ある休日の朝、平助が身もだえしている。
インディアンの踊りのような奇妙な動作の場面に、偶然のタイミングでアパートのドアを開けたカエデ。
驚いた平助は動作の一瞬の場面のまま固まり、カエデの方へ振り向く。
見つめ合うふたり・・・・。
って違うだろ!
「何やってんの?」
「な、な、何って・・・・、ノックもせずいきなり入ってくんな!」
「頭おかしくなった?元々おかしいけど。」
「だから!ノックぐらいしろ!って言ってるだろ!」
その抗議を無視し、
「その奇妙な平助踊りは一体何?
世を儚んで救済を求める踊り?
でも平助の日頃の行状じゃ、神様も助けてくれないでしょ。うぅん、残念な平助。」
「勝手に人を残念がるな!今は別に神様に助けを求めている訳じゃないし。」
ここで平助はハタと思い出した。
朝寝坊し微睡んでいるとパジャマの首の袖から何かが侵入し、違和感を感じてパニック状態になり、もがいているところだった事を。
「ア~!ヤバい!ヤバい!」
思い出すと同時にいきなりもがき乍ら、パジャマの上を脱ぎだす。
もどかしく何とか脱ぐと、次は下着のシャツ。上半身裸になり、背中を見ようと何度も振り向く平助。
その姿はまるで子猫が自分の尻尾を捕まえようとクルクル回る動作に似ている。
「キャッ!麗しい乙女の前で何するの?早く服を着て!!
この変態オヤジ!!」
背中に異常が無い事を確認した平助は、カエデの罵声にかまわず着ていたシャツを振り、中から何か落ちてくるのを目撃する。
落ちて来た物体はゴキブリ。
二人揃って「ギャー!」と叫ぶ。
その惨劇から事態が収束したのは、その二分後であった。
そしてその時使われた哀れなスリッパは、無情にも捨てられた。
ようやく事情を理解したカエデは落ち着きを取り戻し、
「いつも部屋の中を不潔にしているからよ。私が見かねて掃除をしてあげなければ、いつまで経ってもゴミ屋敷なんだから。
今度から(愛新覚羅)溥傑って呼ぶよ!」
㊟ 愛新覚羅溥傑
満州帝国最後の皇帝、愛新覚羅溥儀の弟。
昔、何かの映画をふたりで見た時、溥儀と溥傑が登場。
カエデが面白がり、不敬にも溥傑を『ふけつ』という読みの《おん》を聴いて反応、それ以来平助を不潔男と揶揄する時、『ふけつ』のイントネーションの『ふ』の音をワザと変え強調し、『ふけつ』と発音するようになった。
昔の人とは云え、外国の王族の名前を平気で汚すカエデ。
罰が当たると思うぞ。
そんなドタバタがひと段落した直後、地震の揺れを感じた。
直ぐにテレビのスイッチを入れ、状況を確認するふたり。
東京23区震度3~4。
震源地千葉県沖。震源の深さ20㎞。
津波の恐れあり、警報発令。
平助はアパートを飛び出し、愛車のママチャリを全力で立ち漕ぎしだした。
行き先はもちろん震源地、じゃなくて首相官邸。
「あら、チャリの割に早かったのね。」とエリカ。
その言葉に反応するのももどかしく、先に到着していた面々に、詳しい状況の報告を受ける。
ネット政変以降、地震対策も着々と進め、被害を最小限に留めるよう避難誘導も盤石な体制を確立していたため、今のところ被害は軽微だとの事。
ホッと胸を撫で下ろす。
改めて説明するが、ネット政府が発足すると同時に、地震対策も優先事項として推し進めていた。
すべては将来確実にやって来る『南海トラフ大地震』に対応するため。
具体的には・・・
大きな被害が想定される地域を北海道ブロック、東北ブロック、関東・島嶼ブロック(小笠原諸島など)、東海ブロック、近畿ブロック、中国・四国ブロック、九州・沖縄ブロック。以上七つの地域別に緊急災害対処本部を設置した。
消防・警察は勿論の事、広く有志を募り自警団を組織、一般市民を巻き込み、大掛かりな総力戦の防災体制を敷いた。
それは地域別に全人口をカバーし、漏れの無い救出を可能にする組織である。
そしてそれらを束ねるのが、東京の首相官邸に設置した災害対策総合統括本部。
大型スクリーンで各地の状況を一目で確認でき、指揮できる体制である。
後からカエデが電車で到着、こちらも急ぎ状況把握に努めた。
この頃カエデと平助の仲が気になるエリカ。
内閣府から今後の対策を協議するためやってきた田野上と目が合い、二人の仲を怪しんだ。
だってカエデが到着早々、平助にゴキブリ騒動の後、慌てて着た服装が乱れていることを指摘したから。
どうして今来たカエデが、平助のゴキブリ騒動の顛末を知ってるの?
別々に住んでいるのなら、今日の朝の出来事をカエデは知らない筈。
怪しい・・・。
もしかして、もう同棲してる?
エリカは直球で探りを入れた。
「へぇ~、ゴキブリの事、カエデさんは知ってるんだ。どうしてだろ?今朝の事の筈なのにね?」
「え?だってほら、偶然平助のアパートに行ったら、平助が身もだえしてるから。」
「ソ~ォ?偶然ね~。そんな偶然、いつも有るのかしら?」
ジト~ォっとした目でカエデの目の奥を探る。
何も悪い事をしていないのに、痛くも無い腹の中を探られているようで、不快に思うカエデであった。
でもね、うら若き女性が独身男のアパートをノックもせず、当たり前のように部屋の中へ入るのは、やはり疑われても仕方ないと思うぞ。
この日、エリカの胸の奥で、何かの企てが浮かんだ。
波瀾万丈の予感。
つづく