今日はなにを着ようかな~~~と
クローゼットを開けた時、ふと思った。
「なんか広い…。」
幅1メートルほどの私専用のクローゼット、
以前は端から端まで、服がぎっしり吊ってあった。
1枚でも多くかけようと、
省スペースハンガーなんて便利グッズも使っていた。
山のような服、服、服。
年に2回の衣替えは大仕事だった。
吊ってある服を、
洗って、畳んで、
防虫剤と一緒に収納ボックスに入れ、
次のシーズンの服をハンガーにかけなおす。
面倒なので、
衣替えシーズンはいつも気が重かった。
隙間なく服が吊られたクローゼットを前に、
私はよく言ったものだ。
「着る服がな~~~い!」
こんなにいっぱい服があるのに、
今日、着る服はないのだ。
いや、正確にいうと、
着る服はあるけれど、着たい服はない。
人も流行も変化する。
去年、お気に入りだった服でも、
今年はなんとなく着たくない!…なんてことはザラにある。
以前は仲良しだったけど、今は違う。
クローゼットも収納ボックスも、そんな服で溢れていた。
そして私は、毎年、毎年、
ため息をつきながら、
着たくもない服を、出したり入れたりしていた。
無駄な労力だった…。
私の時間と空間とエネルギーこそ、もったいなかったな。
そんな私が断捨離と出会い、
住まいの諸々の処分に着手した。
もちろん衣類も。
私にとって、衣類はとてもハードルが高いカテゴリーだったが、
捨てる痛みと向き合いながら、
ひとつずつ手放していった。
これはめった着ないけど、
手放すのは絶対無理!…と思った服も、数知れず。
だけど2週間後、2か月後、6か月後に見直すと、
不思議な心境の変化が起こっていて、
絶対無理…などというアイテムはないことを知る。
自分が進化した分だけ、
服もそれに張り付いた執着も、手放せるようになる。
やがて天井まで積んであった収納ボックスが、
ひとつ、またひとつと空になった。
処分したボックスは、いったい何個になるだろう。
プラスチックの収納ケースは、
処分するにもお金がかかる。
2個で500円。
…でもそんな出費、全然惜しくなかった。
1個手放す度に、確実に気持ちが軽くなったから。
引っ越しの多い人生だったが、
私は山のような収納ボックスを
何度も何度も引っ越しトラックに積み込んだ。
…中身は、とうに着なくなった古い衣類だというのに。
処分する…という選択肢はなかった。
使えるモノを捨てるなんて、
そんなもったいないこと、
人として、してはいけない…と思っていた。
なんで取ってあるのかを、考えたこともなかった。
…だけど、荷物は重かった。
そして、私の衣類は、
以前の1/4ほどの量になった。
新陳代謝を繰り返し、
今、私が着たい服が主流になっている。
処分もするけれど、着たい服は買う。
そしてジャンジャン着る。
これまで、気に入った服は、
汚さないよう、いつまでも着られるよう、
ここぞ…という時しか着なかった。
外出から戻ったら、すぐに普段着に着替える。
だって家事って、けっこう服が汚れるから。
油が飛んだり、汚水が付いたりしてもいいように、
汚れても惜しくない古い服、安い服を着ていた。
だけど、今は、特別の外出も、ダンシャベリ会も、
普段の買い物も、犬の散歩も、
同じお気に入りを着るし、
そのまま台所に立ったりもする。
もちろんエプロンはするし、
ガンガン草むしりをする時などは、
汚れてもいい服に着替えるけれど、
以前ほど極端にオンとオフを分けない。
それは外にいる時も家に居る時も、
どっちの時間も大事だと思うし、
どんなにお気に入りでも、
来年は気が変わって、着たくなくなるかもしれないから。
それなら、好きなうちに、どんどん着て、
もしそれで汚れてしまったら、
使い切った…ということで、処分しようと思える。
スカスカのクローゼット、
風通しがよくて、清々しい…と感じる今日この頃。
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