人は負債をもって世に来たり、負債の下に成長し、負債を償却して世を去る。しかり、償却して去るべきである。
彼は国家に負うところあり、社会に負うところあり、父母に負うところあり、教師に負うところあり、友人に負うところあり。
彼はひとり生まれず、ひとり成長せず、ひとり死せず。彼自身が社会と時代の産であって、自己に顧みて「われ何びとに負うところなし」ということはできない。
しかしてこれらの負債を承認して喜んでその償却の任に当たらんと欲する者、その者が愛国者であり、公人であり、孝子であり、弟子であり、友人であるのである。 (内村鑑三)
.
.