タケ・タケ・エヴリバディ!

当ブログは「竹林や自然と共に生きる」をメインテーマに、管理人の田舎暮らしの様子をお届けします。

「火の鳥」太陽編(上・下)

2024年01月16日 | 読みました!見ました!

手塚治虫の「火の鳥」も、ついに10巻・11巻まできました。「火の鳥」シリーズ最長編の「太陽編(上・下巻)」がこの2冊に収録されています。

この「太陽編」は、7世紀の日本と、21世紀の未来とを対比して描きながら、さらにそこに産土神(うぶすながみ:神道においてその者が生まれた土地の守護神)と仏教の神の戦いを重ねあわせるという、三重構造の物語で、「火の鳥」シリーズ最長の長編となっています。スケールの壮大さはシリーズの中でもピカイチですね。まずは7世紀の物語の概要です。


西暦663年、白村江(はくすきのえ、現・韓国中世部の川)の戦いで唐・新羅連合軍に惨敗した倭・百済軍は敗走を重ねていた。百済王一族の兵士・ハリマは、唐軍に捕らえられ、生きながらに顔の皮をはがれ、狼の皮を被せられてしまった。狼の顔を持ったハリマは、不思議な老婆に助けられ、老婆の予言を信じて倭国へと渡った。倭というのは7世紀以前の日本のこと。その倭国でハリマは、狗族(くぞく)という先住者たちと出会う。


この狼の顔を持つハリマは、狗族の長の娘マリモが瀕死の重傷を負っているのを助けて恋に落ち、狗族と友誼を深めることになります。そして壬申の乱(じんしんのらん)に巻き込まれるとともに、仏教の神々と産土神との戦いに巻き込まれていくのです。

はい。火の鳥もこんな感じで登場します。

さらにこのハリマの意識が、21世紀の板東スグルの意識と交錯するというのが、この「太陽編」の魅力です。


ハリマは、狼の皮を被せられて以来、悪夢に悩まされていた。そして次第に、自分以外のもうひとりの自分の存在を確信していく。ハリマの精神は、21世紀に生きるシャドーのエージェント・板東スグルの精神でもあったのだ。21世紀の日本では、火の鳥を神と崇拝する宗教団体「光」が地上を支配し、地上から追われたシャドーたちとの抗争がつづいていた。そしてそれは、まるで仏教と産土神たちとの争いのようでもあった。


スグルは「光」に捕らえられ、洗脳施設で上のような狼型のマスクを装着されます。過去のハリマと未来のスグルが、ここでつながるわけです。ハリマとスグルという、同一でありながら別の存在である主人公が、何度も未来と過去の戦いを行き来する様は、まさに、遠い過去と遥か未来を描くという「火の鳥」全体のコンセプトを端的に表した作品です。

未来の「太陽編」でも、火の鳥は「光教団」総本山のシンボルとして登場し、猿田彦もシャドーのリーダー「おやじ」としてスグルに関わります。いやぁ~過去から未来へ、未来から過去へと、「火の鳥」のストーリーは壮大なスケールで繫がりますね。

残念ながら「火の鳥」は、この「太陽編」で作者の手塚治虫が亡くなったため、続きが描かれることはありませんでした。しかし、手塚治虫は「大地編」という構想をもっていたそうです。また、この「火の鳥」には、関連した小作品も何編かあるようですので、そこらあたりももう少し探っていきたいと思っています。ではまた、数日後にこの話題で

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「Runtrip」でランを記録&発信!

2024年01月15日 | 徒然なるままに

ボクは一応、気持ちの上では「ランナーの端くれ」のつもりです。もっとも退職後は「1か月に100km」を目標に走っていたのですが、昨年の目標達成月は半分にも満たなかったです。まぁ「なんちゃってランナー」ってとこですかね。

走った記録はGARMINのランナーズウォッチとスマホを同期させて、ランナー専用のSNS「Runtrip」に画像やコメントともに投稿します。「いいね」や「コメント」で互いに励まし合ったり、SNS上で知り合った近所に住むラン友もできたりして、なかなか楽しい世界が広がっているのですよ。

とは言うものの雪国に住むボクたちにとって、冬のこの季節は外を走ることはできません(中には「長靴ランナー」という猛者もおりますが)。ボクはもっぱらジムのトレッドミル(ランニングマシン)を利用しています。今年に入ってから、ボクが「Runtrip」に投稿した画像を紹介しますね。「あれ?どこかで見たことがある画像だ」ってのもありますね(笑)。この季節の画像は、食べ物やお酒が圧倒的に多いです。

今日が1月15日で今月のランニング回数が5回ですから、だいたい3日に1回のペースです。まぁ無理せず、これくらいのペースがちょうどいいみたいです。走るスピードも、外を走るときよりもペースダウンさせています。

あぁ気持ちよく外を走りたいなぁ…と思いますが、もうしばらくの我慢です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「火の鳥」異形編・生命編

2024年01月14日 | 読みました!見ました!

手塚治虫の「火の鳥」も、ついに9巻まできました。9巻は「異形編」と「生命編」の2編が収録されています。

「異形編」、覚えていました。この「異形編」を最初に読んだのは、今からもう50年近くも前のことだと思いますが、読み進めるにつれて初めて読んだ時の記憶が蘇ってきました。 歳をとらない八百比丘尼(はっぴゃくびくに)の秘密、妖怪や鬼の命をも救う八百比丘尼…。読み進めながら当時の記憶が間違いなく蘇りました。そうだ、そうだ。そうだった。


7世紀末の日本。残忍な領主・八儀家正の娘に生まれた左近介は、男として育てられた。ある嵐の夜、左近介は従者の可平とともに、蓬莱寺の八百比丘尼という尼を殺しに出かける。その理由は、重い病にかかっている父が、どんな病でも癒すと評判の八百比丘尼に治療を頼んだからだ。

父から男として生きることを強制されていた左近介は、父を憎んでいた。そして父が死ななければ、自分は女に戻ることができないと考えた。そして左近介は八百比丘尼を殺したが、そのあと城に戻ろうとすると、不思議な力が働いて寺に戻されてしまう。寺の周りには見えない壁があるようで、どうしても寺を出られないのだ。

そこに、村人が病気を癒してもらおうとやってきた。左近介は八百比丘尼に変装し、本尊の中にあった光る羽根を使って病人たちを癒した。実は、この寺は時の閉ざされた世界であり、八百比丘尼は、未来の左近介自身だったのだ。


いやぁ~。すごい。記憶が蘇りました。八百比丘尼の不死の秘密が、50年近く経った今もボクの脳裏で蘇りましたよ。すごいなぁ。手塚治虫、すごいです。生命を軽んじた罰として、永遠に生き物たちの命を救う宿命を背負わされた人間の姿。それが八百比丘尼であり、左近介だったのですよ。

「輪廻転生(りんねてんしょう)」の思想をベースに、最も重い罪として、永遠に死ぬことのできない宿命を背負わされた人間の姿が、「火の鳥」ではしばしば登場します。「宇宙編」の牧村に続き、「異形編」の八百比丘尼もこれにあたります。

そうそう。今回の「異形編」で、猿田彦は「残忍な領主・八儀家正」として登場します。左近介の父親です。まぁ今回は、ちょっと存在感は薄かったですけどね。

さて、続いて「生命編」です。「生命編」は「クローン人間」を扱い、医学博士としての手塚治虫の知識や思想が反映された作品だと思います。また、「視聴率を上げるためには何でもやる」という現代にも通じるマスコミの姿勢に、手塚治虫が一石を投じた作品であるとも言えます。なかなか深いですね。


視聴率競争に追われるテレビプロデューサーの青居は、番組の人気回復のために、クローン人間をつくってハンターに殺させるという企画を考えて、アンデス山中のクローン研究所を訪れた。そこで青居は、研究員の猿田とともに、クローン人間の秘密を知るインカの精霊の「鳥」と出会うが、そこで青居自身のクローン人間をつくられてしまう。

それは、欲のために生命をもてあそぼうとした青居に対して鳥が与えた罰だったのだ。


この「生命編」で衝撃を受けたのは、インカの古い遺跡で、「火の鳥」が「鳥」としてその姿を現したことです。

この神々しい生命体としての「鳥」の姿は、おそらく「火の鳥」シリーズ全体の中で、初登場だと思います。謎のインカ文明と「火の鳥」を結びつけ、物語全体に壮大なスケールを持ち込んだこの「生命編」。解説によると、手塚治虫は終末の部分を何度か書き直して発表しているんだそうですね。

この「生命編」での猿田彦は、アンデス山中のクローン研究所で青居を「鳥」のところに案内する研究員の猿田として登場しています。わずかな登場場面ですが、やっぱり「火の鳥」に猿田彦が登場するのは楽しみですね。

ボクの「『火の鳥』読破への道」はもう少し続きます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一太郎が好きだった!

2024年01月13日 | 徒然なるままに

四国の徳島県にある「ジャストシステム」という会社から、今年も「一太郎バージョンアップのご案内」という小冊子の入った封書が届きました。「一太郎」…。懐かしい響きです。ボクらの世代にとって、「一太郎」は間違いなく人生の一定期間において大切なビジネスパートナーでした。

ボクが初めて「一太郎」と出会ったのは、20代半ばの頃だったと思います。半角カタカナしかプリントアウトできなかったそれまでのパソコンで、印刷屋さんのように活字が自由自在に印刷できる「ワープロソフト:一太郎」が使えることは、ボクらにとって産業革命に匹敵する大事件でした。

世間ではようやく1行モニタータイプのワープロ専用機が発売され出した頃です。その後ワープロ専用機(「書院」とか「ルポ」とか)が次々に発売されて人々がワープロを使い始めることになるわけですが、ボクは一貫して「一太郎一筋」の人生を歩み、ワープロ専用機には目もくれませんでした。パソコンが仕事に不可欠になる時代がもうすぐ来るって確信していましたからね。

当時は確か、5inchのフロッピーディスク(死語だ!)上で「一太郎」は動いていたと記憶しています。日本語に変換されるたびに「カシャカシャ」とフッロッピーディスクが音を立てていたのが思い出されます。

20年以上「一太郎」と共に人生を歩んできたボクですが、時代は「Windows」そして「Word」へと流れ移っていきます。「間違いなく『Wordよりも一太郎のほうが優秀だ』『一太郎のほうが使い勝手がいい』」と今もボクは確信していますが、時代の流れには逆らえませんでした。職場で一太郎を使うことが禁止されWordオンリーになってしまっては、もはやお手上げでした。もう15年ほど前になるでしょうか。ボクはWordに乗り換え、マイクロソフトに魂を売り渡しました。

それでも、今でもFAPは「ATOK」を使っていますし、自宅のノートパソコンには旧バージョンの「一太郎」は残してあります。大好きだった「一太郎」と完全に手を切ることはできないでいるのですよ。まぁバージョンアップをするつもりはありませんけどね。現役時代の膨大な「一太郎文書」のデータもありますから、念のためです。

ところが栄華を極めたマイクロソフトですが、ボクが今使っている文書作成アプリの中心は「Word」ではなく「ドキュメント」です。プレゼンアプリは「パワポ」ではなく「スライド」です。表計算アプリは「エクセル」でなく「スプレッドシート」です。使う用語も「ソフト」ではなく「アプリ」になっちゃいましたよ。

嗚呼、時代の流れは恐ろしい。この世は「盛者必衰」。おごれるものは久しからず。平家物語の世界です。ボクは再び、今度はGoogleに魂を売り渡してしまったというわけです。

それでも、「一太郎」とか「ロータス123」とか、まるで昔の彼女と過ごした時を懐かしむように思い出してしまうのですよ。年をとるって、イヤね。でもジャストシステム、まだ頑張っているんだなぁ。これもある意味で「すごい」です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「火の鳥」乱世編・羽衣編

2024年01月12日 | 読みました!見ました!

シリーズで読み始めた手塚治虫の「火の鳥」も、7巻・8巻まできました。今日紹介するのは、昨日読了した「乱世編」と「羽衣編」です。

「乱世編」の歴史的な舞台は、「源平の戦い」から「平氏の滅亡」までの頃です。この作品では、火の鳥そのものは人々の夢の中にしか登場せず、実際にいるかどうかもわからない火焔鳥の幻にまどわされる人間たちの姿で表現しています。火の鳥を捉えて永遠の命を手に入れようとする権力者として、平清盛が登場します。ストーリーはこんな感じです。


マタギの弁太は、さらわれた許嫁のおぶうを追って、京の都に出てきた。弁太は、そこで牛若という少年に出会い、家来になる。一方、おぶうは時の権力者・平清盛に仕えていた。平清盛は、永遠の命を求めて火の鳥を探していたが、結局死んでしまう。

やがて都は、権力をめぐる戦乱の中に巻きこまれ、騒然とした世の中になる。牛若は成長して義経と名を改め、平家のライバル・源氏の大将として活躍し、弁太はそれに従う。


7巻と8巻の2巻にわたって描かれるこの「乱世編」は、今までの「火の鳥」シリーズの中ではもっとも長い手塚作品になります。時代的には「鳳凰編」に続く時代の物語ということになり、ボクはNHK大河ドラマの「鎌倉殿」を思い出しながら読み進めました。そしてこの「乱世編」では、「鳳凰編」のラストで山奥へと消えた我王(猿田彦)のその後が描かれています。まぁやっぱり「火の鳥」には猿田彦が必要ですよね。

続いて「羽衣編」です。

これは日本に古くから伝わる「羽衣伝説」を元にした作品で、1話読み切りの短編です。この作品は、全編が舞台で演じられるお芝居を客席から見たようなアングルで描かれた実験的なもので、「乱世編」より70〜80年ほど前の時代のお話です。内容は、ボクらもよく知っている「羽衣伝説」をモチーフにしたものです。


猟師のズクは家の前にある松の木に掛けられた薄い衣を見つけ、それを売って金を得ようとする。そこへ衣の持ち主である女性「おとき」が現れ、その布は自分のものなので返して欲しいと言う。

ズクは3年一緒にいたら返してやるといい、ズクとおときは3年いっしょに暮らすうちに2人の間には子供ができる。しかし、実はおときは未来からやってきた女性で、この時代の人間との間に赤ん坊ができたことで「タイムパラドックス」になってしまう。なのでおときは、存在してはならない我が子を殺そうとするが、やっぱり殺すことができず我が子を連れて未来へ戻っていく…というストーリー。


こんな感じで「羽衣編」のすべてのコマが、能か歌舞伎の舞台のようなアングルで描かれています。自身のライフワークである「火の鳥」に、こんな実験的な作風を入れてくるんですから、手塚治虫という作家は本当にすごいです。

実はこの「羽衣編」は、手塚治虫が2度も描き直して発表されているんだそうですね。当初の作品では赤ちゃんが放射能に被爆して誕生したストーリーだったのですが、「内容の中心がもっぱら核戦争の犠牲者を中心にした反戦テーマで、中に放射線障害を扱った部分が強烈に出てくるからです。ご存じのとおりこういったテーマはおろそかには扱えないのです」と手塚治虫自身が語っている理由で、描き直されたということです。

1500年先の未来からタイムスリップして来たと自ら語る「おとき」は、これから何巻か先の物語で登場させることを想定して手塚治虫はこの「羽衣編」を描いたのでしょう。はたしてこの伏線が回収されるのか?そのあたりも、これから「火の鳥」の続編を読む楽しみになってきますね。では、続きはまた

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする