「知ってるんですか、無幻さんのこと……」
「ああ、知ってるとも……ワシの下で修業しておったんじゃよ……」と、木は思い出すように言いました。「ワシはな、樹王と呼ばれている……このドリーブランドを隅から隅まで知っている者だ……」
「隅から隅まで……」
「そう……隅から隅まで……ワシはな……このドリーブランドが、ドリーブランドになる前から……ここにこうやって立っておったのじゃ……その間には、いろんな事を見てきた……ワシの見てきたそのすべてが……ドリーブランドの歴史そのものなのだ……」
「でも、どうしてこんな砂漠の真ん中で……」
「ホッホッホッ……本当のワシはここにはおらんのだ……いや、ここにいるのもワシだが、本当のワシは、この世界より遙かに遠い世界に立っておる……そう……つまりワシは、一度にたくさんの場所に生きておるのだ……君が落ちてきたという世界も、ワシの生えておるどこかの世界じゃろう……」
サトルは樹王の話を聞いて、これまで見たり体験してきたことを、思い出し思い出し、ひとつずつ話していきました。
「オー……あそこか……おまえはそこに戻りたいという訳か……」と、樹王がわかったというように、体を前後に揺らしながら言いました。
「はい、そうです。でも、ぼくは戻れるでしょうか――」と、サトルはたずねました。
樹王は、しばらく黙っていましたが、ゆっくりと口を開いて言いました。
「おまえは、様々なことにとらわれすぎている……おまえが落ちてきた世界へ帰るには……よほど勉強せねばならないようだ……しかし……」
樹王は「しかし……」と言ったきり、また目を閉じて、すっかり黙りこくってしまいました。サトルは、どきどきしながら樹王が口を開くのを待っていましたが、しばらくしてもまったく目を開ける様子がないので、また急に恐くなり、死ぬまでここにいなければならないんだ、とその場に座りこみ、手で顔を覆ってしまいました。
「……」サトルは、誰か人がそばにいるような気がして、手の間から真っ赤になった目をそっと開きました。
と、樹王の陰から、誰かが顔を出してサトルをのぞいているのが見えました。
「あっ!」と、サトルは短く声を上げました。サトルをのぞいていた顔には、鼻も口もなく、ただひとつの目だけが、パッチリと大きく開いていたのでした。
ひとつ目の顔は、サトルが驚いて声を上げると、さっと樹王の陰に隠れました。
「ほらほら……リリ……出てきてごらん……なにも怖がることはないよ……」と、目をつぶっていた樹王が、すっと目を開き、やさしい声で言いました。
樹王が言うと、幹の陰から、背中まである長い髪をした木の人形が、恐る恐るうつむきながら姿を見せました。骨のように太い木の枝を、何本もつなぎ合わせたような人形でした。どうしてかはわかりませんが、人形はサトルと同じように、命があるようでした。しかしその顔には、まばたきをしない目が、大きくひとつついているきりでした。
サトルは、またなにかの化け物かと思って、樹王と木の人形の顔を交互に見ながら、ずるずると後ろに下がりました。
「ああ、知ってるとも……ワシの下で修業しておったんじゃよ……」と、木は思い出すように言いました。「ワシはな、樹王と呼ばれている……このドリーブランドを隅から隅まで知っている者だ……」
「隅から隅まで……」
「そう……隅から隅まで……ワシはな……このドリーブランドが、ドリーブランドになる前から……ここにこうやって立っておったのじゃ……その間には、いろんな事を見てきた……ワシの見てきたそのすべてが……ドリーブランドの歴史そのものなのだ……」
「でも、どうしてこんな砂漠の真ん中で……」
「ホッホッホッ……本当のワシはここにはおらんのだ……いや、ここにいるのもワシだが、本当のワシは、この世界より遙かに遠い世界に立っておる……そう……つまりワシは、一度にたくさんの場所に生きておるのだ……君が落ちてきたという世界も、ワシの生えておるどこかの世界じゃろう……」
サトルは樹王の話を聞いて、これまで見たり体験してきたことを、思い出し思い出し、ひとつずつ話していきました。
「オー……あそこか……おまえはそこに戻りたいという訳か……」と、樹王がわかったというように、体を前後に揺らしながら言いました。
「はい、そうです。でも、ぼくは戻れるでしょうか――」と、サトルはたずねました。
樹王は、しばらく黙っていましたが、ゆっくりと口を開いて言いました。
「おまえは、様々なことにとらわれすぎている……おまえが落ちてきた世界へ帰るには……よほど勉強せねばならないようだ……しかし……」
樹王は「しかし……」と言ったきり、また目を閉じて、すっかり黙りこくってしまいました。サトルは、どきどきしながら樹王が口を開くのを待っていましたが、しばらくしてもまったく目を開ける様子がないので、また急に恐くなり、死ぬまでここにいなければならないんだ、とその場に座りこみ、手で顔を覆ってしまいました。
「……」サトルは、誰か人がそばにいるような気がして、手の間から真っ赤になった目をそっと開きました。
と、樹王の陰から、誰かが顔を出してサトルをのぞいているのが見えました。
「あっ!」と、サトルは短く声を上げました。サトルをのぞいていた顔には、鼻も口もなく、ただひとつの目だけが、パッチリと大きく開いていたのでした。
ひとつ目の顔は、サトルが驚いて声を上げると、さっと樹王の陰に隠れました。
「ほらほら……リリ……出てきてごらん……なにも怖がることはないよ……」と、目をつぶっていた樹王が、すっと目を開き、やさしい声で言いました。
樹王が言うと、幹の陰から、背中まである長い髪をした木の人形が、恐る恐るうつむきながら姿を見せました。骨のように太い木の枝を、何本もつなぎ合わせたような人形でした。どうしてかはわかりませんが、人形はサトルと同じように、命があるようでした。しかしその顔には、まばたきをしない目が、大きくひとつついているきりでした。
サトルは、またなにかの化け物かと思って、樹王と木の人形の顔を交互に見ながら、ずるずると後ろに下がりました。