彼は、現象を得るために、個体を欲した。
彼は、意志のために、現象と時間を必要とした。
彼は、現象としての幻影に安堵した。
彼は、現象の擬態を皮肉った。
彼は、仮構ゆえに虚構に浸った。
彼は、魂の普遍を納得した。
彼は、一切の虚構を愛した。
彼は、現象界の刹那を称えた。
彼は、その、いじらしさに、涙、した。
ひねもすのたり秋の宵
聞こえて来る ボヘミアンのアネクドート
珍奇 諧謔引き連れて
・・・・それそれ フーガ
いけいけ バラライカ
猫と炬燵との三拍子
懶惰の達磨
倒れもしまい
雨とバッハのコンチェルト
猫の加勢
けだし 不協和音
その猫 ミケ猫
年のころ 人では二十歳
こましゃくれた おぼこ猫
天使 空を駆け
まばゆき黄金のもと
我を忘れ果て
清涼な 甘美な まなこ輝く
果てしなき踊りの輪
時と空間は消え
淡いリズムの一時や
・・・・喜ばぬ輩もいる
バッカスよ去れ
ミューズよ出でし来い
お前の蒼き頬に
紅を授けたもうや
燃えいでる抱擁を
踊り踊る輪のなか
ミューズはいずこ
綺麗に見えても 秋
木々は冬じたくを急ぎます
初霜 初氷 初雪
赤子の夜泣きが聞こえます
安曇野に雪が降る
遠い彼方で声がする
安曇野は雪のなか
誰呼ぶ声か わからない
一つの観念に命を 拙い夢
即興詩人は去って行きます
雪降る彼方へ
急峻な頂きに立つ厭人
後なき崖に追われども
上向き一歩踏めたれば
救われるだろう 永遠に
赤貧 胸中を蝕む
阿鼻への誘惑強し
陶酔の泉への罠
この 必然よ
病理ゆえの虚構
観念地獄の舞台裏
奈落の底で待つは怨霊
忘れえぬ あの藪睨み
これが業とは
亡びの宿命とは露知らず
無邪気に 無邪気に
赤子は笑う
走馬灯はまわる
あの日まで まわる
回転木馬もまわる
そう あの日まで
まわり疲れた蜉蝣
淋しそうに消える
まわるまわる
一人芝居の道化はまわる
まわるまわる
倒れるすべ知らず
まわるまわる
最後の言葉も言えず
最後まで黙しつつ
笑うすべも知らず
ただ まわる
眠れぬ夜
呵責 我を包む
業ゆえに包む
いわんや 呪縛
偽善に隠された狂気
醜き相剋
避けえぬ一戦
修羅なる業
慄なる病
寂寥の焼け野原
・・・・何故に
空漠たる過去
埋めるに助けいる
怨霊の助けいる
ああ この代償よ
籠城す 懶惰の蓑虫
ひねもすのたり 秋の宵
ふられ上手 ばか上手
文学かぶれのお慰め
空も愛せまい
闇も愛せまい
いわんや 人を
無頼派くずれの成れの果て
誰かをしたってるって
えっ 中也を
誰が まさか いや ただ
・・・・笑ったね そうそう
苦悩少なきゆえ
苦悩を求める奴
それは 無頼派
ソーニャは思った
私しかいない
私でなければいけない
小林を見よ
小林を知れ
ドスト氏が解けそうだ
三島は太宰を嫌った
似てる所があって嫌った
故に そうなった
懶惰は懶惰
この 法悦よ
雪の音
・・・・帰ろうという
帰らないという
帰れないという
ぼた雪 しとしと
泣いている
七つの時
山から鬼来た
血見た
亡びの病見た
目つぶれた
空のような棺桶
捨てられた果敢なさ
雪降る野辺送り
ぼた雪 ふるふる
泣いている
十九の春
恵美は女になっていた
あの頃の恵美はいない
昔の日の憧憬 露と消え
流し目の少女 包む影もなし
笑いあったあの頃 時は流れ過ぎ
思い出そうとしても 笑い顔がない
なれぬ化粧をする いじらしさ
その戸惑いに あの日を見
その戸惑いに せめてもの 慰めを