少し早いが、母からクリスマスプレゼントをもらった。
エスティローダー・メークアップコレクション2010(限定品)
↑このデザインの真っ赤な紙袋(もちろん上物)の中に、
赤いリボンがかかった深紅の大きな箱。
中にはゴールドに輝くメークアップボックスとたくさんの化粧品。
「これで、少しはお洒落しなさいよ。」
あ、ありがとうございます…、で、でも…。
正直に言うと、私はメークにほとんど興味がない
化粧品だって、必要に迫られた時に、買い足す程度。
セットに含まれた口紅4本を使いきるには、きっと2年以上かかる。
メークブラシなるモノも、これまで使ったことはない。
そして光り輝く金色のメークボックス。
女優でもないのに、こんなに大きなメークボックス?
大切な何かを保管しておく箱にしようか…。
でも私は曲がりなりにもダンシャリアン。
“何か”なんて曖昧なモノのために、モノを所有したくはない。
母の気持ちは嬉しかった
これは本心。
私のために…と思って買ってくれたプレゼント。
この年齢になると、クリスマスも誕生日も無きに等しく、プレゼント自体が久しぶりだ。
その気持ちだけで、十分だったのに…。
人に品物を贈るのは本当に難しい。
ダンシャリアンになってからは、尚更そう思う。
相手が本当に欲しいモノ、本当に必要としているモノを見極めるのは、
夫婦や親子であっても、できないんじゃないかな。
だけど人はみな、相手が贈り物を用意してくれた気持ち、
自分のことを考えてくれたその気持ちを踏みにじりたくない。
だから大抵の場合は、
たとえ選んでくれた品が的外れであっても、
動揺を押し隠して、「ありがとう。嬉しい!」と笑顔で受け取る。
それが礼儀でもあり、思いやりでもあり、感謝の姿勢でもあり…。
人の気持ちを無にしない…とは、
日本人が受け継いできた美徳でもある。
今回のプレゼント、多分8割がた使わない…と分かっていながら、
喜んで受け取った。
ダンシャリアンとしては間違っているかもしれないが、
人としては間違っていないと思う。
販促の軍艦巻きやカレンダーを断るのとはわけが違う。
だけど、燦然と輝くメイクボックスが…、なんだか哀しい。
高価なプレゼントを貰いながら、こんなことを言う私は、不遜な娘だろうか…。
もし次回があるならば、一緒に買い物に行こうね、お母さん。
(実は黒のハイヒールが欲しいんだ…、私)
(お願い:母はパソコンを使いませんから、ブログも見ていません。
この記事のことは、どうか内密にお願いいたします。m(__)m)