サトルがはっとして顔を上げると、いつのまにいたのか、托鉢をしているお坊さんのように、大きな網代笠に黒い袈裟を着た男の人が、すぐ目の前に立っていました。
お坊さんのような男の人は、どこか不釣り合いな、胸ほどの高さがある木の杖を手にしていました。
「――めずらしいな。人に会うのは」と、黒い袈裟を着た男の人が、ぽつりとつぶやきました。
男の人は、口の中でもぐもぐとなにやら唱えると、目を伏せながら、ゆっくりと歩き出しました。男の人は、サトルの前を、静かに通り過ぎて行こうとしていました。
「あっ、あのすいません――」と、サトルが言いました。「ここは、ドリーブランドなんでしょうか……」
サトルが言うと、男の人は歩みを止め、周りにまとった空気を少しも乱さないように、静かに振り返りました。
「――どうなされたのかな。私でよければ、お力になりましょう――」
サトルは、にっこりと笑ったその人の目を見て、なにか自分の奥深いところまでも見透かされたような気がして、スッと目をそらせました。
「あ、あの……ぼく――」と、サトルはイタズラを叱られた子供のように口ごもりながら、ぽつりぽつりと、男の人に今までのことを話しました。
「ほう――。私と同じ、異人か……初めて会ったぞ。名前はなんと申す――」
「はい。サトルって言います……」と、サトルは顔を冷や汗で火照らせながら言いました。
「私は、無幻、という者だ……」
「ムゲン……」と、サトルはわからないという風に言いました。
「うむ。私はこの川のほとりで、未知と法則について極めている者だ――」
「じゃ、お坊さんですか……いや、道士とか、修道士ですか……」
「いや……そんなたいそうな代物ではない。まだまだ本質にはほど遠い、いつまでもうだつの上がらぬ未熟者さ。どうでも、好きに呼べばいい――」無幻道士はそう言うと、ゆっくりと赤の川に向いて合掌しました。
「……」と、サトルは道士の向いている赤の川を見て、なんで水がこんなに赤くなったんだ、と黙って水の流れを見ていましたが、ふと、この川の水がなにかに似ていることに気がつきました。サトルは、川に近づいて川面を覗きこむと、水を手にすくって、お日様の光に照らしてみました。
「おえっ! これ血だ」サトルは手ですくった水を振り捨てると、ヒャッと言って後ろに尻もちをつきました。そして、今さっき飲んだ水の鉄の味を思い出して、ウッと強い吐き気をもよおしました。
「そう。これは血だ……」道士は顔を上げると、遠くを見るように言いました。「この血は、この世界の上を、途切れることなく永遠に流れている――」
「――どうして、血が川になって流れているんですか」
「――ふ」と、道士がわずかに笑いました。「私と同じ故郷の出身なら、わからんだろう……いや、むしろサトルの方が、よくわかるやもしれん。この血は、この世界を支えている柱なのだ――」
お坊さんのような男の人は、どこか不釣り合いな、胸ほどの高さがある木の杖を手にしていました。
「――めずらしいな。人に会うのは」と、黒い袈裟を着た男の人が、ぽつりとつぶやきました。
男の人は、口の中でもぐもぐとなにやら唱えると、目を伏せながら、ゆっくりと歩き出しました。男の人は、サトルの前を、静かに通り過ぎて行こうとしていました。
「あっ、あのすいません――」と、サトルが言いました。「ここは、ドリーブランドなんでしょうか……」
サトルが言うと、男の人は歩みを止め、周りにまとった空気を少しも乱さないように、静かに振り返りました。
「――どうなされたのかな。私でよければ、お力になりましょう――」
サトルは、にっこりと笑ったその人の目を見て、なにか自分の奥深いところまでも見透かされたような気がして、スッと目をそらせました。
「あ、あの……ぼく――」と、サトルはイタズラを叱られた子供のように口ごもりながら、ぽつりぽつりと、男の人に今までのことを話しました。
「ほう――。私と同じ、異人か……初めて会ったぞ。名前はなんと申す――」
「はい。サトルって言います……」と、サトルは顔を冷や汗で火照らせながら言いました。
「私は、無幻、という者だ……」
「ムゲン……」と、サトルはわからないという風に言いました。
「うむ。私はこの川のほとりで、未知と法則について極めている者だ――」
「じゃ、お坊さんですか……いや、道士とか、修道士ですか……」
「いや……そんなたいそうな代物ではない。まだまだ本質にはほど遠い、いつまでもうだつの上がらぬ未熟者さ。どうでも、好きに呼べばいい――」無幻道士はそう言うと、ゆっくりと赤の川に向いて合掌しました。
「……」と、サトルは道士の向いている赤の川を見て、なんで水がこんなに赤くなったんだ、と黙って水の流れを見ていましたが、ふと、この川の水がなにかに似ていることに気がつきました。サトルは、川に近づいて川面を覗きこむと、水を手にすくって、お日様の光に照らしてみました。
「おえっ! これ血だ」サトルは手ですくった水を振り捨てると、ヒャッと言って後ろに尻もちをつきました。そして、今さっき飲んだ水の鉄の味を思い出して、ウッと強い吐き気をもよおしました。
「そう。これは血だ……」道士は顔を上げると、遠くを見るように言いました。「この血は、この世界の上を、途切れることなく永遠に流れている――」
「――どうして、血が川になって流れているんですか」
「――ふ」と、道士がわずかに笑いました。「私と同じ故郷の出身なら、わからんだろう……いや、むしろサトルの方が、よくわかるやもしれん。この血は、この世界を支えている柱なのだ――」