奥の細道。
西行法師に憧れ、道祖神の導きで奥州から北陸、そして美濃は大垣までとな。
芭蕉翁は四十六、門人の曾良は四十一、名所巡りしながらの道中記である。
後から見れば、芭蕉は旅の疲れか養成に入る事に。亡くなる数年前の旅だった。
お江戸は深川を意気揚々に出立した二人は、白河の関越えて、みちのくへと。
松島、平泉、立石寺、出羽三山、最上川と、それはもう感歎の連続であった。
やがて越後を下り、越中へと抜けようと北国一の難所に差し掛かる。
親不知子不知である。正しくは後に、犬戻り、駒返しと付くほどの国境。
昔から道はここしか無し、急峻な崖が日本海の荒波に迫って来る。
まさに親を波に浚われ、子を浚われての、親も子もどうなったか知らずの地である。
芭蕉は河に落ちたそうな。ほうほうの体で切り抜けて、市振の関に辿り着いた。
明日は越中、やっと越後とさらば出来る、そんな越後最後の宿のこと・・・・
芭蕉「おい曾良や、今宵の宿は如何なる宿であるか?」
曾良「はいな、まっとうな宿はなし、寂れたとこゆえ、あいまい宿しか無く」
芭蕉「それも風流で良し、親不知子不知越えでさんざんやった、そこでええ」
「明日は越中となる、早う休もうぞ、隣部屋なんぞ気にせんとな」
曾良「わかっとります。耳に栓して眠ることにしやす」
そうは言ってもあばら家である。板一枚で筒抜け、戸も良く閉まらず。
隣の声が聞こえてなんね。聞くともなく聞く羽目になりそうろう。
なんやら、うら若き遊女二人と爺が泊まっておる。真面目話をしておる。
お伊勢参り、お伊勢さんに女だけで行くそうな。爺は遊女屋の小間使いか。
越後は新潟みなとの置屋から、銭貯めての罪落としの伊勢参りとのこと。
ああ、この世は無常、これにつきる。萩は夜風にそよぎ、月は照らすのみ。
・・・・一家に 遊女もねたり 萩と月・・・・
あくる朝、遊女に声かけられる、願い事を聞くことになる。
はや芭蕉一行は先を急ごうとしている時である。聞くも止む無しである。
遊女「あの、隣部屋のお方でねえですかえ、昨夜は変な話耳に入ったかのう」
芭蕉「いやいや、まったく聞こえはしまなんだ。疲れてもうて、直ぐにと寝ました」
遊女「そんな、面に寝てねって書いてるて。まあええ、アテらは見たまんま遊女ら」
「男悦ばしてなんぼの生業だて、きっと前世で何か悪かこつやったん」
「そんでのう、まだ生きてるうちに、せめてのう、そんや罪落としやで」
「お伊勢さんに参ってのう、前世の悪行、この世での報いを仕舞いにしたいん」
「来世ではのう、まんまたんと食って、ええ着物着て、笑って暮らすんやで」
「あんな、そんでお願いや、付きの爺は帰っちまった、女二人が心細いん」
「お二人ん後、付かず離れずで、そっと付いてってええろか、お頼みしますて」
芭蕉「それはそれは、心持ちは重々とわかりましたども、あちこちよっての旅の身」
「こればかりは如何ともしがたく、意にそうことは出来かね申す。」
遊女「うん、そうやな、こいが世間や、この世はそう出来てるわい」
「わかった、今まで何もええこつなかったども、意地でも伊勢さ行く」
「体こわしてまでして、銭は貯めてきた。無くなりゃ、道々で稼げばええ」
「アテらはのう、土喰ってまでものう、生きていけるんや」
「ああ、こいはもう、長々と足止めてもうて、すんませんどした」
「蚊、トンボの戯言と思って、聞き流してくらんしょ。はばかりませ」
芭蕉「痛み入り申す。道中安寧を願っておりまする。では、先にと・・・・」
世は無常、なれど萩と月は見守るなり。
これも何かの教え。あの遊女二人は影かも知れん。影こそ表かもである。
芭蕉と曾良も、あの遊女達と入れ替わっててもおかしくはない。
たまたま、サイコロの目が違って出ただけかも、そう、知らんて。
この世は、コロコロ、コロリンや・・・・