今、社会が沈滞している。
失われた30年以降産業が衰退し、経済が坂を転げ落ちるように落ち込み、その産業や経済を支えてきた名も無き者たちは厳しすぎる現実から目をそらすようになる。
特に未来を担う若者たちにその傾向が顕著にみられた。
不満をぶつける先もなく、現状に対する諦めから現実逃避の夢を持つ。
自分の趣味や志向にしか興味を示さず、ファッションなどの流行や、ゲームや押しに自分の生きるエネルギーの大半を費やす。
いや、夢や趣味に罪は無い。むしろ夢や希望の持てない世など、生きる価値が半減するというもの。
大いに持つべきであろう。
だが、それだけで完結する暮らしで良いのか?
それではいつまで経ってもそのまま状況は変わらず、貧困に対する不満や、理不尽な不平等、降りかかるあらゆるハラスメントを打開できない。
一度しかない自分の人生を、問題を抱えたまま終わらせるつもりか?
自分の一番の敵はそんなこの世の問題ではない。
敵は他ではなく、我にあり。
諦めこそが自分の人生の沈滞の原因なのだと知るべきだ。
と、誰かが言ってたっけ。
だが自分の人生の問題の多くは、実は自分のせいばかりではない。
実は世の中の仕組みや、この社会を構成する多くの民の常識、ひとりひとりの心の奥底の性根にある。
その事を無意識の意識が理解していながら、諦めが問題解決の行動の邪魔をする。
何もしないまま、何をしたらよいか分からぬまま、自らの意思の弱さ故に不満を抱え無為に過ごす。
それが今の大多数の人々の現状であった。
でも考えて欲しい。
日本の大衆の歴史を見返すと、江戸時代の沈滞期を経て、明治にあらゆる産業の花が開花し、創意工夫が活力を生んだ。
大衆は明るい希望と未来を見いだし、貧困から脱出する方法やその見本が雨後の竹の子のように芽吹いた。
その後、維新から7~80年を経て、国民は日中戦争から第二次世界大戦戦争に及ぶ長い戦いで辛く耐え忍ぶ経験を強いられた。
戦況悪化から国家権力の圧力と江戸時代以来の沈滞を経験した国民は、その苦しい未曾有の体験から解放された終戦後、再び明るい希望と未来を見いだした。
瓦礫の中から力強く復活し、世界第2位の経済大国になるまでの活気を見せる。
しかし、そのあまりに急激な繁栄は近隣諸国の脅威となり、日米貿易不均衡の摩擦が常態化、苛立ちが最高潮に達したアメリカは、ひとつひとつ日本の産業を、力を背景にした脅しで潰した。
それに平行して、日本の援助や技術供与を積極的に中韓に推し進めた日本だが、その結果奇跡の繁栄を得た中韓がその恩を仇で返し、日本産業へ浸食する。
それらアメリカと中韓の波状攻撃が日本の国力を削ぎ続けた。
更に国を護るべき日本の行政機関が国民の期待や願いに背き、それらの諸外国に資産や誇りまでも売り渡す。
その結果が失われた30年であり、再び日本人は自信と希望を失う。
そんな状況が続いた後、ネット政変以前の『増税メガネ』の異名を持つ財務省傀儡の元首相による止めどもない増税がキッカケとなり、ネット政変が起きたのだ。
そして今、この時期に平蔵が次の内閣総理大臣に指名され、その準備期間に入った。
平蔵は研修を重ねるにつれ、各省庁を回り沈滞と縮小により萎んでしまった日本の社会の惨憺たる現状を目の当たりにする。
そして平助は考え込んだ。
この深く暗い海底に沈んだような雰囲気の大元(原因)は、一体何処にあるんだろう?と。
そしてある異様な光景に何かのヒントを得たような気がした。
それはスポーツや国民的祭事などで目撃された。
例えば野球やサッカー、ラグビーなどの国際試合や、ハロウィーン、クリスマス、バレンタインなどのお祭り騒ぎが、外国の注目を集めるまでに盛り上がる様子。
その異様な盛り上がりのエネルギーは一体どこから来るのか?
いつもの沈滞からどうやって芽吹き、その都度復活するのか?
実は人々の意識は萎え、死んでしまったのではなく、いつでも爆発(弾ける?)
できるように準備が出来ているのでは?
心の芯まで諦め、いじけているのではなく、機会を探っているのでは?
そう思えるようになってきた。
貧困は国の積極的介入や、社会の有志達を増やすことでカバーできる。
ハラスメントは皆の意識改革とコンセンサスで撲滅できる。
不平等は社会全体がチャンスの機会を均等に、しかも間口を広げる事でかなり解消できる。
産業の沈滞は政府が具体的に明るい未来を指示し、産業の規制緩和と政府の積極的な育成で、環境と意欲を復活できる。
これらは国民全体の意識改革と具体的な行動で変革できることだと気づく。
要は誰かが積極的に、必死になって訴え続け、リーダーシップを取れば人心をひとつにして実現できるはずだと感じ始める。
平助はいつしか、そう思えるようになった。
それは省庁研鑽の時に体験した、ある出来事が契機となる。
ある日、国民からの陳情・要望処理担当デスクに山積みされた書類に目を通していた時の事。
その日はホストクラブに嵌り、安易な売掛金を意図的に計上、請求することで借金が雪だるま式にたまり、破たん、自己破産する悪質なホストクラブ被害者たちの案件や、(計画)企業倒産後の補償に悩み、救済を求めたが埒が明かなかった案件等に目を通していたが、その時ネット政府の審査委員会から一報が入る。
巨大で勢力が非常に強い台風の接近で西日本全域が暴風雨圏に入り、とりわけ台風の通り道であるA県〇市が甚大な被害を受けた。早速総理大臣実地研修生の平助が現地に向かうと、多くの宅地が暴風雨の被害に遭っていた。
その惨状もさることながら、臨時避難所に視察に行った際の、被災者の訴えが心に刺さる。
「これで3度目の被害で、2度目に妻を亡くし、今回、家が全壊した私(70代後半の高齢者 男性)にこれからどうしろと言うんですか?」
力なく訴える老人に、慰めの言葉も無かった。
被災し老い先短く、成す術を持たない被災者の彼に、国はどう報いたら良いのだろう?
見舞金の意味を持たせた一時給付金の支給で終わりなのか?
その後、乏しい年金だけで生活を立て直せるというのか?
その被害が多きかった現場は山間から雨水が集まり、鉄砲水となり易い地区だった。
度々問題提起されていた地域なのに、行政の怠慢から放置したまま、大きな被害を招いてしまった。
通り一遍の言葉を掛けただけで、その場を退散するしかなかった平助。
だが東京に帰る間もなく、北日本の地震地帯で直下型の大地震が発生したとの報。
ひと時も休めないまま、平助は現地に直行する。
瓦礫の山の規模は台風のA県〇市以上だった。
避難場所の地元の中学校の体育館に慰問に行くと直ぐ、悲報が届く。
添避難場所の中学に通う女子中学生が自〇したと云うのだ。
何故!
到着して草々の悲報に反応した第一声だった。
理由として考えられるのは、一番絆の深かった母がこの地震で犠牲になり、しかもその女子中学生は今回の地震の前からずっと壮絶ないじめに遭っていたとのクラスメートの告発があったと報告された事。
いじめに耐え、その挙句の果てに災害による母の犠牲。
誰も彼女に救いの手を差し伸べられず、唯一の味方だった母を失い、絶望の末の自〇。
平助は棺に手を合わせながら、無力な自分を責め、ただただ遺影を見つめた。
打ちひしがれながら二度目の帰郷で新幹線のホームから出て直ぐ、第三の災害の速報を耳にする。
今度は日本海側北部の港町で大火事が発生。
100軒を超す全焼被害が有ったという。
平助が駆けつけた時は消火がようやく完了。
まだ消火時の水蒸気と煙が燻る焦土の後か痛々しい状態だった。
犠牲者の数も記録的で、テレビでその尋常じゃないその数に戦慄を憶える平助。
その中にあって間一髪焼け出され、生き延びた被災者たちもいる。
中には4~5歳のいたいけな幼女も含まれていた。
その子は名を里穂ちゃんと云い、一家4人のうち、助かったのは彼女だけだったという。
その時点で親戚などの引き取り手が判明しておらず、児童保護施設に行くことになりそうだった。
平助は彼女の目線に合わせ、かがんで彼女の両肩に優しくそっと手を置く。
しかし里穂ちゃんは涙も見せず、硬い表情で平助を睨んだ。
唇を噛み絞め、突然降りかかった悲劇に、幼いなりに雄々しく立ち向かおうとしているかのように。
ここでも無力な平助。
もし火災に強い防災の仕組みをもっと早く取り組んでいたら、この里穂ちゃんは被災する事も無かったかもしれない。
家族は皆無事で、明るく楽しい未来を閉ざされることも無かったかもしれない。
明日からのこの子は、どうなるのだろう?
想像するだけで胸が張り裂けそうになった。
行政の無策や怠慢。
悲劇を未然に防げなかった無力感と救済の不十分さが脳の奥、胸の奥まで浸透し、傷だらけのまま、ようやく蓬莱荘の自室に辿り着いた平助。
いつものように当然ながらカエデが待ち受けている。
疲れ果て、鬱積していながら我慢していた思いが一気に噴き出す。
カエデの姿を目にしても、止めどもなく流れる涙を隠すこともなく肩を震わせ、咽ぶような声を押し殺し、「オ、オ、オッ・・・・」と泣き続けた。
平助の様子が変!!
突然の事にカエデは戸惑い、ただ立ち尽くして平助を見つめる。
これは只事ではない。
咄嗟に察したが、自分はどうしたら良いのだろう?
見なかったことにして、この場を去るべきか?
涙する平助をそっと抱きしめるように引き推せるべきか?
カエデの答えは後者だった。
男泣きに泣けない平助は、「オ、オ、オッ」と無理やり押し殺す。
そんな平助の呻きをカエデは受け止め慰めた。
無力に打ちひしがれた男と、寄り添う女のシルエットが窓の外に浮かんで見える。
この日を境に平助は人が変わった。
総理大臣として自分は何を成すべきか、答えが見えたのだろう。
目つきと仕事に対する姿勢が別人格のように変化する。
この時ようやく内閣総理大臣として覚悟と自覚を兼ね備えた、竹藪平助次期首相が誕生したのだった。
またカエデの目には、平助の首相としての明確なビジョンが鮮明に見え、自分が本気で支えようと思った瞬間でもあった。
そして研修・研鑽が最終局面を迎え、ようやく教育係板倉のOKサインがでた。
それは板倉の厳しい特訓の賜物か?
今のこの国の現状を垣間見た者なら、当然そうなる程深刻な状態だからか?
しかし固い決意を胸に、眦を上げた平助の顔は、キリッと引き締まっている筈なのに、やはり炭酸の抜けたサイダーのように締まらないなぁ、と心の中で思うカエデであった。
えっ?ところで・・・あの日の夜、ふたりに何かあったかって?
ご想像にお任せするが、あの二人に限って何かある筈はないでしょ!
それが作者の見解でした。
つづく