仕事と生活の授業(続き)

前に作ったホームページは、あまり読まれないようなのでブログで再挑戦です。

67.いろは歌の解釈 その1 「人はいさ心も知らず」との比較 空海と紀貫之

2024年08月04日 | 和歌 短歌 俳句
紀貫之さんの
「人はいさ心も知らず」の歌と
いろは歌を比べてみました。

ネット情報によると、
いろは歌の方が新しいそうです。

空海が作ったという伝承は、
空海の時代にあった
や行」の「え」と
「あ行」の「え」
の区別がいろは歌にないことで
無理があると言われています。

それでも空海が作ったと想像して、
空海の歌に紀貫之が返歌を送った
と考えると楽しいですね。

(空海より)
色は匂へど 散りぬるを
我世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見し 酔ひもせず

【訳】
花の色は華やかだけれど、
むなしく散りゆくものだ

この世界で変わらない人など
いるのだろうか

作り物のむなしい日常を
今日も過ごしてきた

ずっと浅い夢を見ているみたいだ
酔っているわけでもないのに


(紀貫之が返歌を送ります。)
人はいさ 心も知らず

ふるさとは 花ぞ 昔の香に 匂ひける

【訳】

確かに花の色は儚いものだけれども
花にはうつろう色だけではなく
昔から変わらぬ香りがある

今、ふるさとは香りに充ちている

世に変わらない人はいない
みんな移ろいやすい思いを抱えて
むなしい日々を過ごしている

それでも、花に香りがあるように
人の心には、うつろいやすい思いの陰で
昔から続く確かな何かがあるはずだ

言葉にはできないけれど

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

外国から受け入れた文化
(ここでは仏教の無常感
 =この世を見捨てる文化)

昔から歌われてきた和歌の文化
(この世を見続ける文化)

二つの対比が興味深いですね。

漢意(からごころ)と
大和魂(やまとだましい)
との対比です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「知っている」という言葉は、
真実に気付いているという意味だ
と知った時、とても意外な感じでした。

真実でないものを知っている
とは言いません。
「知らず」という言葉も、
真実があるけれど、
それに気づいていない、
という意味です。
そもそもあるかどうか分からない
ものには使いません。


心も知らずと言うとき、
心の本当の姿はどこかにある
と知っているけれど、
どういうものかは、
分からないという意味を込めています。

「いさ、知らず」と言って、
懐疑論を匂わせながら、
実は心の本当の姿の存在を
確信している強さが
この歌の味わい深いところです。

仏教の無常の考え方も、
単なる懐疑論ではなく、
全てを否定した先にある世界
について語るための
方法的な懐疑論だと思います。

空海さんと紀貫之さんの
やりとりに仮託した世界観も
空海さんの方法的懐疑に対し
貫之さんがその先の世界を
暗示するという形になっています。

花の色は、うつろいやすい、
無常の象徴です。
花の香りは、
昔の香りを今感じられるという、
確かなものの象徴です。
方法的懐疑を抜け出す鍵が
仏教における修行でもなく、
近代西洋における
「われ思う、ゆえにわれ有り」
でもなく、
「昔の香りを感じる」
という歌のフレーズになるのが
日本です。

しかも、
デカルトさんが
「われ思う、ゆえにわれ有り」
と言った17世紀の遥か昔、
おそらく9世紀に貫之さんは、
方法的懐疑を使って、
その先の話をしています。

心身二元論を取らない
日本人にとっては、
ふるさとの今と昔を
「同じ香り」という糸で
結び付けるだけで、
時間や空間を貫く何かがある
ということを暗示することができます。

同じことを、
心身二元論を取る西洋哲学は、

私が、昔の香りと今の香りが
同じだと考えていて、
本当に同じかどうかは
疑うことができるが、
昔と今を比較している
自分の存在は疑うことはできない、

と考えます。

(見られている自分は
 疑うことができるが、
 見ている自分を
 疑うことはできない。)

デカルトさんは、
疑いえない自分を出発点に、
スコラ哲学の論法を武器に
前に進んでいきます。

一方の貫之さんは、
「いさ、心は知らず」と言って、
移ろわない心の何かがあるのは
間違いないが、
考えるのは勝手だけれど、
語りえないよ、と突き放します。
そして、
歌を通じて感じようと訴えます。

西洋哲学でも、
デカルトさんの後すぐに、
他人の心は芸術を通じて
確かめることができる、
という考えが主流になります。
(イマヌエル・カントさんの
 『判断力批判』でそれが
 語られています。)

日本文化かっこいいですが、
地味に、地道に考えを進める
西洋の文化もとても好きです。


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