<10月9日>
剱沢大滝へアタックする日がやってきてしまった。
十字峡の吊り橋から見た剱沢の水量は、
暴力的ともいうべき水量で轟音を立てていた。
昨夜は一晩中剱沢の轟音を聞いていたが、不安だけが高まっていた。
剱沢へは、一番上流側の剱沢平の広場から尾根に取り付き
踏み跡のある急登の尾根を登り、
踏み跡が支尾根へ向かうところから支尾根へ
そこから、FIXロープのあるルンゼを下降して
剱沢へ降り立つ・・・ということであったが、
尾根を登り切る前に怪しい踏み跡に誘われてしまい
さらにそのまま、足場などほとんどないため灌木にぶら下がりながら
強引に目指すルンゼめがけてトラバースすると、
剱沢の河原が見えてきたので、下降ポイントよりは
やや下流であるが、降りてみることに。
50mの懸垂下降一回でやや足りないくらいであったが
クライムダウンで問題なく川床へ到着した。
いよいよ、剱沢の遡行となる。
渇水期にあるというのに予想以上の水量に圧倒される。
不幸にして黒部川に流れ出てしまったがために剱“沢”と
命名されてしまったようだが、この流れががキチンと日本海なりに
流れ着いていたならば、立派な“川”になれたのだろうと思う。
ちなみに十字峡の水量を比率で表すと、棒小屋沢:1、黒部川:4、剱沢:3.5
といったところか、ほとんど水量や迫力は黒部本流と遜色がない。
川床に降りた右岸をそのまま遡行することにするが、早速ツルツルの側壁に阻まれ
本日最初の徒渉となる。
河原の徒渉であるにもかかわらず、太ももまで水につかり
水圧も結構強い。そして何より水が冷たい。
この先何度も徒渉することを考えるとうんざりしてしまう。
剱沢平手前の徒渉の際は、大岩にかつてNHKの撮影隊が
徒渉のためにチロリアンブリッジを行ったであろうリングボルトがあった。
なんでこんなところで?といった場所なので
「おそらくあれは演出でしょ」ということで3人意見は一致した。
その後、沢幅は狭まり流れも圧縮され、徒渉はより困難を増していく
深みにはまれば、胸の下まで浸かってしまう。
そしてなにより、少しでも気を緩めれば簡単に押し流されてしまうように感じられ、
慎重にかつ素早く行動しなければならない。
大きな洞窟が口をあけているトサカ谷を左手に見ながら通過すると
剱沢平で、テンバ適地は一張程度か。
剱沢平の先には、当初CS5m滝と勘違いした2段CS滝、
猛烈な勢いで岩の間から水を吐き出していたが、
左岸に再び徒渉し、1段目は右側壁から、
2段目は同じく左岸のガレ場と砂地の斜面から簡単に巻くことができた。
この巻きの際、まだ新しい一人分の足跡を発見し、
「まさか一人でここを遡行する人間はいないだろう。なんかの動物の足跡だろ」
と話していたが、本当に人間の足跡だったようです。
ソロで剱沢を遡行できる方といえばこの人しか思い浮かばなかったが
本当に彼だったとは・・・
正面に双耳峰の大凹角ルンゼが見えてくると両岸はツルツルの側壁となり
剱沢大滝の前衛であるCS5m滝が立ちはだかる。
剱沢大滝も目と鼻の先であるはずだが、この滝の先で沢は90°屈曲しており
滝の飛沫しかここからは見えない。
CS5m滝は、右側壁を有るか無いかというくらいの細いバンドを
残地スリングのかかったボルトを利用して
トラバースして越えるのが本来のクラシックなルートであるが
ボルトの間隔は、かなり遠く、落ちればCS5m滝の水流に
完全に落ちてしまう位置にあるため、左の水量の少ない3m滝から攻めることにする。
とは言っても、ここも取り付きまでは2mほどの深い淵が間にあり、
泳がなくては取り付けない。本来であれば、泳ぎ担当の私が
取り付いて攀じ登り2人をフォローするところだが、
とてもじゃないが恐ろしくて行く気になれない。
そんな訳で、泳ぎが得意とは言えない沼っちが
代わりにトップで飛び込んだ。
その後フォローで登ったが、あの水温をたった2m泳いだだけで
体はガチガチ震え、3m滝の登攀ももろに水流を受けながらで
体の震えはしばらく止まらなかった。
登り終えると、やっとI滝を目にすることができた。
夢にまで見た剱沢大滝。たどり着けた喜びとここまで支えてくれた
仲間への感謝で涙が出るくらい嬉しかった。
滝前はもの凄い水しぶきと暴風だった。とても悠長に三脚を立てて
撮影するなど困難。震える体で夢中でシャッターを切った。
おかげでほとんどの写真はぶれて使い物にならなかった。
剱沢大滝I滝 動画1
剱沢大滝I滝 動画2
大凹角ルンゼを1Pの予定だったが、あまりの寒さに耐えかねて
記念撮影をして、名残惜しい気もしたが帰路に着く。
大した距離ではなかったが、緊張と寒さで尾根への登り口手前で
私は完全にバテてしまった。
武さんから、カリン糖をもらってだいぶ元気も回復し
無事、“緊急ビバーク”地へたどり着いた。
一つの目標を達成した喜びと余韻で、この日の夕餉は最高のものに感じられた。
<10月10日>
現実の世界へ帰る日。
またあの崩壊地を通らなければならない。
帰りの登り返しは、FIXロープがあるとはいえ
重荷を背負ってのユマーリングはかなりきつく
ここの通過で1時間ほどかかってしまった。
その後は、来た道を延々と歩いたが、
3日前より山々の木々の色付きは鮮やかになっていた
これから、次のシーズンまで誰にも見られることなく
冬を迎えていくんだろうと思うとなんだかもったいない
気もするが、足元に転がっている落石は明らかに
3日前より増えていて、危険地帯と化した登山道とは言えない場所であることを否が応でも気づかされる。
最後はヘトヘトになりながら(私だけです。。。)
観光客で賑わう黒部ダムに到着。
冷たいコーラで無事を乾杯して生涯忘れられない長い旅は終わった。
<おまけ>
今回の“緊急ビバーク”地での問題は水の確保だった。
そこで、かつて私が冬の小野川不動滝で水を確保した方法を応用して
画期的な水汲みシステムを構築してみた。
文:スダッち