都市伝説 隙間女

すきま女
@昔書いた記事の蔵出し 山口敏太郎
フリーライターのDさんは、よく仕事仲間のFさんの仕事を手伝っていた。
Fさんは社員数人を抱え、編集プロダクションを経営していたが、多忙なときはDさん
に応援の依頼を良く出していた。
いつも、その仕事は急な仕事であった。
「頼むよ Dちゃん、うちも戦力なくてさ」
仲間のそんな泣き言にほだされて、今回も手伝っていたのだ。
だが、流石に今回の仕事は堪えた。
(たまには飯でもおごらせてやろう)
そんな軽い気持ちで、友人の事務所を訪問したのだ。
「ねえ、Fさん、いる?」
ドアを乱雑にノックする。
だが、まったく反応がない。
「どうしたの? 病気かい?」
再びドアを叩くが、何の物音もしない。
今朝までメールの返事は来ていた、何処かに出かけたのであろうか。
(おかしいな、この部屋自体、人の気配が希薄だ)
Dさんの脳裏に出版社の編集者の台詞が蘇る。
「最近、Fちゃん、妙なんだよね、何かに怯えているみたいで、家から一歩もでないんだ」
確か、昨日の電話で共通の知人がそう話していた。
(何かに怯えている? まさか過労でついに心が折れたのか)
そう思うと心配でたまらなくなってきた。
思わずドアノブに右手が伸びた。
「Fさん、入るよ」
そう言いながら入っていくDさん。
室内は薄暗く、異様な臭気が漂っている。
「なんだぁ、この匂い」
顔を顰めるDさん。
まるで、クサヤのような異様な匂いが充満している。室内は空気の対流がなく、霧のよ
うに霞む大気を掻き分けながら奥の部屋に進んだ。
「いるのか、Fさん、そこに‥」
まるで、すねた子供に呼びかけるように囁く。
「そこにいるんだろ」
そうDさんが囁くと、部屋の隅で何かが動いた。人間のようだが、顔がはっきりみえな
い。コソコソと動くと部屋の壁に背中を当てて座り直す。
「誰だ!」
身構えるDさん。暗闇でうずまっている人影。やはり、仕事仲間のFさんである。異様
にやせ細り、目玉だけがギラギラと光っている。
「あっ、どうしたの?」
幽鬼のようなFさんに駆けより、肩を抱くDさん。
枯れ木のように軽い体、ボロ布のような衣服を身にまとっている。
「外で出なきゃ、いや病院に行かないと」
そう言って、連れ出そうとするDさんの手を振り払うとFさんは身を縮めた。
――――女が、女が
まるで、幼子のように顔を左右に降り、いやがるFさん。
(女だって、女がどうしたって言うんだ)
Dさんは、しばし呆然としてFさんを見つめた。
「女がどうしたの? 病院ぐらいいいでしょ」
だが、その言葉に耳を塞ぎながら、Fさんはつぶやいた。
――――あの女は、すきまからやってくる
「すきまって‥」
闇夜にも目がなれてきたDさんが室内を見渡す。部屋のありとあらゆる隙間にガムテー
プが張られている。
冷蔵庫と壁の隙間‥。
窓と窓枠の隙間‥。
本箱と箪笥の隙間‥。
机とパソコンの隙間‥。
ガムテープでありとあらゆる隙間が塞がれているのだ。
「馬鹿な、隙間って、あんな小さな隙間から女が来るなんて」
そう言って、ガムテープをはがそうとするDさんを必死に止めるFさん。
―――やばいよ、やばいって、あの女はすきまから来るんだ
目玉に血管を浮かび上がらせ、しがみつくFさんの顔。
(これは相当疲れているな、すきまから女が出てくるなんて、妖怪じゃあるまし‥)
そう考えたDさんは、Fさんの手を再びとった。
「兎に角、行こう、過労だよ、過労」
だが、怯えるFさんは、ヒステリックに叫んだ。
―――あのすきま女は、隙間から出て来て、俺を放さないんだ
Dさんが哀れんだような表情を浮かべる。
「いい加減にしなよ、すきま女なんて馬鹿な話だよ」
その瞬間、Fさんの鼻の穴がガバッと開いた。
「うわぁぁぁ」
驚いて、後ろに下がるDさん。
Fさんはフガフガと、鼻から息を吐きながら、こちらに貼って来る。
鼻の穴が異常に大きくなってくる。
「なんですか、ええ、なんですか」
腰を抜かした状態で、後ろにさがり続けるDさん。
そのDさんに向かって、鼻の穴から薄っぺらい女が出てきた。
「あああああ、女が隙間から出てきた」
仰天するDさん。
うすっぺらい女はゆらゆらと揺れると、にたりと笑った。
―――すきま女は、あらゆる隙間から侵入する
@昔書いた記事の蔵出し 山口敏太郎
フリーライターのDさんは、よく仕事仲間のFさんの仕事を手伝っていた。
Fさんは社員数人を抱え、編集プロダクションを経営していたが、多忙なときはDさん
に応援の依頼を良く出していた。
いつも、その仕事は急な仕事であった。
「頼むよ Dちゃん、うちも戦力なくてさ」
仲間のそんな泣き言にほだされて、今回も手伝っていたのだ。
だが、流石に今回の仕事は堪えた。
(たまには飯でもおごらせてやろう)
そんな軽い気持ちで、友人の事務所を訪問したのだ。
「ねえ、Fさん、いる?」
ドアを乱雑にノックする。
だが、まったく反応がない。
「どうしたの? 病気かい?」
再びドアを叩くが、何の物音もしない。
今朝までメールの返事は来ていた、何処かに出かけたのであろうか。
(おかしいな、この部屋自体、人の気配が希薄だ)
Dさんの脳裏に出版社の編集者の台詞が蘇る。
「最近、Fちゃん、妙なんだよね、何かに怯えているみたいで、家から一歩もでないんだ」
確か、昨日の電話で共通の知人がそう話していた。
(何かに怯えている? まさか過労でついに心が折れたのか)
そう思うと心配でたまらなくなってきた。
思わずドアノブに右手が伸びた。
「Fさん、入るよ」
そう言いながら入っていくDさん。
室内は薄暗く、異様な臭気が漂っている。
「なんだぁ、この匂い」
顔を顰めるDさん。
まるで、クサヤのような異様な匂いが充満している。室内は空気の対流がなく、霧のよ
うに霞む大気を掻き分けながら奥の部屋に進んだ。
「いるのか、Fさん、そこに‥」
まるで、すねた子供に呼びかけるように囁く。
「そこにいるんだろ」
そうDさんが囁くと、部屋の隅で何かが動いた。人間のようだが、顔がはっきりみえな
い。コソコソと動くと部屋の壁に背中を当てて座り直す。
「誰だ!」
身構えるDさん。暗闇でうずまっている人影。やはり、仕事仲間のFさんである。異様
にやせ細り、目玉だけがギラギラと光っている。
「あっ、どうしたの?」
幽鬼のようなFさんに駆けより、肩を抱くDさん。
枯れ木のように軽い体、ボロ布のような衣服を身にまとっている。
「外で出なきゃ、いや病院に行かないと」
そう言って、連れ出そうとするDさんの手を振り払うとFさんは身を縮めた。
――――女が、女が
まるで、幼子のように顔を左右に降り、いやがるFさん。
(女だって、女がどうしたって言うんだ)
Dさんは、しばし呆然としてFさんを見つめた。
「女がどうしたの? 病院ぐらいいいでしょ」
だが、その言葉に耳を塞ぎながら、Fさんはつぶやいた。
――――あの女は、すきまからやってくる
「すきまって‥」
闇夜にも目がなれてきたDさんが室内を見渡す。部屋のありとあらゆる隙間にガムテー
プが張られている。
冷蔵庫と壁の隙間‥。
窓と窓枠の隙間‥。
本箱と箪笥の隙間‥。
机とパソコンの隙間‥。
ガムテープでありとあらゆる隙間が塞がれているのだ。
「馬鹿な、隙間って、あんな小さな隙間から女が来るなんて」
そう言って、ガムテープをはがそうとするDさんを必死に止めるFさん。
―――やばいよ、やばいって、あの女はすきまから来るんだ
目玉に血管を浮かび上がらせ、しがみつくFさんの顔。
(これは相当疲れているな、すきまから女が出てくるなんて、妖怪じゃあるまし‥)
そう考えたDさんは、Fさんの手を再びとった。
「兎に角、行こう、過労だよ、過労」
だが、怯えるFさんは、ヒステリックに叫んだ。
―――あのすきま女は、隙間から出て来て、俺を放さないんだ
Dさんが哀れんだような表情を浮かべる。
「いい加減にしなよ、すきま女なんて馬鹿な話だよ」
その瞬間、Fさんの鼻の穴がガバッと開いた。
「うわぁぁぁ」
驚いて、後ろに下がるDさん。
Fさんはフガフガと、鼻から息を吐きながら、こちらに貼って来る。
鼻の穴が異常に大きくなってくる。
「なんですか、ええ、なんですか」
腰を抜かした状態で、後ろにさがり続けるDさん。
そのDさんに向かって、鼻の穴から薄っぺらい女が出てきた。
「あああああ、女が隙間から出てきた」
仰天するDさん。
うすっぺらい女はゆらゆらと揺れると、にたりと笑った。
―――すきま女は、あらゆる隙間から侵入する

