震え続けるツェザリ。

 

 やがてエヴァは悟った。

 ツェザリとの淡い関係は終わったのだ。

 

 向きを変え、ゆっくり歩きだすエヴァを、窓ガラスに顔を押しつけ黙って見送り、押し殺すような嗚咽を発するツェザリ。

 

 エヴァは一度も振り向かなかった。

 

 その一部始終を見届けたミロスワフは、安堵の思いと共に、エヴァとツェザリの関係を、対決してまで強引に終わらせた自分の行為に対し、深い責任とエヴァに対する、確かな愛を確信したのだった。

 

 明日のエヴァへの誘いは、そうした背景があっての彼なりのいたわりであり、彼女に対する愛の接し方でもある。

 

 その後のエヴァが、何故ミロスワフの強引な誘いを素直に受け入れたのか当事者以外、誰も理解できなかった。

 

 




 エヴァとミロスワフの結婚の準備は着々と進みむ。

 

 その年の6月、孤児院の子供たちやエディッタとハンナ、エミルとアレックなどの日本体験組の仲間たちの協力のもと、教会の鐘は鳴り、まるで絵画の様な結婚式と、孤児院を会場とした披露宴が催された。



 ただし、ハンナとエミルの仲は、エミルの浮気と言うか、心変わりと言うか、ヨアンナへの告白以降、絶縁状態に近かった。

 

 勿論ヨアンナがエミルの告白を受けたことなど、ハンナに告げ口するはずはない。

 しかしハンナは、一途な恋心を寄せたエミルの心が自分に向かず、どんどん離れてゆく現実に気づかない程、鈍感でもなかった。



 気まずいハンナとエミルの微妙な空気以外、結婚式は出席者の笑顔と晴天が祝福する幸福に満ちた最後の輝きだった。



 そしてエミルとハンナの死にかけた恋は、ヨアンナの前に現れた次話から登場する強力なライバル(エミルは勝手にそう思っている)の存在により、完全に押しつぶされるまで続き、エミルの失恋によって奇跡の復活を遂げた。



 * その辺のくだりは、次話以降ユックリと。

   どうぞご期待ください。



 恐るべきはハンナの執着と粘り強さ。

 絶望的な関係が続く中、変わらぬ愛のともしびを消さずにいたハンナの心は、神様の他、誰にも負けないものだった。



 それまでよそ見続きのエミルだったが、ハンナの自分だけに向ける愛の深さを、ヨアンナへの失恋をきっかけに、初めて思い知らされたのだった。

 

 そこにはふたりの行く末を見かねた福田会以来の親友アレックの、捨て身の忠告があった。

「(失恋という)自分の身の不幸ばかり見ず、ハンナの事も考えろ!

 いつもお前だけを見て、そばを離れなかったのは誰だ?

 お前にとって本当に大切なのは誰なのか、もう一度よく見てみろ!

 

 その曇った目をよ~く擦って、ちゃんと見てみろ!腐った性根でも、諦めず愛し続けた人を少しは大切に思え!

この馬鹿!!」



 やはりエミルは馬鹿だった。

 

 そして最高の伴侶に今更ながら気づいた。






      つづく




『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』カクヨム連載版 第15話  「エヴァの青春」

2022-12-21 03:57:56 | 日記





 ヨアンナに青春時代があったように、エヴァにも眩いばかりの娘時代があった。

 恋愛が青春の総てとは言わないが、男は女の事ばかり考え、女は男の事ばかり考える。

 一般的な青春群像とは得てしてそんなもの。

 この物語を読む皆さんはこの物語の流れから、性懲りもなくトンチンカンに生きる

エミルの存在を思い浮かべるかもしれないが、残念!!違いました。

 

 ヨアンナとは違った魅力を持つ親友エヴァ。

 彼女は誠実で現実主義で、透き通った青い目を持っていた。

 そして何より思慮深く、誰に対しても慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 彼女に見つめられた男はたちまち恋に堕ちる魔力があった。




 ヴェイヘローヴォ孤児院 周辺かいわいで評判の娘ふたり。

 孤高のヨアンナと愛嬌のエヴァ。

 

 いつも一緒に行動するふたりであったが、男どもの熱い視線は不思議と重なる事がなく、上手く住み分けられていた。

 やがてエヴァの信奉者たちは自然淘汰され、最後には近所のピアニスト兼ピアノの先生兼、調律師のツェザリと、小学校時代から成績が良かったミロスワフが彼女の愛を競っていた。




 男として線の細いツェザリは、善意で小学校に寄贈された古いピアノの調律で度々訪れ、エヴァと知り合った。

 

 さすがショパンの国。

 

 彼の弾くピアノには気品が感じられ、『調律』と称し、エヴァに愛の曲を送り続けるツェザリであった。



 それを苦々しく睨むミロスワフ。

 彼はエヴァと同じ中学の生活委員会に属する事で親しい関係を構築し、学校行事や孤児院での課外学習でも何かというとかたわらに居ようとした。

 年上のツェザリと同級生のミロスワフ。

 

 エヴァにとってどちらも大切な存在だったが、そのどちらともつかない関係がいつまでも許される訳もなかった。

 

 エヴァとヨアンナにとって17歳のクリスマス。

 既に孤児院の世話役的存在のふたりは、先輩のエディッタとハンナの協力もあり、慎ましくささやかな中にも、盛大さを感じさせる華やかな祝いの舞台が整えられた。

 

 そこで居合わせた誰もが忘れる事の出来ない大事件が起こった。

 

 優雅にピアノをつま弾くツェザリ。

負けじと孤児院と学校運営について、盛んにエヴァに語りかけるミロスワフ。

 

 突然ツェザリのピアノが止まる。

 ふたりの前にツカツカと歩み寄り、彼は言った。

「君、私が心を込めて弾くピアノの邪魔をしないでくれたまえ!」

 ミロスワフはまなじりをキリッと上げ、年上の彼にきっぱりと云った。

「あなたこそ、今エヴァと大切な運営の話をしているので、入ってこないでください。」

「君、今ここはクリスマスのパーティーなのだよ!

パーティーに無関係な、くだらない話はいつでもできるだろう?

そういう事は終わった後にしてくれないか?」

 

「あなたの方こそ、神聖なクリスマスにふさわしいとは思えない下世話な曲を弾くのは、止めてもらえませんか?」

 どうやら炎の目をしたふたりには、周囲の戸惑いと野次馬的好奇心と、エヴァのどうしたら良いか分からない困惑した表情が入ってこないらしい。




 一部始終を目撃していたヨアンナが一言。

「言い争いは外でしてくださらない?

 ここには幼い子供たちも居るのよ。

 貴方達ふたりとも、クリスマスに相応しくない争いをしているのにお気づきになりませんか?」

 

 はたと我に返ったふたり。

 振り上げたこぶしを治めるには、あまりに難しい状況になっていた。

 

 ここでエミルが登場する。

 ヨアンナに未練を残す彼は、ここぞとばかりに気が利いた提案をし、名誉を挽回したいと思い、両者に向かって言い放った。

「君たち!私たちが幼い頃行った日本では、神様の前で物事の決着をつける「相撲」という決闘があるそうだ。

 衆目の面前で決着をつけ、恨みっこなしとするのはどうか?」

 

 エミルは簡単に相撲のルールを教え、ここにいる全ての参加者に証人となるよう呼びかけた。

 するとたちまち皆の興味をそそり、賛同を得た。

「それこそクリスマスのパーティーには相応しくないわ!エミルの馬鹿!!」

 

 ヨアンナは思ったが、時すでに遅かった。

 

 あとに引けないふたり。

 

エヴァは結果、自分がふたりの勝負の賞品になってしまうのに気づき、言葉にならない金切り声をあげたが、後の祭りだった。

 

 エミルの馬鹿!が行司となり、真剣勝負が始まった。

 ポーランド語で「はっけよい!のこった!」とは何と云えばよいのか分からないが、エミルなりの怪しい行司により一進一退の勝負は続いた。

 

 もう見ていられないエヴァは両手で顔を隠すが、指の隙間から勝負の行方を覗いていた。

 

 やがて年下ながら、体力に物を云わせたミロスワフが上手をとり、ツェザリを豪快に投げ飛ばした。

 決着がつくなり、一気に会場が湧きたった。

 

 ミロスワフが勝鬨を上げると、力なく立ち上がったツェザリは歪んだ顔でにらみつける。

 

 ミロスワフは右手を差し出し握手を求めたが、歪んだままで固まったツェザリを見て、強引に右手を掴み握手した。

 いたたまれなくなったツェザリは走り去り、会場を後にしたまま、二度と姿を見せなかった。

 

「エッ?!私はミロスワフのものになったの?」

焦りと狼狽がエヴァを襲った。




 残ったふたりを祝福する声・声・声!

「エミルの馬鹿ァ!」

エヴァは二度目の金切り声をあげ、エミルを罵った。

 

 結局エミルの評価は上がることなく、エヴァはミロスワフのものとなり、2年後結婚する事となった。

 

 しかし、日本の風習の何と恐ろしい事か!

 いやいや!そんなことはないから!!!

 馬鹿げた誤解に騙されないで!

 

 エミルの馬鹿ァ!!

 

 こうしてヨアンナとエヴァの青春の幕は開けた。

 そしてその頃からヨアンナは、ある活動に興味を持ち始め、次第に没頭した。





      

      つづく


『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』第14話 故国ポーランド~ヴェイヘローヴォ孤児院~

2022-12-18 06:31:14 | 日記




 幾日も船に揺られながら故郷の国ポーランドに戻ってきた。

 

 幼かったヨアンナにとって、父の生まれ育った国。

 母の生まれ育った国。

 そして自分が生まれたかけがえのない思い出の地。

 

 そこにはもう、自分たちの想い出を紡いだ人たちの欠片かけらも残ってはいない。

 住んでいた家も、裏庭も、石像のダニエルも、アガタおばさんも、ウォルフおじさんも。それに教会の神父さんも、あのいたずらヤンすらも・・・・。

 

 5歳まで過ごした楽しい想い出と表裏一体で、思い出したくない悲しい思い出も。

 でもそれ等は総て心の奥底にしまっておくべき大切な記憶である。

 

 そう思ったら、何だかここも愛おしくさえ感じる。

 長い長い航海の末、ようやくたどり着いた故国。

 

 

 ヨアンナは心に誓った。 

 もう不安な心は捨てよう。天国の父のため、母のため、一所懸命、精一杯生きて、自分が天国に行ったとき胸を張って会えるように。

 

 それと同時にヨアンナにはその自覚は無いが、日本で過ごした生活の中で培った経験や学びは心の中の一本の芯となり、思考と人格を形成する上で基礎となる柱となった。

 彼女の立ち居振る舞いや、何気ないリアクション、それに口癖さえもそれらの影響を見て取れるようになった。

 しかも時間が経過し、成長するごとに顕著となる。












       ヴェイヘローヴォ孤児院










 いつ終わるとも知れない程長い船旅の末、孤児一行はバルト海沿岸のヴェイヘローヴォ孤児院に引き取られ保護された。



 入所後、何と!!

 驚くべきことに、首相や大統領までが駆け付け、歓迎してくれた。

 

 彼ら孤児の施設での日課の一番初めは、朝、庭に集まり「君が代」を斉唱する決まり。

 その他でも福田会ふくでんかいでの規律と習慣と教訓は、当たり前のように引き継がれた。

 その結果、孤児院出身者の中には医者、教師、法律家など、国の復興の最前線で活躍する人材が数多く育った。

 

 他国からの屈辱の侵略を受け、そして不屈の闘志を以って独立。

 苦難の道のりは民衆だけでなく、国家そのものの運命でもあった。

 

 何もかもが再生・復活の対象の中、ヨアンナ達帰国孤児にとって、生活環境と教育環境の持続的改善が最重要課題だった。

 

 荒廃と再生。

 

 学校の建設と再生を急ピッチで進めなければならない。

 ヴェイヘローヴォ孤児院周辺の教育環境も、当然満足できる環境とは程遠かった。

 しかも当時、子供が教育を受けるには、一般的にそれなりの負担も必要だった。

 

 教育は無料。そんな現在の常識は通用しない時代である。

 孤児にとって過酷な環境なのはここでも変わらない。

 

 でも逆境で歯を食いしばり、頑張って跳ね返そうとする気質は頑固なポーランド人の特性かもしれない。

 教育が将来の国家の運命を決するとの思いは、ヴェイヘローヴォに息づいていた。

 ヨアンナ達孤児の帰還は、同時に国家復興の担い手でもあったのだ。




 ヴェイヘローヴォ孤児院は福田会託児所とは環境が全く違ったが、自分たちが力を合わせて作り上げていく明るい希望に満ちていた。

 服従と戦乱が奪った誇りと活力を、再び取り戻した喜びに満ちていた。

 

 孤児たちは船中生活に引き続き、孤児院内にあっても福田会滞在中の習慣や学びを忘れずにいた。

 それは子供たちだけでない。

 日本に同行した大人たちの中からも、特に教育に携わったメンバーが中心になり、

急ごしらえの学校をつくり、孤児や周辺の子供たちの教育にあたった。



 ヨアンナも当然学校に通う事になる。

 仲良しのエヴァと机を並べ、

「学校で授業を受けるのは新たな楽しみ」とその日を指折り待ち、そしてその思いは遂げられた。

 学校生活での学びと交流は、帰国という環境の変化に順応するための格好の手段となった。

 

 皆の希望を一身に集めた新しい学校は、福田会時代の舎監のレフは校長に、保母さんの何人かは先生兼、ヴェイヘローヴォ孤児院の世話役になっていた。

 

 ヨアンナが小学校6年生になった頃、不安定だった学校の環境も軌道にのり、日本での経験と学びを活かした授業も少しずつ実践できるようになった。

 

 同室だったエディッタ姉さんとハンナ姉さんは、やがて先輩卒業生として学校運営に関わるが、相変わらず(勉強が苦手だった彼女らは・・・・ううん・・・残念。)授業の中身ではなく、運動会やピクニックなどの行事に熱心だった。



 一方ヨアンナは、得意な歌で年少さんの心を掴む。

 特にポーランドに古くから伝わり、父がよく歌った『はたけのポルカ』と、日本で覚えた『七つの子』は十八番おはこで人気が高かった。

 

                                 




   はたけのポルカ





さいしょのはたけにキャベツをうえたらね                 

 

ひつじさんが むしゃむしゃたべたよ                

 

はたけをまわって ポルカを おどろう 

 

ひつじさんといっしょに ポルカを おどろう




つぎののはたけに じゃがいもうえたらね

 

こぶたちゃんが もぐもぐたべたよ

 

はたけのまわって ポルカを おどろう

 

こぶたちゃんといっしょに ポルカを おどろう




そのまたつぎの はたけに こむぎを うえたらね

 

にわとりさんが コケコッコたべたよ

 

はたけのまわって ポルカを おどろう

 

にわとりさんいっしょに ポルカを おどろう










   七つの子






からす  なぜなくの

 

からすはやまに

 

かわいい ななつのこがあるからよ




かわい かわいと

 

からすは なくの

 

かわい かわいと

 

なくんだよ




やまの ふるすへ

 

いってみて ごらん

 

まるい めをした

 

いいこだよ




 ヨアンナにとって、このふたつの歌は終生悲しい時、寂しい時の心を癒してくれる

『心の歌』であった。

 

 そうして初等教育、中等・高等教育で優秀な成績を収め、卒業したヨアンナは美しい少女へと成長した。





 学校での思い出。

 

 10歳を過ぎた頃、先生からクッキーの焼き方を習ったヨアンナ。

 それから毎年学校と孤児院合同ピクニックの前の日になると、お菓子を焼くのが恒例となった。

 女子たちが競ってクッキーを焼くと、楽しみにしていた男子が群がる。

 お礼にその日のために覚えたダンスや歌を、女子たちのために懸命に披露した。

 

 ヨアンナのクッキーをアレンジしたお菓子はとても人気が高く、いつも最初に完売になる。

 そして終盤の合唱でも、やはりヨアンナが中心だった。






 誰からも好かれるヨアンナ。

 当然男子からのお誘いも経験している。




 特筆なのはエミルからの告白。

 放課後孤児院に帰る前のひとりの時を狙って、モジモジしながら待ち受けていた。

 

「ヨアンナ、ええと・・・、ええと・・・」

「何?」

「ええと・・・、話がある。」

「だから何?」

虫男エミルもそれなりに成長していたが、ヨアンナにとって彼は変わらずハンナ姉さんの恋人であり、虫男の印象が消えないでいた。

 多少ぞんざい気味の扱いになるのは仕方ない。

 

 彼はめげずに意を決して

「僕はヨアンナが好きだ!」



 ヨアンナはびっくりした。何と応えよう?

「エミル、あなたはハンナ姉さんと付き合っているじゃない?

それなのに、どうして私にそんな事言うの?」

「ハンナは僕と仲良くしてくれるけど、付き合っちゃいないさ。

 僕の好きなのはヨアンナだもの。」

「酷い!!ハンナ姉さんが可愛そう!!よくそんな事が言えるわね!」

 そう言って睨みつけた。

 

 エミルはそう言われると明らかにひるみ、スゴスゴと引き下がった。

 しかし暫くの間、未練タラタラな態度を見せ、ヨアンナを困惑させる事となった。





 そんなエミルのヨアンナに対する横恋慕(?)は、その後の波乱の種となる。

 

 (エミル~ぅ・・・・、シッカリせえよ!!)






       つづく


『シベリアの異邦人~ポーランド孤児と日本~』【カクヨム】連載版 第13話「新たな旅立ち」

2022-12-17 05:52:26 | 日記

 

 福田会ふくでんかいでの約一年の生活は、ヨアンナやエヴァに大きな成長をもたらした。

 同様にその他の孤児たちにも成長と健康回復に大きな成果が見られた。

 

 次第に福田会での生活も終盤に近付き、健康と協調と規律を身に着ける孤児たち。

 それぞれの孤児たちの成長をスタッフの誰もが強く感じるほど活気に満ち、福田会は彼らの王国と変容していた。




 東京での彼らの生活が続いた1年間。

 すっかり慣れた頃、無情にも別れの日がやって来る。

 

 当初のスタッフの決意の通り、誰ひとり欠けることなく故国ポーランドに帰国できるまでになった。

 

 孤児全員に衣服が新調され、航海中の寒さも考えて毛糸のチョッキも支給された。

 たくさんの見送りを従え、ヨアンナ達は出航を控える港に着く。

 しかし乗り込む予定の特別船の出航が大幅に遅れた。

 

 ヨアンナたちは横浜港から出港するときになって、本当の母親のように親身にお世話をしてくれた保母たちとの別れを悲しみ、乗船を泣きながら嫌がったからであった。

 

 ヨアンナもその中のひとり。

 

 彼女はゆりかごのような第二のふるさと日本と、優しく接してくれた保母さんや他の大人たちと別れ、大切に心に秘めていた父と母さえも残してゆくような気がして、涙が涸れるほど泣いた。

 

 そんなヨアンナではあったが、泣き疲れ、腫らした目でふと空を見上げると、そこに父と母の気配がした。

 

 そして微かに優しい声が聞こえた気がする。

「きっとお父さんもお母さんもついてきてくれる。きっとそうだ!」

 別れの辛さも、寂しさも、不安も少しは和らいだ気がした。

 

いつまでも出立しゅったつを嫌がるヨアンナの背中を押し、新たな門出を促すかのように、お父さんとお母さんは出てきてくれたのだ。




 避ける事の出来ない辛い別れを悟った孤児たちだったが、福田会で習い、毎日歌っていた「君が代」を斉唱し、幼いながら精一杯の感謝の気持ちを込め「アリガトウ」を何度も繰り返した。

 

 大勢の見送りの人たちも涙を流しながら、孤児たちの幸せな将来を祈りつつ、見えなくなるまで手を振り続けたという。




 船の中で船長は夜ごと孤児たちのベッドを見て廻り、毛布を首まで掛けなおし、頭を撫で熱が出ていないか確かめていた。



 その手の温かさを孤児たちは、大人になっても忘れず覚えていた。

 いつまでも

 いつまでも・・・・。




 幾日も船上で過ごすヨアンナたち。

 

 いつも船室に閉じこもってばかりもいられず、良く晴れた凪の日は甲板で過ごすのが日常となっていた。

 

 日本滞在で身に着けた習慣を維持するためにも、規律正しい生活と学びに機会を無駄にせず有意義な毎日にするために、随伴の大人たちも、日本人クルーも注意深く見守っていた。



 波をかき分け、軽快に進む船旅は、見方によっては最高の環境だったのかもしれない。



 午後の授業も終わり孤児たちが船室に戻ってもヨアンナはエヴァと海を眺める事が多かった。

「ねぇエヴァ!私、海を眺めるのが好きかもしれない。

 だってどこを見てもぜ~んぶ海なんだもの!何もないって凄いと思わない?

 何もないのに全然飽きないって凄いって思わない?」

「そうね、私も好きだわ、何も話さなくてもヨアンナと一緒なら何だか楽しいの。

 変ね、変だけど、ちっともつまらなくないわ。」

 エヴァはにっこり笑って受合った。



 航海も一週間を過ぎ、2週間を過ぎた頃、夕方ひとりで甲板に出てくるヨアンナの姿が見られるようになった。

 

 甲板には必ず転落防止の見張りが立っている。

 夕方の時間帯は初老の甲板員が受け持っている。

 

 ヨアンナはエヴァといる時と同じく、高い手すりの中間の綱につかまり、流れ続ける波と水平線をただただじっと見ていた。

 

 甲板おじさんはそんなヨアンナを注意深く見守っている。

 

「お父さん、お母さん・・・・。」

 呟く声は波に消され聞こえなかったが、甲板おじさんの心には確実に届いていた。




 そんな光景が3日を過ぎた頃、おじさんがいつものように海を見つめるヨアンナに声をかけた。

「お嬢ちゃん、海は好きかい?」

「うん、だってとっても広いんだもの!」

「そうか。ワシも海がすきなんじゃ。海はいいのう。お嬢さんと一緒じゃな。

でもどうしてひとりなのかな?

この時間は風も冷たくなってくるし、寂しいじゃろ?」

「ええ、でも今はひとりが良いの。」

「友達と喧嘩でもしたのかな?」

「いいえ、違うわ、エヴァとはいつまでも友達よ!

 今の時間はお母さん、お父さんとお話がしたいの。

 

 ヨアンナのお母さんもお父さんも天国に行っちゃったけど、海を見ているとお話ができる気がするの。

 でもいくら呼びかけてもお母さんの声も聞こえないし、お父さんの姿も見えないわ。

 ねえ、おじさん、どうしたら会えるのか教えてくれる?

 それとも、もう会えないのかしら?」

「そうさなぁ・・・。

それはお嬢ちゃんの心次第なのかもなぁ。」

 

暫くの沈黙の後、意を決したように甲板おじさんは語り始めた。

「わしの経験を聞かせてあげよう。

 お嬢ちゃんにはチイと難しいかもしれないが聞いてくれるか?」

「ウン!お母さんとお話ができるなら、ヨアンナちゃんと聞くわ。」

「そうかい、なら話そう。

 ワシの経験談にどれ程の効き目があるか分からが・・・。

 

 ワシにも若い頃はあっての・・・。そんな顔せんでくれ。

 これでも若かった頃はあったんじゃよ!そんな昔々の話じゃ。」

 遠い目をしながら語り始めた。

「こんなワシにも好きな娘こがおっての、ワシには太陽のような存在じゃった。

 でもな、その娘とは長続きすることなく、離れ離れになってしもうた。

 ワシの家も、あの娘の家も貧しくての、どうしても一緒になれなんだ。

 

 毎日毎日涙を流して身の不幸を嘆き悲しんだ。

 だけども悲しんでばかりもいられなくての、生活があるから一生懸命働くようになった。

 それこそ死にもの狂いでな。

 そうしてようやく一人前になれて人並みに嫁さんを貰えるようになった。

 でもその時はすでにあの娘は他の家に嫁にいった後だった。

 

 ワシはそれはそれは落胆したが、やがて別の話が降って湧いての。

 全く別のひとがワシの女房になってくれたさ。

 

 時間が経って可愛い娘が生まれての。

 ワシはとっても嬉しかったなぁ。

 でもそのワシの女房は訳ありでの。

 

 「訳アリってなあに?」

 

 「それはの、それはそのぅ・・・人に言えない事情じゃ。」

 

 (ヨアンナは事情ってなあに?と聞こうとしたが、それでは一向に話が先に進まないので聞くのをやめた。)

 

 「そんでの、ワシと女房の夫婦仲は次第に悪くなったんじゃ。

  ワシの仕事もうまくいかなくなって、生活が立ち行かなくなっての。 

  情けない事にワシは女房と幼い娘を置いて、家を出ることにした。

  女房には、ワシと一緒になる前からの心を通じた男が居っての。

  その男に女房と娘を託すしかなかったんじゃ。

  悔しくて、惨めで、悲しかったが手放すしかなかった。

 

 ワシが家を出て間もなく女房は、その男と一緒になっての。

 ワシは自暴自棄になって暫くあてのない放蕩生活に堕ちてしまった。

 そんな時ワシの心の奥に仕舞っていた、大切な思い出の娘と偶然出会ってな。

 と云っても再会した時にゃいい歳になっておったが。

 

 小料理屋の女将になっていた彼女は、こんな身も心もボロボロなワシを無様な生活から救い出してくれたんじゃ。

 彼女もワシ同様、旦那と別れ慎ましく女手ひとつで切り盛りしておった。

 

 豊かではないが、ワシはようやく心の安らぎを手にしたんじゃ。

 

 でもな・・・・・・。

 引き換えにかけがえのない大切な娘を失ってしまった。

 再婚したワシとは二度と会ってくれなんだ。

 きっと捨てられたと思ったんじゃろ。

 

 父親に捨てられたと考えたら、さぞかし悲しかったろ、辛かったろ、寂しかったろ。

 

 でもな、ワシは毎日毎日娘の事を忘れたりせん。

 忘れる事なんでできるわけがない。

 今でも会いたくて仕方なくての・・・。

 それが親の気持ちと云うもんじゃ。

 分かってくれるか?

 

 だからお嬢ちゃんの両親も天国できっと同じ気持ちじゃろ。

 ワシはそう思う。

 もしワシが死んでこの世から居なくなっても、あの世で絶対娘に会う方法を探すじゃろ。

 例え草葉の陰からひっそりと一目見るだけでも良い。

 

 いつも、いつも、いつまでも見守っていたいと必死になるわな。

 ワシでさえそうなのだから、お嬢ちゃんの両親がお嬢ちゃんのそばにいない筈はない。そうは思わんか?」

 

ヨアンナには難しい話だったがヨアンナなりに深く深く考えた。

「そうね、ヨアンナのお父さんもお母さんも、あんなにヨアンナの事を可愛がってくれたもの。

きっとおじさんが言うように、傍にいてくれているんだと思う。

 そう信じてみるわ。

ありがと、おじさん。」

 

 甲板おじさんは満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。

 しかし甲板おじさんは、自分がどうしてこんな幼い娘に身の上話をしたのか、戸惑いと後悔の中にいた。

 不思議な子じゃ。

 ホントならどんなに親しい人にも、こんな話は打ち明けられない。絶対に!!

 きっとヨアンナには打ち明けたくなるような人をひきつける力があったのだろう。





      つづく