互いに作品を披瀝(ひれき)し、感想を述べ合う。先生たちは書くことを通じ、考える力、創造力、コミュニケーション力を育むことを狙いとする「書育」学習の形を体験した。
鈴木教授はノートの取り方やメモ、手紙などの技術についても話し、被災した宮城県気仙沼市で小中学生が紙と鉛筆で作った「ファイト新聞」が、多くの被災者を勇気づけたことも紹介した。
同好会会長の井原渉・今治市立波方小校長は、「実技は楽しく、こんなことを考えていたのかとみなさんの人柄に触れる思いがした。手書きの良さですね」と話す。
小中学校の国語科の「書写」は、字を正しく整えて速く書くのが目標だ。だが、きれいな字を求め過ぎると、子どもたちが窮屈に感じて学習嫌いになりかねない。情報機器の普及で手で書くことが減り、対人関係にも悪影響を及ぼしているという声もある。
書写をもう少し幅広くとらえ、書くことの楽しさ、大切さを学ぶことに重点を置いてみてはどうか。そうした思いが一昨年、推進協議会の結成につながった。
手で書いた文字にはその人の個性や人間味が表れる。人を育む手書きの良さに、改めて光が当てられている。(坂井伸行、写真も)
書育推進協議会 2010年2月、文部科学省OBや大学関係者らが企業の支援を得て設立。書育の啓発や教材開発の支援、優れた実践の表彰などを行っている。公式サイト(http://shoiku.org/)でワークシートや指導書、教材などを提供している。(読売新聞)
キーボードや携帯入力に慣れてくると文字を書く機会が減ってくる。文字を書かなくなると、当然のように文字が衰える。字の上手くないわたしなどは衰えというよりも退化に近いか。結果、本気を出さなければいけないところ…例えば冠婚葬祭や年賀状等…で恥をかくことになる。文字の美しさはそのまま人間性をも表している。せっかちなわたしはとにかく筆記速度が速い。故に字もなんとなく焦っているような感じになる。そして字の美しさは人格の美しさをも表している。文字で己を測られるのである。
そして芝居を書く時、プロット段階ではまず紙とシャープペンシルを持ってひたすら思考する。そして思いつくまま紙に書く。iPodのメモ機能やパソコンでやったこともあるがこれが素晴らしい程上手くいかない。思いついたものを己の体を使って反芻するがのごとく書くのがよいようだ。そして電子で書いたような整然としたスタイルではなく、矢印が引っ張られていたり突如挿入したり、追記していたりするような混沌とした紙ベースのプロットの方が発想同士が結びつきやすい。これで10年やってきたが、創り方としては全く変わっていない。故に紙とペンさえあれば何も無い状況でも一人集中し潜っていくことが出来るのである。
「バランスの難しい文字は『ら』『武』『茂』だね」と、周りの人間と話し、結論づけた。
鈴木教授はノートの取り方やメモ、手紙などの技術についても話し、被災した宮城県気仙沼市で小中学生が紙と鉛筆で作った「ファイト新聞」が、多くの被災者を勇気づけたことも紹介した。
同好会会長の井原渉・今治市立波方小校長は、「実技は楽しく、こんなことを考えていたのかとみなさんの人柄に触れる思いがした。手書きの良さですね」と話す。
小中学校の国語科の「書写」は、字を正しく整えて速く書くのが目標だ。だが、きれいな字を求め過ぎると、子どもたちが窮屈に感じて学習嫌いになりかねない。情報機器の普及で手で書くことが減り、対人関係にも悪影響を及ぼしているという声もある。
書写をもう少し幅広くとらえ、書くことの楽しさ、大切さを学ぶことに重点を置いてみてはどうか。そうした思いが一昨年、推進協議会の結成につながった。
手で書いた文字にはその人の個性や人間味が表れる。人を育む手書きの良さに、改めて光が当てられている。(坂井伸行、写真も)
書育推進協議会 2010年2月、文部科学省OBや大学関係者らが企業の支援を得て設立。書育の啓発や教材開発の支援、優れた実践の表彰などを行っている。公式サイト(http://shoiku.org/)でワークシートや指導書、教材などを提供している。(読売新聞)
キーボードや携帯入力に慣れてくると文字を書く機会が減ってくる。文字を書かなくなると、当然のように文字が衰える。字の上手くないわたしなどは衰えというよりも退化に近いか。結果、本気を出さなければいけないところ…例えば冠婚葬祭や年賀状等…で恥をかくことになる。文字の美しさはそのまま人間性をも表している。せっかちなわたしはとにかく筆記速度が速い。故に字もなんとなく焦っているような感じになる。そして字の美しさは人格の美しさをも表している。文字で己を測られるのである。
そして芝居を書く時、プロット段階ではまず紙とシャープペンシルを持ってひたすら思考する。そして思いつくまま紙に書く。iPodのメモ機能やパソコンでやったこともあるがこれが素晴らしい程上手くいかない。思いついたものを己の体を使って反芻するがのごとく書くのがよいようだ。そして電子で書いたような整然としたスタイルではなく、矢印が引っ張られていたり突如挿入したり、追記していたりするような混沌とした紙ベースのプロットの方が発想同士が結びつきやすい。これで10年やってきたが、創り方としては全く変わっていない。故に紙とペンさえあれば何も無い状況でも一人集中し潜っていくことが出来るのである。
「バランスの難しい文字は『ら』『武』『茂』だね」と、周りの人間と話し、結論づけた。