上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

4月 スタート⑵

2019-03-15 17:54:52 | エッセイ
そういえば、社会人としてスタートした時も、初っぱなからくねくね道。
今後の私の人生で絶対共に歩みたくない3人の男たちに出会ったのだ。
 
短大を卒業して入社したのは、小さな業界新聞社。
団塊世代の直後にあたる私たちの世代は、まだ学生運動のほとぼりが冷め切らず、
短大2年の半分ほどが休学で、就職活動などないに等しい状態だった。

米英語学科ということもあって、周りの多くは英語を活かした就職先を探していたが、
学生運動の余波が強く危険視されていた新聞部に属していた私は、
何の技術もコネもないのに気持ちだけがマスコミ志望。
数少ない募集要項からやっと見つけたのがその業界新聞社だった。

新聞社は、相当年季の入ったビルの3階にあった。
その年の新入社員は、女性2人だけ。大卒の女性が記者で、短大卒の私は整理などの内勤となった。
男性記者が4~5人、カメラマン1人、整理の女性1人という小さな新聞社で穏やかな人ばかりだった。

その中にもう定年間近いロマンスグレーの男性がいた。
温かい笑顔にたっぷりのユーモアセンスをもつ紳士で、
若い頃はきっと女性にもてただろうと思われる端正な横顔の持主だった。
かつては大手新聞社で活躍した人だとも、先輩にこぼれ聞いていた。
 
入社して初めて迎えた給料日。事務所のドアを静かにたたく人がいた。
「ごめんください。いつもお世話になっております」
手慣れた感じでドアを開け、もの静かに事務所に入ってきた中年の女性は、
笑顔をつくることもなく深々と頭を下げた。 

「ああ、いつも御苦労様です」
みんなの見慣れたやさしい視線。
ひとりの女性スタッフは、さっと自分の席を立ち、当然のように社長室に入って行くと、
給料袋らしきものを手に戻ってきた。
そして、その女性ににこやかに手渡したのである。

「ありがとうございます」
また深々と悲しいぐらい頭を下げる中年の女性。ほかに会話をかわすこともなく、
ごく当たり前のことのように見送るスタッフたち。
呆然とそれを眺める私に、ひとりの先輩記者が、あの人は定年間近い男性の奥さんだということを手まねで教えてくれた。

『ヘエー、奥さんがお給料を会社に取りにくるんや……』
きっと何かの事情で家に給料も入れなかった時期があったのだろう。
それにしても、経済観念のない夫の給料を、
わざわざ会社まで取りに行かなければならない妻の「貞淑な女房という役目」は寂しすぎるが、
その給料にすがって生きなければならない女性の生き方にも、疑問を持たずにはいられなかった。

『こういう男もいるんだ』
 まず入社して一番の社会勉強となった。
                                    (つづく)

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