くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

地図にない場所(86)

2020-06-28 19:45:41 | 「地図にない場所」
 ムチのように風を切る枝に打たれ、悲鳴にも似た弱々しい叫び声が、こだまのように次々と聞こえてきました。
 固まっていた人垣がバラバラに散らばると、やはりそこには、膝を抱えたリリが震えていました。
「迎えに来たよ、リリ――」
 サトルが言うと、リリはすぐにわかったのか、はっと顔を上げて立ち上がると、サトルに抱きつきました。
「――大丈夫。心配ないよ。一緒に帰ろう」
 サトルは、リリの手を引くと、やって来た方向に戻ろうと、歩き始めました。
 と、なにか白い煙のような物が、あちらこちらから、目にも止まらぬ早さで走り抜けていきました。
 急いでその場を離れようとしたサトルでしたが、リリがぎゅっと強く手を引いて、足を止めさせました。
 かすかに震えているリリは、まぶたのない大きな目で、回りのなにもない空間を見上げていました。
「なにかあるの、リリ――」
 サトルは聞きましたが、リリが身振りで答えるまでもありませんでした。透きとおった空に線を引いて飛び交う白い煙が、逃げ惑う人々を、次々に襲っているのを目の当たりにしました。
 生きた煙のようなものは、魂を食う獣に違いありませんでした。
 自分を見失って、死の砂漠に落ちてきた人達の魂を、体が黄色い砂に変わる前に奪い取る、魔獣でした。
 魔獣の狙いは明らかでした。どこからか集まってきた、落ち人達でした。
 魔獣は、ゆらゆらと逃げ回る落ち人達の体を透り抜けると、凍りついたように動きを止めた落ち人の体が、ザザッと音を立て、あっという間に黄色い砂に変わりました。
 砂に変わった落ち人は、粉々になって地面に広がると、二度と立ち上がりませんでした。
 落ち人達はほとんど抵抗する間もなく、砂に変わって消え去っていきました。
 もたもたしてはいられませんでした。落ち人であるリリも、狙われるはずでした。
「さあ、ここにいちゃ危ない。早く逃げよう――」
 おびえて首を振るリリでしたが、サトルが手を引いて走り出すと、足元をふらつかせながらも、必死で後についてきました。
 しかし、いくらも走らないうち、魔獣達が二人を狙って飛び交い始めました。
 すぐ目の前を、脅すようにすれ違っていく魔獣達は、黄色い二つの目を光らせ、針の山のような牙を剥き出していました。
「来るな! お前ら――」
 頭を抱えてしゃがみこむリリを守って、サトルは樹王の枝を振り回し、なんとか魔獣達を追い払おうとしました。
 樹王の言ったとおり、魔獣は樹王の枝が恐いのか、目の前に近づけただけで、気持ちが悪そうに遠ざかりました。そして、どうやらそれだけではありませんでした。魔獣達は、どういう訳か、サトルには襲いかかってきませんでした。
コメント
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